喜貌(3)
この閉じた世界のどこにいようとその位置をザーザートに補足されている以上、アルスに“不可視の枷”の発動から逃れる術は無い。それどころか位置を補足できている以上、距離に関係なくザーザートはいつでも望むタイミングでアルスの“不可視の枷”を発動させることが可能であった。
自走式の爆弾として。
後は“撒き餌”である“少女”を拘束しているであろう妖精皇国か浮遊城塞の要地へ、アルスを上手く導くだけの話であった。
その為に、“少女”の身柄が放り出されないように――外連味たっぷりの演出を添えて――六旗手”ティティルゥの遺児達“の”芯“として、”遺児達“が操っていた猿人を経由して浮遊城塞の一行に”回収“させたのである。基本的に同じ航路でしか移動しない――それは過剰な警戒心を起こさせない処世術でもある――浮遊城塞の動向を予想することは、ザーザートにとっては容易いことであった。
今頃は然るべき要害の奥深くにおいて、“少女”は謎の六旗手の縁の者として尋問を受けていることだろう。或いはいっその事ひと思いに処刑でもされてくれた方が、アルスが復讐に燃え上がりこの閉じた世界で――無駄に――荒れ狂う事になるであろうが故に、ザーザートにとってはむしろ望ましくさえあった。
――グゥゥ……!
再び頭上より降り注ぐ苦悶の呻き声。ザーザートは彼方の“少年”へと向けたそれまでの冷笑を収めると、一転して憤怒の炎の燃える憎しみの視線を頭上へと転じた。
「ティティルゥの受けた苦しみ辱めは、こんなものではない」
“旗”である長杖を握る、普通の人間のそれよりも長いザーザートの指が怒りによって打ち震える。杖の先端が苛立たしげに床を叩き、部屋を蠢く遺児達が一斉に鎌首をもたげた。
「ティティルゥの遺した無念、この世の全ての者に、必ず等しく贖ってもらう……!」
*
「赤い月夜が明けた時〜♪」
野太い、しかし陽気な歌声が狭い通路内に幾重にも反響していく。
「とーちゃんかーちゃん土の下〜♪」
似てはいるがまた違う野太い声が、更にその後を継いで高らかに歌い上げる。
歌詞の内容的にちょっとどうかと思わないでもないが、それよりも翻訳を担当している私の脳裏の声なき声が、日本語としての歌詞と歌の節とのタイミングを絶妙に合わせてくれていることに素直に感心する。
それは兎も角として、今の私は珍妙なバックコーラスと共に、浮遊城塞オーファスの地下通路で台車に乗せた空のバケットをただひたすらに押していた。
工廠から地下のゴミ集積所へ金属ゴミを運び込んだ帰り道である。
オーファスに三棟ある主要建築物の塔。その中央の塔に位置するのが製紙と製糸を主とする“工房”であるのに対し、バロウルの仕切る機兵を扱う“工廠”は左の塔に位置していた。
とは云え、私がバロウルの工廠から行って帰って来たゴミ集積所とは、左の塔の地下に設けられた“廃棄場”――私がこの世界で初めて目覚めた場所でもある――とはまったく別の、中央の塔の地下に設けられた場所である。
そもそもコルテラーナの住まう左の塔は、バロウルの工廠が例外なだけで基本的には招かれざる者は立ち入り禁止である。無理をして押し通るような不埒者は勿論、たまたま迷い込んだ“新参者”がいたとしても、オーファス全域のあちこちに潜む平たい硬貨型の三型機兵に押し留められる事となる。少なくとも私はそう老先生から説明を受けていた。不具合の解決が出来なかった機兵の試作品――要は試製六型――などが安置してある地下廃棄場も、部外者が立ち入る事の許されない最重要区域の一つである。
工廠における機兵の失敗作のような“危険物”は兎も角として、その装甲やフレームに使われている金属は、例え損傷した状態であっても有用な素材としてそこそこの値で取引されていた。
そのような“金属ゴミ”がある程度溜まると『お蔵出し』と称して特定の取引先にのみ売りに出され、そこで得た代金は積み立てられ、この浮遊城塞から降り大地の上で生きていく道を選んだ――それは事実上、この閉じた世界に骨を埋める覚悟を決めたと云うことでもある――者達への餞別として使われるのだという。
