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喜貌(6)

 「不要だと、云うことですか?」

 所長の口調には、怒気は勿論不快の色すら無かった。ただ純粋に意味が分からないという表情を僅かに目元に浮かべ、所長は小首を傾げた。

 彼女の好意に甘え、用意された新型の頭部ユニットに換装する。その場合、脳裏の声なき声がどうなるのかという疑念は確かに私の脳裏をかすめはした。かすめはしたが、逆に云うと私にとってはその程度の問題でしかない。肝心の問いにはいつも沈黙で返されている以上、無いなら無いでもどうにかなるだろうと思えるまでには、私もこの世界に馴染んできた証なのであろう。この世界の文字を学ぶ助けになるならば死守もするが、声なき声は頑なに私の視界に映る文字を訳すことを拒んだ。

 それよりも問題は、バロウルの狼狽ぶりから見るに所長の申し出は明らかにコルテラーナに無断の案件であった。それを受ける事で、慌てふためくだけのバロウルをも後から巻き込んでコルテラーナと所長の間で揉めはしないだろうかと云うことを私は恐れた。

 コルテラーナと所長との関係はいまだ私には理解し難いものであった。少なくとも何らかの『盟約』が存在していることは確実であり、その不透明な関係に私は怯えにも似た印象を抱いており、自分自身をきっかけにその関係を悪化させることを恐れたというのが正直なところではある。

 だが、そのような外的要因ですらも私にとっては最たる理由では無い。このような状況になって始めて、私は己が頭部に自身が強い愛着を感じていることを知った。自分でも困惑する程に強く。

 『身を切られるように痛む』と云う言い回しが比喩でなくなる程に。


 「なんじゃなんじゃ?」


 思考の――無駄な――袋小路に陥りがちな私をいつも救ってくれるのがナナムゥである。今もまたありがたいことに、背後にファーラを引き連れたままちょうど良いタイミングで我が幼主が賑々しく工廠に顔を出した。

 “マスコット”という表現はナナムゥに対して失礼であろう。しかし張り詰めていた工廠内の雰囲気が良い方向に一変したのは事実である。

 「EXキャリバー用の新しい頭を用意して来たのですが――」

 所長の説明を尻目にクロの掲げる新たな頭部を目敏く見つけたナナムゥが、全てを察した面持ちで一人満足気に頷く。その煌めく碧の瞳は、新しい玩具を与えられ興奮する幼児の正にソレであった。

 「流石は所長じゃ。これでキャリバーもようやくクロやシロみたいに喋れるようになるんじゃな?」

 興奮覚めやらぬ上気したナナムゥの貌に、所長の眉が八の字を形造る。元々が垂れ目の俗に云うタヌキ顔の為、その表情はかなりの困り顔に見えた。

 「流石にそこまでは……」

 「なんじゃ」

 何とか所長に食い下がろうとしたナナムゥが、赤い“否定”の光を一定周期で点滅させたままであった私の単眼に不意に気付き、指でここぞとばかりに差し示す。

 「ほれ、キャリバーも喋れぬのは嫌じゃと言うておる!」

 流石にそんな苦し紛れの露骨な話のすり替えが所長に通じる筈も無い。ただ予想外であったのは、ならば実際に私の意見を聞いてみようという流れになったことである。

 それだけを抜き出すと、とばっちりもいいところではあるが、どちらにせよ所長相手に新規の頭部ユニットが不要であるという理由を述べることを求められたに違いない。

 所長とバロウル、そしてナナムゥとファーラ。四人の八つの瞳が注視する中、私は壁のモニタに改めて自分の考えを綴っていった。

 私が脳裏で“話した”言葉だけが表示される仕様であることは本当にありがたい。思考がダダ漏れのままに綴られる仕様であったならば、兄妹揃って性格の悪い私は言わぬが花の言葉を不用意に書き連ねてしまったであろう自信があった。

 それはさておき、所長への釈明自体は単純なものである。今の丸い頭部が私にとって、正に己の体の一部であるというただその一点のみであった。

 あの地下廃棄場で最初に目覚めてからも、ガッハシュートの襲撃を受けた時も、今改めて思い起こすと常に辛苦を共にしてきたのだという強い想いが、確固たるものとして私の中に芽生えたのである。

 他人から見れば意味の無い拘り、大局的に見れば負の要素でしかないつまらぬ感傷なのかもしれない。それでも、交換可能な単なる部位の一つとして今の頭部を切り捨てる決断は、私には出来なかった。

 「お主が何を拘っているのか良く分からん」

 モニタに綴った私の思いの丈を見て、最初に訝しげな声を上げたのは無論ナナムゥであった。

 「服を着替えるようなもんじゃろ?」

 確かに幼主の言う通りであろう。それに論理的に反証する術は私には無い。しかし私が――到底理解されないであろう――『もののあはれ』なる感情論で答えるよりも早く、所長の方が先に口を開いた。

