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飢妖(3)

        *


 北部 コバル公国――


 御前会議という名目で招集された貴族達の定例会は、朝から大荒れに荒れた。

 “貴族”として幾世代かの世襲を経たとは云え官僚化にはまだまだ程遠いという事情も多分に有る。

 今でこそ『コバル公国』という一つの国家を名乗ってはいるが、元々が鉱山毎に設けられた“洞”(サーク)と呼ばれる工房の寄り集まりがこの北の大国の始まりである。

 採掘・鋳造を生業とする“洞”に帰属する者達は、“親方”と呼ばれる頭領をそれぞれ戴き、縄張りや水争いを発端とする雑多な小競り合いを常に繰り返していた。とは云え、元々が荒れた北の地で貧相な暮らしを共にする“見知った仲”である。争いも適度なところで仲介が入り手打ちとなる、些か馴れ合いめいたものに終始していたのも事実である。

 その状況が一変したのが30年の昔、地蟲の巣の中から偶然(・・)“旗”を見つけ出したクォーバル親方が、その“旗”より与えられた超常の力を後ろ盾に大小含めて30を超える全ての“洞”を腕尽くでまとめ上げたのがコバル公国の始まりである。

 元々“洞”に属していた土着の同朋である“親方”には“貴族”の位を与え政事と冶金とその技術の秘匿に専念させ、天より新たに閉じた世界(ガザル=イギス)に墜ちて来た新参者を“保護”し――その場で野垂れ死にしないよう、あくまでも慈悲による慈善である――その代価として下民の身分を与え地下で採掘に従事させる。そして“貴族”の徒弟を中心としてささやかながらも常備軍を設け、徐々にその規模を拡充し練度を高めていった。それも全て、雑事を下民に割り振った事による成果である。

 やがて軍として形の成ったその武力を背景に、コバル公国は世界の中心に程近い商都ナーガスを始めとして、恫喝に近いやり方で食料輸入を主として次々と己に有利な取引を押し進めて来た。

 10年近く前、会談という名目で当時の新興国家である妖精皇国の妖精皇を誘い出し、会談場所として指定した“黒い棺の丘”(クラムギル=ソイユ)のその場で拉致を謀るなど、そのやり方は――それ自体は双方に相応の犠牲を出し未遂に終わったものの――決して褒められたものではなかった。

 何らかの“旗”の影響か3mに達するであろう巨体へと変貌を遂げたその無頼の国主を、妖精皇は悪鬼と蔑み以後直接の国交を断った。喪われた側近は二度と戻りはしない、泣き寝入りにも近い苦渋の決断でもあった。

 かくの如く、内外共に強引な手段で国家の体を保ってきたクォーバル大公ではあるが、それでも子供の寝物語として“旗”を探し求めその手に掴み取った冒険譚が好んで語られる程度には、このコバル公国の英雄として依然として崇められていた。

 齢70を超え漁色に走り、公の場に姿を現すことが無くなった今でも、それは変わりはしない。例え徐々に口さがない噂が――大公は既に身罷られているのではないのかという噂が――夜な夜な人々の口に上っていたとしても。


 実際、“御前会議”という名目で招集を掛けたにも関わらず、今回もクォーバル大公は会議の席に姿を現さなかった。それがまずは会議が荒れた原因である。

 欠席自体は別に珍しい事ではない。と云うよりも、3年程前から常に不在が常ではあった。

 大公は既に齢70を超える老齢であり、所詮はお定まりの定例会でしかない“御前会議”にわざわざ御足労願うまでも無い――というのは建前である。貴族達にとっては最高権力者が同席する方がむしろ煩わしく、欠席は逆に望ましいとさえ歓迎されていた。

 だが、今回だけは違った。最高権力者である国主に憚る必要がない以上、貴族達はここぞとばかりに口々に議長を務める宰相デイガンを非難し、明確な責任を負うことを求めた。

 わざわざ向こうからこちらの手の中に飛び込んで来てくれた六旗手――浮遊城塞オーファスの長である“青のカカト”をむざむざ取り逃がした責任を、老宰相は問われたのである。

 無論、一連の潜入と逃走劇に関する箝口令は敷かれていた。だがそれは主として六旗手を逃したことでは無く、秘匿されていた忌導召喚陣を破壊されたことに対してであった。

 “紅星計画”(アルシュート・ベルマ)――忌導召喚陣によるこの閉じた世界(ガザル=イギス)への任意召喚、その若き責任者であるザーザートによって隠匿の手配が早急に成されたとは云え、貴族達の耳にその話が伝わるのは予想外に早かった。

