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祈桜(10)

 (なにを偉そうに……!)

 それがわたしの正直な心の内だった。

 

 ――殺さずに済むなら殺したくない

 

 ――お前の命で贖ってもらう

 

 そのどちらにも道理が有り、そのどちらかが誤っているなどということはないのだろう。

 かく云う私も、妹に何かあれば相手を殺したい程に憎むだろう。機会さえあれば、少なくとも殺そうと試みはするだろう。

 時として揺らぐ基準。周囲に圧され惑う心。それこそが人間なのだと、私は思う。それ故にガッハシュートの言葉には――一理あるとは云え――賛同する気にはなれなかった。

 私は『良心の呵責』に耐えられない。耐える自信も無い。だから誰も殺せない。殺したくもない。

 妹に、仇なすことさえしなければ。

 奇麗事だとは自分でも思う。故にわざわざそうガッハシュートに反論する程愚かではない。例え口が無く、身振り手振りであろうとも。

 私は身を固くし、ガッハシュートの次の出方を窺った。だがガッハシュートの方からはそれ以上の語りかけは無く、その気配を必死に探る私を尻目に霧はやがて急速に四散した。

 要は“煙幕”代わりだったのだろう。遮るものなく再び露わとなった視界の何処にもガッハシュートの姿は無く、後には見逃してもらったことを正直安堵する私と、両断された猿人の物言わぬ屍体だけが残された。

 目を見開いたまま仰向けに倒れている猿人の屍体は、一見したところ“人間”ではなく完全に“獣”のそれを連想させた。それ故に気弱な私でも、辛うじてその惨状を直視することが出来た。

 「……ヴ?」

 “獣”という印象に、何故か付き纏う軽い違和感。その理由に私は――私にしては珍しく――すぐに思い至る事が出来た。

 猿人の全身いたる所をスカーフのように飾っていた色取り取りの装飾布。それが粗末な腰布を除いて今は一枚も見当たらなかった。

 猿人の躰に直接巻き付いていた布だけでなく、周囲の地面に散乱していて当然の筈の布すら一枚も。

 それが、改めて屍体を見た私が“獣”というイメージを強く抱いた理由であった。獣毛だけを目にすれば、そうもなろうというものである。

 まさかガッハシュートが首級代わりに全ての装飾布を持ち去ったとも思えない。直にその瞬間を目撃することこそ叶わなかったが、猿人を両断したガッハシュートの光刃に何らかの付帯効果が有り、それによって布が残らず燃え尽きたと考えるのが妥当なところであろうか。

 (まさかな……)

 些か苦しい仮説であることは自分でも分かってはいるのだが。


 「――キャリバー!」


 擬足を展開しヤドカリのような動きで先導する三型の後ろから、ナナムゥが大声を上げて私の方へと駆け寄ってくる。

 それを制止しようと慌てふためいた時には既に遅く、最後尾を務めるバロウルも含めて、惨殺された屍体とめでたく真正面から御対面と云う形となった。

 『女子供が見るもんじゃない』――意味合いがどうであれ、私なりの行動理念としてはそうであった。

 だが驚くべきことにナナムゥもバロウルも、目を背けてもおかしくない凄惨な屍体を前にして眉を顰めはしたものの、悲鳴どころか足が竦む素振りさえなかった。

 おそらくはそう珍しくもない光景なのであろう。見せてはならないと配慮したものの、それは結局は平和な世界に生まれ育った私の主観でしかなかった。

 私は改めてこの閉じた世界(ガザル=イギス)の過酷な現状に身を震わせた。コルテラーナに教え諭されていたとは云え、死と隣り合わせの世界に自分がいることを改めて実感させられた。

 帰りたい――帰れるものならば。人としての躰を失っている以上、二度と戻れはしないのだけど。

 悲壮感に包まれる私を慰めてくれたのは、今度もナナムゥが口にしたのは歓喜の言葉であった。

 「でかしたぞ、キャリバー! それでこそわらわの弟分じゃ!」

 私に飛びつき、そのまま頭の上によじ登る幼主。傍から見ると、幼稚園児と大型犬の取り合わせのように見えているのではないかと思う。

 だが無邪気に笑いはしゃぐナナムゥとは対照的に、屍体の横に片膝を付きその斬り口を検分しているバロウルは、やがて顔を上げると淡々と私に訊いた。

 「ガッハシュートか」

 秘したところで意味がない。私は単眼に“肯定”の意味の青光を点灯させ、バロウルに応えた。

 「ガッハシュートじゃと!?」

 はしゃぐのを止め、途端に憤慨するナナムゥ。幼女はバシバシと私の後頭部を叩くと、苛立ちも露わに叫んだ。

 「カカトも戻って来ておらんのに、なんでわらわ達の周りをまだうろついておるんじゃ!?」

 「さてな…それよりもだ」

 バロウルは立ち上がると、背後の空き地の方へと貌を向けた。彼女の言わんとすることはすぐに判った。

 状況的に余裕が無かったので後回しになってしまっていたが、空き地に転がっている謎の人影をこのまま放置しておく訳にもいかなかった。

 流石に人に仇なす猿人をわざわざ埋葬してやる義理は無い。猿人の屍体を野晒しのままに、ナナムゥを肩に乗せ空き地の方へ戻ろうとしたその時に、私の予期せぬ“異変”は起こった。

