喜貌(12)
「ん、なんじゃ? どうした?」
ヴァラムの物言いたげな視線に気付き、ナナムゥも小首を傾げる。だがすぐに相手の意図を察したのか、ナナムゥは私の装甲をペチペチと叩きながら明るく、そして事もなげにヴァラムへと告げた。
「このキャリバーなら聞かれても問題無い。中に妖精など乗っておらぬし、心を持たぬただの機兵じゃとコルテラーナも言っておった」
(とんでもないことを言い出したな……)
相槌を打つ事すら忘れて私は肩のナナムゥに単眼を巡らせた。生身のままであったなら、ずいぶんと間の抜けた面であっただろうとは思う。
確かにナナムゥは嘘は言っていない。コルテラーナがナナムゥに最初に私の事を『心を持たぬ機兵』だと説明していた――その真意はいまだに分からないが――のも事実である。
私自身が己の自尊心を充たす為に良く使う詭弁なので分かるが、あくまでもナナムゥが聞いた事、言われた事を述べているに過ぎない。幼主自身が断言した訳でも保証した訳でもなく、単に事実を――真実では無い――右から左に流しただけである。
『試製六型が心を持たぬ』と聞いたと云う、その一点に関しての嘘は無い。それが言質に値するか否かをナナムゥがどう認識しているかというのは言わずもがなであろう。
幼い身を反らせながら、いけしゃあしゃあと述べるナナムゥを前に、私は感心するよりもまず慄きを隠せなかった。
やはり、幼女と云えど『女』を敵に回してはならないのだと。
「そう…」
私を見上げるヴァラムの目から完全に疑念が消えたようには見えなかったが、そこにいつまでも固執する時間がある訳でもない。ヴァラムは私の肩の上に座るナナムゥへと再び視線を移すと、改めて問うた。
「それで?」
「うむ」
ナナムゥはピョインと私の肩から地面へと飛び降りると、ヴァラムの周りをトテトテと回った。その他愛無い仕草が、これ以上ヴァラムが私を注視しないよう気を引く為のものであることを、流石に私も気付いていた。
そして一旦思わせぶりに口をつぐんだナナムゥは、それまでの愛嬌が嘘であったかのように生真面目な声でズバリと核心を付いた。
「お主達、もうちょっと所長と仲良くはできぬか?」
「――は!?」
猫の様な切れ長の瞳を大きく見開き、唖然とした表情をヴァラムは満面に浮かべた。
(まずいな……)
所長と双子の意地の張り合いを直に見ただけに、私はナナムゥの指摘がヴァラムの一線を越えたのではないかと危ぶんだ。だがすんでのところで自分が『心が無い』設定であることを思い出し、過剰な反応を返す事だけは思い止まる。
しかし、次いでヴァラムの口から洩れた呻きは、私の予想に反し怒りに打ち震えてなどはいなかった。
「うーわー」
どこか苦笑すら含んだその声の響きに、私は一瞬己が耳を疑った。
「ガキの癖に生意気ー」
悪態をつきながらヴァラムが右手でナナムゥの鼻を摘み上げ、残る左手で片頬をムニムニと引っ張る。
つい身構えた私であったが、ゲヒヒというナナムゥのくぐもった笑い声を前に胸を撫で下ろした。
やがて、ふぅと一息ついた後にヴァラムはナナムゥの顔から指を放すと、再びゆっくりと歩き始めた。路に置かれたままであったランタンを使用人の一人が拾い上げ、ヴァラムの行く先を照らすように頭上に掲げ先導する。
トテテと慌ててその後ろをナナムゥが続き、私も出来るだけ地響きを立てないよう静かに両者の後を追った。
「――モガミはね」
不意にポツリとヴァラムが呟きを発した。私達の方へは振り返りもしないので、その表情までは分からない。
「私達にとっては救い主なのよ」
ポツリポツリと、やがて堰を切ったようにヴァラムが思い出話を語り出す。それはどこかおとぎ話にも似ていた。
姉妹で商都を出て遠出をしたら、何の陰謀か待ち受けていた不逞の徒に拉致されかけたこと。それを雇い入れたばかりの下男の一人――すなわちモガミ――が目を見張るような華麗な活躍で単身撃退したこと。その時のショックで、いまだに姉のティラムが人前で真っ当に喋れないまでの心の傷を負ったこと。
「今でも忘れないわ。モガミはすごく恰好良かった。素敵だった」
ほぅと上気した吐息を吐きながら、ヴァラムはどこか自慢げに話を続けた。