浮遊城塞の運用資金――夢の無い話だとわたしも思う――の殆どを賄う工房に配置された者は勿論の事、稀に才覚を見込まれてバロウルの工廠に召集された者も含めてオーファスに拾われた者は皆、手に職を付けこの世界の言葉を学び、そしていつか必ず地に足を付け生きていく道を選ぶ。
彼等は主として妖精皇国の新たな住人となるのが常であるが、少なくとも現状ではそのサイクルはオーファスと妖精皇国双方にとって有益であった。部外者の口さがない者達は浮遊城塞が文字通り妖精皇国の“衛星”であり“盾”でしかないのだと揶揄するが、少なくとも長であるコルテラーナにしても六旗手カカトにとっても、取るに足らない中傷でしかなかった。
などと、尤もらしく今の浮遊城塞オーファスに関する現況を語ってはみたものの、無論私にとって全ては所長や老先生からの完全なる受け売りである。
ただオーファスと妖精皇国との間に強固な結び付きがある事だけは、私も確かにこの目で見知っていた。私なりの共闘の記憶と共に。
あの妖精皇国における、六旗手”ティティルゥの遺児達“の襲撃から既に10日が過ぎていた。
所長の館にそのまま逗留を続けていた私達は、別働隊として浮遊城塞と妖精皇国間の荷のやり取りで往復していた上陸艇の最終便に荷馬車ごと同乗して浮遊城塞へと帰還した。
最終便を使ったのもギリギリまで骨休みをしたかったからなどという暢気な理由ではなく、襲撃の後処理の諸々でむしろ−−私やナナムゥはそうでもないが――謀殺されていた。結局、滞在の日程そのものを伸ばさざるを得ず、最終便を新たに仕立てたと云うのが正確なところである。
そのような慌ただしい日々を経て浮遊城塞オーファスがルーメ湖より浮上したのが3日前、予定より3日遅れての出立であった。
そして今オーファスは一路、北の商都ナーガスに向けて空を進んでいた。“浮遊城塞”のその名が示す通り、“飛行”ではなくあくまでノロノロと浮遊して。
ナーガスに付随する居住地の一つであるザイフ村で、六旗手カカトと明後日に落ち合うという当初の予定にはかろうじて間に合ううように。
閉じた世界の端から端まで徒歩と馬とを併用した旅人がかかる日数が8日から10日と言われていることを考えると、南部の妖精皇国から中央の商都ナーガスまで移動するのにかかる日数が5日というのは如何にも遅い。浮遊城塞が内部に抱え込んだ積み荷の量が桁違いだとしてもである。
実際の所、浮遊城塞の最大速度がこれで限界なのかどうかを私は知らない。そのような明らかな機密情報を、私の脳裏の声なき声が答えてくれる筈も無い。
それでも、今の速度を堅持していくのだろうという事は私でも理解できる。有事の際でも到底目的地には間に合わないであろうという鈍足を、むしろ誇示するように浮遊していくのだろうという事を。
それが周囲のいらぬ敵意を生まぬ為の処世術だという事を。
尤も私にとっては定日までにザイフ村に間に合うか否かよりも、いよいよこの世界の中心である“黒い棺の丘”に向かっているのだというその事実こそが深い意味合いを持っていた。
妹の魂魄が宿った試製六型機兵が落下した地。試製六型が生み出された理由でもある前人未到にいて踏破すべき目的地。
そして、おそらくは私にとっては終となる地。
「キャリバー!」
ゴミ集積場からの帰路である緩やかな坂を上り切ってようやく地表に――『甲板』と呼ぶのが正確であろうが、土で充たされ木々や花の植えられたこの場所を甲板と呼ぶのには些か抵抗がある――上がったところで、彼方からいつものように大声で駆け寄って来るナナムゥの姿を私は認めた。
まるで子犬のように一気に距離を詰め、そして子猿のように一気に私の肩の上に跳び乗る。
「おぅ、相変わらずだな!」
私の傍らに立つ、一緒に空のバケットを運搬してきた2人の小男が、歯を剥き出しながら豪快に笑うと、ナナムゥへと片手を上げて挨拶する。
私から見て単なる小男と云うよりはゲームなどでお馴染みの武骨な『亜人』に近いその2人は、私が始めてこの世界で目覚めた時にバロウルの助手として私の手脚を組み上げてくれた2人でもあった。
工廠内の作業においても、直接バロウルの助手を務める彼等の名をポルタ兄弟という。見た目の厳つさに反し面倒見の良い男達であり、ここ数日間は機会が有れば私も自省の意味で彼等の作業を手伝うように心掛けている次第であった。
