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祈桜(3)

 「すまんの、もうちょっとだけ辛抱してくれ、キャリバー」

 ナナムゥが背面から私の真正面へとトテテと回り込むと、伏せ気味だった顔をクイと上げた。

 「もうちょっとだけ。約束じゃ」

 「ヴ」

 強い決意を秘めた緑色の瞳。その煌めきに見つめられ、私の胸は自責で痛んだ。皮肉にも、今こそ言葉を話せれば良いのにと嘆いた。

 幼主(あなた)が気にする必要は無いのだと。私はその無垢なる願いに報いる術すら持たぬ男なのだと。

 「――六型」

 一連の作業を終えたのであろうバロウルがナナムゥの背後、すなわち私の真正面の位置に、いつの間にやら回り込んでいた。私をきつく見据えるその貌には、燐光を放つ例の紋様が、薄れかかりつつもいまだ浮かんだままであった。

 「六型じゃなくて『キャリバー』じゃ」

 すかさず訂正(ツッコミ)を入れるナナムゥに一瞬眉根を寄せつつ、バロウルが私へ有無を言わさぬ口調で告げた。

 「今から私の言う通りに念じろ、六型」

 「ヴ?」

 「キャリバーじゃ!」

 「それはもういい。六型、まずは“青色”だ」

 逆らってみたところで何も意味は無い。私はバロウルの言うがままに脳裏で“青色”と念じてみせた。

 「――ヴ!?」

 私の視界がたちまちの内に、眩い青一色に染まる。外界を視認できぬまでに鮮烈な、澄んだ青い輝きに。

 「よし。次は“赤色”だ」

 バロウルの言葉に従って今度は脳裏に“赤色”を思い浮かべる。視界が先程と同様に眩く赤く染まるが、今度は事前に予期していた為、無駄に動揺せずに済んだ。

 「問題ないようだな」

 さしたる抑揚も見せずにそう呟くバロウル。私もまた、そういうことかと先程のメンテの内容に納得した。

 「お嬢、赤と青の光を灯せるようにはしておいた。後はどう使うか、好きに決めるといい」

 「――分かった!」

 その意味することを直ちに理解したナナムゥが、ピョンピョンとバロウルにじゃれつく。

 「さすがじゃ! ありがとう、バロウル!」

 「……」

 バロウルはそれには応えず、ただナナムゥと私とに背を向けた。

 バロウルと私にとっては、些か気まずい時間。一人はしゃぐナナムゥには罪は無い。

 ちょうどその時、私達2人を救うかのように、各尖塔に吊るされた鐘が夕刻の訪れを告げて鳴り響いた。私がこの浮遊城塞オーファスをしばし学校の校舎に例えた理由も、この鐘の音に因るところが大である。

 「――いかん、戻らねば!」

 この工廠に入り浸ってはいるが、ナナムゥにはナナムゥの“糸”を紡ぐという大事な仕事が有る。詳細を聞く機会はいまだに無いが、その“糸”が機兵(ゴレム)にとって重要な基幹となることは私自身が一番良く知っていた。

 「また明日な!」

 緑色の目を大きく見開いたナナムゥが、その別れの言葉を残し転がるように工廠を飛び出す。

 「よいな、キャリバー! 青が『はい』で赤が『いいえ』じゃぞぉ!」

 通路中に鳴り響くナナムゥの声が、段々と遠ざかっていく。後には吊られた私と工具の片付けを始めたバロウル、そして火の消えたような唐突な静寂のみが残された。

 それに加えて――つい失念してしまう事も多いのだが――常にどの部屋の片隅にも控えている丸まった数台の三型と。

 それが、ここ数日のお定まりの光景。正直なところ、滅多に塔の上層より降りてこないコルテラーナよりも、ナナムゥとそして褐色の雌ゴリラと接している時間の方が私にとっては遥かに長い、そんな日常であった。

 だが、この日はいつもと少し様子が違った。

 「今の私に出来る事はこれくらいだ」

 工具を片付ける手を止め、不意にバロウルが私に語りかけてくる。それはあまりにも想定外の出来事であったため、私は一瞬固まってしまった程であった。

 「これから何があろうと、お嬢の傍にいてやってくれ。お嬢を護ってやってくれ」

 「……」

 「頼む」

 切れ長の強い、そして偽りの無い真摯な瞳。

 愚かな女だと、私は思う。

 ガッハシュートに成す術なく打ち倒された無力な私に頼み事など。

 守護すべき幼主でありながら、逆に己の“盾”に使おうと下卑た策を弄する、下衆な私に頼み事など。

 愚かな女だと嗤わざるをえない、本当に。

 私は、バロウルのことは信用していない。信用できない。

 “敵”ではないのかもしれない。全てが状況証拠からの推測である以上、“敵”だというのがそもそも私の誤認であるのかもしれない。

 だがバロウルなる雌ゴリラがその胸の内に抱えている何かの秘密が、闇が、私が見過ごすにはあまりにも深く濃いものであったのもまた事実である。何よりも胸の大きな女はわたしにとって“敵”でしかない。

