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飢妖(8)

 カクリと、“少女”の貌が左右に揺れた。まるで首の座らぬ赤子のように、見ているコチラが不安になる動きで。何もかもが覚束ない、寝起きのまま微睡みの淵に居る者のように。

 フワリと、今度は“少女”が中空から足下の台座の上に降り立つ。否、正確には立っているのではなく依然として地面スレスレに浮遊していることはすぐに判った。“少女”の力の無い両脚が、ダラリと垂れたまま海中のクラゲのようにユラユラと揺れていた為である。

 (――脚!?)

 流し見程度ではあったが、それでも“少女”の脚の確かな違和感を私は知った。

 花のようにふわりと広がる短いピンクのスカートとは対照的に、“少女”の脚は“潜水服”の中から出現した時から穿いていた質素な長ズボンそのままであった。

 華やかな魔女っ子の衣装に合わせて、タイツなり素足なりに変じた訳でもない。視界を拡大して手早く眺め回しただけでも、脚どころか腕も胸元も元の実用一辺倒の少年じみた軽装のままであることは明らかであった。

 云うならば、元の簡素な装束の上にそのままフリルにまみれた魔女っ娘衣装を重ね着しているといった状態である。珍妙であり、得体の知れない不気味さをも醸し出していた。

 「……」

 動揺を隠せない私やナナムゥとは異なり、コルテラーナ一人だけが依然として超然としていた。この場から退くそぶりさえ見せずに、むしろ私の背中に隠れる事を良しとしていないのか、自ら私の隣へと歩み出た。蜂蜜色の瞳が、目の前の“少女”の貌を真っ直ぐに見上げる。

 「ヴ!?」

 何かのアイコンタクトでも交わしているのかと、一瞬私は錯覚した。それ程までに、フワフワと揺れる妖怪じみた“少女”と、それを見上げたまま身動ぎもしないコルテラーナの対峙する姿は、どこか宗教画めいた趣すらあった。

 無論、目と目で通じ合う事などある筈も無い。目の前の“少女”の顔は目だけに留まらず鼻も口も、全て余さず黒い布で覆い隠されているのだから。

 だが、まるでコルテラーナの視線に応えるかの如く、“少女”が地味な長袖の上に華麗な長手袋を纏った右手を薄い胸の前に差し上げた。ギュンという空間の揺らぎと共に、彼女の右手の平を起点として薄桃色の蛍火の様な輝きが渦を巻く。

 「それはっ!?」

 何かのアテがあるのであろうか、ナナムゥの驚愕の声が響く。それだけで、事態の推移が好ましくないことが私にも判った。

 唯一の救いは、コルテラーナがまったく動じた様子を見せないことと、小心者であるにも関わらず私自身が――何故かは自分でもたまに疑問に思うが――平静を保つことが出来ていた点である。

 かくいう間にも“少女”の右手の中の薄桃色の輝きが音も無く爆ぜ、蛍火を散らしながら新たな物体がその姿を露わとする。

 一本の長い棍の形を成して。

 「ヴ!?」

 初見の私はそれこそ“棍”を武器か錫杖か、要はそのような即物的な何かが出現したのだと思った。所長がいつの間にやらその手の中にしばしば小物を握っているのと同じように。

 「コルテラーナ!」

 ナナムゥの反応は素早かった。コルテラーナの名を呼びながらその袖を引き、そして自分独りの力では手に余ると知るや私の方をギュルンと見上げた。白目の部分の少ない翡翠色の瞳にまざまざと浮かぶ焦燥感。これまでも幼女特有の表情の豊かさを誇っていたナナムゥであったが、それにしても今回の焦り様は尋常ではなかった。


 “――六型!”


 「ヴ!?」

 不意に耳元に響いた女の声に、私は完全に虚を突かれた。あまりに唐突であった為に、その声の主がバロウルであることに気付くのにすら一瞬とは云え間を置いた。


 “すぐに2人を連れて部屋から逃げろ!”


