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飢妖(16)

 周囲を木々と云う遮蔽物に囲まれ、六旗手(バロウル)が姿を隠そうと思えばその阻止も追跡も容易ではないことは明らかであった。


 『向こうが撤退するなら後追いはするな』

 『人質だ、そう易々と殺しはすまいよ』


 ガッハシュートの数々の助言が私の脳裏を過ぎる。

 的確な助言なのだろう。適切な分析なのであろう。試製六型(わたし)のこの躰が、この閉じた世界(ガザル=イギス)を解放する鍵となると、かつてコルテラーナは言っていた。試製六型として起動し、自我を持って稼働しているのは私唯一人だけだとも聞き及んでいる。それを失う危険は冒せないというのも、『客観的に』とわざわざ前置きを置くまでも無く充分に理解できる話であった。


 「――ヴ!!」


 あくまで理屈としては、である。

 私は六旗手(バロウル)へと強く一歩を踏み出した。握った拳の手の甲を下に向け腰に当てる、幼き頃の付け焼刃で学んだ空手の構え。自分自身を鼓舞する為の僅かばかりの心の支え。

 理解できているにも関わらず己の使命に背く愚を、私はコルテラーナに心中で詫びた。

 このまま六旗手(バロウル)を見逃す訳にはいかない。あの“布”が何処の手の者かを――おそらくは――誰も知らない。ここで六旗手(バロウル)を逃してしまったら、その潜伏先の当てすらないのだ。最悪、拉致されたまま二度と取り戻せない可能性すらあった。

 (冗談じゃな()……)

 私は顔を上げ、更にもう一歩六旗手(バロウル)へと歩み出す。母からの躾。旧態依然とした教え。今のご時世なら男尊女卑だと誹りを受けるであろう、母の理想でしかない生き方。

 しかし紛れも無い私の本心でもある。

 助けたい――私が男として生まれ、そして苦しんでいる女性が今まさに目の前にいるのならば。

 助けねば――かつての無力な自分とは違い、今はそれを成すだけの“力”を授かっているのだから。

 (――ん!?)

 六旗手(バロウル)が身を捩り、一歩下がった。私の歩に合わせるように。

 避けている、避けられていることを改めて私は確信した。“少女”の躰を使っていた時には、試製六型(わたし)に対してそのような素振りは微塵も見せなかったにも関わらず。

 何か理由が有るのは間違いない。そして膠着した事態を打破する手段となるであろうことも。

 (考えろ……!)

 必死にこれまでの記憶に手掛かりを追い求める私の脳裏に、声なき声が響いたのはその時であった。


 “――電光晶(グリドアーチ)!!”


 バチリと、仄かな月明かりの下で私の右腕に青白い火花が走る。バチリバチリと表層に沿って舞う光の糸の様に何条も。

 電光晶(グリドアーチ)――先程ガッハシュートが強過ぎると“排出”した力。預かっていろと私に投げて寄越したスティックに封入された“力”。

 受け止めた筈が掌の中で消失していたスティックは、やはり取り落した訳ではなかったのだ。どういう仕組かは知らねども、今はその“力”が私の右腕に宿っている。喪失したスティックごと私の右腕の中に取り込まれ、その“力”を発動させたのだ。ガッハシュートがそうしていたように。

 疑念は以前から有った。あのガッハシュートとの初遭遇戦――否、今ならばアレが『模擬戦』であったことは分かる。誰の差し金かは置くとして――において、そのガッハシュートが隠し持っていたスティックを偶然私の“紐”が叩いた時に、何に反応したのか大爆発を起こした。

 まったくの偶然の出来事とは云え、その予期せぬ爆発が無ければ私は一矢報いることもなく無様に倒れ伏していただろう。故に敢えて起爆の理由を考えないようにはしていた。偶然に助けられたという情けない事実に変わりはないのだから。

 だが心の奥底で、疑念だけは消える事が無かった。本当に叩いただけで起爆するようなことが有り得るのだろうかと。まして、口腔に隠し持っている物がそんな簡単に。

 有り得る筈が無かった。何か理由が有るのだと薄々気付いてもいた。

 そして今まさにそのスティックが私の中で起動し、その電光の“力”が私の右腕に宿っている。

 導き出される答えは一つしかない。始めからこの試製六型(からだ)がスティックに対応していたのだ。そして新たに魔晶弾倉とやらを付与されたことによって私もまた、ガッハシュートのようにスティック――正式には魔晶と呼ぶべきだろうか――を扱えるようになったと考えれば辻褄は合う。

 魔晶弾倉が『攻』ならば粒体装甲は『守』、それが新たな試製六型機兵――所長の戯言を真に受けるならばEX(イクス)キャリバーとしての完成体なのであろう。


 “ティス!”

  “ティス!!”