 「……ヴ?」

 私は最初、それがガッハシュートの散布した煙幕の残滓か何かだろうと思った。

 しかしその白い霧状の“何か”は風に吹かれて消えていくどころか、逆に猿人の屍体を中心に寄り集まっているかのように見えた。

 「――ヴ!?」

 最早、気のせいなどではなかった。私の目と鼻の先で白い霧がみるみる内に集い、緩やかな渦を巻きつつも上方へ伸びる。

 ちょうど人の背丈と同じ位の高さに。

 今や直に触れる事も可能ではないかと思わせる程の密度に形成された“霧”は、次いで心細げにユラユラと左右に波打ち始めた。

 (これは――!)

 私はその揺れる白い人の似姿に見覚えがあった。

 “幽霊”――先日に“狩り”と称してナナムゥと共に追い立て捕え集めた得体の知れぬ存在がそこにはあった。

 目も鼻も口も無く、ただ伸びあがり揺れるその様は、まるで死体に生える巨大な茸を思い起こさせた。

 (どういうことだ……!?)

 衝撃のあまり私は身動ぎ一つとることが出来なかった。脳裏の声なき声に目の前の事象を問い合わせることすら失念した程である。

 「落ち着け」

 この私の硬い石の躰のどこに動揺を見出せたのか、バロウルが半ば嗜める口調で私に告げた。

 「この世界ではこれが普通だ」

 (――『普通』!?)

 ギュイと私は単眼を落ち着き払ったバロウルへと向けた。

 おかしな話だが私が我を取り戻すことが出来たのは、バロウルへの敵愾心までとはいかずとも、少なくとも非難であり不審感でもあった。

 「お主はなんも知らんのじゃのぅ、キャリバー」

 私の頭頂の部分にペタンと座ったナナムゥが、そこから逆向きとなって私の単眼の前に覗き込むように顔を晒す。ここぞとばかりにお姉さん風を吹かすべく、バロウルの尻馬に乗ったのは明らかであった。

 「この世界で殺されるとな、魂が“幽霊”となって彷徨い出るんじゃ」

 「ヴ!?」

 「わらわが拾われた森なんぞ、辺り一面に“幽霊”が――」

 「お嬢」

 興が乗ってきたのか調子付いて面白半分に語り出したナナムゥをバロウルの一言が遮った。

 ナナムゥはピョンと私の頭部から飛び降りると、ばつの悪そうな笑みを浮かべた。辺りを一時の沈黙が支配する。

 「――“印”だ」

 やがて、猿人の“幽霊”を前に未だ釈然としない気持ちを抱いたままの私に応えるかのように、バロウルが口を開いた。

 「コルテラーナの話では、この世界を整えた“彼等”が、人が死を遂げると“幽霊”となって残るように仕組んだのだそうだ」

 ナナムゥは先程『殺されると』と表現した。

 ならば寿命をまっとうした者は?

 或いはこの閉じた世界(ガザル=イギス)では天寿を迎えることすら稀なのか?

 そう訊こうとした――この場に意志疎通に用いる例の小型端末が無いので会話がそもそも不可能ではあるが――私の機先を制し、バロウルがその先を続けた。いつも淡々とした彼女にしては珍しく、吐き捨てるかのように怒りを露わにして。

 「古戦場の跡など、それは酷い有様だ。まるで亡者の蠢くこの世の地獄だ。死への恐怖、生への執着、志半ばに倒れる事への無念、そういうものの具現化だとコルテラーナは言っていた」

 「……」

 「死して尚、“彼等”によって晒し者とされるのだ、私達は」

 珍しく心中を露呈してしまったことに気付いたのか、そこまで話して後にバロウルがフイと貌を背ける。

 「ヴ……」

 私には、バロウルへかけるべき言葉も声すら無い。そもそもがそうすべき義理も無い。私にとって“敵”である彼女に対して有る筈も無い。

 それはそれとして、バロウルの言葉から私の中である程度の疑念は解けた。これが“彼等”の手による悪趣味なマーキングだというのなら、今私が始めてその誕生を目にしたことにも納得がいく。

 要はあらゆる生命が“幽霊”と化すようには紐付られてはいないのだ。そうでなければ今頃は、浮遊城塞オーファスで飼育されている食肉用の家畜の“幽霊”で私の身辺は溢れている筈だ。

 おそらくはと、私は自分自身の推測に身震いする。

 “彼等”の目的が六旗手を頂点としてこの世界に墜とした人々が相争うその様を見世物とすることであるならば、おそらくは人が――“旗手”と成る資格を有する“人”の種族のみが、死して後も“幽霊”として残るのであろう。

