喜貌(4)
「実はの、“糸”を結わえておるからの、ファーラがどこにおってもわらわにはすぐ分かるのじゃ」
キシシと笑いながら、ナナムゥがこっそり私に耳打ちしたその言葉。
コルテラーナや所長が警戒しているように何らかの強大な“力”をファーラが秘めているならば、ナナムゥの仕込んだ“糸”が彼女の意図した通りの効力を発揮するのかは正直怪しいとは思う。むしろ切断されたという話を聞かない方が不安になるレベルである。
だが、それはそれとしてもナナムゥの賢さとそつのなさがあれば、『守役』としての務めを充分に果たすであろうと私は確信していた。監視対象であるファーラの方もまた、己の立場を弁えているのか大人しくナナムゥに突き従っている以上尚更である。
否、『大人しく』と云うのは語弊があるだろう。まるで十年来の友人の様に、我が幼主とファーラは笑い、駆け回り、悪戯っ子の様に目配せをし、そして隙があれば互いを小突き合っていた。幼女ながらに賢しいナナムゥと、純真無垢な笑顔を浮かべいまだに童心を失ってはいないような“少女”ファーラ。外見は兎も角としても、2人の内面の精神年齢が近く、それで波長が合ったのかもしれない。
しかし、如何に幼児の如く気ままに傍若無人を装ってはいても、ファーラの立ち振る舞いは決して粗野と呼べるものではなかった。むしろ少女が端々に見せる品の良さ、礼儀正しさに関しては――異なる世界の出である以上、それを『礼儀作法』の一言で括る事が出来るのかと云う根本的な疑問は置くとして――何らかの修練を積んでいることは間違いないように見えた。
『“姫”と命名しましょう』
それが、ファーラの仕草物腰を物陰からつぶさに観察した所長からの提案であった。
『むしろそう呼称するのが礼儀というものです』
所長の強固な主張は、しかし追随されることはなかった。さり気なく聞き流されたと云うべきか。私に名付けた『EXキャリバー』の異名と同様に。
兎も角その呼び名はどうであれ、迷い込んだ“少女”を端的に言い表すとするならば『天真爛漫』――持って回った言い方をしないならば『育ちのいいアホの子』というのが妥当であろう。策を弄すタイプには到底思えない。
それはいい。
我が幼主ナナムゥならば一見無邪気に馴れ合い遊び回っているだけに見えなくとも、『任務』自体を忘れるような失態はないだろう。
何よりも私自身がかなりの時間をナナムゥと共に過ごしているおかげで、オーファスの住人の中ではファーラと接する機会が多い方である。そのわたしがちょこっと見ただけでも、ファーラは全然悪い子には見えなかった。
それはいい。
(問題は、だ……)
ようやく私達の前に辿り着き、私の躰の上を跳ね回るナナムゥと早速小突き合いをしながら戯れ始めるファーラを視ながら私は思いを巡らせる。正確にはファーラ自身に対してではなく、彼女の額を飾る宝冠に対して、である。
素人の私でも価値ある物だと一目で察せられる、細かい意匠を施された白銀の小振りな宝冠。その中央、ちょうどファーラの広い額の上に鎮座する、蒼く澄んだ丸い宝玉。その輝きはどこか私に図鑑で見た水の星を連想させた。
『――ルフェリオン』
それがその蒼い宝玉の銘だと――どうやって聞き及んだのか――コルテラーナや所長はそう私達に告げていた。加えてファーラ自身がその銘を陰で口にするのを私自身もナナムゥも幾度か聴いた。
私の与り知らぬところでどのようなやり取りがコルテラーナ達と“少女”の間で交わされたのかは分からない。唯一つだけ確かな事は、あの所長の館での襲来の際に事あるごとに輝きを放っていたその青い宝珠が、今はそれが嘘や幻であったかのように沈黙を保っているということだけである。
少なくとも、私やナナムゥの目の届く範囲では。ファーラ自身がアホの――搦め手とは無縁である以上、宝玉自体に謎があるとしか思えない。
「おっと!」
と、一通りはしゃいだことで気が済んだのか或いは単に失念していただけなのか、私の頭部に馬乗りになったまま、ナナムゥが不意に私に耳打ちした。
「そうじゃったそうじゃった、所長が呼んでおるから迎えに来たんじゃった」
耳打ちと云っても別に声を潜めたという訳でもなく、幼女の甲高い声が周囲に響く。
「ヴ……」
唐突な申し入れに、私は己が単眼を脇の空のバケットへと向けた。単なる荷運びの手伝いとはいえ、元の場所にバケットを戻すところまでは完遂したいと願うのは、私が小心者である所以であろうか。
