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祈桜(2)

私信:加世田先生、この作品が見つからないという戯れ言は兎も角、景気よく10ptくらい恵んでくれてもいいんですよ?

 「どうじゃ? どんな調子じゃ?」

 相変わらず私の後頭部をペシペシと叩きながらナナムゥがはしゃぐ。

 休息時間にナナムゥに請われて他の子供達を肩や背の座席に乗せる機会も幾度かあったが――子供達が私を囲んでやたらはしゃいでいるのはそれに起因する−−ここまで無遠慮な態度で接してくるのは彼女一人である。

 幼主(あるじ)だからと言われれば、そうではあるのだが。

 「――ヴ!」

 遠くから更に二つの人影がこちらに近付いて来るのを確認しつつ、私はナナムゥの問いに単眼を明滅させることで応えた。

 青い光――「了承」の合図と取り決めた青く輝く眼光によって。

 この2週間の間で手に入れた、それが私にとって唯一つの新たなる能力であった。


        *


 2週間前――


 ガッハシュートの襲撃をからくも脱した――多少の見栄と脚色は許して欲しい――我々“幽霊狩り”一同は、夜明けと共に直ちに撤収の準備に取り掛かった。

 とは云え、始めから撤収の予定日ではあったので作業そのものは迅速であった。大きな手間として残っていたのは、“揚陸艇”に解体した仮設小屋を収納する作業くらいである。

 それも、本来ならば私が担当する運搬作業である。しかしガッハシュートに両腕を砕かれたが為に、結局は護衛の兵である改四型の助けを借りる始末であった。

 私らしいと云えば私らしい、締まりの無い話ではある。改四型が自我を持たない機体であるが故に負い目を感じなくても済んだという事が、せめてもの救いであった。

 そもそもが最初から僅か一泊二日の日程である。その上、一晩野晒し状態でも問題が無い――私も含めた――機兵(ゴレム)を除くと、“生身”の人員はナナムゥとバロウルの二人だけという陣容であった。

 わざわざ仮設小屋を外部に設置せずとも“揚陸艇”内部の施設だけで、全てが事が賄えた筈なのである、本来ならば。

 にも関わらず何故バロウルが仮設小屋を設置したのかと云うと、全てはバロウルとの約束だったのだと、後にコルテラーナが私に耳打ちしてくれた。

 要は以前から二人で約束していた、完全にただのキャンプ体験であったという訳である。

 それならばそれでいい。しかし一つだけ、私の思考を見出す要因があった。

 ガッハシュートが私の目の前に現れたのは偶然ではなかった。

 あの見目麗しき闖入者は、私を『コルテラーナの仔』と呼び、そしてその能力(ちから)を示して見せよと討ちかかってきた。

 当初私は漠然とではあるが、『何者か』が試製六型(じぶん)の動作検証を名目とした“幽霊狩り”という場をわざわざ設け、ガッハシュートに襲撃の機会を与えたのではないのかと推測していた。