 まさに敗れたゲームの駒を盤上でひっくり返すかのように。

 だが、曇る私や憤るバロウルを尻目に、我等が幼主ナナムゥは実にあっけらかんとしたものであった。

 「それよりも、早くさっきの空き地まで戻るぞ!」

 本人なりの反省を終えたのか、ナナムゥが再び私の肩口に飛び乗る。そして猿人の“幽霊”を改めて眺め回したのだろうか、少しの間を挟んでナナムゥが先を続ける。

 「今ここでこやつを狩るわけにもいかんからの」

 かつてナナムゥは、自分とバロウルがこの世界で産まれたと言っていた。故に彼女達の言動こそ、この閉じた世界(ガザル=イギス)に根付いた『常識的』なものなのだろう。私の知る常識とは異なるが『郷に入っては郷に従え』、この世界の慣習に合わせるべきは私の方なのだろう。

 それはいい。それに異論は無いにしても、それでも私にとっては殺伐とした『異世界』であった。

 この閉じた世界(ガザル=イギス)は。私にとって終の地となるこの世界は。

 いずれにせよ、ナナムゥの言う通りこれ以上“幽霊”に対して出来ることは何もない。まさか“狩って”連れ歩く訳にもいかない。

 結果として“幽霊”をその場で彷徨うに任せた我々は、逸るナナムゥを先頭に再び先程の空地へ取って返した。

 依然として中央に無造作に転がされた、正体不明の人物の許へと。

 ここまでの状況が状況だっただけに、私にとってもバロウルにとっても些細に観察するのはこれが初めてである。ピクリとも動かなかったので、死体か紛いものである可能性も高かったのも放置した理由であった。

 「ヴ」

 どこか気が乗らないというのが正直なところである。何よりもまずその人物が身に纏っているのが『服』ではなかった。

 一見して潜水服か宇宙服を髣髴とさせる、珍妙なダボついた衣装。頭から爪先までくまなく全身を包まれ丸く膨らんだその躰は、どちらかというと『着ぐるみ』と呼んだ方が正確にすら思えた。

 私が一貫して『人物』と呼称した理由はそこにある。貌どころか素肌の一片すら、その人物は晒してはいない。ただそれでもどちらかと云えば小柄な、おそらくは女子供の類ではないのかと推測することは出来た。

 「ヴ!」

 誰に指示された訳でもないが、私はナナムゥとバロウルにこの場から下がるように手振りで示した。

 さすがにこれが猿人の遺した罠で、触ると同時に爆発するようなことは無いとは思うが、用心に越したことはないだろう。

 三型に丸投げするのは、それはそれで心が咎めた。

 躰の凹凸が表面から定かではないが、おそらくお尻を掲げた体勢でうつぶせに突っ伏しているであろうその人物を、私はそっと両手で抱え起こした。石の指先では繊細な感触を感じ取ることは出来ないが、それでも最初に見た目から予測したような、女子供を思わせる小柄な人物であることだけは分かった。

 まさに着ぐるみの中に『芯』として誰かが入っている、そういう感触であった。緩衝剤の様な柔らかい――推測込みである。人の指であったなら断定出来たであろうが――何かが詰まっていることまでは知れた。

 「ヴ」

 さすがに私の単眼でも“透視”のような浪漫機能は有していない。せいぜい今出来る事は、手元に仰向けに抱いたこの人物の情報を少しでも得る事であった。

 見れば見るほど珍妙な服装であった。丸みを帯びたかなりゆったりとしたゴムの様な胴体でありながら、首の部分を繋ぎ目としてパーツとしては独立しているのであろう頭部は、硬質の素材で出来た甲冑の兜のようであった。

 その印象を後押しするかのごとく、御丁寧にも“兜”の目の部分も文字通り騎士のソレのように幾筋ものスリットの入ったバイザーとなっていた。

 実際に、潰れた饅頭の様な楕円形の外殻であることを除けば、おそらく普通の兜のようにバイザーは可動するのだろう。

 「どうした!?」

 慎重に過ぎたのだろう。がっしりとバロウルに両肩を掴まれたナナムゥが私へと声だけを張り上げる。

 別に急かされた訳ではないのだが、私はバイザーを上げその中身を覗き見すべく指を伸ばし、それでもしばし躊躇した。

 これが普通の格好であったならば、猿人に攫われてきた者であろうと推測は出来る。しかしこの異様な風体は明らかにこの世界の者ではない、異なる世界から墜ちて来た者としか思えなかった。私と同じ様に。不幸な事に。

 「六型!」

 今度はナナムゥではなくバロウルの鋭い声が響いた。その声と、雑念で注意の逸れていた私の腕の中で、抱いていたその人物の右腕がピクリと動いたのはほぼ同時であった。

 (私としたことが……!)

 己の迂闊さを恥じる私の耳に、バイザーのスリットの奥から声が漏れ聴こえた。


 「……レ…ン……」


 内部に詰まった何かの影響だろうか、かなりくぐもったその声からは、声の主の性別や年頃などの判別は効かなかった。

 辛うじて聴こえたその呟きも、或いは私の聞き違いかもしれない。

 そう思いあぐねる私の耳に、再び次の呟きが届いた。

 今度ははっきりと。おそらくは少女の声が。


 「……ガル……」

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