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飢妖(18)

 バロウルの裸身を前にし、やましい気持ちなど微塵も無いことは胸を張って言える。だがそれはそれとして、ミィアーの思春期特有の潔癖な瞳を前に私は取り敢えず礼儀として頭を垂れて謝意を返そうと試みた。

 小心者の悪癖だと笑われても構わない。持って生まれた性分だけは如何ともし難いからだ。

 だが、ミィアー達に対しお辞儀をする事は不可能と化した。

 「ヴ!?」

 私の右腕の――いまだ“布”が未練がましく幾重にも貼り付いたままの右腕の拳の中で、淡い桃色の光が突如として膨れ上がる。

 その煌めきは刹那。周辺の妖精機士達の構える電磁槍の電光の輝きに紛れて消える程度の光量でもあった。だがその桃色の光が粒となって散花した後、私の右腕には巨大な鎚が握られていた。

 顕現したそれは、無論正確には“鎚”などではない。“遺児達(ラファン)”の制御下にあったバロウルやあの謎の“少女”が手にしていた魔法のバトンとほぼ同一の物である。しかしそれは単純に握り手である私の巨体に合わさったのか、巨大な戦鎚のような異様にして威容を誇っていた。


 私は愚かだった。


 何を呑気に『掃討戦だ』などとのたまってしまっていたのか。

 何を勘違いして全てが終わったものと気を緩めてしまったのか。

 “布”は――“ティティルゥ(ティティル)の遺児達(ラファン)”は依然として私の装甲に纏わりつき、“旗”が変じた魔法のバトンがいつの間にか視界から失せていることすら気にも留めはしなかった。

 失念の一言で赦される程度の失態では断じてない。


 私はいつもこうだ。


 “旗”を得た六旗手はその“旗”により超常の力を得る――コルテラーナかバロウルか、或いは所長か老先生か。何れにせよ誰がしかにあれだけ諭されていたこの世界の理が、今更ながらに私の脳裏に虚しくこだまする。

 漠然とではあるが私は六旗手“ティティルゥ(ティティル)の遺児達(ラファン)”の得た超常の力こそ、他者の肉体と精神を支配する力なのだと思っていた。

 だが違った。おそらくは。これまで場当たり的な活動をしているようにしか見えなかった“布”の反応。鼠の群れのようにただ目の前の獲物に対して襲いかかり、或いは敵わぬと見るや潮が退くように逃げ去って行った悪しき一群。

 ”ティティルゥ(ティティル)の遺児達(ラファン)“が得た超常の力とは、そのような刹那的に動くしかない群れを統率する為の知能であり、知恵の類ではなかったのか。

 ”旗“と接触した一枚の”布“が六旗手となり、”旗“の恩恵を得る事で”頭“となって群れを統率する。そして捕えた宿主の肉体を無軌道に破壊することを抑制し、宿主の精神を統一意志で支配し悪意をもって操る術を覚えたのではないのか。

 今まさに、最悪のタイミングで六旗手としての“力”を顕現させたように。

 “遺児達(ラファン)”と半ば強制的に精神を交えた私にとって、その推測は確信に近いものであった。元が群体である以上、六旗手となった“頭”の役割を果たす“布”が特定個体である必要もない。場合によっては別の個体に”旗“を譲り渡し己は捨て石となる搦め手を交えることで、我々を攪乱してきたのである。誰の指図かは知らねども。

 全ては私の勝手な憶測なのかもしれない。だが、確かに“遺児達(ラファン)”に悪意は存在していた。それも忌まわしくも狡猾な。

 私の装甲に御札のように貼り付いていた“布”の残党が結合し、ラバースーツのようにミッチリと私の右の上半身を覆い尽くす。それは云わば私にとっての第二の外骨格と化し、内部に収納した形となった私の右腕の可動を無理矢理に追随させるものであった。

 先程までの胡乱な精神支配ではなく、ひどく単純な動作域の奪取。体の各部位がブロック化して連結している機兵(わたし)だからこそ、そのような変則的な動作コントロールが可能だったのだろう。

 精神汚染の最中に私が“遺児達(ラファン)”から『ティティルゥ』や『ザーザート』なる謎の単語を聞き及んだように、六旗手である“遺児達(ラファン)”の方も又、機兵(わたし)の躰の造りを把握したのかもしれない。

 相も変わらず憶測でしか物事を語れない自分がもどかしい。だが少なくとも今は、そのような謎解き自体が詮無いことでもあった。

 (くっ!?)