 クォーバル大公によって統一されたとは云え依然として貴族達は“洞”を単位に反目する事も多く、謀略の手段として各々が独自の諜報網を有していた。

 その長年の仕込みが存分に発揮されたという訳である。デイガンにとっては悪い意味で。

 更に確定では無いと云え、六旗手“青のカカト”の他に加えてもう一人の六旗手――妖精皇国の“妖精機士”(スプリガン)ナイ=トゥ=ナイが同道していたのが事実であれば、わざわざ自らその場に出向きながらも揃って取り逃したデイガンの失態が致命的であることは明らかであった。

 まして開戦前夜である。内々とは言えこれまで開戦の詔が発せられていないのは、ひとえに宰相デイガンがその権限を持って押し留めていたからである事は周知の事実であった。

 既に先陣争いを考慮に入れている貴族達にとってそれは面白い話であろう筈も無く、今回の失態は老宰相をその地位から引き摺り下ろすには絶好の好機であった。

 普段から何かと反目しあう貴族達であったが、今回のような共通の生贄がいる時の奇妙な連携感は見事である。デイガンの失脚は確定だと言っても良い。

 とは云えこの期に及んで貴族達は、老宰相に詰め腹を切らせてそれで終わりという一枚岩では決してなく、あわよくば今回の失態の責任を己以外の“洞”に少しでも押し付けることが出来まいかという醜い探り合いも平行して発生していた。


 「……」


 罵声と詰問と互いの言葉尻を捉えんとするかまかけが飛び交う御前会議の様子を、紅い髪の少年は机の上に脚を投げ出し無言のまま眺めていた。見苦しい政争を前にしてもその真紅の三白眼には些かの感情の色も窺えず、まるで目を見開いたまま寝ているのではないかと不安になるまでに微動だにすることはなかった。

 或いはこの会議の間の後方に座っているのが少年一人だけであったのならば、照明の暗がりに溶け込んで彼がそこに居る事さえ貴族達の誰一人として気付くことはなかったであろう。

 だが、そうはならなかった。

 椅子でふんぞり返る少年とは対照的に、その真横に立つ小太りの茶髪の青年は、そのおどおどとした態度とユーモラスな体型も合わさって無駄に衆目を集めるタイプであった。おそらくは青年本人にとっては不本意であったとしても。

 御前会議が弾劾裁判の様相を呈し悪い意味で白熱してきたこの時でなかったなら、この傍若無人な紅毛の少年と気弱さを絵に描いたような茶髪の青年の珍妙な取り合わせは、貴族達の悪意の混じった興味からは逃れられなかったに違いない。

 「お祖父ちゃん……」

 どこか少女めいた仕草で身を捩り、ハラハラと心配気に呟くその内容が示すように、小太りの青年は今まさに突き上げを喰らっている宰相デイガンの孫であった。

 “(ケーン)洞”の長であることから、彼の名はオズナ・ケーン、或いは単にケーン親方と呼ばれていた。

 今はそのデイガンに代わり真紅の少年の“お目付役”としてその横に立つオズナは、しかし最初から少年の見張りそっちのけで会議の様子を固唾を呑んで見守っていた。

 普通の貴族であるのなら、宰相の罷免に連座することになる“錫洞”の求心力の低下をまず案ずるであろうし、“洞”の長としての立場なら案じなければならない。

 だが青年は明らかに、何よりもまず祖父であるデイガンの身を案じていた。その気弱で優しげな瞳に違うこと無くいじらしく。

 この閉じた世界(ガザル=イギス)では珍しいぽっちゃりとした体型が示すように、オズナ・ケーンは“坊ちゃん”としてかなり恵まれた生活を送ってきた。厳格な身分制度と世襲制から成るコバル公国を、ある意味体現する青年だと言っても過言ではない。

 「……」

 横のオズナと、そして相変わらず紛糾している議会の様子を見守る少年の瞳には、依然として何の感情の色も浮かんでは来ない。醜い争いを前に当然浮かんで然るべき、失望の色も侮蔑の色さえも。

 その硝子球を思わせる硬質な輝きを宿す瞳は、見る者によっては爬虫類のそれを連想させ、嫌悪感を抱かせる類いのものかもしれない。或いは龍の眼に見据えられたような、畏怖の慄きか。


 途中一度の小休止を挟み、御前会議は予定を超過し二時間程で解散となった。通常の定例会だと小一時間程でそそくさと解散するところではあるが、今回は更に日を改めての続行となった。

