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祈桜(11)

        *


 緩やかな勾配の上り坂を、ガタガタと音を立てながら2台の箱馬車が連れ立って進んでいく。

 場所によって土を踏み固めた路面と石畳とで造りが一定していなかった往路は、気が付けば完全に石畳の路面に統一されていた。それに加えて道幅も馬車同士がすれ違って尚1台分は余裕のある広いものとなっており、私に目的の街が近い事を告げていた。

 妖精皇国。

 私が居る浮遊城塞オーファスも飾り気の無い学校の校舎めいた構造と云うだけで、決して粗末な建造物という訳ではない。むしろこの閉じた世界(ガザル=イギス)においては最上に属するものであることは――実際に各地を見聞きした訳では無いが――私でも分かる。

 飛行可能であるというその一点だけでも、比肩しうるものは無いだろう。

 にも関わらず、緩やかな丘を上り終え眼下に広がる光景を始めて目にした時、私の心は感動に打ち震えた。

 今居る丘の上から街の正門にまで真っ直ぐに伸びる広い道。その両側に広がるのは、背の高い農作物が一面に植えられた区画化された畑と、あちこちに建てられた木製の物見櫓。

 洋画で見たトウモロコシ畑に瓜二つの牧歌的な田園風景。そこかしこには――まだここからは仔細に見えないが――働いている農夫の姿も垣間見えた。

 もしも私が生身の躰のままであったなら、感涙していただろう。

 この未来の無い閉じた世界(ガザル=イギス)の只中で、それでも尚人々は地に足を付け懸命に生きていこうとしているのだと。ただ嘆き震えるしかない私と違って。

 詮無き感傷であろう。心中で一人感極まる私を他所に、2台の馬車はそのまま何事も無く丘を下り、両側に壁のようにそそり立つ背の高い作物に見下ろされながら道の上をゆるゆると進んだ。

 先導する馬車にはバロウルとナナムゥ。そして後詰の馬車の荷台には私と例の謎の“少女”。後は護衛用の汎用三型が1台ずつ、そういう取り合わせであった。

 これまでと同様に“御者”としては専属の三型が御者台に鎮座しており、後方の私の側の馬車が実質無人であっても操馬には何の問題も無い。実際のところ猿人の襲撃が完全に想定外であっただけで、その後は特に問題らしい問題も発生しないのどかな旅路ではあった。

 そういう次第である以上、今一番の懸念となるのは――皮肉にも――猿人から救い出した“少女”の存在だと云えた。

 過重を避ける為に、今は試製六型(わたし)の脚だけを外して前を行くバロウル側の荷馬車に積んである。それでも万が一の時に備え“彼女”を取り押さえることが出来るよう、両腕だけは残してあった。


 『……ガル……』


 “彼女”の呟きを聴くことが出来たのは、結局側に居た私だけであった。その短い謎の呟きを最後に“彼女”は再び昏倒でもしたのか、以後は指先一つピクリとも動いてはいない。

 『ガル』――脳裏の声無き声にその呟きを問いはしてみたが、そもそもがたった2文字の単語である。妥当と思える翻訳の絞り込みすら出来はしなかった。何かの単語の一部である可能性も考慮すると、まず特定は不可能であるだろう。

 衰弱が激しい――或いは既にその先の最悪の事態に達している――事を想定し、いっそ首の繋ぎ目を破壊し“彼女(なかみ)”を救出しようとも試みた。が、それも私の考えを察したのであろうバロウルに寸前で止められた。


 『ヘタに開けるな。何が起こるか分からん』


 それが褐色の雌ゴリラが、私を――ついでに同意したナナムゥを――強く制止した理由であった。経験上だとも言っていた。

 妥当であろうとは思う。これが夢物語ならば、封印されたものを外気に晒す事で対象が衰弱死したり、或いは未知の病原菌がバラまかれたりするのが一つのお約束である。

 そのどちらの可能性も、“墜ちて来る”時に肉体が適合するよう造り変えられるというこの閉じた世界(ガザル=イギス)のルール上では無用の懸念かもしれない。だがそれでも用心しておくに越したことはないというバロウルの懸念はもっともなものである。