 「私の生まれた国では大切に扱った物には心が宿る、という言い伝えがあるのよ」

 「あ?」

 変顔と云っても良いレベルで顔を顰めるナナムゥを、しかし所長は静かに言葉だけで制した。

 「心を持つものを処分するのは心が痛むと、そういう話なの」

 「あ、それ、私の国にもあります!」

 ここぞとばかりに所長の尻馬に乗って、身を乗り出してファーラがはしゃぐ。その物怖じしない態度を前に、私の方が肝を冷やした。

 「捨てられた人形が帰って来たりするやつでしょう?」

 「分からん」

 ふてくされ気味の、ブサイクの域にまで達した微妙な貌のままにナナムゥがバンバンと手元の台座に両の手を打ち付ける。

 「古い物を新しい物に交換するのは当たり前の事じゃろ? だいたい、本当に物に心が宿ったりするものなのか、後から急に!」

 ナナムゥの尤もな疑問に、所長はただ重々しく頷いて返した。こればかりは生まれ育った世界での観念の話となるので、口で説明したところで真に理解して貰えるものではない。

 (ものではないけれど――)

 元よりそれを念頭に、それらしく頷いて有無を言わさず話を打ち切った所長に対し、私は内心舌を巻いていた。

 これ以上の口論は無駄であると悟ったのか口を噤むナナムゥは兎も角、他者の精神に干渉しその感情を鎮める御業を持つコルテラーナならば、物に心が宿るという私や所長の観念を共有できるのだろうかと、ふとそれだけを私は訝しんだ。

 「まぁ、なるほど、そういうことなら無理強いもできませんね」

 所長は軽く溜息を付くと、ナナムゥから私へと改めて目線を移した。その声色には依然として不快の色こそ滲んではいなかったが、それが場の雰囲気を悪くしない為の所長の気遣いではないのかと私は恐れた。腹の内では気分を害しているのではないのかと。

 「ヴ……」

 新型の頭部がそこらに落ちている訳でもあるまい。用意するのに相応の手間暇を要した筈である。それもコルテラーナの許可も協力も無しで。

 私から頼んだ訳では無い。私と同じ立場にあっても、大きな御世話だと意にも介さぬ者もいるのだろう。だが私は所長の厚意を結果として踏みにじってしまった事に胸が痛んだ。

 単なる小心者故の戯言だということを、こうして心を痛めているのだと自分自身に囁きかける事で自己満足を得る卑小な行為に酔っているに過ぎないのだということを、自分でも本心では分かっていたのだとしても。

 「いいのか?」

 所長とナナムゥ、そしてファーラが今度は何か別の話題で盛り上がり出した――人形が云々という声が漏れ聴こえて来たので、おそらくは先程の“心が宿る”という話題の延長ではあるのだろう――のを見計らったかのように、それまで一人沈黙を守っていたバロウルが吊られた私にツイと身を寄せそれだけを訊いた。

 「遠慮しなくても私と所長の2人で頼めば、コルテラーナも許してくれると思う」

 「ヴ」

 そのバロウルのささやかな、しかし最初の狼狽ぶりを見るに意を決したのであろうその申し出に、私は改めて自分の言葉を綴った。今はバロウルしか注視していないモニタの上に。

 ナナムゥがこの丸い頭に事ある毎に跨り愛でてくれていること、そしてバロウルが真摯に整備してくれていること、その全てが私にとってかけがえのないものなのだということを。つまらない拘りであろうとも、少なくとも私自身はそう思っているのだということを。


 「そうか…」


 何を馬鹿なことをと一笑に付されることは覚悟していた。だがバロウルは私の予想に反し、ただ伏し目がちに、それだけをポツリと呟いた。

 恩着せがましい言い方をしてしまったのかもしれないと不安に駆られる私を余所に、バロウルは顔を上げるともう一度同じ言葉を呟いた。

 そうか、と。

 「ヴ……!」

 この時、私は始めてバロウルの笑った貌を見たと思った。無論、ナナムゥと共に笑い合っている場面は幾度も目にしてきた。だが少なくとも、自分に真正面から向けられた笑顔を目にするのは、これが初めてである事を知った。

 良かったと、私は素直にそう思った。

 自分の不安が解消されたとか、珍しいものを見たとか、バロウルとの関係性が良好に移りつつあることに安堵したとか、後から様々な理由付けはできるのだろう。だが私は良かったと、単純にただそれだけを嬉しく思った。

 我ながら奇妙にも。

 ここまでが、私の頭部を換装しようという試みに関する全てである。

 結局のところ、コルテラーナへの伺いを立てる以前の問題として、頭部丸ごとの交換は私の意志を尊重して見合わせる事になった。

 だが、所長が自分の世界の慣習だと言い張り、一つだけささやかな『お守り』を私に付与した。

 それが件の“角”である。

 と言っても、新たに私の頭部に増設されたソレは、“角”という名称から想像されるような猛々しい一本角などとはかけ離れたものである。頭頂部より後方に向かって伸びる円筒に近いソレは、“角”と云うよりはむしろ“丁髷”と呼ぶに近い代物であったかもしれない。