 室内に監視カメラか何かが有りバロウルはその映像を見ているのか、或いは私の背中から伸びたケーブルを介して私の視界を共有しているのか。音声が直接私の脳裏に響いてきた以上、後者と考えるのが妥当であろう。そもそも改良されたと云う今のこの赤い躰が――流石に今は粒体装甲も起動しておらず黒灰色の躰ではあるが――“黒き棺の丘”(クラムギル=ソイユ)の闇のカーテンの向こうに踏み込む為の備えである以上、ナビゲーターとして私の視聴覚をモニタリングしていない方がおかしい。何れにせよ、バロウルの声も又緊迫していることは明白であった。


 “急げ!!”


 バロウルの叱咤に弾かれるように私は身を捩じると、“少女”の手の内の棍を凝視したままのコルテラーナの体を有無を言わさずに抱き抱えた。

 その私の動きをまったく意に介することも無く“少女”が手にした棍をまるでバトンの様にクルクルと回し始める。それに絡み付くように再び宙に点じた薄桃色の光の中が徐々にその輝きを増し、棍が光の中でもう一度その形を変じたところまでは私にも視認できた。

 だがそれが精一杯であった。視界を遅延させたところで特に意味がある訳でもなく、私は部屋からの脱出に専念せざるを得なかった。

 「ヴ!」

 転がる様に部屋を飛び出る私と腕の中のコルテラーナ。その足元を猫の様なはしっこさでナナムゥが続く。

 通路に逃れ出た私達の背後で、再び部屋の扉が閉まるガシュッという機械音がした。

 “少女”は別段追い縋っては来なかった。その素振りすら見せなかった。映画や何かでお約束の、手に汗握る間一髪の場面とは異なり、ずいぶんと余裕を持って部屋の扉は閉まった。私達が安堵の溜息をついて尚余り有る程に。

 「コルテラーナ、あれは……?」

 ナナムゥが、荒い息を吐きながらも半ば呆然といった体でコルテラーナに尋ねる。先程も感じたことだが、彼女達に何らかの心当たりがあるのは既に明白であった。

 「そうね…アレは“旗”ね……」

 私の腕の中から優美に身を起こしながら、コルテラーナがナナムゥに応える。その発言の深刻さに反し、その声はどこか淡々としていた。

 「つまりは、あの子は“六旗手”ということになるわね」


 ――六旗手


 その()だけは、私もこれまで度々耳にすることはあった。コルテラーナや老先生の口から。

 曰く、この忌まわしき世界を造り上げた“彼等”があつらえた遊戯の駒にして、“旗”より超常の“力”を付与された者達。

 呪われたこの閉じた世界の中で、最も呪いを受けた者達。

 私自身は未だに対面する機会が無いが、浮遊城塞オーファスには“青のカカト”、そしてこの妖精皇国にも“妖精機士(スプリガン)”ナイ=トゥ=ナイという六旗手が居るという。

 その六旗手であるカカトの“妹”として身近に過ごしてきたナナムゥだからこそ、“少女”の持つ棍が“旗”であるということもすぐに察することが出来たのだろう。

 “少女”の正体がそれで知れたとして、新たな問題が生じた。

 「クォーバル大公でも、“知恵者”ザラドでもない。まして司書長の筈もない……」

 コルテラーナが六旗手であるというコバル公国と救世評議会のそれぞれの長の名と、そして――流れからして間違いなく――移動図書館の司書長を挙げたことが私にも判った。この世界のことを少しでも学ぶべく老先生の教室に可能な限り顔を出していた甲斐があったというものである。

 それは兎も角として、六旗手の内の知己の二人に加え三人の名が明らかである以上、そこから導き出される答えは一つしかない。


 「アレが最後の一旗という訳じゃな……」


 息を整えたナナムゥが、閉じた扉の更に向こう側を睨みながら呟く。相も変わらず賢しい幼女である。私の事を何も知らぬ弟分として常に気に留めているだけのことはある。

 それはそれとして、新たな問題はそこにあった。その“六旗手”の最後の一人がこんなに都合よく私達――私など木端に過ぎないので、正確にはコルテラーナや所長であろうが――の前に姿を現すことなどあろう筈も無いという事だった。


 “六式、早くその階から下がれ!”