 “彼女”の存在もその出で立ちも、あまりにも謎に満ちていた。

 とは云えコルテラーナ達が先行している以上、今更“彼女”一人の為にオーファスの工廠まで引き返す訳にもいかない。


 『所長の所ならば相応の設備もある。何をするにしても、そこを借りよう』


 それがバロウルの出した結論であった。要は当初の予定通り妖精皇国に向かうということである。

 それも妥当であろう。異論も無ければ代案も無い。そのような経緯を経て我々一行は遅れを取り戻すべく荷馬車を走らせ、今ようやく妖精皇国の外周にまで辿り着いたと、そういう次第であった。

 妖精皇国――この閉じた世界(ガザル=イギス)での南方唯一の“国”である。とは云え実態は、象徴としての“(おう)”を戴く寄り合い所帯であり、“国家”として語れる域には到底達していない。それこそ農業協同組合と云った方が実情に近いのだろう。

 声無き声から事前に得た知識ではそうであった。

 元はヤハメ湖の畔の集落を始めとする妖精皇国は、いまだ湖の縁に沿う形でジワジワと拡張を続けていた。それに伴う形で耕作地の方も都市の外周を包む形で、縦横に放射線のように広がっていった。

 妖精皇国とはすなわちヤハメ湖に背後を護られたこの都市そのものの呼称であり、故に都市として固有の名称は存在してはいない。

 要はローマの都市国家が近いのであろう。だが都市国家としては一つ足らないものがあった。

 都市として拡張途上にある為だろうか、妖精皇国には都市と外部とを明確に隔てる高い外壁の類は――少なくとも今はまだ――一切存在してはいない。無論、外敵の襲来に備えて木を組んだ物々しい柵や土嚢を積み上げた壁は存在するが、それよりも整備された農業用水路と付随する跳ね橋がそのまま外堀となって防衛の要としての役目を果たしていた。

 主たる襲撃者であった猿人の群れが塀をものともせず逆に水を不得手としていたことがその主たる理由だと、声無き声は告げていた。猿人が平原から掃討されその脅威がほぼ払拭された今ならば、おそらくは都市の拡張を一旦止め堅固な防壁を築き、新たに別の衛星都市を築いていく道を歩むことになるのだろう。

 この閉じた世界の内での繁栄と拡張が、限られた資源を消費し己の首を絞める未来に繋がるのだとしても。

 「……」

 我ながら、悲観的過ぎるとは思う。思うが、持って生まれた性分だけは如何ともし難い。

 「もうすぐじゃぞ、キャリバー!」

 昼下がり――元居た世界で言えば15時頃といったところであろうか。昼には着く予定が3時間程時間を無駄にしてしまったことになる。

 このような不測の事態に備えて密かにバロウルが携帯していたのであろう乾パンか何かを昼食として齧りながら、ナナムゥが逐一私に声を掛けてくる。それどころか2台の荷馬車の間を子猿のように飛び移りながらはしゃぎ回る有様であった。

 “所長”なる人物と、それに傅く“クロ”と“シロ”なる御供との再会が如何に楽しみであるかを盛んに口にしながら。

 犬か猫か、或いは私の想像を超えた異生物か。今言えることはそういう“御供”を常に侍らせているという“所長”なる人物も、相応に一癖も二癖も有る人物なのであろうということだけだった。

 “所長”に関する情報を、私の脳裏の声無き声は一切を秘匿し開示してくれない。

 機兵(ゴレム)の開発に一枚噛んでいる以上、その情報が公にされない事は理由としては分かる。だがその“所長”という名が通称なのか、或いは館長(コルテラーナ)(バロウル)のように固有名詞を日本語として直訳したものなのか、それすら明示されないのはやり過ぎではないのかと思う。

