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喜貌(17)

 それは声なき声による、警告では無く報告であった。

 揚陸艇に改四型機兵(ゴレム)を――浮遊城塞の要所要所で彫像のように巨大な槍を構え対で鎮座している、伏せたお椀型の下半身を持つ脚の無い機兵を積み込んで来ているのは私も知ってはいた。

 元より異を挟める立場ではないし、異を唱える理由も無い。ナナムゥとの“幽霊狩り”の時もそうだったように、それが揚陸艇で遠征する際の“標準装備”なのだと認識していた。

 その改四型機兵が今、3体全てが俯せの体勢のまま地の上を滑るようにこちらに急接近して来ていた。槍を戦闘機の機首のように前方に構え、まるでその小隊自体が一つの巨大な円錐であるかのように勢い良く。

 「――む?」

 伸びあがって改四型を観察するナナムゥが、何に気付いたのか不意に訝しげな声を上げる。

 だが、その後に続くナナムゥの呟きを聞き逃してしまうまでに、私は改四型の到来に心を奪われていた。子供の頃より、ロボットや怪獣の類となるとついつい心惹かれてしまう。例え妹にも苦笑されようが、職を得て社会人となって後もその心根だけは変わらない。己自身が石の躰の機兵(ゴレム)と転生した今でさえも。

 まるで魚雷のようだというのが、私の月並みな感想であった。実際の軍用兵器には疎いが、おそらくは地を這うミサイルにも正式な呼称もあるのだろう。それは兎も角、ホバー移動と同じく元より僅かに浮遊している改四型にとって、地面が泥に変わっていようが移動にさしたる影響は無いものと思われた。

 私が無責任に心躍らせている間にも3体の改四型はあっという間に泥沼まで到達し、ぬかるみに沈み込む事もなくそのまま背後に泥水を巻き上げながら真っ直ぐスキューレの許へと迫った。

 その導線上には、横倒しとなった石の柱に立つカカトがいた。肩越しに視線を泳がせ待ち受けながら、ギャインと電楽器(エレキ)を高らかに掻き鳴らす。

 それは単なる賑やかしではなかった。先程と同じ様に電楽器(エレキ)から発生した“音”を足場にしていた石柱そのものにぶつけ、カカトの躰は高々と宙に舞い上がった。

 頭を下にカカトの体が空中で半回転し、元は足下であった地面に向けてピンと左腕が伸ばされる。それが“糸”の射出のポーズであることはすぐに判った。伸びきったゴムが縮むように、次の瞬間にはカカトの躰が新たな足場の許に引き寄せられた為である。

 3体が横並びに進む改四型の、その中央の機兵の背の上に見事な体捌きを見せつつカカトは着地した。

 無論、幾ら“魔獣”スキューレの超常的な“力”によって形成されたとは云え、“沼”はそこまで広いものではない。故に直進すればすぐに接触可能であったにも関わらず、カカトを乗せた機兵隊はそうはせずに大きく進路を迂回した。

 (どういう意図だ?)

 訝しむ私の視線の先で、カカトを乗せた中央の改四型だけがツイとやや後方に下がった。逆楔形の先端を形作る先導する2体の機兵と、そしてそれに対して左右それぞれに腕を掲げるカカト。望遠した私の視界に映るその姿勢が、前を行く2体の機兵の“手綱”を引いているのだということをようやく私は悟った。

 揺れ動く機兵の背で支えも無しにカカトが立ち乗りの姿勢を保ったままでいられるのは、既に“糸”で己の躰の各所を固定している為であろう。

 犬ゾリめいた軌跡でカカトを乗せた改四型がスキューレの背後に回り込む。しかし私の予想に反し、カカトは特に背面から何かを仕掛けることもなく、そのまま半円を描いて元来たスキューレの正面側に再度奔った。

 咆哮を上げる機能をスキューレが有していないことは明らかである。怪獣めいた巨体に反し、“魔獣”本体は威嚇の為の警告音の一つも発することもなく、せいぜいが氷柱に取り込まれた己が巨体を激しく揺するくらいであった。

 怪獣映画か何かの様に、スキューレの身震い一つで氷柱が一斉に激しく破砕されるようなことはないが、軋みたわむ一際大きな音が私達の見守る沼の縁まで響いたのは事実である。

 「慎重なことじゃな」

 一旦は行き過ぎた機兵をすぐにUターンさせ、再びその大槍の穂先をスキューレに向けるカカトを見てナナムゥが呟く。

 言葉に反し焦れているようにも見えない幼主の仕草から、私はそれがカカトの常の手であることを悟った。これまでの軽い言動から勢い任せの御仁かという先入観すらあったが、それが過ちであることを私はようやく知った。

