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飢妖(1)


 妖精皇国――


 閉じた世界(ガザル=イギス)における、“人間”の勢力圏の最南端。ヤハメ湖の畔に位置する、現存する3つの国家の内の1つ。

 穀倉地帯として発展を続けている街の中心の大広場はそのまま青空市場も兼ねており、始めて訪れる私の予想以上の賑わいを見せていた。

 妖精皇国から商業都市ナーガスを経て北のコバル公国の玄関口まで幹道が整備されている――他と比較して難所が少ないということらしいが−―こともあり、買い付けを行う商人や仲介人の怒声にも似たやり取りがそこかしこで発生していた。

 農作物がこれだけ大々的に取引されているということは、土地が険しく工業を主としている北部へと運ばれていくのだろう。元首である“妖精皇”とは別に実質的に政を取り仕切る『元老院』(のうきょう)は農作物の生産管理までがせいぜいで、まだ流通には手付かずであると、浮遊城塞で老先生に聞いた覚えがある。現在はそれでも上手く回っているのだろうが、いつかは妖精皇国が直接販路を押さえにかかることになるのだろう。

 御用商人に近い者は、今でもいるのかもしれないが。


 (人の営みというのは、どこの世界でも変わらないんだな……)


 いまだ流星群により新参の流入者が定期的に墜ちて来る北の地とは異なり、南部の住民達は寒村に寄り集まり世代を重ね、この閉じた世界(ガザル=イギス)で新たに生を受けた土着の者も多いという。それはこの妖精皇国の民も例外では無く、望郷の念が薄いだけに騒々しくもあるが地に足の付いた生活をしていると、要はそういうことなのであろうか。

 それはいささか穿ち過ぎだとはしても、コルテラーナの憂う“先細りするしかないこの世界の行く末”などとはまったく無縁な、喧騒に満ちた懐かしくも生き生きとした世界が私の目の前には広がっていた。


 (まぁ、これが普通のことなんだろうけど……)


 恰好つけた言い方だと、もしも妹が私の隣にいたらそう笑ったことだろう。

 (双葉(ふたは)……)

 私は胸中で妹の名を呟くと、改めて自分の横に立つ少女へと目を向けた。妹ではない、翡翠色の瞳の幼女を。

 所長から貰った“お小遣い”の入った巾着袋をお手玉のように放り上げキャッキャッと遊ぶナナムゥも又、この世界で生まれ育った子供の一人であった。

 青空市場の開かれた、街の中央に位置しヤハメ湖を一望できる景観に優れた大広場。その片隅で往来の邪魔にならないよう慎ましやかに起立している我々が何をしているのかと云うと、所長の所の小間使いである少女の買い出しの手伝いである。

 本来ならば今朝から妖精皇国に来た主目的の一つである試製六型(わたし)機体(からだ)の強化に着手する予定だと聞いていたが、昨日のコルテラーナの遅参――図書館なる場所に所用が出来たと私も小耳には挟んでいた――と、そして何よりバロウルが例の私との相撲(しょうぶ)の後に寝込んでしまったことにより大幅な遅延が発生していた。

 こうして半ば他人事の様に語ってはいるが、まさか当事者である私がノコノコ見舞いに行くのも憚られ、今朝方に館の裏庭でバロウルの屈伸する姿を見かけた時には思わず安堵してしまったのも不本意ながら事実であった。

 それは兎も角、そのようなゴタついた状況であったが故に、今日の午前中にコルテラーナとバロウル、そして所長との間で再度工程の調整を行う事となり、その空いた時間を利用してこうして街に出て来たという訳である。

 多分に待機中の幼女(ナナムゥ)の守り役を任されたという側面もあるのだろう。

 相撲の件はコルテラーナからは溜息一つと窘めの言葉だけで済みはしたが、直接バロウルと貌を合わせるにはまだ気まずさを残していた事もあり、私にとってナナムゥの街に繰り出すという提案は渡りに船であった。


 「お待たせしました!」


 周囲の農夫達に負けず劣らず小麦色に日焼けしたメイド服の少女が、野菜の満載された大きな籠を両手一杯に抱きかかえながら駆け戻って来る。

 昨日から幾度か目にした、所長の館に住み込みで仕えているという小間使いのミィアーである。まだ一晩しか世話になっていないとは云え、館に常駐しているのは所長とその御供であるクロとシロを除くと、彼女唯一人のように見受けられた。

 浮遊城塞の子供達への土産物を買いに出る傍ら、早朝のミィアーの買い出しに付き合おうというのがそもそものナナムゥの提案であった。

 根菜や――人参のような馴染みの物もあれば始めてみる物もある――燻製肉――詳しくは無いがおそらく――で一杯の籠をミィアーから受け取った私が、ナナムゥの用意した台車へと乗せていく。