 ただ、ナナムゥがあそこまで懐いているからには悪い人物ではあるまいと、その意味では安心は出来た。

 故に“所長”にしろ“クロとシロ”にしろ、その正体を探るのは対面するまでのお楽しみとして敢えて不鮮明に留めておいた。何事にも余裕は必要である。


 (それはいいとして――)


 左右を背の高いトウモロコシ――にしか見えない。素人の悲しさで差異が判別出来ないのは“馬”と一緒である――の壁に挟まれて先を進む私の中で、不意に一つの疑問が浮かび上がる。大人しく食べるのに集中せよと、乾パンを齧りながらも跳ね回るナナムゥの行儀の悪さを流石にバロウルが窘める様子を目の当たりにしたのもその一因ではある。だが何よりもこうして農作物を間近に眺める機会を得たことで、以前から薄々気にかかっていた疑問が今更ながらに頭をもたげたのである。

 試製六型(わたし)の動力源は、どうなっているのかと。

 生身の躰でない以上、食事を摂る必要が無いということは――納得は出来ないにしても――理解は出来る。だがそれでも何の補充も補給も無しに、この石の躰が稼働し続けるとは到底思えなかった。

 俗に云う“魔法”に類する何かの補助が有るのかもしれないが、それをもって私の世界で云うところの“永久機関”を成し得ているとも考え辛い。

 否、正確には成し得ることが許される筈が無いのだと私は確信していた。

 閉じた世界。限られた資源。困窮する未来。

 その中で足掻き相争う捕囚を眺め嗤う事こそが“彼等”の望みであるのだと、コルテラーナはかつてそう言っていた。

 ならば永久機関の存在など許されよう筈も無い。例え成し得たとして、“彼等”自らが破壊しに顕現したとしてもおかしくはなかった。


 (“彼等”か……)


 ナナムゥの“糸”により膝を抱えた体育座りの格好で荷台に固定されている“彼女”を眺めながら、私はこの世界の創造主達につらつらと考えを巡らせた。

 神か悪魔か、それとも更に悍ましい何かか。

 或いは、単に強大な“力”を有した悪趣味なだけの只の“人間”か。

 6本の“旗”を巡る争いに、私が直接関わることはないだろう。

 だが私自身の思惑がどうであれ、この世界の中心にある“黒い棺の丘(クラムギル・ソイユ)”の闇のカーテンをくぐる時に、私は“彼等”と接触することになるだろうと確信する。

 それがどのような形をとるにせよ、宿命などという安易な言葉を拒んだとしても、それが必然の邂逅である事を私は確たるものとして予感していた。

 危ういなと、私は胸中で自嘲する。“彼等”との接触を危ぶんだ訳では無い。私はあくまで「試製」(プロトタイプ)である。闇のカーテンを超えた先の“中心点”までの道筋を探る事が使命である。

 もしも“彼等”と遭遇したとして、踵を返して逃げれば良いという選択肢(にげみち)は残されていた。

 逃げ切れるかは兎も角として。

 何れにせよその先の、この世界の行く末を左右するであろう“彼等”とのやり取りは、私如きの出る幕ではない。それはコルテラーナなり六旗手なりの領分であった。

 危ういなと、私は再び胸中で繰り返す。

 先の猿人との遭遇戦を私は制した。蹂躙したと言っても過言でないし、その気になれば嬲り殺す事すら可能であっただろう。

 それは猿人のみに止まらず、俗に云うこの世界の「人間」相手ならば同様に圧倒できるであろうという事実に私は気付いた。気付いてしまった。

 自重せねばと、私はわたしを戒める。調子に乗りやすいことが自分の悪い癖であることは自覚していた。なまじ調子付いて“彼等”との諍いに自ら首を突っ込む未来が、我が事ながらありありと予測できた。