 これまでの周囲を巡るという挑発めいた動きを前にしても、スキューレは身を揺することしか出来ていない。氷柱に囚われて既にまとまった時間が経過しているにも関わらず、である。それはすなわちガッハシュートの手による灰澱氷(シャーリライ)の威力がそれ程までに強固であることを、カカトは自ら見定めていたということである。予期せぬ反撃を受けぬように。

 前を滑り行く2機の跳ね上げる泥沼の泥が、後方に位置するカカトに降り注ぐ。上半身を器用に捻ることで多少なりとも避けはしているようだが、所詮は狭い足場の上でかつ“糸”で体を固定しているのである。かなりの量の泥水を、既にカカトは頭から被っていた。

 「所長はあれを『ロック』じゃなどと訳の分からぬことを言って褒めそやしておったが」

 ナナムゥが既に貌の上半分まで泥に汚れたカカトを指して嘆息する。

 「泥にまみれて喜ぶなど、子供でもあるまいに……」

 ナナムゥの長い指がそのまま宙を滑り、スキューレの背面側の上空を新たに私に指し示す。

 「まぁよい。配置が完了したようじゃぞ、キャリバー」

 「ヴ?」

 ナナムゥの指先が示した光の珠を、私は蛍か何かかと最初は見間違えた。だが以前にこの閉じた世界(ガザル=イギス)に蛍はいないという声なき声経由の――風土記として興味本位で得た――情報を思い出し、そしてナナムゥが思わせ振りに指差したことからその光の正体にようやく思い至った。

 既に私はその光の珠を一度この目にしていた。それもほんの少し前、何処かに飛び去る六旗手ナイ=トゥ=ナイの曳く光の尾を。

 そのナイトゥナイの出現とタイミングを合わせるかのように、それまで逆楔形だった改四型の隊列が、カカトの乗る中央の機体を最後尾に斜め一列へと変わる。

 カカトが“手綱”で操るままに、先頭の改四型が下半身のお椀状のスカート部を下方向に可動させ、グンッと斜め上に飛び上がる。

 地面スレスレを浮遊して駆ける改四型の姿を前に、私はまず魚雷の動きを連想していた。しかし今、大槍を真っ直ぐにかざしスキューレに一撃を加えんと飛び掛かるその姿は、正に対空ミサイルそのものであった。

 今更何ができると云う訳でもない。固唾を呑んでただ見守る私の眼前で、スキューレを巻き込み捕らえた氷柱に触れた改四型の槍の穂先が、たちまちの内に爆発した。

 「ヴ!?」

 濛々と立ち込める爆風の煙の中、吹き飛ばされた改四型本体の姿が垣間見えた。あの爆発を受けて流石に無傷と云うわけにもいかず、槍を握っていた右腕を欠損した状態である。

 それすらも肩から先が奇麗に喪失しているところを見るに、衝撃を殺す為に自ら切り離したと思しきものであった。良く考えるまでも無く、装備品である槍の爆発で機兵本体まで損傷するようでは欠陥兵器もいいところである。

 粉砕された氷の破片に混じって、その改四型本体もドボドボと泥沼の中に落下する。

 カカトが自ら氷を砕いたことでスキューレの身が自由となり、逆にその逃走の助勢となってしまったのではないか――普段の私ならばまずそのことを懸念していたであろう。だがこの時はそのような下手な考えに及ぶ暇すら無かった。間髪入れずに2体目の改四型が、氷の拘束を剥がされたスキューレ本体に更に突貫した為である。

 今度は剥き出しとなった下腹部近くに爆発を受け、スキューレが震え大きく仰け反った。

 「――ここだけの話」

 私の足元に立ったナナムゥが、正面で繰り広げられる一方的な爆破を前に不意にポツリと呟く。

 「スキューレが討伐されるべき存在なのか、わらわには分からん。じゃがの――」

 ナナムゥが私の脛の辺りに小さな手を当て、改めて私の顔をマジマジと見上げた。

 「じゃが、主を失くした従者というのは哀れなものじゃな……」

 「……」

 私には、ナナムゥに無責任に返す言葉も無い。肯定にせよ否定にせよ、彼女に咄嗟に単眼を灯すことすらできない。ただ、スキューレからの抵抗が皆無であることを確認したカカトが、己の乗る最後の改四型で狙いを定める様子を2人揃ってただ黙って見守ることしかできなかった。

 そしてナナムゥは鼻から一つ小さく息を吸うと、胸の前で両手を組み澄んだ声で歌い始めた。浮遊城塞オーファスで石の躰を得て再び目覚めた私が、始めて幼主に出会った時に歌っていた歌――鎮魂歌を。

 改四型の最後の1体が、唸りを上げてスキューレに突貫する。その背にカカトを乗せたまま、必殺の一撃と化して。

 遂に引導を渡すに至ったカカトがその貌にどの様な表情を浮かべていたのか、爆風と飛散する泥水の粒に遮られ、私には定かには視認できなかった。だが少なくとも、笑ってはいないようには視えた。