 (……私は)

 正直、迷いはある。私にとって本当の“敵”とはいったい誰なのか。その答えの一端を握るであろうガッハシュートは、あれから私の前に姿を現してはいない。

 (私の成すべきことは……)

 悩むまでも無い。今の私の成すべきこと、今の私に出来ることはたった一つしかない。

 私は、ナナムゥの守護を請うバロウルに対して答える口を、言葉を発する機能を持たない。

 しかし、代わりの新しい術を得た。

 バロウルに向けて、単眼に青い光を灯らせる術を――ナナムゥが去り際に定めた『肯定』の輝きを示す術を。


        *


 「遅いぞ!」


 私の右肩の上でピョンコピョンコと跳ねながら、ナナムゥがようやく私達の許に辿り着いた二つの人影に声をかける。

 「ナナムゥちゃんは本当にキャリバーが好きねぇ」

 その二人の内の一人は、日傘を差したま頭上のナナムゥを仰ぎ見るコルテラーナである。

 頑なに私を『六型』呼びするバロウルと異なり、コルテラーナの方は『馬鹿者(キャリバー)』という名を半ばあきれつつも受け入れてくれた。

 その後ろからゆるゆるとようやく追い付いて来た小柄な人影が、今の私の学問の師ともいえる“老先生”であった。尤も先に述べたように直接師事している訳では無く、老先生が浮遊城塞の子供達相手に行っている授業を後ろから拝聴させてもらっているだけではあるのだが。

 雑多な外見の、私から見て“亜人”に該当する人々が寄り集まったこの浮遊城塞オーファスにおいても、老先生の容姿は――無礼を承知で言うと――群を抜いて薄気味悪いものであった。

 1m強程の小柄な躰は頭の先から爪の先まで全身を暗緑色の外套(ローブ)で覆い隠され、肌の露出している部分は何処にも無い。さすがに授業の際などにはその奥に隠された顔を垣間見ることはできたが、凹凸の無い白い無貌の仮面が頭巾の奥から覗くだけであった。

 だが、真に老先生の“特徴的”な部分はそこではない。侏儒と呼んでも差し支えのない老先生であったが巨大な、それこそ己の背丈と同程度の手押し車が常にその傍らにはあった。

 その手摺に寄りかかるように移動する様は、老婆が買い物用カートをヨタヨタ押しながら歩いている、正にその姿そのものであった。

 カートと異なりがっちりと板で密閉されている手押し車に何が入っているのかは――公儀介錯人ならばガトリング砲の類でも仕込まれていそうであるが――知る由もないが、その天板の上には小型機兵(ゴレム)である三型が常に一台据え付けられていた。

 “老先生”の名が示すようにその外套の中身が老体であるのならば、その日常生活の介助役であるのだろうと私は推測していた。

 そのような、無遠慮に言えば奇っ怪な風体の老先生ではあったが、その見た目に反しこの浮遊城塞の中では学問の師として相応の敬意を払われていた。コルテラーナと共にいる姿を見かけることも多々ある為、或いは彼女の相談役も兼ねているのかもしれない。

 「ダイブ埋マッタナ」

 コルテラーナの横に並び子供達の穴埋め作業を眺めながら、老先生が一声発した。その重低音の声質はさながら電子音声の様な硬質な趣があった。

 「子供達が良くやってくれているから…」

 コルテラーナの、ナナムゥを含めた子供達を見守る目は優しい。

 しかし、『馬鹿者(キャリバー)』と囃し立てられる私や『団長』と呼ばれている――何の団長だかは不明だが――ナナムゥと違い、コルテラーナ自身は子供達から遠巻きにされているのが実情のようであった。どこか浮世離れした気だるげな美しさが、子供にとっては物怖じしてしまう要因なのかもしれないと私は案じていた。

 「あの時は、夜中に大騒ぎじゃったの」

 その子供達の中では稀少にもコルテラーナに気圧されることのないナナムゥが、私の肩口に立ったまま彼女に親しげに話しかける。

 こうして浮遊城塞の重鎮ともいえる3名がわざわざ穴埋め作業を見る為だけに揃って中庭に脚を伸ばすとも思えない。

 普段の私ならばその原因についてアレコレと――正解には程遠い――思いを巡らすところではあるが、この時の私はいささか神妙な面持ちで塞がりつつある焼け焦げた穴を見つめていた。


 『あの時は、夜中に大騒ぎじゃったの』


 ナナムゥのその言葉に、私は色々と思うところがあった為である。

 私自身の記憶は無いが、この大穴と私との間には密接な関係が有ると教えられていた。

 コルテラーナ曰く、私と私の妹と、そして周囲に散らばる雑多なものとがまとめて墜ちて来た場所――それがここより北東のヒヅカ湖に停泊していた浮遊城塞オーファスの、まさにこの“中庭”であった。