 巨大な操り人形のように、私の右腕が私の意志に反して動き出す。それをどんなに阻害しようにも、まるで局所麻酔をかけられたかのように右腕の自由が利かなかった。或いは、或いはいまだに私の機体(からだ)の内側に“布”が紛れ込んでおり、“紐”を介して局所的な支配を試みているのかもしれない。

 理屈はどうであれ、禍々しい戦鎚と化した“旗”が真っ直ぐに頭上に振り上げられる現実に変わりはない。それも眼前にしゃがみ込むミィアーとバロウルに向かって高々と。

 いまだ地を這い逃げ惑う“布”の姿を夜の中に追う周囲の妖精機士達が、この異変に直ちに気付く様子も無い。後から知った話だが妖精族(フェアリー)は一つの事柄に固執するという悪癖が有り、それが仇成す形であった。

 離れた場所で“布”の一群を追撃しているクロに至ってはそもそもが所長の直衛機である以上、恨み言を言うのは筋違いであろう。

 「――なっ!?」

 異変に気付いたミィアーが蒼白な貌で私と鎚とを仰ぎ見る。それまでバロウルの介抱に気を取られ完全に不意を突かれた状況であったが、それでも苦し紛れに苦無を投げたりするような無意味な行動を少女は取らなかった。

 素人の私が知ったような口を利くのは自分でもどうかと思うが、取り乱すそぶりも見せないミィアーの対応が高度な修練に裏打ちされたものであることは何とはなしに察せられた。無様に悲鳴を上げた方が、結果的には周囲の妖精機士達の注意を引けたであろうことは置くとして。

 何れにせよ、ミィアー一人であったならばこの窮地をどうにでも切り抜けることはできただろう。『シノバイド』なる謎の名乗りの際に見せたあの素早い身のこなしならば、これから私の繰り出すであろう大振りな槌の一撃など容易に避け得る事は明らかであった。

 ようやく意識を取り戻しつつあるのか弱々しく吐息を吐き、それでも自ら身を起こすことすら覚束ない、今は足手まといでしか無いバロウルをこの場で見捨てさえするのなら。

 (くそっ!)

 させる訳にはいかない。ミィアーに苦渋の選択をさせることも、ましてや二人まとめて戦鎚の一撃で挽き肉に変えることも。させる訳にはいかない。絶対に。

 常の如く『考えろ!』などと己を叱咤する暇さえ惜しみ、私は足りない頭を必死に巡らせていた。

 一体化した“布”が外骨格を形成している以上、右腕を肩から分離してもおそらくは意味が無い。そのまま振り下ろされるだけだ。そもそも右半身は“麻痺”して腕を切り離せない可能性もある。

 ならば取るべき手段は一つ。

 両脚を分離して自ら転倒するしかない。同時に左の“紐”で地面を殴打すれば、その反動で倒れる方向も少しは調整できるだろう。

 (――馬鹿か私は!!)

 最後に私は自分自身をそう叱責した。

 『できるだろう』ではない、『やらねばならない』のだから。

 (南無三!!)

 無神論者を自認しながら、結局は都合良く神頼みをする私。

 だが私の半ば苦し紛れの計画は、しかし幸か不幸か実行に移すことを許されなかった。

 一つの懸命な喘ぎ声によって。


 「――デモノバ……ッ!」


 私に向けられた弱々しくも真っ直ぐな褐色の人差し指。

 それが、バロウルの声だと――私にとってこの世界で最も耳にした声だと――知った時には、既に私の全身は私の意思とは無関係に硬直していた。

 ラバースーツを思わせる“布”の表面が虚しく波打つ。それは支配した筈の私の右腕の動きが完全に封じられたことへの驚愕と足掻きであった。

 金縛り――この身が生身のままであったなら、今の状況はそう言い表すのが妥当であろう。だがこの身が造り物である以上、可動部全てにロックが掛かったという身も蓋も無い状態でしかない。

 ここから先は全て、老先生より後日に聞いた話となる。

 “デモノバ”とは試製六型機兵(わたし)の機体を外部より強制停止させる為のコマンドである――加えて私の意識をも含めた全機能凍結のコマンドが別にあることを私が思い知るのは、更にもう少し先のことである――と、老先生の話ではそうであった。

 コルテラーナとバロウルと、そして所長と。

 試製六型機兵(わたし)の機体を整備する三人各々の指差しとコマンドの発声によって強制停止機能が即座に発動するよう、六型機兵の心臓部である“忌導器”に登録してあるのだと、老先生はそうも言っていた。

 “デモノバ”――そのコマンドワードが脳裏の声なき声によって日本語に訳され事にも理由が有った。

 そもそも固有名詞を直訳しない――例えばコルテラーナを“館長”と訳さない――ように調整していた為に、その“デモノバ”という単語も固有名詞に属するが故に日本語に訳されないのだと推測していたのだが真相は違った。