とは云え、何の心得も無い私では、今の様にゴミ集積場に大口のゴミを運搬するのが関の山であるが。それすらもバケットからの移し替えに結局はポルタ兄弟の手を借りねばならない体たらくである。
「おぅ!」
ナナムゥが、こちらも幼女だから許される白い歯を剥き出しにした不細工気味の笑顔で応える。
我が幼主がここ数日、目に見えてご機嫌であるのには理由が有った。
一つは妖精皇国の土産として“団員”――ナナムゥが団長を務めると云う子供達の集団が何を目的とした団なのか、いまだに私は知らない――に振る舞った花糖菓子が大好評であったこと、そしてもう一つが“重大任務”を任されたことにある。
それもコルテラーナ達直々に。
余談となるが、コルテラーナにバロウル、そしてあくまで『協力者』という名目の部外者ではあるが妖精皇国の妖精皇である所長。試製六型機兵の開発と管理を司り、私に第二の生を与えてくれた命の恩人でもある彼女達。その三人に敬意を評して、何か上手い呼称がないか私はここ数日頭を悩ませていた。
『三魔女』では実態にそぐわないし、何よりも負の響きが強い。かと言って『三賢者』となると、雌ゴリラが一人混じっている以上これもよろしくない。
少なくとも、このようなたわいない自己満足の戯言に心砕くことが出来る程度には、私の今の環境は恵まれているという事であろう。
衣食住には――そもそも『衣』はこの石の躰には不要だが――事欠かない。それに加えて生まれ生きる目的を教えられ、果たすべき使命を与えられた。
ありがたいことだと思う。恩を仇で返しかねない怯えが拭えないとしても。
詰まらぬ事で話が逸れた。わたしにも良く分からない。
今は私のことよりも、ナナムゥの後を追って私達に向かって小走りに駆け寄ってくる“少女”の方が重要であった。
ファーラ・ファタ・シルヴェストル――それが10代後半と思しき黒髪太眉の“少女”が自ら名乗った名前だった。
それも、この世界の者達が理解出来る言葉で。
この世界に墜ちて来た“新参者”は、苦労して言葉を学ぶ。憶えないと死に直結しかねない為でもある。この浮遊城塞オーファスの老先生を始めとし、言葉を教える事を生業としている者もいる。
私だけが例外として脳裏の声なき声に洋画の吹き替えのように日本語に訳してもらっている。
にも関わらず“少女”――ファーラはこの国の言葉を話した。もう誰もそもそもの始まりの由来さえも知らぬこの閉じた世界の共用語を。
注意深く見れば、しかしファーラの話す言葉と口の動きが一致していないことは一目瞭然である。それがコルテラーナ達の一致した意見であった。
私が指摘されるまでそれに気付けなかったのは、声なき声が吹き替えをしてくれている関係上、誰を相手にしても同じように口の動きが等しくズレていた為である。
ズルをするとその報いを受けるという好例だと言えた。
それは兎も角、ファーラに何らかの“加護”が存在している事は疑いようがない事実である。尚且つそれは、話し言葉が自動翻訳されているといった些細な事象に留まる訳では無かった。
黒い布状の群体である“遺児達”が寄生を試み犠牲者の躰に殺到した時、バロウルのみならずコルテラーナですら着衣をズタズタに引き裂かれる惨状であった。にも関わらず、ファーラ一人だけが最初から最後まで無傷であった。その理由は依然として不明のままである。ファーラ自身もそれに関しては口をつぐんだままであった。
ファーラ自身は害の無さげな一人の少女にしか見えないとは云え、常時目の届く監視役は必須であった。そこで白羽の矢が立ったのが、我が幼主ナナムゥという訳である。
妖精皇国で留守番役のミィアーと別れ少し寂しげであったナナムゥが“重要任務”にたちまち奮い立ったのは言うまでもない。幼子ならば懐いた体で常時纏わりついても別段不自然ではあるまいというコルテラーナの判断もあった。
老父の入院と年度末とスーパーロボット大戦Tとプリキュアコスモグミ難民とが重なりまして、何とか更新までこぎ着けましたが、後もうしばらくの間は更新期間が怪しいです。
重ねてお詫びいたします。