 真夜中の出来事であったと聞く。

 墜ちて来た一団は、有機無機如何を問わずどれも皆既に炎に焼かれ惨憺たる有様であったと聞く。

 それでも運が良かったのだと、コルテラーナは私に慰めの言葉をかけてくれた。もしも停泊中でなく中空を浮遊している状態のオーファスであったならば、周囲に張り巡らされた防風障壁に物理的に阻まれ弾かれ、何処とも知れぬ地に投げ出されていたことだろうと。

 そして何よりも“墜ちて来た”私の躰そのものが、まだ息がある事が不思議なまでに損傷著しかったのだという。或いはこの閉じた世界(ガザル=イギス)に召還された際に体組織が造り変えられるという悪魔の所業が、逆に辛うじて私達兄妹の生命を繋いだのかもしれなかった。

 そして息絶える寸前の私達の魂魄を、コルテラーナは試製六型の躰に転移することで救ってくれた。肉体こそ喪失したが、それを恨みと思う程、私は恥知らずではないつもりである。

 いずれにせよ、運良く工廠が目と鼻の先にあったが為に可能となった救済だと云えた。

 魂魄の転移――私をこの石の躰に転生させた秘術は。

 (“秘術”か……)

 今までは敢えて目を逸らしてきたが、この閉じた世界(ガザル=イギス)には私から見て『魔法』としか形容のできない技法が存在することは確かなようであった。或いは、『魔法』に見えるだけで、文系の私の理解など及びもつかないような超技術によるものなのかもしれない。

 そもそもが、交される会話が私の脳裏では日本語に逐次変換されている事実からして存外のことである。確かに多少のラグは認められるものの、元より会話の内容が定まっている洋画の吹替えではあるまいし、流暢に過ぎる翻訳であった。

 「そうじゃ、忘れておった!」

 「ヴ」

 私の思考を中断するのは、いつも決まってナナムゥの大きな声というのがここのところのお定まりであった。

 ピョインと私の肩口から飛び降りつつ、ナナムゥがこともなげに私に言い放つ。

 「所長に会いに行くぞ!」

 「ヴ?」

 おそらくは、コルテラーナ達がわざわざ私の許を訪れたのはそれを伝える為と、それに先立ち私の様子を確認する為なのだろう。

 しかし腰に手をあてフンスとドヤ顔を見せるナナムゥからは、それ以上の情報を得る事は出来ない気がした。

 私は判りやすく単眼を巡らせると、僅かに苦笑しているコルテラーナに大仰に助けを乞うた。

 「以前に一度話したと思うけれど、貴方の設計を担当した“所長”が妖精皇国にいるの」

 言葉を発することが出来ない私の困惑を察してくれたであろうコルテラーナが、すかさず補足をしてくれる。

 「そこで貴方の機体(からだ)を少し強化してもらう予定なの」

 「クロとシロにも会えるぞ!」

 やたらとテンションの高いナナムゥを前に、コルテラーナが一つ大きな溜息をつく。

 「ナナムゥちゃんはキャリバーといい、本当にあの手のものが好きねぇ」

 「かっこいいからの――では行くぞ、キャリバー!」

 見るだけでは飽き足らなかったのかナナムゥが、身も軽やかに穴を埋める子供達の元に駆けていく。

 「皆の者、後少しじゃ! これが終わったら甘味を振る舞ってやるぞ!」

 一際大きな子供達の歓声が上がる。ナナムゥもまた、その服と頬とを汚しながらも土砂を埋める為に空いていた工具をその手に握った。

 (私も作業再開といくか……)

 幼主の後に続く前に最後に横目で盗み見たコルテラーナの貌は、何故かひどく感傷的な面持ちを浮かべていた。

 その脇に影の様に寄り添う老先生は、最初に発した一言以外は最後まで終始無言のままであった。

 「キャリバー!」

 思わず足を止めた私を、ナナムゥと子供達の声が合唱となり私を誘う。

 (コルテラーナ……)

 声一つ掛けることのできない私が、それ以上に彼女に何が出来るだろうか。まして、しばしば憂いの貌を見せる彼女の過去すら、何一つ知らぬというのに。

 「――ヴ!!」

 私は気の迷いを振り払うと、子供受けを狙って両腕を頭上で大きく広げ穴の縁へと向かった。

 子供達の大きな歓声に迎えられながら。


 この時の私は知る由もなかった。

 今のこの憩いの時間が私にとって二度と得難いものであるということを。

 私の――私達の運命を変える悪鬼羅刹の者達が、北の地に既に降り立っていたのだという事を。


        *


本業の末締め業務は目処が立ちましたが、多忙だったためストックが無くなりました。

来週は短い投稿となるか、或いは更新延期になる可能性もありますので先にお詫びいたします。

次回は少しだけ「キャリバー」一行から離れて北に舞台が移ります。少しだけですが。

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