 だが日を経た今改めて思い返してみると、コルテラーナとバロウルに連れられて初めてナナムゥと邂逅した時には、既に“幽霊狩り”は当初からの日程に組み込まれていた。

 すなわち、以前から“幽霊狩り”を名目として予定されていたキャンプ行事に、私の試製六型としての起動の方が――偶々――重なったと見るべきだろう。

 その時系列の前後によって、何か明確な差異が生じるのかというと、それは無い。ガッハシュートの襲撃を受けるという結末自体は変えようがない。

 私の危惧は単なる言葉遊びなのかもしれない。

 だが一つだけハッキリしている事がある。

 ガッハシュートを呼び寄せた『何者か』がいる。本来ならばどうということのないキャンプに、急遽試製六型(わたし)が参加することを告げた者がいる。

 その結果、ナナムゥを危険に晒す恐れがありながら。或いは、始めからナナムゥを巻き込まないような段取りであったのかもしれない。

 あの夜のガッハシュートがそうであったように。

 その『何者か』がコルテラーナであることは有り得ない。絶対に。

 ましてナナムゥと考えるには無理がある。

 消去法でいくと、残るは唯一人だけである。私にとっての真の“敵”は唯一人……。

 私はしかし、それをコルテラーナに訴える事はせずに今はただひたすらに沈黙を守った。

 “敵”の目的が分からない以上様子を覗うしか無いというのは無論あるが、それ以上に私が恐れたことがある。

 私が“敵”を弾劾することで我が幼主の味わうことになる、哀しみの深さを。

 問題を先送りにしているだけだと誹られることは分かっている。しかし即決するには得た情報があまりにも少なく、何よりも小心者の私自身が決断を下す勇気を振るえはしなかった。

 私に出来たことと云えば、ただ状況に流されること位である。

 そう、“幽霊狩り”を切り上げ、浮遊城塞オーファスに帰り着いた私は、出迎えたコルテラーナと背後の三型の群れによってそのまま工廠へと運び込まれた。

 仮の手脚を外された私は以前と同様にハンガーに吊るされ――コルテラーナにその場で休養を命じられたバロウルの復帰を待ってから――そのまま3日に渡り精細な整備を受けた。

 手も脚も無く、身じろぎすることすらままならぬ3日間である。生身のままであれば精神に変調をきたしてもおかしくはない状況であったが、兎にも角にも私はただ静かにその日々を過ごすことが出来た。

 ようやく脳裏に復帰した声なき声の導きにより退屈とは無縁であったというのがまず第一にある。ちょうどネット上の電子百科を読むような感覚で、私は声なき声から提示される様々な知識を貪る様に学び取っていた。

 肝心な部分は相も変わらず隠匿されているようではあったが、元より雑学を好む私にとっては些細な問題だと妥協できる程には待ち望んだ時間であった。

 とは云え、元より文系である私には政治経済や技術方面は畑違いであり、あくまでガイドブックを眺めるような程度である。

 きりがないので割愛するが、例えば動物一つとっても自分に馴染のある種族、或いは見知った動物に酷似している種族など多種多様な情報を眺めるだけで愉悦の刻であった。

 そして私が正気を失わずに3日間を穏やかに過ごせたもう一つの理由、それはあくまで推測となるのだが、やはり自分の感覚が生身だった頃の人間のソレとは変化している事もあるのだろう。

 端的に言うならば、我が事ながら精神の起伏がある一定の水準に保たれている気がしてならなかった。

 おそらくは激怒することも号泣することも大笑することももう無いのではあるまいか、そんな気すらした。

 唯一つ、妹の事を除いては。

 それが試製六型の躰に転生したことに起因しているのかまでは不明である。

 不安が無いと言えば嘘になる。だが、それを苦悩するだけの孤高の時間は吊された私には与えられてはいなかった。


 「――のう、バロウル」


 私を孤高に浸らせてはくれないその原因の一端であるナナムゥの声が、無人に近しい工廠の静寂をいつもの如く破る。

 我が幼主は私が工廠に運び込まれた日より、文字通り入院患者を見舞うかのように頻繁に工廠に顔を出してくれた。元より彼女の居室がこの尖塔の半ばに位置していることもあり、容易く訪問出来たというのもあるのだろう。

 無邪気なナナムゥの立ち振る舞いは、私の無聊を慰めるには充分過ぎるものであった。

 発声機能の無い私には、ナナムゥの語る日々の雑多な出来事に対し相槌一つ打つことは出来ない。だが、それでも幼き頃の妹との日々を思い起こさせるその煩わしくも楽しい一時は、私にとっては得難い貴重な時間であった。

 あくまでも、私にとっては。


 「のぅ、バロウル、のぅ」

 「……」


 そのナナムゥが此の所ご執心なことが一つあった。話しかけられても返事をすることも作業の手を止める事もないバロウル相手に、先程からしきりに甘えた声で訴えかけているのがそれである。