 再び緊迫したバロウルの声が、耳元で私を急き立てる。

 言われるまでもない。正直な話、元々の“潜水服”を拾ってきたのが自分である以上、それに対する責任感は確かにあった。そしてそれに劣らぬだけの好奇心も。

 だがそうも言っていられる状況ではなく、この場から直ちに撤退するのが最善であることには私も異論は無い。

 既に例の粒体装甲の発動が解除してある為に、暗灰色のこの躰の表面が不気味に波打つこともない。故に私はコルテラーナを再びこの腕の中に抱きかかえ、急ぎ撤退する心つもりであった。現にナナムゥもまた私と同じように、いざとなればコルテラーナを護ることができる位置で備えていた。

 (私がこの二人を護らねばならない)

 私の胸を占める確かな決意。正直荷が重い――ことなどある筈も無い。その為に授かったこの新たな試製六型機兵(からだ)なのだから。そして自分でも不可解な事に、バロウルが共に視界を共有し助言をくれているということが、何よりの支えであるとも感じていた。

 だが私は――私達はあまりにも無為にこの場に留まってしまっていた。施錠された扉の向こう側が、些かも抵抗を見せなかったこともある。扉を叩く音も振動も、不自然な程何も無かった。何よりも“少女”自身の動きそのものが緩慢で、例え対峙したところで如何様にもなるのではないかと錯覚してしまったこともある。

 完全に、油断であった。

 パシュンという不可解な音とともに、一片の薄桃色の布が私達が小休止していた廊下を刺し貫くかのように差し伸ばされる。まるで不意に虚空から出現でもしたかのように。

 「――!?」

 顧みる私とナナムゥの前に露わとなる、扉と壁の隙間を縫って部屋の内側から放たれた一筋の細い光の布。ちょうど包帯程の幅を持つその光の布が、まるで裁断機の刃の様に二度三度上から下へと壁と扉の境目を往復した。

 ただそれだけのことで電子施錠されていた筈の扉が、まるで只の障子扉の様に力なく横滑りに開け放たれた。

 「……」

 相も変わらず無言のままに、ユラリと“少女”が戸口に姿を現す。まるで物の怪の類であるかのように弛緩した四肢を垂らしながら、先程と同じ様に地面から僅かに浮遊して滑るように移動してくる。

 その手の内にはフリルに包まれた魔女っ子めいた衣装に合わせたのか、ご丁寧にも“棍”の変わりに玩具めいた短いバトンのような物が握られていた。

 それが――滑稽にもリボンと光玉で飾られた魔法のステッキのような物が、“旗”である先程の“棍”が変じた姿であるということは、流石の私でも察しが付いた。その先端には扉の電子施錠を今まさに無効化した光の布が、それこそ魔法のリボンのように桃色の光の粒を纏いヒラヒラと波打っていた。

 黒い布一枚で顔の全面を覆い隠した、魔法のバトンを握ったアニメに出て来るような小柄な魔法少女。それが両脚をだらしなく垂らし首をグラグラと左右に揺らしながら、亡者のようにゆっくりと私達の方に滑りながら迫って来る。どこか覚束ない浮世めいたその挙動に、目の前の光景は未だ漆黒の闇に意識を囚われたままの私が見ている悪夢なのではあるまいかと疑いさえした。

 その私の逡巡をも嘲笑うかのように、“少女”のティアラの中央に飾られた青い宝玉が再び幾度か明滅し、次いで“少女”が硬い動きで手脚を僅かに震わせた。


 “――六型!”


 バロウルの鋭い声が、私に我を取り戻させる。状況が状況だけに、私もバロウルもこれまでの細かい諍いに拘っている場合ではない。それはバロウルも充分承知しているのだろう。こうして短い言葉を交わし危機を共有するだけでも、これまでに僅かに残っていた気まずさが余さず氷解していく気がした。


 “後少しだけそこで保たせろ! すぐに助けが向かう!”