 流石に“角”のような小物に関しては、コルテラーナが後から異を挟んだ様子は無いようであった。本当に、単なる装飾品だからであろう。

 その証拠と言える程のものでもないが、その日の夕方には“角”を私の頭部に付与する作業は完了していた。文系の素人の安易な憶測なのかもしれないが、外付けで溶接――本当に“溶接”なのかは知らないが――をしただけで試製六型(わたし)の内部に何かそこから配線の類を引き込んだ様子は無かった。

 『赤い機体には“角”を付けるのが私の国に代々伝わる習わし』だと云う所長の謎の主張の通り、縁起物であるという以上の意味は無いのであろう。

 だが、私自身が本当にそれで納得しているのかと訊かれれば、気に掛かる点がまったく無いと云えば嘘になる。

 “角”のささやかなお披露目の際に、所長がナナムゥの耳元で何か真剣な顔で囁いているのを私は偶々目にしていた。


 『所長は本当にそういうの好きじゃのぅ』


 半ば呆れた様なナナムゥの声――私の耳に届くくらいであったということは、始めから隠し立てにも値しないということであろう――には、深刻さの色など欠片も無かった。いつか私がその耳打ちの内容を知る時が来るのかもしれないが、その頃にはこの取るに足らない疑念を忘れ去っているであろうという確信はあった。


 「キャリバー、急げ急げ!」


 こうしてしばし先日の工廠での出来事を私が回想している間にも、ナナムゥは私の頭の上で鼻歌交じりに私の脚を急かした。ポルタ兄弟が作業中に儀式めいて良く歌っている歌を、拙なく模倣した陽気な鼻歌である。それが幼主ナナムゥのご満悦の証なのだということを、私は既に知っている。

 片や宿からの帰路を同道していたファーラの方はと云えば、これまた私の左腕の中に抱きかかえられて揺り籠の中の赤子の様にその身を任せていた。

 結局のところ、私一人が二人の少女を乗せ抱えてドタドタと進んでいるという構図である。

 これも既に浮遊城塞オーファスにおいてお定まりの光景になっていた。ナナムゥ達のみならず、オーファスに住まう子供達にとって私は恰好の遊具であったのか、暇さえあれば皆競うように私の背や肩に飛び乗った。

 ちなみにファーラに関しては歩くのが嫌だと愚図るので仕方なしに抱きかかえているなどという訳では決して無く、『姫』に対する私なりの礼儀として私の方から手を差し伸べているのだということを、彼女の名誉の為に付け加えておかねばならない。


 「――ん!?」


 と、不意にナナムゥが唄う事を止めた。揚陸艇を中心とした野営地がもうすぐ見えて来ようかと云う場所である。

 「止まれ、キャリバー」

 私の耳元で囁くナナムゥの声色は真摯なものであったがその反面、どこか愉しげでもあった。

 「なんぞおるな……」

 私の肩口にスックと立ったナナムゥはスンスンと犬のように鼻を鳴らした。

 「――大勢の気配じゃ」

 そこからのナナムゥの行動は素早かった。手近な樹にワイヤー代わりの“糸”を巻き付けると、私の肩を蹴ってあっと云う間に中空に身を躍らせる。

 「先に様子を見てくる。それまでここで待っておれ!」

 その語尾が風に吹かれて消えるよりも早く、幼主の躰はゴム毬のように跳ねて梢の中に消えていった。

 迂闊とまでは言わないが、危ういなとは私は思う。あの不審な気配に対する警戒どころか愉しげな声色は無論のこと、試製六型(わたし)だけでなくファーラの身柄を任されたことで、責任者の立場であるという責務を意識し過ぎているのではないのかと。

 賢しくはあるがなまじ幼い身である故に、巧く手を抜くことを知らずに全身全霊であたってしまう、それがナナムゥにとって悪い方向に転がる事もあるのではないかと私は危惧した。

 とは云え、少なくとも今現在のこの不測の事態に対する心配は不要であるだろう。何が“来訪”しているのかは知らねども、野営地にはコルテラーナと補佐役の老先生、所長とその護衛の機士であるクロがいる。

 そしておそらくは、何処かに姿を隠しているのだろうガッハシュートも。

 先日の襲撃より体調を崩しがちであるバロウルを除いたとしても、私の知る限り錚々たる面子である。完全に私の主観ではあるのだが、滅多な事で後れをとる事もあるまい。

 むしろ気にかかるのは、今回は他に一切の随伴員を連れて来ていない事である。幾ら今回が試製六型(わたし)の試験運用でしかないとは云え、コルテラーナの秘密主義は徹底し過ぎていると言えた。

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