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喜貌(10)

 「ヴ……」

 こじれるな、とわたしは思った。昔何があったのかは知らないけど、彼女達の間で錯綜する目線を見ればわたしにだってそれくらいは分かる。

 尤も、所長が何らかの応えを――激情のままにモガミの申し出を所長が跳ね除けるなどとは私は思わないが――口にする前に、彼方で交わされている騒々しいやり取りがこの広場にまで響いてきた。

 そのあまりの喧騒に私達だけでなく、それまで周囲で業務に専念していた使用人の少年少女達の幾人かがその手を一瞬止めた程である。

 騒ぎの主であるその三人組は、いずれも私にとって初見の相手ではなかった。尤も初見ではないと云うだけで、実際に会ったのは先程が始めてという話ではあったが。

 隣を歩く青年を拡声器めいて叱責しているのは甲冑めいた四脚の機兵(ゴレム)である六旗手ナイ=トゥ=ナイ。

 煩わしげにそれにボソボソ言い返しているのが、先程私を逃してくれた六旗手“青のカカト”である。一体あの後どのような死闘が繰り広げられたのか、今は頭から爪先まで泥を被った悲壮な姿であった。

 そして両者の後ろにくっついて歩みつつ困り顔で宥めているのが、唯一私の良く知る人物たるバロウルである。

 「団長!」

 ナイトゥナイのロボットめいた頭部が――機兵(ゴレム)であるからには『ロボット』と呼んでも差し支えないのではあるが――モガミの方にギッと向けられる。

 『カカトが“魔獣”を取り逃がしました!』

 「いや、そうはいうが実際無理だって」

 体のあちこちから泥水を滴らせながら、大仰に肩をすくめてカカトが弁明する。

 「あんな地面を泳ぐヤツを取り押さえろと言われても、どうにもできんよ」

 だが、カカトに対する非難の声は、ナイトゥナイではなく別のところから上がった。

 「そ、そ、それをどうにかしてもらうために、モ、モガミが貴方に頭を下げたのではありませんか!」

 矛先を所長からカカトへと向けた吃音の主の後に、その双子の片割れが後を引き継いで苦言を呈する。

 「六旗手が2人も揃ってその有様では、師であるモガミの名にも傷がつきます」

 『黙れ』

 双子に対してどこか煮え切らないというか遠慮がちだった所長とは異なり、ナイトゥナイの返す言葉は短くも苛烈であった。

 つい今し方まで自分自身がカカトを責めていたにも関わらず。

 「よさないか」

 モガミがまずナイトゥナイを制し、次に己の両隣でいきり立つ双子に対しても各々の貌を見つめつつ同様に諫める。

 「ティラム」

 モガミにそう名を呼ばれた吃音の主がぷぅと頬を膨らます。

 「ヴァラムも」

 双子のもう一方はモガミの呼び掛けを前に、ばつが悪いと言わんばかりに口をつぐんで瞳を逸らした。

 だが、揉め事が終わりそうだと心の奥で安堵していた私の期待に反し、それで事が収まるほど簡単な話ではなかった。結局のところ、私の様な新参者が無責任にどうこう口を挟めるような浅い因縁では無かったのである。所長とモガミは。

 『団長がそうやって甘やかすのが良くない』

 「へぇ……」

 ヴァラムと呼ばれた流暢な喋りの方が、ナイトゥナイの指摘に対し薄く笑う。シャム猫を思わせる切れ長の瞳がスゥと細まり、眼光が捕食者のソレへと変わった。

 「“人形”風情が面白い事を言うのね」

 ヴァラムが指をパチリと鳴らすと、それだけで場の空気が一変した。それまで多少の中断こそあれ黙々と作業に専念していた周囲の使用人達が、それまでの無関心さが嘘であるかのように一斉に身を起こす。どこに隠し持っていたのか苦無を敢えて見せつけるかのように構え、遠巻きにではあるがテラスの周りを取り囲む。

 「……バロウルちゃん」

 流石に剣呑な雰囲気を見咎めたのか、それまで老先生と共に黙って経緯を見守っていたコルテラーナがそっとバロウルを促す。

 一触即発の気配を前に思い違いをしそうになるが、別に元より敵対者同士の休戦協定の場などではない。半ば呆れた顔でコルテラーナに頷いて返すバロウルであったが、しかし彼女の出番は訪れなかった。

 突如として鳴り響くけたたましい笛の音が、周囲の張り詰めた空気を裂いて響き渡った為である。


 「なんじゃ! 大の大人が揃いも揃ってみっともない!」


 笛の音の主であるナナムゥが、手にした横笛をブンブンと振り回しながら甲高い声を張り上げる。その横笛が、初めて出会った夜にナナムゥが吹いていた物であることに私は気付いた。