 持って生まれた特性か、或いはガッハシュートの電光石(グリドソール)によってコルテラーナの身から引き剥がされた経験がそうさせるのか、何れにせよ“布”が電撃を不得手としていることは間違いない。

 だが、それをもって決定打とする訳にはいかなかった。


 ――『強すぎるか』


 電光晶グリドアーチを“排出”した際のガッハシュートの言葉が脳裏に甦る。その独白から鑑みるに、ガッハシュートが電光晶グリドアーチを私に預けたのは、これで“布”を殲滅せよという布石だったのではなく、只の偶然なのだろう。バロウルの犠牲を考慮しないのならば、わざわざ私に預けるまでもなくあの場で自分で撃てば良いだけであるからだ。己の手を汚さぬ為に私がバロウルを撃つよう仕向けたというのは、流石に穿ち過ぎだろう。

 「――ヴ!?」

 愚然にしろ故意にしろ、それが“布”の群れの息の根を止めるに充分過ぎるものであることを当の六旗手(バロウル)自身が証明してくれた。私の対面で。

 六旗手(バロウル)の表層を覆う装飾過多の服に擬態していた“布”が、特定の部位から一斉に移動する。

 夜気に晒され露わとなるバロウルの褐色の素肌。引き締まった筋肉質の腹部と豊満な乳房が私の眼前に惜しげも無く誇示される。

 臓腑の詰まった人として重要な部位が。撃てるものなら撃ってみよと言わんばかりに。

 (外道め……!)

 私は、人間の本性は『悪』だと思っている。それはそれとして、これまで常に私に手を差し伸べてくれた人達の『善意』の尊さを忘れはしない。

 それを踏みにじる化け物の群れの行為を決して許す訳にはいかない。

 「ヴ!?」

 と、表面を装甲板のように覆っていた“布”の束縛が緩んだ為か、今再びバロウルの瞳に生気が宿った。そのわななく唇から、決死の声が絞り出される。


 「――撃て!」


 『強すぎる』――ガッハシュートがわざわざ口にしていた以上、電光晶グリドアーチが直撃したバロウルの躰が無事で済むとは到底思えない。ましてや出力を絞るなどと云う器用な真似が、私自身に出来る筈も無い。そもそもそれが可能であるならば、あの時にガッハシュート自身がそうしている筈だった。

 そしてバロウル自身がそれを知らぬ訳が無い。そもそもが魔晶弾倉を含め、私の機体からだの整備をしているのが彼女自身なのだ。電光晶グリドアーチの威力を想定出来ていないのはおかしい。

 その憶測は次のバロウルの言葉で確信へと変わった。褐色の巨女は自らを犠牲にしようとしているのだと。


 「撃て、私ごと!!」


 その叫びは慟哭なのだと私は知った。泣いているのかとわたしは思った。

 (いけるか!?)

 私は右腕を掲げ視界に遅延をかけ、必死に狙いを定める。

 バロウルの肉体を避け“布”だけに電光を当てれば済む話ではあるのだ。

 (――くっ!)

 出来る訳がない。漫画の主人公でもあるまいし。そもそも何処に当てろというのか。バロウルの全身に密着した、それも群体の標的の何処を。

 追い詰められ動きを止める私を尻目に、小賢しくも六旗手(バロウル)がジリジリと雑木林へと後退を始めるのが見えた。無防備なバロウルの裸身をあくまで私に見せつけたまま。

 (考えろ!)

 視界の遅延を解除しつつ、私は己自身を叱咤する。最善の策を思いつくなど、端から自分には期待していない。次善も、次々善ですら怪しいものだと。結果的に裏目に出る可能性すらあるだろう。それもかなりの確率で。

 (それでも――)

 それでも今ここで六旗手(バロウル)を逃げるがままに見過ごせば、私は必ず深い後悔に見舞われるだろう。例えそれがガッハシュートの『追うな』という意向に沿う選択であったとしても。


 「撃て、馬鹿者(キャリバー)! お前には、その権利(・・)がある!!」


 バロウルが最後に上げた決死の叫びに、私の覚悟は決まった。

 いまだ細微な青白い電光を纏った右腕部を、改めて砲塔のように目標へと向ける。


 “――電光晶グリドアーチ!!”


 ガッハシュートのソレとは違い、私の場合は謎の低音声は流れずに、代わりに脳裏の声なき声が響くのみであった。

 三つ――否、二つの理由。私がそうすべきであると決断した二つの確かな理由を胸に、私は撃った。自分自身の意思で。

 右腕に宿った電光を全力で。

 頭上へ。

 “彼等”の手による不可視の障壁で封じられているという、この閉じた世界(ガザル=イギス)の天空へと。

 それは落雷とは真逆の軌跡を描き、昇龍の如くうねりながら天へと迸った。

 『電光晶』の名の通り周囲に大きな雷鳴が轟く。それは私が想定した次の動作の目眩ましとしては十二分に値した。


 “ティス!”