モガミが謙虚で勤勉で、そして何よりも“デキる男”であったこと。始めは20も歳が離れている事に難色を示していた彼女達の父親も、やがては自ら婿入りを熱望してくれるまでになったこと。3人で誰からも祝福される幸せな結婚式を挙げたこと。
「でもね、分かっちゃうのよ。あの人の心の中でいまだに昔の主への強い忠誠が残っていることが……」
ヴァラムが歩みを止め、始めて肩越しに私達を返り見る。前を行くランタンの光によって逆光気味ではあるが、暗視の効く私の視界の中でヴァラムの泣き笑いにも似た微笑がはっきりと確認できた。
「だから、所長には意地悪したくなるじゃない?」
「ヴ……」
そういうことねと、わたしは思った。所長も双子もどちらも心の奥底で相手に負けたと、奪われたのだと感じているからこそ、ああも反目しているのだということを。
私には、理解し難いことではあるが。
「分からん」
顰め面で発せられたナナムゥの言葉は、嫌味や揶揄などではなく本当に理解不能なのだという苛立ちの響きを含んでいた。
「そんなことで揉めるだけ無駄じゃろうが」
「ま、子供には分からないでしょうね」
ヴァラムの顔に始めて年相応な悪戯っ子めいた明るい笑みが浮かぶ。
「いい気味、いい気味」
「なんじゃそれ」
プクッと頬を膨らませるナナムゥであったが、不意にはたと気付いた事があったのか改めてヴァラムに尋ねた。
「そういえば、ティラムはどうした?」
「寝てるわ」
再び歩み始めながら、何とは無しにヴァラムが答える。
「ただの陣中見舞いだし、私一人で充分」
そこまで口にしてから、今度はヴァラムの方が思い出したように聞き返してくる。
「そういえば、そっちこそ新顔の娘はどうしたの?」
「ぬ」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔というのはこういう状態を言うのであろうか。すぐにナナムゥは頭を振りながら、いたって大真面目に答えた。
「いびきかいて寝とる」
そして幼女ながらにしみじみと発せられた次の嘆きの言葉は、ヴァラムを吹き出させるには充分であった。
「気楽なものじゃ、羨ましい……」
ヴァラムの本来の目的地に辿り着くのには、そう時間はかからなかった。
ナナムゥとヴァラムの内々の話――結局は釘を刺した程度の意味合いでしかないのだろうが――が終わり、今は使用人達も含めて再び元の一団となった私達は、人数にも関わらず粛々とそこに到着した。その後ろを少し離れて、四肢を展開した三型が健気にもヤシガニのように付いて来ているのが見えた。
かつては何らかの倉庫なり集積所なりに使われていたのであろうか、揚陸艇を停めた先の広場程ではないとは云え、それでも目的地はまとまった広さを持つ空間であった。
ただコルテラーナ達の居る先の広場と大きく異なるところは、苔生した石畳が足元の殆どを占めていることである。そのまま注意深く周囲を見渡すと、いまだ倒壊を免れた石壁や柱の一部を見て取ることも出来た。
そのまだしっかりと形を残している石壁の片隅に、皮布を天井代わりに張ったテントめいた一角が有った。そのすぐ傍の朽ちた土台の縁に腰掛けたカカトが、私達に気付いて片手を掲げた。
そのカカトがエレキギターを抱えていた事もあり、どこか牧歌的とでも言って良い光景だと云えた。にも関わらず、特にヴァラムが一瞬たじろいだのには理由が有る。そこに、誰もが予期しなかった先客の姿を認めた為である。
「コルテラーナ!?」
それまでカカトの演奏に耳を傾けてでもいたのだろうか、石畳の上に敷いた布に横座りをしているコルテラーナの元に、ナナムゥが跳ねるように駆け寄った。
「どうしたんじゃ、こんな所に一人で?」
「どうしたは、私の方が訊きたいのだけど」
ふふと、ナナムゥの手を取りながらコルテラーナが微笑む。如何にも儚げに。
「私が来た理由はそちらのお嬢さんと同じでしょうね。もっとも――」
ヴァラムが手に下げたバスケットに目をやりながら、どこか申し訳なさげにコルテラーナは先を続けた。
「私の方は手ぶらで来てしまったけれど……」
「モガミの代理で来ただけです」
コルテラーナに対するヴァラムの口調はどこかぎごちない。所長相手に正面からやり合っていたとは到底思えない程の大人しい立ち振る舞いであった。
「カカト、私達が作ったのよ」
ヴァラムはそれ以上のコルテラーナとの会話を避けるかの如く、ツイとカカトの前まで歩み寄ると小脇に抱えたバスケットを差し出した。