 ナナムゥ本人は至って真面目に叱咤しているとは云え、幼児独特のその玩具じみた動きを前に場の雰囲気が和らいだのは事実である。

 毒気を抜かれたと言ってもいい。

 「時計係は誰じゃ!?」

 ナナムゥの誰何は周囲を取り巻く使用人達に向けられたものであったが、おずおずと手を上げたのは意外にも丸テーブルの前に座る双子の片割れであった。

 「わ、私……」

 「おぅ。えーと、ティラムの方じゃったかの、お主」

 多少覚束なげに首を捻りながらも、ナナムゥは改めてテラスの丸テーブルの前の一同の顔をグルリと見回した。

 「ティラムが30分後に合図。それまで各々ちょっと頭を冷やしておくこと、よいな!」

 これが他の誰がしかが仕切った言葉であったなら、つまらぬ抵抗心から異を唱える者も中には居たかもしれない。だが年端もいかぬ幼女がふんぞり返って宣言したことで、皆それまでの諍いが嘘のように黙って頷いた。

 正直な所、売り言葉に買い言葉が発端の子供じみた反目であった以上、心の中で皆落としどころを探っていたのだと思う。幼女の要求を無下に断るのは流石に大人気ないというのは、争いの矛を収める理由としては格好のものであったのだろう。この閉じた世界においても、体面というのはそれ程までに重要だと云うことである。それを愚かな話だと笑い飛ばすことは私には出来ない。

 まして諍いの根源が所長とモガミというかつての主従関係の因果によるものであるというならば。

 「相変わらず大したものだな、ナナムゥは」

 そのようなしがらみとは無縁であるのか、或いは単に楽天家であるのか、カカトが心底感心したようにナナムゥに声を掛ける。いかにも軽い口調の彼を、ナナムゥは大きな緑色の瞳で文字通りギロリと睨んだ。

 「お主はさっさと川に行って体を洗ってこい」

 「久方ぶりの再会だというのに、まったく手厳しいな」

 どこか愉しそうにそうぼやきながらも、カカトは踵を返すと周囲の林の中へと歩み去った。その後ろをガシャガシャとナイトゥナイが忠犬の様に続く。

 「まったく……」

 ナナムゥは一つ大きな溜息をつくと、私とファーラに対して手短に解説を始めた。

 「話くらいは聞いておろうが、今のがわらわの“兄”のカカトと、その守役のナイトゥナイじゃ」

 次いで、既に馬車の方へ一旦退いたモガミ達の事にも言及する。既に今の時点でこのテラスに残っているのは私三人だけであった為か、その口調も些かぞんざいである。

 「そしてそこの真ん前に座っておった男がモガミ。昔は所長に仕えていた男じゃ。そしてその左右で騒いでおったのがその嫁のティラムとヴァラムじゃ」

 (嫁……!)

 男女の仲だろうとは薄々察してはいたものの、婚姻にまで済んでいるという事実に私は驚きを隠せなかった。

 それは揉めるわけだわと、改めてわたしはそう思った。


        *


 ティラムの先触れとしてカルコース商会の使用人が定刻を告げに来る前に、もう全ての関係者は先程のテラスに集っていた。

 コルテラーナと老先生、そしていまだに硬い表情を浮かべたままの所長。

 その対面にはただ無言のままにモガミが座っており、その両脇をティラムとヴァラムの双子が固めていた。ここまでは休息前の配置と同様である。

 そして対角線上に座る両陣営の間を埋める形で一方にはナナムゥとバロウル、そして何が出来るという訳ではない――そもそも喋れない――が私も同席の運びとなった。無論、並んで席に座れる筈もなく、一歩下がった位置に一人立つといういつもの定位置である。その代わりと云う訳でもないが、流石に独りその辺に放置しておくという訳にもいかぬ為に、ファーラもナナムゥの横にちんまりと座っていた。

 そしてもう一方、すなわち今度は私達の対面にあたる位置となるが、そこにはカカトとナイトゥナイが一つの椅子の上に座っていた。

 総勢12名。私やファーラのような賑やかしを含んでいるとは云え、中々の大所帯である。

 (また揉めそうだな……)

 所長とモガミ、そして双子の間の因縁を知った私は、既に諦念の境地にあった。争いの火種に関しては如何ともし難いとして、私の興味を強く惹くもう一組の面子に集中することで、私は己が不安を誤魔化した。

 すなわちカカトとナイトゥナイの六旗手の二人についてである。

 ナナムゥに叱咤された通り近場の川で水浴びでもしてきたのか、先程までの泥だらけでみすぼらしいカカトの姿はそこにはなかった。しかしどこで調達してきたのかダボダボのタンクトップに半ズボン、そしてサンダル履きで剥き出しのエレキギターを引っ提げたままのカカトの姿は、完全に街中を気怠く闊歩しているバンドマンそのものといった風情であった。

 とは云え異世界にそぐわぬ恰好であるというだけで、カカトの姿はむしろ私にとっては元居た世界で見慣れたファッションであった。この閉じた世界の礼装なり礼儀なりを私は把握している訳では無いが、激昂する者がいないということは苦笑いで済む範疇のラフな格好に収まってはいるのだろう。