しかし私が一旦“拒否”の赤い光を単眼に灯す前に、それまで黙って私やナナムゥを見守っていたポルタ兄弟の方が先に私に口添えをした。
「なに、後は空の籠を運ぶだけだ、遠慮せずに俺達に任せときゃぁいい」
「そうそう、お客人を待たせる訳にもいかんしな」
「ヴ」
突然の厚意に戸惑う私に対し、兄弟は厳つい貌ながらも揃って破顔すると、更に私を後押ししてくれた。
「お前はうちの大将の傍に控えておいてくれ」
「その方がうちの大将の機嫌もいいからな」
『うちの大将』とは言うまでもなくバロウルの事である。兄弟は揃って思わせぶりにその名を上げると、すぐに互いに顔を見合わせ大笑した。
「ヴ?」
何がそこまで可笑しいのか私には分からない。だが少なくともその大笑が私自身にも向けられている事、そして何よりも自分がまたしても他人の好意に背を押された形となったことだけは分かった。
確かに兄弟の言う事にも一理ある。あの六旗手”ティティルゥの遺児達“に寄生されてから後、バロウルが体調を崩しがちであったのは事実である。今日は始めてという事もあり私の『ゴミ捨て』に講習がてら付き合ってもらってはいるが、ポルタ兄弟には工廠の副長としてそちらに詰めてもらい、特に心得も無い私がバロウルの雑事の介助役として傍に付いているのが筋と云うものであろう。
バロウル本人はそれを嫌がるであろうが仕方のない。事実、私に弱みを見せるのが癪に障るのか、私が――これでも私なりに彼女の体調を気遣って――労わろうと試みるだけで、あの褐色の雌ゴリラは露骨に渋面を作るのが常であった。
「よし、ならば行くかの!」
私の肩からピョンと降り立ったナナムゥが私の右の腕を取り、それを真似たファーラが私の左腕を引いて二人並んで先導を始める。
「じゃあ、任せたぞ、色男!」
「ヴ!?」
ポルタ兄弟の兄であるナンディ氏の方――ちなみに弟の名はオール氏と云う。正直なところ、私は服でしか両者を判別出来ない――から投げかけられた、笑いを含んだ大きな声援。
からかわれているのだろうとは思う。或いはこの石の躰の見た目が彼等の審美眼だとロボ的な格好良さ――すなわち『色男』に該当するのかもしれない。
どちらにせよ私自身が『色男』などと褒められることなどある筈も無く、妙な居心地の悪さだけが胸の内に残った。兄弟にとってはどうということのない単なる軽口の類なのだろうと、頭の中では分かってはいても。
釈然としないままに二人の少女に腕を引かれて歩み出す私の耳に、最後に届く兄弟の別れの言葉。
「しかし、惜しいな」
その嘆息を聴くのはこれが始めてのことではない。これまでも兄弟がしばし口にし、場合によっては私の肩を叩きながら苦笑交じりに面と向かって告げられたことすらあった。
『惜しい』と評されるという事は、すなわち私が彼等の要求する助勢の水準に達していないという事である。私に似つかわしい評価だが、それはそれとしてやはり恥ずべきことではある。そのままでは単なる自虐を言い訳にする行為でしかない。
少しでもその評価を挽回したいが為に、今日のようにこまめに工廠の雑事を手伝っているという下心はそれこそ卑しいと失笑されるだろうが、残念ながら私は他の術を知らない。
「よし、ここから工廠まで競争じゃ!」
私の手を引いて進むだけの行為に飽いたのか、ナナムゥが私とファーラの顔を交互に眺めながら不意の提案を口にする。
「ヴ!?」
己の不甲斐なさに思い悩んでいた事もあり、その唐突な申し出に対し私は咄嗟に反応できなかった。ファーラにしても同様で、大きな黒い瞳をますます大きく見開いた程である。
そしてナナムゥは私達の返事を待つ事すらせずにニタッと笑い、クルリと躰を半回転させると始めからトップスピードで走り出した。
「うはははっ!」
工廠のある左の塔の正門は既に目と鼻の先である。やろうと思えば“糸”をワイヤー代わりに通路を子猿の様に跳ね回り、あっと云う間に私達を引き離す事も可能な筈であった。
だがそれをせずにナナムゥが通路である石畳の上を無心に駆け抜けて行くのは、彼女なりの加減した遊び心であったのだろう。
何にせよ、私としてはムキになってナナムゥの後を追いかける訳にもいかない。この石の巨体をドタドタと轟かせて無暗矢鱈に駆け回るだけで、衝撃により何らかの二次災害を巻き起こす結末が目に見えている為である。
ならば出来ることと云えばせいぜいが速足に留め追い縋り、ナナムゥの機嫌を損ねない程度に競争している体を装うくらいであろうか。
(どうかな……?)