 紳士淑女であれば日常で口にすることがまず無い、些か――かなりの――品性に欠ける言葉であるというのがその理由であった。要は自主規制(ピー)音と同じ扱いという訳である。

 普段は口にしないような下品な単語を何故わざわざコマンドワードとして採用したのかと云うと、万が一何かのはずみで誤って口にすることがないようにという、些か過剰とも思える配慮からであった。

 強制停止機能。

 六型機兵からいまだに『試製』の冠が取れない理由がそこには有った。

 自我を持つ六型機兵で現在正常に『稼働』しているのは私だけである。その理由までは私は聞かされていないし、聞かされたところでどうなるものでもない。

 老先生が一つだけ明かしてくれた真実。

 そもそも六型機兵が起動する確率はかなり低く――それが私が浮遊城塞オーファスの下層の廃棄場に据えられた理由であった――例え中核である“忌導器”の起動に成功したとしても遅かれ早かれ発狂して暴走する、それが数少ないとは云えこれまでの六型機兵が等しく遂げた末路であると。

 あの廃棄場で唐突に目覚めた私が最初に遭遇しそのまま死闘に雪崩れ込んだ同型機――私の妹の魂魄が宿っていたのだとコルテラーナに告げられた、あの自我を無くした同型機を目の当たりにしたことによって、私自身もその残酷な真実を身をもって痛感していた。

 故に『六型』はいまだに『試製六型』のままであり、不慮の暴走に備え強制停止コマンドが完備されている、それ自体は納得のいく話ではある。加えて、私のささやかな疑問の一つもこれで解消された。

 所長が行司を買って出た、あのバロウルとの相撲の取組。明らかな体格差と膂力の差を開発者の一員として知りながら――既に憤怒で目を眩ませていた当事者のバロウルは兎も角として――所長が特に対策を取ることも無くそのまま取組を開始させたことをずっと不思議には思っていた。

 私自身はそうすることはないと弁えてはいたのだが、第三者として見た場合、試製六型機兵が真正面から力任せに生身のバロウルを粉砕する可能性だってあったのだ。

 今にして思えば、所長はいざとなれば試製六型(わたし)機体(からだ)をいつでも強制停止できたのである。それ故に最後の方は相撲でも何でも無い子供の喧嘩のようなグダグダとした取っ組み合いに至るまで、私達二人の気が済むまで見守っていてくれたのだろう。


 「馬鹿(キャリバー)め……!」


 強制停止の言葉を口にしたバロウルが、唇の端に笑みを浮かべそのまま再び頽れる姿が見えた。普段の私であったなら、自分の迂闊さ粗忽さを嗤われたのかと卑しくも曲解していたかもしれない。

 だが今は、何よりもバロウルの意識が無事戻った事に安堵してしまっている自分がいる事を知った。男として差し伸べるべき腕は、当のバロウル自身の放ったコマンドワードによって完全に封じられてしまっていたけれども。


 「これで――」


 私から見て真正面に蹲るバロウルが最後に呟いたその言葉に、私の背面からの声が応える。


 「――終イダ」


 いまだ私の右の上半身を覆う形で一体化している“遺児達(ラファン)”。そこに鋼の掌が当てられる。それが、老先生が常に携えている手押し車の上部に据えられた補助用の可動腕(フレキシブルアーム)であることに私が思い至った時には、既にその腕は放電を開始していた。

 表立って発動の音声が流れないとは云え、おそらくはガッハシュートや私が装填する魔晶と同種の機構によるものなのであろう。ただ明らかに私が空撃ちした電光晶(グリドアーチ)よりは弱い――放電の輝きだけを見るならば微弱とさえ言っても良い――ことは素人目でも判断できた。


 “ティス!”


 だが、それでも“遺児達(ラファン)”に止めを刺すには充分過ぎる威力だったのだろう。或いは私の右上半身を乗っ取った事すらも最期の力を振り絞った悪足掻きだったのかもしれない。

 ズルリズルリと、私の右半身を覆っていた“布”の一枚一枚が、私の装甲を滑りながら次々と地に墜ちる。摩擦も痙攣もせずにそのまま折り重なったままであるところを見るに、今度こそ息の根を止めたように思えた。

 否、憶測では無く確かに残らず絶命しているのだろう。私の右手の中にしっかと握られていた戦鎚を思わせる魔法のバトンが消失したことが、その何よりの証だった。

 では“遺児達(ラファン)”が受け継ぐことのなかった“旗”が何処に消え失せたのか、それは探し求めるまでもなく直ぐに明らかとなった。

 今再び人の握り拳大の光の球に戻った“旗”。それが僅かに上下に揺れながらも淡い輝きと共に浮遊していた。

 私の目と鼻の先に。

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