 (――逃がすものかよ!)

 怒りの――何の怒りか、誰の為の怒りなのか、自分自身でも分からない――雄叫びを胸中で上げた時には、既に私は左の肩口から振るった“紐”をバロウルの胴と左の太腿に巻き付けていた。

 剥き出しの素肌を傷付けぬように勢いを殺して“紐”を走らせるのは、意外と容易いことだった。事前に練習を済ませていたからだろう。

 あの相撲の取組の、見るに堪えない終盤戦で、バロウル自身を練習台として。

 人間万事塞翁が馬――出来ればもう少し格好の良い場面でこうありたかった。だがこの巡り合わせの妙が、私には何故か可笑しかったのも事実である。

 フッと胸中で漏らした苦笑は、しかしすぐに一つの記憶の甦りと共に失せた。


 『この前みたいにむやみやたらと四肢を外して欠落させないこと。いいですね?』


 所長の云うところのEX(イクス)キャリバーとしての更新箇所の説明を受けた際に念押しされていた言葉が、今更ながらに私の脳裏にこだました。

 他の者ならば所長の忠告に沿った対処法を練ることができたのだろうか。

 何れにせよ、切り離した左腕が既に私の足元にゴロリと転がっている以上、後で謝り倒すしかない。

 ガッハシュートの言を破り、今また所長との約も破った。信賞必罰、何らかの咎めは受けねばならない。二人の先達に対し何らかの償いはせねばなるまい。

 (――バロウルを助け出し、共に謝れば罪の重さを『2』で割れるな!)

 私は不用意な負荷をバロウルの肉体に与えぬよう、ジリジリと“紐”を巻き取り始めた。

 いくら他者の肉体と意識を自在に操る奇怪な技を使うとしても、それでも素体(ベース)はバロウルという一人の女である。出せる膂力には限度が有る筈であった。

 如何にバロウルが巨女で雌ゴリラで無愛想で可愛げの欠片も無くこれだけ私の手を煩わせようが、私には及ばない。“布”の操作による火事場の馬鹿力めいたものを出そうが到底試製六型機兵(わたし)の備える膂力には及ばないことは既に実証済であった。

 あの、相撲の取組の中で。

 あんな馬鹿げた子供の喧嘩にも劣る児戯のおかげで私は救われている。そのあまりの滑稽さに可能であるならば私は涙を流していただろう。

 あまりの可笑しさに。そして自分の幸運に。


 「――ヴ!?」


 不意に、ガクンと手応えが変わった。それまで私の引く力に抵抗していたバロウルの躰が仰け反って膝から頽れる。一足飛びに私の手元に飛び込んでこなかったのは、脚に残った“布”がそれでもなお地を踏みしめるよう操っていたからだろう。

 だがそれ以外の“布”の一群が、バロウルの躰を捨てて私の躰へと殺到した。バロウルと私を繋ぐ“紐”を伝って、鉄鼠の魔群であるかのように。

 これまで“布”が恐れた電光の煌めきは、既に私の右腕にはその残滓すら残ってはいない。天に向けて撃たれて以来沈黙を保ったままの右腕に注視さえすれば、それは誰の目から見ても明らかであった。

 となれば、既に力負けしている(バロウル)の躰よりも、この試製六型の躰を奪う方が有益だろう。

 何よりもバロウルを逃さぬ為の私の“紐”こそが、これ以上ない経路と変じて私自身に牙を剥いている状態なのだ。

 私でも気付くこの道理。単純な二者選択。

 だからこそ敢えて天に向けて空撃ちした、その二つの理由の一つがこれだった。無防備な己自身を晒す状態に持って行く為の布石。

【お詫び】

 前回の後書きで風邪を引いたと書きましたが、どうにも「もしかしたらインフルかな?」だったらしく


 --この先は生真面目な方は読まれないでください--


 私は小さな会社に座業として務めておりまして、正直カツカツというか、まぁ立ち位置的にもあんまり穴を開けられない(こうしてしまっている時点で社会人としては失格なのですが)ので、「医者にインフルと診断されていないからインフルとは言えない。いわば『シュレディンガーのイン(後略)

 ・・・いや本当にそういうのは責任という点においても駄目だと分かっていますが、まあ要はボンヤリと仕事をこなすだけで手一杯で執筆に回す頭がそもそも無かったというか、今回の更新分で全てお出ししております。


 そのような恥ずかしい次第で次回更新は少しお時間をいただくと思います。章のクライマックスで筆は乗っている方なので、そこまではかからないと幸いでしょうか。

 その報いか、風邪自体は病院にいかず自然治癒に任せたのですが抵抗力が弱まって左脚が腫れ上がり結局病院に行くハメになるという・・・

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