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起動(4)

  “試製六型”(じぶん)の身体構造を把握できてさえいれば、もう少し選択肢は増えていたのかもしれない。

 しかし幾ら問い尋ねてみても自分の躰に関する一切の“応え”は返ってはこなかった。何らかのセキュリティが掛けられているかのように。

 いずれにせよ、身も蓋もない話をするならば今の段階でこの打ち棄てられた地の底より脱出する為の目処など何一つない。せめて腰を据えて現況を確認できるだけの時間が欲しかった。

 その為にも何としても巨人を撃退せねばならない。今、この一撃で。

 小心者の自分が終始落ち着いていられることが不思議だったが、それでもテンション自体は上がり切っていたのだろうか、声を発することが可能であったならば間違いなく自分は雄叫びをあげていたに違いない。

 先手必勝。

 私は両手で固く握った右脚を必殺の願いを込めて袈裟懸けの軌道で叩きつけた。

 が――


 「――ヴ!?」


 私の渾身の一撃が虚しく空を切る。勢いに引っ張られ、完全にバランスを崩して倒れる私に非情な現実が突きつけられる。

 (見て、避けられた……!)

 愕然とする私は傍から見ると非常に滑稽なものだっただろう。自分自身が身を以て体験していた筈なのに、私は脚を武器に変えるという奇策にのぼせ上がりそれを忘れた。

 同じ“試製六型”である以上、巨人にも視覚に遅延をかけ、対峙した相手の動きを見て避ける機能が備わっていて当然だった。私がそうして凌いだように。

 或いは自分の一撃が鋭いものであったならば見て避けることは不可能だったのかもしれない。「遅く視える」だけで「速く動ける」訳ではないのだから。

 だが全ては詮無きことだった。体勢を立て直す暇さえなかった。もんどりうって倒れた私の躰を巨人が掴み上げたからである。


 (――まずい!)


 次に来る攻撃は予想するまでもなかった。最悪の事態を回避すべく、私は拘束を振り解こうと抵抗を試みた。

 だがそれよりも早く私の躰は、石壁目掛けて叩きつけられていた。最悪の予測に違うことなく。

 衝撃音は派手なものであった。

 「――ヴヴ!!」

 もしもこの身が苦痛を感じることができたのならば、今の一撃で私は失神しとどめの一撃を待つばかりとなっていただろう。それはある意味、この悪夢からの解放されるということであり自分にとっては歓迎すべきだったのかもしれない。

 だが私の意識は依然明瞭であり、それ故に導き出される結論がより私の心を慄然とさせた。

 ちょうど私が試みたことをそのままやり返されているのだ。この躰より堅い石壁にぶつけることで装甲を粉砕するという試みを。

 結局自分の策など狂った巨人ですら思いつくレベルのものに過ぎなかった。

 愕然とする自分を嘲笑うかのように、更に事態が推移する。

 とっかかりの無い丸みを帯びた“試製六型”の外装のおかげか、或いは巨人の換装した右腕が貧相であったからか、再度壁に叩きつけられた際に、私の躰は文字通りすっぽ抜け投げ出された。

 そのまま壊れた玩具のように、地面で跳ねて転がり止まる。

 私は無力だ。

 地に落ち仰臥した私はただ天井を見つめ力なく項垂れた。後はただ、ひたすら壁にぶつけられ嬲るように破壊されるのを待つだけであった。


 “――機密保持を最優先”


 ここに至ってようやくと云うべきか、不意の“応え”が私の脳裏に提示された。

 予想だにしない提案が。


 “自爆手順に移行可能”


 もしも発声機能があったならば、私は爆笑していただろう。

 それもいいかもしれない――それが紛うことなき今の自分の心境だった。自爆したところで痛みを感じないのであるならば、それが一番賢明な選択であるとさえ思えた。

 ここが何処か、自分が何故ここにいるのか、一切を知らぬままに虚しく破壊される運命よりは、そちらの方がよほど潔いのではないのかと。

 巨人が、私の上に覆い被さるようにして腕を伸ばしてくる。自爆するには好機ではある。しかし改めて考えるまでもなく、別に巨人を相打ちに持ち込んででも倒さなければならない理由も無く、後は自分がいつそれを――自爆による逃避を決断するかということだけであった。

 諦観によって余裕が生まれたのであろうか。何の気なしに目をやった地表に、私は目覚めてから初めてこの世に小さな生き物の姿を認めた。

 カマドウマに酷似したその蟲は、如何にもゴミ掃除屋でございといった薄気味悪い風体で小刻みに触角を揺らしていた。

 私が自爆したその後は、この外殻は廃棄物の山の一部となり、内側は――何が詰まっているのかは知れたものではないが――これら蟲の養分となるのだろう。

 (蟲の餌か……)

 自嘲する私は、完全に観念して自爆を選択するつもりだった。だが蟲の餌と胸中で呟いた途端、私の中で不意にもう一つの感情が爆発した。


 ――わたし、そ()な死に方したくな()!!