 (――助け!?)


 訝しむ私の耳に、おそらくはバロウルの背後の音をそのまま拾っているのであろう、行きますというミィアーの声と、それを慌てて制止する所長の叱咤の声が半ばノイズと化して届いた。

 その状況から考えるに、助けとやらはシロかクロのどちらかであろう。遂に所長の直衛機の真の実力をこの目で視ることが出来るのかと、私の胸に妙な期待が宿ったのは事実である。

 不謹慎ではあるのだろうが、人型機械の活躍に胸が躍らぬ男などいない。そもそもが、かつてナナムゥが『クロとシロが喋る』と言っていたその場面ですら、私はいまだ目にする機会がなかった。

 (いずれにせよ、だ……!)

 私はコルテラーナとナナムゥを背に庇いつつ、ズイと“少女”の行く手を遮るように立ち塞がった。“少女”の動きは依然として実に緩慢であり、最初の“潜水服”の中からの奇っ怪な登場の仕方だけが今となってはむしろ異彩を放っているとしか思えなかった。

 まるで寝惚けているようだと、それが私のこれまでの“少女”を見た上での印象であった。これならば自分独りでも何とか保つのではあるまいかと。

 何よりも室内とは異なり通路に場所が移った事も幸いした。狭い――私の知る船の通路などに比べればそれでも充分に広くはあるが――通路だと文字通り私がこの巨躯で蓋をすればいいだけのことである。

 万全を期すならば、これまでも良くやってきたように片腕を切り離し、“紐”を鞭のように“少女”に巻き付け束縛を試みるべきではあっただろう。

 だが粒体装甲保持の為に四肢を切り離すなと云う所長の言葉を無碍にする訳にもいかなかった。


 “――あっ!?”


 両腕を怪物のように高々と掲げ迎え撃つ準備――精神的圧迫を与えることが目的のつもりだったが、良く考えるまでもなく“少女”に効果があるとも思えない無駄な仕草ではあった――をした私の耳に、突如として狼狽したバロウルの声が響く。それに追随する形で、私も眼前の光景に対し呻き声を胸中で発した。


 「名乗るがよい!」


 その小柄な躰で私の足元をいつの間にか擦り抜けたのであろうナナムゥが、両腕を大きく広げ胸を張り、私とコルテラーナを逆に庇うかのように仁王立ちしていた。“少女”の緩慢な動きに勝機を見出しでもしたのか、幼主は甲高くも凛とした声で目の前を漂う六旗手を改めて誰何した。


 「お主、何処の手の者か!」

【お詫び】

本業の方が多忙で、これまでで一番執筆の為の時間とモチベを確保できない状況でした。

何とかこうして更新にこぎ着けることは出来たのですが、書き手としてこういうことを口にするのは読んでくださっている方々に対して本当に失礼であり、口にしてはいけないことなのは分かってはいますが、それでも文字数を埋めることだけに腐心してしまったとても人前にお出し出来ない物を仕上げてしまいました。

これまでも大した作品では無いと言われれば返す言葉もありませんが、反省することしきりです。

素直にまとまった期間休載すべきだったとは思っています。

分かる人だけ分かっていただければ幸いですが、ゼブラ対マリキータ戦半ばのゆでたまご先生もこんな心境だったのかと。

重ねて申し訳ございません。


お詫びついでにもう一つだけ。

この作品において「赤色が吉兆」という設定は今後の物語のキーの一つなのですが、その意味で行くとナナムゥの「青色が『はい』で赤色が『いいえ』」という台詞が間違いで、本来なら赤色こそ「肯定」だと告げねば設定に齟齬が生じることを書いている内にようやく気付きました。

修正できる量でもないのでこのまま行かざるを得ないのですが、最後までプロットだけは出来ていると言いつつもこんな感じで、本当にお恥ずかしい限りです。



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