 と、始まった時と同様に唐突にナナムゥの歌声が止んだ。そして真っ直ぐに貌を上げると、まるで全てを見届ける立会人であるか如くスキューレの蠢く巨体を凝視した。

 瞬きする間すら惜しむかのように大きく見開かれたナナムゥの緑色の瞳。その真摯な面持ちに、先程彼女自身が口にした『主を失くした従者』の姿に或いはナナムゥは自分達の有り得る未来の姿を重ねているのかもしれないと懸念した。

 だが私のささやかな――そして『従者』である自分が生き残るという図々しい――感傷もそこまでであった。最後の機兵の槍が爆発するよりも早く、別の小さな爆発が連続的に巻き起こった為である。

 それは氷柱が砕かれ比較的自由となったスキューレの下半身から生じた爆発であった。“管”の根本でもある頭足類めいた、下半身の接続部の部分から。

 破壊を目的とした改四型の槍のソレとは対照的な爆発であった。

 火花と音の勢いはそれ程ではなかった――むしろそれまでの改四型の槍の爆発に比べると児戯のようですらあった――が、爆風だけは広範囲を覆った。背面に控えていた蛍の様なナイトゥナイの光まで、その爆風に呑まれて消えた。

 あまりに唐突であった為に、私は視界に遅延をかける暇すら無かった。そうこうして手をこまねいている間にも、夜視をも遮る爆風がカカトと改四型、そしてスキューレ本体をも包み隠す。

 判別できるのは“音”だけであった。

 最後の改四型の槍の爆発が聴こえる事はなく、代わりにカカトの鋭い呼び声だけが辛うじて私の耳にまで届いた。

 相方であるナイ=トゥ=ナイを呼ぶ声が。

 次いで、カカトが電楽器(エレキ)を激しく掻き鳴らす音が今度ははっきりと私達の許まで響いた。それは到底“演奏”と呼べるようなものではなく、ただ闇雲に弦を爪弾いているとしか思えない、耳障りなだけの大きな不協和音であった。

 後から知ったことではあるが、この時カカトは逃げ延びようとするスキューレ本体に咄嗟に“糸”を巻き付け張り付き、ナイトゥナイを誘導すべく爆音を掻き鳴らしていたのである。

 繰り手であるカカトの制御を失ったことで、最後の改四型が足下の泥沼に落下する。“落下”と云うと推力を失った機体が真下にボトリと落ちる様を連想するが、実際はスキューレの起こした爆発によって軌道を変えられたのか、妨害電波で進路を逸らされたミサイルの様に泥の地面目掛けて突貫したに等しかった。

 泥沼に突き立った大槍の穂先が、何かに触れでもしたのか爆発を起こす。

 流石にカカトがそこまで計算に入れていたとは思えないが、爆風と共に噴出した泥の水柱が、いまだに上空に漂っていたスキューレによる煙幕を吹き飛ばした。

 「――ヴ!?」

 散りゆく粉塵の中心で、大きくゆっくりと開く虹色の光の翼の輝きを私は見た。

 背中から伸びる一対のスラスター。そこから煌めく光の粒子を噴出する五型機兵“妖精機士”(スプリガン)

 それまでどこにその機体は潜んでいたのか、空中に浮かぶその輝く姿が始めて夜気の中に露わとなる。

 その右手に握られた、機士本体の倍の長さはあるのではないかと思しき巨大な長槍。それは改四型が装備している槍を模した炸裂兵装とは根本からまったく造りの異なる、表層に虹色の粒子を纏って白く輝く光の槍であった。

 生身であったならば、私は衝撃のあまり息を呑んでいたことだろう。あのナナムゥでさえ、僅かに顔が翳った程である。

 光の槍の眩さにではない。

 “妖精機士”(スプリガン)ナイ=トゥ=ナイの雄姿にでもない。

 その5mはある妖精機士の長大な光槍の先端に、スキューレの上半身が背後から刺し貫かれ中空で頽れていた。

 幾ら“妖精機士”(スプリガン)とは云え、その右腕一本で光の槍とスキューレとを支えきれる筈もない。

 その光槍――所長は凝った固有の名を付けるつもりであったがナイトゥナイが固辞したと云う――がカカトの繰る電楽器(エレキ)と同じく“旗”の変じたものであることを私は後から教えられた。だがその場で聞かされてはいずとも、その光槍が超常の“力”を秘めていることは誰の目から見ても明らかであった。


 『主を失くした従者というのは哀れなものじゃな……』


 先程のナナムゥの言葉に触発されてしまったのか、串刺しとなり動きを止めたスキューレの姿を目の当たりして、まず私が最初に感じたのは憐みであった。

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