 両腕に、何か異様な力が満ちるのが自分でも分かった。自分を掴み上げようとした巨人の腕を、私は己が腕を振り回すことで容易に払い除けることができた。できてしまった。

 同じ“試製六型”――故に機能も知能も同程度だと私は勝手に認識していた。知恵なり知識なりだけは、或いはある程度の差異はあるのかもしれない。今こうして私自身に意志が有り、学んだ記憶も有るのだから。

 だからこそ、他の要素以上にこれだけは互角なのだろうと無条件に判断していた。

 膂力――出力と言うべきか――に関しては。

 だが奇跡か単に認識の間違いか、或いは火事場のなんとやらが再びわたしに助力したのか、今間違いなく出力では――端的に言うならば取っ組み合いの力なら私の方が明らかに勝っていた。


 ――だから何だというのか


 もう一人の私が諦め気味に自嘲する。無い知恵を絞って無駄に抵抗を重ね、結局は己が無力を改めて思い知らされるくらいならば、潔く全てを終わりにした方が良いのではないか。自爆の痛みも無いのならば、永遠の眠りにつくだけの至福の結末ではないのかと。

 でもわたしは死にたくない、死にたくはなかった。どんな綺麗事を述べられたところで、こんなところで虫の餌になるのは絶対に嫌だった。

 振り回した腕の当たり所が良かったのだろうか、巨人がよろめいて腰からストンと落ちた。私はその好機に自分でも笑ってしまう程の速度で這いずり上がると、巨人の攻撃圏内から速攻で離脱した。

 この時点でも尚、自分の満ち足りた膂力は健在であった。単眼を忙しなく周囲に巡らせ巨人の再動を警戒しながらも、私は再び思考を巡らせた。

 逃げるにしろ戦うにしろ、とにかく新たな両の脚を見つけなければ話にならない。先程までの諦念は嘘のように霧散していた。

 結局のところ、我ながら幾ら悟ったようなことを言ったところで死ぬのが嫌なのだろう。

 必死の探索行。逃走と探索とを両立させることは非常に困難を極めた。まして巨人との距離を可能な限り開けるべく周回するような動きを意識して移動せねばならない。

 故に、私は不意に脳裏に飛び込んできた声なき声の警告を咄嗟には理解できなかった。


 “流星確認”


 「は?」と、声を発することできればそう口をついていただろう。出口どころか窓すら無いこの閉鎖された魔窟で何が流れ星かと。私の生命が流れ星のように燃え尽きようとしていることへの比喩か何かかと。

 だが地面を揺るがす重い地響きの前には、それも些細なことだった。


 “流星による隔壁解放確認”


 ご都合主義にも程があると、笑ってもらっても構わない。

 目の前の石壁が小刻みに震えながら上下に開く。その向こう側には石造りの回廊が緩やかな傾斜と共に左右にどこまでも延びているのが視えた。

 迷っている暇などなかった。

 回廊に飛び込む私の背後で石壁が再び閉じ、巨人だけを石室に閉じ込めてくれる――などというそこまで都合の良い話は流石にない。私は回廊の壁沿いに開閉用の仕掛けの類が――残念ながら――見当たらないことを確認すると、急いで這ってその場を離れた。

 先程の構内と同じように回廊の天井にも定期的な間隔でオレンジ色の発光体が埋め込まれており、長く伸びる通路に淡い光を投げかけていた。

 「――ヴ」

 ほんの一瞬逡巡したが、私は己の腰から下の部位を潔く切り離した。それ自体は念じるだけの簡単な作業だった。

 これは一種の賭けだった。重量を減らすことで移動速度を増せる一方、今後どこかで脚の代わりを見つけても換装することはできない。

 だがこの先、そう都合よく両脚の代替品と邂逅できる可能性は低いだろうと思えた。

 差し当たっての問題は、回廊の上りと下り、どちらに進むかであった。地獄の釜の底からの脱出といった感のある以上、心情的には上り一択ではある。だがここまで常に自分の思案が裏目に出たという冷酷なる真実が、私の心をしばし迷わせた。

 改めて言うまでもなく、迷っている時間すらも惜しい。だが自分が直感のみで決断を下す直前に、私の中の私が“応え”を指し示してくれた。

 上りであった。

 それは感覚的には、昔の横スクロールのアクションゲームでキャラクターの頭上に進路の矢印が浮かぶ演出を想起させた。

 (目標は1面クリアか……)

 私は苦笑すると気持ちを切り替えるべく前を向いた。母の教えの通りに。

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