 先のガッハシュートとの闘いを例に出すまでもなく、私は“極めた”者の前では所詮無力な素人でしかない。まして殺し殺される世界に身を投じる程の覚悟も度胸も、私には無いのだから。


 「――ヴ!?」


 取り留めもなく思い悩む私の躰を、ガクンという一際大きな荷台の衝撃が突き上げた。

 単眼を巡らし、依然として農作物の壁に囲まれた周囲を慌てて探る。

 それまで街へ向かって一直線に進んでいた馬車が丁字路に差し掛かり、その進路を変えた事を私は知った。右折し、湖の外周を沿って平行に進むように。

 バロウルもナナムゥも平然としているところを見ると、これが規定の進路なのだろう。それまでの街へ向かう石畳の主道と同程度の道幅が確保されていることからも、この道の辿り着く先が重要な施設に繋がっていることだけは察せられた。

 ただ、それまで畑の中に一定の間隔で設置されていた物見櫓の数がめっきりと減り、たまに道端などに見かけられた農夫――私の良く知る「人」であったり人に近いが明らかに差異のある「亜人」であったりと多様なのはオーファスと同じである――の姿を見かけることもなくなった。

行く先が街の外れであることは間違いない。にも関わらず、拡張を続けているというこの妖精皇国の理からも取り残され、敢えて手付かずのままに残されているようでもあった。

 さりとて打ち捨てられている、という訳でもない。

 (そうか……!)

 不意に私は、似通った雰囲気を持つ場所の記憶に思い至った。木々に囲まれた街の外れの御社。まさにそれとよく似たうら寂しくも重々しい、独特の佇まいであった。

 やがて畑とそこに植えられた背の高いトウモロコシから成る壁が途絶え、まるで長いトンネルを抜けた汽車のように私達の荷馬車の前に開けた光景が不意に広がった。

 先程、丘の上から始めて妖精皇国とそれを取り巻くトウモロコシ畑を見降ろした時に、私はその牧歌的光景に心を震わせた。

 だがその光景すら私にとって、単なる前座でしかなかったのである。


 「――シロ! クロ!」


 先を行く馬車の荷台から突如として身を躍らせたナナムゥが、そのまま放たれた矢の様に駆け出していく。緩やかな上り勾配である道の向こう側へと、その姿がたちまちの内に私の視界から消えた。

 賢しく大人びていてもやはり子供なのだなと、私は微笑ましい気持ちで満たされた。あれだけ再会を楽しみにしていたのだ。似たような経験は私の幼い頃の記憶にもある。

 シロとクロ、そして所長なる人物が如何なる者達なのか。その答えが遂に明かされる時が来たという期待に、実を言うと私も軽い興奮を覚えてはいた。

 眼前に、あの光景が広がるまでは。

 全ての想いがかき消されるまでは。


 「――!!」


 私は言葉を――元々唸ることしか出来ないが――失った。

 もし、もしも脚部が接続されたままであったなら、私は驚愕のあまりその場で立ち上がり、そして荷馬車はバランスを崩して横転していたことだろう。

 これまでと同様に、真っ直ぐに伸びる石畳の主道。しかしそこから左右に枝分かれした支道は全てが土の畦道と化していた。

 昼下がりの陽の光を反射し眩く煌めく穏やかな水面。そこに規則正しく植えられた、ピンと伸びた青い草葉。臭覚が無いにも関わらず、私の鼻孔には確かに届いた。父の田舎に里帰りした幼き日々の思い出の残り香が。

 眼下に広がる水田。青く、青く煌めく水田。


 そして――


 水田の向こう側、距離としては200m程先であろうか、不自然に隆起した小高い丘の頂に一棟の館は建っていた。

 その背後に垣間見える、寄り添うように立つ背の低い大樹。その樹は来訪者(わたし)を歓迎するかのように満開の花が咲いていた。

 薄い桃色の花が――舞い散る桜の花が。

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