 黒に近い暗灰色の石造りの巨体である機兵(わたし)は、広場の隅に居るとは云え流石に人目を引いていた。しかしながら奇異の目を向けられはしていたが、別段それ以上の騒ぎになることはなかった。

 道すがらの年配の農婦達に親しげに声を掛けられていることから察するに、ミィアーはこの妖精皇国で顔が知られている――おそらくは所長の小間使いとして――と思われた。その有名人である彼女と行動を共にしているということが、私にとっては何よりの身元の証明となっているのだろう。

 (まぁ、それはいいとしても……)

 私は単眼を悪目立ちしないよう静かに巡らすと、広場全体をゆっくりと見渡した。身元が確かか否かと云う話以前に、単にこの町の住人にとって各々の背丈の差など些細なものなのではなかろうかという疑念を、今更ながらに私は強く感じていた。

 大広場の雑踏の中を、人間の膝下にすら届かない小人達が――無礼な言い方ではあるが――こまねずみの様に行き来している姿があちらこちらに視えた。

 “妖精(フェアリー)”――命名者が所長である事を私は後で知った――この妖精皇国の国名の元ともなった、勤勉で小柄な種族。

 脚部の収納機構を完全に省いたヤドカリのような形状の農耕用三型機兵を牽引車代わりに操り、農園の耕作や育成を一手に引き受けている、妖精皇国に欠くことの出来ない種族――館からの道すがら得意げに妖精皇国の解説をするミィアーから私はそう聞かされていた。

 明確な体格差によって居住区そのものが街中に別に設けられているという彼等妖精族は、私がこの広場で目にする者だけでも男女問わず皆若く、そして人形のように整った顔立ちをしていた。

 その文字通りおとぎ話から抜け出たような華奢で可憐な妖精族が、しかし不釣り合いな泥臭い百姓装束に身を包み、郊外で野良作業に勤しんでいる。何より私にとって強い違和感の元となったのは、その不似合いな衣装ではなく彼等が皆一様に表情が乏しく、綺麗な顔が微動だにしない仮面に視えることであった。

 確かに人間と変わらぬ表情を浮かべ指示を飛ばしている妖精の姿も、僅かながらに見受けられはした。だがその例外とも云うべき個体は妖精の農夫の班長とでも云った調子で、背後に付き従う無表情な妖精の一団に指示を与え先導する立場の様に見えた。


 ――“奉仕種族”


 私が彼等“妖精族”の本来の生い立ちを所長や老先生より教えてもらったのは今より少し後、浮遊城塞に戻ってからのことである。

 所長達の乗る『観測船瑞穂』がこの閉じた世界(ガザル=イギス)のヤハメ湖の畔に擱座し、様々な苦難の後――所長の顔が明確に曇り、私はその詳細を聴く機会が訪れないことを知った――幸運にも『試験用』として積み込んであった作物の苗や飼育動物によって自給自足の生活の目処が立った矢先に、彼等“奉仕種族”を詰んだコンテナ船がヤハメ湖に着水した。『瑞穂』と同様にゆっくりと、まるでお椀を湯船に浮かべるように。

 コンテナ船――その船体がヤハメ湖に水没した今では、所長の言うそれがただの船舶なのか宇宙船の類いであったのかは私には知る由も無い。

 切り離され湖面に浮上した数基のコンテナの中には、あたかも奴隷船に隙間無く詰め込まれた“商品”のように、虚ろな目をした小人の一団が並んでいたのだという。


 所長と“妖精族”、その出会いは偶然であるがしかし互いに幸運なものであった。

 『瑞穂』に詰んであった農作物の苗は、元々が宇宙という過酷な環境に適応出来るよう耐久性に重きを置いた品種であった。或いは人間がそうであるように、作物の苗もまた“墜ちて”来た時にこの世界の土壌に合うように造り替えられていたのかもしれない。

 原因は兎も角、実を結んだとは云え収穫量には重きを置いていなかった『瑞穂』の農作物の収穫を軌道に乗せる為には、何よりも人手が必要であった。

 その一方、“自主性”というものがない妖精にとっても、日々を生きる為の指令を与えてくれる者が必要であった。例えそれが奴隷のような生き方を意味するものだとしても。

 言うなれば頭と手脚。この二者の出会いと尽力によって、今の妖精皇国が形作られたという、それが10年の話である。

 やがて拠点としての地盤が固まり、その噂を聞きつけて来た周囲の寒村の人々と、そして何よりも浮遊城塞オーファスのコルテラーナと誼を結び、それらの人々を受け入れることで穀倉地帯として急速に発展を遂げた――それが私が所長から聞かされた妖精皇国の成り立ちであった。