 「試製六型(キャリバー)が話せるようになったら素敵じゃと思わんか?」

 「……」


 要は、そういう次第である。

 ナナムゥは折につけバロウルにそうねだり、バロウルの方はと云えばただひたすらに沈黙をもって返す。それがここ数日の工廠内のお約束事であった。

 一見しただけだと、幼女の微笑ましい駄々である。だが私には一つの大きな疑問があった。

 ナナムゥの要求はすなわち、私が会話できるだけの“意志”を有していることがそもそもの大前提である。

 試製六型(わたし)が“心”を有することは二人だけの秘密じゃと、あの夜に自らそう告げておきながら。

 いくら賢しいとは云え所詮は幼女、己の欲求の前にそれすら忘れてしまったのか、それとも――それとも全てを承知の上で敢えてそういう駄々をこねているのであろうか、我が主たる賢しき幼女は。

 試製六型(わたし)には意志が無い、かつてバロウルはナナムゥにそう断言していた。

 だが、こうして意思の有無を飛び抜かし会話機能の是非を俎上に載せる事で、ナナムゥは私に意志自体が有ることをなし崩し的に認めさせようと目論んでいるのではあるまいか。

 だとすれば、幼女といえども一端の狡猾な“女”だということだ。恐ろしい、嗚呼恐ろしい。

 「――嬢」

 それまで吊られた私の背面に回り何やら内部をいじっていたバロウルが、遂に根負けしたのか始めて――音からでしか私には判別できないが――作業の手を止めた。

 「何度言ったら分かる。機兵(ゴレム)は喋らない。喋る機兵(ゴレム)など見たことない」

 「所長の所のクロとシロが――」

 「アレは機兵(ゴレム)じゃない」

 食い下がるナナムゥを言下にピシャリと窘めると、バロウルは一つ大きな溜息をついた。

 「あまり駄々をこねて私を困らせるな」

 「でも……」

 作業を再開したバロウルのその脇に、トテタタとナナムゥが走り寄る。その貌がまったく諦めてはいないことは、横目でその動きを追う私からでもはっきりと判った。

 「わらわも必要な“糸”を頑張って錬るから!」

 完全に背後の死角に回られたのでそれ以上は目視出来はしないが、ナナムゥの懸命な声だけは聴こえた。

 「……」

 再びバロウルの作業の手が止まったのであろう、しばしの沈黙が訪れる。少しの間を置いてバロウルの口から出た言葉は、それまでのあしらうような口調とは異なり真摯な響きを含んでいた。

 それはバロウルにとって、ナナムゥが真面目に話をするに値する証でもあった。

 「お嬢、お嬢の言う発声機能を持つ頭部もこの世界に無いではない。だが、望めば全てが手に入るという訳でもない」

 「……」

 流石に空気を察したのであろう、ナナムゥは不用意に口を挟むことはしなかった。

 「この閉じた世界(ガザル=イギス)では、何をするにも代価がいる。私達は六型(コレ)に稀少な頭部を用意する手間をかける前に、もっとやるべきことが一杯ある。それはお嬢も分かっている筈だ」

 「……今は無理でも、いつかその時が来るのか? 今我慢すれば、いつかキャリバーと話せる日が来るのか?」

 「ああ」

 応えるバロウルの声は“姉”として優しい。

 「それがいつかまでは約束できない。けれどいつか――」

 ゆっくりと、まるで言葉そのものを噛み締めるかのように、バロウルは続けた。あたかも自分自身に言い聞かせているかのように。希望が手の中に残っている事を改めて確認しているかのように。

 「コルテラーナが言う“いつの日にか”、きっと……」

 「そうじゃの」

 応えるナナムゥの声は“妹”として淀みなく明るい。

 「その為に、カカト達も頑張っておるのじゃからの」

 「……」

 バロウルは、それ以上の言葉を発しはしなかった。その代わりに、私の背中のメンテナンスハッチを閉じる音だけが響いた。

 「――完成」

 背中から聴こえるボソリとしたバロウルの呟き。わたしからは覗き見ることは出来ないけれど、微笑みを浮かべている、どこかそんな気がした。

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