喜貌(5)
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ザイフ村――
商都ナーガスを囲むように点在する、付属と言っても良い幾つかの村々の内の一つである。ナーガスにとっていわば“歩哨”の役割を果たすその村々は、ほぼ全てが元は流れ者やあぶれ者の居留地であったとは思えない程にまっとうな“村”として機能している、そういう話であった。
その“村”としての機能に疑問符の付く数少ない例外が、外周をグルリと低い石の壁で囲まれたこのザイフ村であり、そればかりでなく人の居留地としては最も“黒い棺の丘”に近い場所に位置しているという特色があった。
“村”と呼称されてはいるが、その実態は砦に近い。それがザイフ村をして“例外”と呼ばれる理由であり、村の周囲を覆う石壁は人が身を隠す為には屈み込ねばならない程に低いものであったが、遺構を利用した強固な造りであった。
遺構――この閉じた世界に点在する古い遺跡は老朽具合も規模も建築様式すらもまちまちであった。謎多き“彼等”によって囚われ封じられたこの密封世界であるにも関わらず、遺跡の元の建造主が誰であるのか、そして何処に消え失せたのかを知る者はいない。噂話の類いすらも。それを疑問に思う者こそあれ、それを専門に研究する余裕など今のこの世界の人々にある筈も無かった。
『代々学者の家系に産まれたからなのか、どうしても気になってしまって……』
私に雑多な四方山話をしてくれた所長ですらも、そういうだけが関の山であった。
もしその謎を解き明かせる者があるとするならば、神出鬼没を謳われる移動図書館の『司書』達くらいであるのだろうと。
「久しいのぉ!」
ザイツ村唯一の宿泊施設に出向いた私達一行――と言っても、私とナナムゥとファーラのいつもの3人組である――は、石の躰で出来た私を除いて2階に案内された。早速その木の窓を全開に開け放ち、ナナムゥがどこまでも響けとばかりに大きな声を張り上げる。
木々の間から驚いて飛び立つ鳥達を、上気した顔で眺めるナナムゥ。その興奮冷めやらぬ顔を心の中で肩を竦めつつ見上げる私自身はと云うと、宿の入り口で一人石像の様に佇んでいた。
これが暢気な観光地か何かであったなら、宿の玄関に据えられた歓迎用の立て看板役を兼ねた石像だと見間違われたことだろう。
その様な推測は些事であろう。ナナムゥの叫んだ『久しい』という言葉にこそ私は想いを馳せる。過去にこの村を訪れた事があるなどと言う単純な感傷ではないことを、私はコルテラーナやバロウルから既に聞き及んでいた。
“黒い棺の丘”を取り巻く黒い森の只中で、獣のように生き延びてきたというナナムゥとカカト。その幼き2人をコルテラーナが保護したという昔語りまでは私も何某かで聴いたことがある。だがこの両者に関する話はそれだけでは終わらない。
生体兵器の類ではあるまいか――それがナナムゥと――私にとっては未だ見ぬ――カカトに対する所長の見解であった。
生体兵器というのが事実であるならば、それは何らかの人造の生命体という事にもなる。年相応に感情を露わにしてはしゃぐナナムゥを見るに『まさか』とは思うし、“糸”を繰り幼女とは到底思えぬ程に的確に状況を判断する彼女の様を見るに『さもありなん』とも思う。
無論、“糸”のような特殊な能力を生来有しているのも、早熟という表現すら生温い聡明さを有しているのも単なる『そういう一族』というだけのことなのかもしれない。それにしてもあまりに無駄が無い、極端に言えば“超人”に過ぎるというのが所長の主張であった。
所長のお膝元でもある『観測船瑞穂』の診療設備さえ使えれば、所長の疑念も少しは解消したのかもしれない。しかし不幸なことに『瑞穂』船体の医療ブロックそのものが、この世界に落着した際に圧潰したのだと云う。
それが健在であったならば、ナナムゥの身体の調査どころか多くの生命を無碍に死なす事もなかったと、所長は自責の念で俯きながら私やナナムゥにそう告げた。自分と共にこの世界に墜ちそして命を落とした従者に止まらず、もっと多くの者達を救うことが出来た筈だと。
父母を事故で亡くし、そしてこの世界で妹をも喪った私にとっても、『身内』を失ったその悲嘆は痛い程に分かる。