 とは云え、その頂点である“妖精皇”はあくまで妖精族を取り仕切る象徴的な立場でしかない。国家としての運営は、寄り集まった元の寒村の出身を派閥とする元老院の役割であるという。

 その如何にも後々弊害を生みそうな寄合の是非は、部外者である私が軽々しく判断すべきものではない。唯一つだけ確かな事は、眼前の青空市場は外部の者を交えて著しい賑わいを見せ、懸命に働く人々によって目まぐるしく変化していった。


 『遠からずコバル公国から戦の火の手が上がる、それは間違いのないことでしょう』


 昨日の夜の、所長の言葉が私の脳裏に蘇る。少なくとも眼前の妖精皇国の人々にとっては戦争など世迷い言であり、ましてそれに備えるだけの余裕も無いのであろう。

 この街にとって用心すべき『敵』とは、いまだ南の果てに潜んだ猿人の群れでしかないのである。

 それを無知蒙昧だと責めることは、私には出来ない。


 「これでお主の買い物は終わりか?」


 ナナムゥがミィアーに尋ねる焦れた声。その言葉を合図として、ミィアー所用を終えた私達は最後の目的の場所へと向かった。

 土地柄か木造建築が占める街並みを台車をゴトゴト押しながら西門の方角、繁華街へと進んで行く。

 幾ら“国”を名乗っているとは云え、流石に観光客がたむろしているようなのどかな世界ではない。それでも来訪者に向けて嗜好品や特産品を取り扱う区画が、ささやかにではあるが妖精皇国にも存在していた。

 私達がミィアーに案内された場所も、その内の一つである大通りに面した土産物屋を兼ねた大衆食堂であった。

 その食堂より先、交差する裏路地に沿って並んでいるのは多少色褪せはしているものの極彩色の派手な建物の群れであり、まだ朝方と言っても過言ではないこの時間帯では、行き交う人々の姿も又まばらであった。喧噪に満ちていた大広場とは対照的に、である。

 考えるまでもなく、俗に云う歓楽街の入り口も兼ねているのであろう。その店先でナナムゥが、浮遊城塞で帰りを待つ子供達の為に土産の花糖菓子を買い求めに走った。

 私とミィアーが顔を見合わせ、その後ろを代書と共にゆっくりと続いて行く。

 花糖菓子(ポレオ)という名の子供の握り拳大のそれは、縁日の屋台で見掛けるカルメラ焼きに良く似ていた。私の傍らでナナムゥを見守るミィアーの解説によると、妖精皇国で栽培している花糖草を煮詰めて花糖を精製する際に生じる無用な上澄み液を集め、粉と混ぜて焼いた特産の菓子だとのことである。

 原料となる上澄み液の色が、そもそもの元となる花糖草の花の色に準じる為に、花糖菓子(ポレオ)の見た目は赤・黄・白など色とりどりであり、日持ちも良いことも手伝って気軽に買い求める者も多いという。

 既に焼き上がった物も用意されているのであろうがナナムゥの求める数には及ばなかったらしく、追加分が焼き上がるのを待つ間、私達は通りに解放されている屋外カウンターで待機することとなった。

 椅子代わりに無造作に並べられている木箱に並んで座ったナナムゥとミィアーがすぐに取り留めのない話を始めた横で、いつもの如く直立不動で立つ私は手持ち無沙汰気味に周囲の風景を眺めていた。

 先程の繁華街の路地とは異なりカウンターは農夫達――それも妖精では無く人間――によって賑わっており、店員から何か白い液体の注がれた小振りの木のカップを受け取ると、グィと一息で飲み干して各々西門へと向かって行った。

 おそらくは何かの乳を飲んでいるのだろう。それが滋養強壮の効能を持つのか、或いはただ単に妖精皇国の慣習であるのか、解説してくれる筈のミィアーはナナムゥとのおしゃべりに夢中であった。


 (もしも全てが終わったら……)


 活気溢れる情景を眺めながら、許される筈のない詮無きことだと知りながらも私は尚も夢想した。

 いつか妹の亡骸を探し当てる事が出来たなら、所長に懇願して館の裏手の例の墓地に納めてもらい、この妖精皇国で墓守として暮らそうかと。

 私は農業の心得など皆無であるけれど、この巨躯と膂力さえ有れば、周囲の荒れ地の開墾の手伝いくらいは出来るだろうと。

 いくら石の躰だとは云え、この身が不死などであろう筈も無い。いつかこの躰が苔生し、二度と目覚めぬ“眠り”に付く日々が訪れることとなるのだろう。

 その時を迎えるまでは、妹の墓の近くで墓守として余生を送ろう。妹の墓の横で試製六型(わたし)の躰自身が朽ち果てた墓標と化すその日まで。

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