 クォーバル大公が不在の今、開戦までの日程を無許可で決定する訳にはいかない――というのが、宰相デイガンが唯一頑として譲らなかった取り決めであった。

 結局のところ、貴族達はその気迫の前に最後には皆口をつぐみ、宣戦布告に伴う議題を一時棚上げとすることで妥協した。

 宰相デイガンの “罷免”(ゆうたい)という言質を得た今、それ以上食い下がって悪目立ちしたところで、他の“洞”に付け込まれる隙が生じるだけであった。

 三ヶ月後に迫った建国式典を節目に新たな宰相が選任されれば、後は待望の進軍が開始される。むしろ、明確な期限と準備期間が用意されたということで、これを好機と捉える貴族も多かった。

 進軍、駐留、そして徴収――それは貴族達にとっては疑いようのない勝ち戦と、そして戦果という名の凱歌を予想させた。その為の先兵とこそが“紅星計画”(アルシュート・ベルマ)によって召喚された3人の“客将”であった。自分達に逆らえぬようにザーザートによって不可視の“首枷”を填められた……。

 第一目標は商都ナーガスの“接収”。それさえ果たせば、南部の広大な“畑”でしかない妖精皇国などは取るに足らない儲けの少ない土地でしかない。

 そこには、“旗”を集めてこの世界の解放を願う大義名分など欠片も存在しない。既にこの世界の創造主として名前のみが伝わる“彼等”の事も含めて、貴族達にとって一切は胡乱な夜語りでしかなかった。

 そういう次第で、地下の会議室を小走りに退出する貴族達は皆一様に上気し、見るからに浮足立っていた。本来ならば第一に侵攻を開始せねばならない“隣国”の『救世評議会』への対応が現状維持のままであることに異を唱える者すらいなかった。

 実際の所、コバル公国からの逃亡者集団をその祖とする救世評議会は、六旗手“知恵者ザラド”を旗頭に戴いているとは云え国力ではコバル公国に大きく劣り、今はもう国境を巡る諍いすら皆無である。それでも救世評議会が国家としての体を保っていられるのは、いつでも揉み潰せる仮想敵が常在していた方が統治にはむしろ都合が良いという、コバル公国の事情――ザーザート曰く「ある種のガス抜き」――でしかない。

 むしろコバル公国にとって攻略対象として以前から問題視されていたのは、救世評議会よりも浮遊城塞オーファスの方であった。

 不埒にも公国に潜入し忌導召還陣を破壊した六旗手が一人“青のカカト”。以前より公国が『保護した』下民を鉱山奴隷だと批難しその開放を謳う英雄気取りの青年は、公国にとっては鬱陶しい羽虫のような存在であった。

 逆に言えば所詮は害虫程度の存在でしかない為、カカトの活動そのものを黙殺したところで公国にとってさして痛くも痒くも無い。もっともその油断が今回の潜入破壊工作を許す要因となってしまったのだが。

 それは一端置くとしても、公国にとって目障りであったのはカカトではなく、あの規模を誇りながら自由に空を移動している浮遊城塞オーファスそのものであった。

 この閉じた世界(ガザル=イギス)において航空戦力を用意しようとした場合せいぜいが熱気球、どう頑張ったところで飛行船ですら安定した運用が望めない状況であった。

 狭い有限の世界において陸路が確保――安全だとは決して言えないが――されている以上、飛行船などにリソースを割くよりももっと優先すべきことは他に幾らでもあった。

 確かにコバル公国が国策としてまとまった時間と予算と人員を投じれば、ある程度の数の飛行船を揃える事だけは出来たであろう。

 だが例え飛行艦隊を組んだとしても、浮遊城塞オーファスの質量の前では単なる的に過ぎないであろうことは、誰の目にも明らかであった。

 接舷攻撃により数で押し切るにしても、わざわざ空中戦を選ばずに、城塞が何処かの湖面に着水時に何らかの策を巡らす方がよほど現実的であろう。


 「どいつもこいつも……」


 様々な悪態や厭味を吐きながら“洞”の代表である貴族達が全て退出した事を見届けた後、ようやくデイガンは壇上から降りると、奥の片隅に座る真紅の少年の方へと向かって歩み寄って来た。

 その赤銅色の貌には、流石に疲労の色が濃い。とは云え、この世界に墜ちてきた後に人足より始めて最終的に“錫洞”の長に成り上がった叩き上げの前歴に違うことなく、会議の間中ずっと起立したままでありながらも尚もデイガンの足取りはしっかりとしていた。

 その老宰相の背後に、青白い病的な肌の色をした一人の若者が続く。中性的な顔立ちと体の線の見えないゆったりとした濃藍色のローブを纏っていることもあり、一目見ただけで男か女かを判別をすることが難しい容姿であった。

主役サイドは書きやすくて助かります

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