とめどなく話が本筋よりズレていくのは私の悪癖である。話をナナムゥに戻すが、生体兵器という所長の推測の是非がどうであれ、私にとって彼女が愛すべき幼主であるという事実に変わりは無い。或いは心の奥底で私が“妹”の代替品を求めているに過ぎないのだとしても。
「とぅっ!」
そのナナムゥが2階の窓枠を蹴って空中に身を躍らせる。窓の奥側にいたファーラの驚愕の声が響く中、その小さい躰はクルクルと縦に回転すると、私の肩口に体操のお手本の様にスタリと見事に着地した。おそらくは宿屋の何処かに“糸”を引っ掛け、落下の勢いを殺したのだろう。
結局はファーラが上階から降りて来るのを待つ形となるので、ナナムゥがはしゃぎ過ぎただけということになる。
ファーラが宿の外に出て来るまでに、しばしの時間を要した。3人揃って宿を出ると云うことは借りた宿の部屋の方は無人となる訳だが、それは始めからの示し合せである。宿はあくまでカカトとの合流地点として押さえているだけで、私達が寝泊まりする拠点は村から外れた場所に止めた揚陸艇で行う手筈となっていた。
それは商都ナーガスと密に繋がっているザイフ村の住人に対しての情報の秘匿と、もっと単純な理由として私や所長付きのクロがそもそも宿に入れるサイズでも重量でもない為でもあった。
「では戻るぞ、キャリバー! ファーラ!」
ナナムゥが私の肩口から頭の上へとよじ登ると、私の“角”を掴んで高々と号令を発した。角度的に私からはその姿を直視できないが、最近はその“角”がお気に入りの様なのでまず間違いはないだろう。
“角”――粒体装甲と魔晶弾倉に次ぐ、私の第三の追加装備。とは云え、“装備”と呼ぶには細やかな付属品であるし、追加された経緯自体が前の二つとは大きく異なるものであった。
『私の権限では会話機能を付与するまではしてあげられないのですが――』
所長が急に私達にそう話を切り出してきたのは、六旗手”ティティルゥの遺児達“を退け、浮遊城塞オーファスに揃って帰還してから後のことであった。
そもそも所長が護衛のクロと共にこのオーファスに乗り込む事態となってしまったのは、ひとえに日程の問題――正直に告白するならば私のせいに他ならない。
本来ならば館の地下で改装を――所長の命名するところの“EXキャリバー”――終えた時点で所長の担当は終わっていた筈であった。
だが、不可逆の換装であるが故にあれほど手脚の切り離しをするなと念を押されていたにも関わらず、その場の勢いでその禁を破った愚者がいた。改めて言うまでも無く、私自身のことである。
粒体装甲周りの再調整を悠長に『瑞穂』内で行う事が出来る程には日程に余裕は無かった。妖精機士団の援軍を乞うた以上、妖精皇国の評議会に対する後処理――と諸々の隠蔽――に忙殺されたとも聞いた。
加えて――私自分にとって都合の良い、半ば願望近い――推察となるが、万が一とは云え『瑞穂』への再度の襲撃の可能性をも考慮したのではないのかと思う。結果として所長も“黒い棺の丘”まで同道し、オーファスの工廠内で粒体装甲の再調整を行う運びとなった次第である。
これまた余談となるが、シロと共に館での留守番を言い渡されたミィアーの憤慨は傍目にも気の毒な程であった。
『私は養父から所長の護衛をする為にここに遣わされました!!』
地団太を踏むという言葉が有るが、それを実際に見たのはナナムゥに次いで2人目である。
後で声なき声から聞いた――要は機密事項では無いということでもある――ことだが、“ミィアー”という名前自体が、この世界の言葉で『護る者』を意味するのだという。
孤児であった彼女が商都ナーガスの名士であるカルコース家の孤児院に引き取られ、やがて『護る者』の名前を与えられ所長の御付きとして遣わされた、その更なる詳しい経緯を所長から聞く機会は遂に無かった。所長の本意からは外れているからである。
結局のところ、六旗手”ティティルゥの遺児達“によって手痛い損傷を受けた『瑞穂』の自己修復機能――私の居た21世紀と所長の元居た時代との間にどれ程の技術格差が生じているのか、自分でも小心者過ぎるとは思うがいまだに尻込みしてしまって聴く勇気が無い――の進捗を見届ける大役を果たして貰わねばならぬということで、どうにか宥め賺した次第である。無論ミィアー一人ではなく護衛と補佐、何よりも緊急時の連絡用端末として赤い機体のシロも共に館に残ることとなった。