 それよりも問題は、妖精機士(スプリガン)こと五型機兵(ゴレム)の“中の人”である、ナイ=トゥ=ナイの真の姿にあった。

 人形の様な白い肌に赤い瞳。波のように流れる銀色の長い髪。男の目を惹き付けて止まないコケティッシュな貌を持つナイトゥナイは、今はカカトの肩の上にちょこんと座っていた。

 妖精(フェアリー)族だということは私も聞いている。そして“妖精機士”に搭乗しているのが――パワードスーツを着込んでいると言った方が妥当な程のみっちり具合であったが――全て彼女達妖精族であることも私自身が目撃してもいる。

 だが、所長が命名者であると云うその妖精族は、厳密にはその“妖精”という呼び名から受けるイメージに反し、普通の人間の太腿辺りまでの身長であった。厳密に――あくまでゲーム知識由来でしかないが――云えば侏儒(こびと)と呼ぶ方が実態に近いであろう。妖精皇国の街中に買い出しに出かけ最初に妖精族を目撃した私自身の感想がまさにそれであった。

 だがカカトの肩に手乗り文鳥のように座るナイトゥナイの大きさは、単に小柄といった――そもそも人造の“製品”である“妖精”の背丈がほぼ均一であることを私は後から知った――範疇を大きく超えて、突然変異の域にまで達していた。

 それこそがナイトゥナイが“旗”より授かった六旗手としての“力”――すなわち、己の所有物を任意に“縮小”する能力であることを、御多分にもれず私は後からバロウル達によって教えられた。

 その“力”を用いてナイトゥナイ本人の体を縮小することにより、彼女専用の妖精機士(スプリガン)はまとまった余剰スペースを内部に確保できていた。そこに――多分に試験的な物も多いとは云え――様々な異世界由来の補助機器を積み込むことにより彼女専用の妖精機士(スプリガン)の性能は通常の妖精機士のそれとは比較に成らないまでに高い水準を保っているのだと云う話であった。

 機内で“縮小”した“衝撃波”をスラスターより噴出する際に“縮小”を解除することにより、一時的にではあるが単独飛行をも可能とするのだと云う。

 ナイトゥナイの妖精機士(スプリガン)の性能は兎も角、私が気に掛かっていたのは、妖精機士から降りた今でも彼女が小さいままの姿を保っている事であった。己自身を“縮小”し続ける事に、代償とまでは言わぬもののまったく負荷が無いとは思えない。

 元が小柄(チビ)に産まれ苦労した記憶しかない私にとって、小型化を保つ意味が不明である。自分の趣味だと喝破されればそれで終わる話ではあるのだが。

 コホンという咳払いによって、私は再びテラスの中央に意識を戻した。

 一同が揃った事を確認し、咳払いの主であるバロウルが立ち上がって会合の再開を告げる。進行役はナナムゥがそのままやりたがってはいたのだが、流石にそこまで幼女に委ねる訳にもいかず、コルテラーナもやんわりと辞退したことからバロウルにその白羽の矢が立ったという次第である。しがらみの少なさからも妥当なところであろう。

 カカトとモガミの間の意思の疎通は既に先日終わっているという事も有り、結局のところモガミが現況をコルテラーナと所長に説明する形となった。すなわち、私とファーラを襲撃したあの“化け物”についての説明である。


 「――“魔獣”?」


 所長の訝しげな物言いに、モガミは一旦説明を切って慇懃に頷いて返した。

 「商都(ナーガス)に程近い遺跡群の地下に眠っていたと思しき“魔獣”が目を覚ましまして――」

 再びへりくだった口調で説明を再開するモガミと、その態度を至極当然のものとして受け入れる所長。傍から見ていても両者の立ち位置は、確かに主従のそれであった。

 そのやり取りを嫁であるというモガミの左右の双子が、冷やかな表情を隠す事無く注視している。

 良くない兆候である事は私でも分かる。

 「地中を泳ぎ大地を泥土へと変えるその“魔獣”を野放しにしておく訳にもいかず、商都近郊よりこの地まで何とか誘導して参りました。さりとて、このままこの地に放置もできず、御身の懐刀である六旗手の力をお借りしたいと乞い願う次第です」

 確かにモガミの云うように“魔獣”とやらは放置できない存在であろう。地面を泥に変えながら街中にでも出現された日には、基部をやられた建物などはひとたまりもなく瓦解するだろう。危険視するのは当然の話であるし、六旗手の“力”を借りたいという願いも分かる。

 「遺跡?」

 しかし何故か――或いは何か思うところでもあるのか――所長は素直に納得することなく、更なる追及の言葉を頑なに口にした。

 「カルコース商会がしきりに遺跡を探っていることは私も聞き及んでいます。学者でもない商家の者が何故そのような墓泥棒の真似事をしているのかは知りませんが、そもそも“魔獣”が目覚めたというのも、貴方達が原因ではないのですか?」

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