「これは…」
カカトがバスケットを文字通り諸手を挙げて受け取り、上部を覆っていたその布を取る。私の知るハンバーガーに酷似した中に揚げ物と野菜が挟み込まれた丸パンが幾つかと、小振りの水袋が2つそこには収められていた。
「ありがたい」
少年の様な無邪気な笑みを浮かべるカカトの胸元から、ヌッとナイトゥナイが顔を出す。まさに人形の様に端正かつ愛らしいその貌は、しかし完全にむくれていた。
「なんでもいいけど、渡すものを渡したらみんなさっさと帰ってくれると有り難いんだけど」
ナイトゥナイの小さな可愛い唇から、それに似付かわしくない悪態が洩れる。
それは別段今日に限ってという訳ではないのだろう。やれやれという顔で詫びるカカトも相対するヴァラムのどちらとも、共に苦笑の色を浮かべるに留めた。傍のコルテラーナですらも。
彼方でガランという鈍い鐘の音が響いたのは、まさにその時であった。
「――来たか!」
カカトとナイトゥナイの表情が一変し、互いに頷き合う。一瞬にして戦士の顔に変わった、などと私がしたり顔で語っていいのかどうかは我ながら疑問だが、他に例えようも無い。カカトの胸元からナイトゥナイは完全に這い出ると、一筋の銀の髪の尾を曳いて何処かへと飛び立った。
「ヴァラムはすぐにモガミの処に退避してくれ。悪いがコルテラーナも一緒に頼む」
手振りを交え淀みなく周囲に指示を下すカカト。凛とした立ち振る舞いは、これまでの私の持つお気楽なバンド青年という――あまり芳しくない――イメージを覆すに充分だった。
「ナナムゥは“糸”を張って周囲の警戒。それ以上の事はやらなくていい」
「キャリバーは?」
子猿の様に私の頭頂まで一気に駆け上ったナナムゥが、私の単眼の前に覆い被さる勢いで身を乗り出して尋ねた。
「何が出来る?」
カカトの返しは簡潔であった。
「ヴ……」
もし私に口があったなら、間髪入れずにこう返していた事だろう。
何も出来ない、と。
「わらわの相棒じゃぞ!」
だが私に代わり、半ば憮然としつつも間髪入れずに叫び返してくれたのは、ナナムゥであった。
カカトがニッと笑ったのが見えた。
「なら任せた」
惑いの無い快活なカカトの言葉は私にとっては眩しいものであった。
『快男児』という言葉がある。ついつい古風な言い回しを使ってしまうが、今風に言えば『ヒーロー』といったところであろうか。
カカトといいモガミといい、男としての自分の憧れ、自分が成りたかった――そして指先が届きすらしなかった――存在を目の当たりにするのは辛い。
否、辛いなどというのもおこがましく、単に無力な自分を恥じて気後れしてしまうというのが正確なところであろう。カカトの掛けてくれた期待に沿えるよう、この身の及ぶ限り善処はするけども。
詮無い思いを馳せていた私は、故に自分のすぐ横にコルテラーナが身を寄せてきたことにも知らなかった。鈴のなるような声で彼女がカカトに告げた時に始めてその存在に気付いたくらいである。
「私もここに残るわ」
ヴァラムの使用人達がヴァラムを抱え上げるように撤退を図る中、事もなげに語るコルテラーナの姿は対照的であった。元がカカトの指示であるだけにそれをもって使用人達が無様だなどとは口が裂けても言えないが、それだけにコルテラーナの落ち着きぶりは目立った。
「老先生の戻りを待つ必要もあるし」
コルテラーナのその言葉から、私はようやく彼女が単独でここに赴いた訳では無いことを知った。先程からまったく姿が視えないということは、老先生はまた勝手気ままに散策でもしているのだろうと。
「ん――」
カカトは何か言い掛けたが、すぐに口を閉じると、目でヴァラムの後を追った。おそらくはコルテラーナを説得するには――時間だけで無く色々な意味で――厳しいと判断したのだろう。
「カカト!」
使用人達に護られたヴァラムが去り際に右手の親指と人差し指を伸ばし、鉄砲の形を作る。高く掲げられたそのハンドサインが、この世界で『後は任せた』という意味――或いは『幸運を祈る』と云う方がニュアンス的には近いのかもしれない――を持つことを、私は後から教えられた。
ニッとカカトが笑って応えたのも束の間、再びより近い場所から先程と同じガラガラというこぼれるような鐘の音が届く。