館と瑞穂船内には常駐せずに見回りに留めるように所長がミィアーに固く言い含めていた所を見るに、やはり二度目の襲撃を警戒しているのだろう。
そういう諸々のちょっとした騒動を経て、所長とクロだけがオーファスに乗り込んで来たという次第である。所長が今回の一連のテストに付き合って再び館に戻るまでに、優に15日はかかるであろう。それは同時に所長――否、妖精皇国の長である“妖精皇”が、それだけのまとまった期間を私的な理由で留守にしても問題ないということでもあった。
無論、私達の目に触れないように水面下で様々な根回しは済ませているのであろう。だがそれを考慮に入れたとしても、“神輿”としての役割すらも今の妖精皇国からはそれ程は求められていないという事は明白であった。
私のような小心者は、その現況を知るだけでも不安になる。いつか、所長の座する館の地下に眠る『観測船瑞穂』と云う名の“至宝”を求めて、妖精皇国自体が所長に牙を剥く日が来るのではあるまいかと。
下衆の勘繰りなのかもしれないが、所長がこの浮遊城塞オーファスとほぼ個人的といっても良い誼を結んでいるのは、或いは来たるべき有事に備えての事かもしれないと、私は一人胸に留めた。
その様な密やかな懸念を抱いているところに、当の所長が手脚を外されハンガーに吊られた私に声を掛けてきたのである。しかもそれはオーファスがザイフ村を目指してゆっくりと飛行を始めた初日の事であった。
「先日はご苦労様でした」
後ろにクロを従えた所長が私と、そして試製六型に繋がれた端末をチェックしていたバロウルへと声を掛ける。
「所長……?」
端末の画面から貌を上げたバロウルの訝しげな表情から、私は所長の来訪が予期されたものではない事を知った。私自身もコルテラーナや所長を交えた本格的な調整は明日からだとバロウルに聞かされたばかりであった。
挨拶代わりだと云わんばかりにバロウルと所長の両者で交わされた会話は、専門的過ぎて私には理解出来なかった。餅は餅屋だと割り切ることに抵抗は無い。問題は、ひとしきりバロウルとの打ち合わせを終えた所長がおもむろに切り出した台詞の方にあった。
「私の権限では会話機能を付与するまではしてあげられないのですが――」
それまで無言で背後に控えて居たクロが所長の言葉に合わせて前に踏み出し、両腕に抱えていた物を私達の前に掲げた。
「今の暫定の頭部よりは上質の物を用意しておきました」
いつの間にか所長の右手に握られていた扇子が、折りたたまれたままピッと指揮棒の様に私に向けて突きつけられる。
「所長、それにはコルテラーナの許可が――」
驚愕の言葉と共に慌てて腰を浮かすバロウルを、所長はただ左の手を掲げる動作一つで黙らせた。
「後は私とコルテラーナとの話です。貴女に迷惑はかけません」
「所長……!」
バロウルは、それ以上口を挟まなかった。挟めなかったと云った方が正確かもしれない。或いは、どこか異様に怯えているようにすら視えた。
だが、私にそれを問い質す暇すら与えずに、所長がクロの抱える見たことの無い機兵の頭部を改めて私に指し示した。
「試作用では無い、正規の六型機兵用に私が誂えておいた物です」
「……」
今の試製六型の頭部は楕円形に単眼があるだけの非常に単純な造りである。ロボットアニメで云うならばモブのヤラレメカと見紛ってもおかしくない代物であった。
一方所長が新たに持ち込んできた『正規』の頭部は、主役機とまでは云わないまでも僚機レベルにまでは洗練された、俗な言い方をすればシュッとした男心をくすぐる物であった。
「耐久性は勿論ですが、それ以外も色々と――」
「ヴ!」
滔々と解説を始める所長の言葉を遮る行為が無礼以外の何物でも無い事は、流石の私も知っている。ましてそれが善意によって成されたものに対してならば尚更のことである。
しかし一方、既に自分の心が決まってしまっている以上、それをひた隠しにして所長に無意味な時間を割いて貰うのも虫の良い話だとも思ったのは事実である。
故に私は己の単眼に赤い光を灯した。ここのところお定まりになった感もある、“否定”を示す赤い光を。