本音を言えば、それすらも賢しい幼主にヘタな芝居だと悟られかねないので競争自体はファーラに一任したいところではある。だが私のこれまでの見立てでは、ファーラはそれ程身体能力が勝っているようには思えなかった。むしろ鈍い――それは些か言い過ぎだとしても、ナナムゥとじゃれ合う程度なら兎も角、到底それに追随できるレベルではなかった。幼主の機嫌を損ねぬ為にも、結局は私自身が走らねばならぬだろう。
それが幼児に対する年長者の嗜みなのだから。
「ヴ」
私の予想に違わず、ファーラはナナムゥの後を追って遮二無二に走り出したりはしなかった。そこが、同じ様にナナムゥと仲良さげであったミィアーとは大きく異なる点である。自分に出来ること、出来ないことに対する身の程を弁えているということだろう。羨ましい話だ。
だが、次に“姫”がとった行動というか仕草は、私の予想を外れるものであった。
「どうぞ」
ファーラはそれまで掴んだままであった私の腕を離すと、その一言を添えて私の単眼を見上げた。何一つとして己の行為に疑いの無い、澄んだ黒い瞳でジッと。
「ヴ……?」
幾許かの逡巡の後、抱えて運ぶことを期待されているのだとようやく私は悟った。
一切の気負いが無い、当たり前の体で成された要求。“姫”と呼称するのが相応しいと云う所長の提案が改めて私の脳裏に甦る。
それ自体は半ば戯れめいたやり取りではあったが、ファーラなる“少女”の有り様に私は一人恐れ戦いた。試製六型機兵と云う石の巨体に躊躇いもせずに己が躰を預けるというその無垢にして無謀な要求に。
私が“姫”の古参の“従者”であるというならばまだ分かる。まだ短い付き合いではあるが、ナナムゥが私の主を自認しているように。
だが、いくら間にナナムゥを介しているとは云え、私とファーラ自体は大した接点は無い。私が言葉を発することも叶わぬ以上、ファーラと腹を割って話をする以前の問題である。
そのまったくの赤の他人と言っても良い私に躰を預けようとしている、その無防備さが恐ろしい。よほど人としての器が大きいのか、或いは単に恐怖心に欠けている残念な娘なのか。
それとも異なる世界から墜ちて来た“少女”として私とは根本的に精神構造自体が異なるとでもいうのか……。
「どおした!? 早よせいーー!!」
既に塔の入り口に辿り着いたナナムゥが、半端に開けた扉から顔と躰を半分だけ覗かせて私達を急かす。その声は如何にも楽しげであり、一瞬私にファーラへの旋律を忘れさせた。
死地に赴く私に与えられた、最後の穏やかで優しい日々。“神”を知らぬ私に与えられた得がたき恩寵――などという感傷に浸っている場合ではない。もうここまでお膳立てが整っている以上、私に選択肢など残されてはいない。
(恐ろしい……)
私はそれこそ無防備かつ無警戒に大人しく佇むファーラの躰を、石の腕でそっと抱え上げた。
「ありがとう」
見ているこちらが危惧する程に危なっかしく私の胸板に躰を預けるファーラ。私の躰が基本的に凹凸に乏しい曲面で構成されている関係上、不安定なことこの上ない。その状態を自覚できているのか否か、ファーラは満面の笑みを私へと向けた。
それが進めの合図であることは流石にすぐに察することが出来た。
(と、なれば、だ……)
自分の胸の内に、昏い企みが染み出してくるのが分かる。
もし、駆け出した私の腕の中からファーラの躰がすっぽ抜けたとしても、充分起こり得る不測の事態である。
不思議でも何でもない不幸な事故。
無論、振り落されたファーラが頭から地面に激突し、取り返しのつかない惨事となるようなことはおそらくは無い。私にとってそれは確信と言っても良かった。
おそらくは私だけでなく、コルテラーナ達も当然予測している現象である。いざとなればファーラの額を飾る宝冠の蒼い宝玉が輝き、“姫”の躰を不可思議な“力場”で護り通すであろうということを。
所長の言う出自の良さは兎も角としても、平々凡々とした少女でしかないファーラの素肌を”ティティルゥの遺児達“の毒牙から護り通したように。
それが彼女の“力”。早急に解き明かすべき“力”の源。直接目の前で発動した暁には、それに対する釈明を求める事も可能だろう。そこから“謎”の一端に迫ることも出来るだろう。
(詮無い事だな……)
私は胸中で苦笑すると、恥ずべき企みを胸の内に仕舞い込んだ。そして素知らぬ貌のまま――そもそも表情など無いが――おとなしく速足でナナムゥの待つ塔の入口へと向かった。ファーラを振り落すような事がないように、両腕を揺り籠上に組んだ姿で。
“少女”を敢えて事故に見せかけて振り落すなど、流石に不作法に過ぎる。例え額の宝玉の加護により惨劇を回避する結果が予想されたとしても、やってはならない事だろう。
(それに……)
あるたった一つの事実が、私の“少女”に対する警戒心なり不信感なりを薄れさせた。霧散したと云っても良い。
『ありがとう』とはにかんだファーラの笑顔。
その醸し出す雰囲気が瓜二つであったからである。
ふたはに――私の大事な妹に。
なんとか・・・と言いつつも話自体はまったく進展していませんが。たすけてぷいきゅあ~。
与太話は兎も角として、正直なところデスマ続行中です。相手側の問題で、かつ当面の解決の見込みがまったく無いという恐ろしい状態です。
それでも駄目は駄目なりに最適化はするという日本のサラリマンの習性で、何とか今回の更新分までは漕ぎ着けました。
話は進んでいませんが。今後の進捗も暗いままですが。




