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奇郷(17)

 手近な台の上に、私の思考が画面に表示されるという例の工具箱のような持ち運び式の端末を置き、バロウルは私の背中側に回りなにやら弄っているようであった。

 半端に動かした単眼で横顔を垣間見た程度であるが、バロウルにはこれまでと大きく異なる点が一つある事に私は気付いた。

 褐色の貌と袖をまくったその両腕に、何か紋様の様なものが淡い輝きを放ちうっすらと浮かび上がっていた。光る刺青と云った方が適格かもしれない。

 ナナムゥが不可思議な“糸”を精製する事ができるように、この雌ゴリラもまた何らかの固有の技能を有しているのだろう。

 (バロウル…ナナムゥの『姉』……)

 彼女に対する強い疑念を、如何に今まで無様に昏倒していたとは云え私が忘れる訳も無い。

 (私の『敵』……!)

 だが、私は今この場でバロウルを問い質す事は避けた。

 状況証拠しか無い――私の妄言だと一蹴されてもおかしくない――ことが無論一番の理由ではある。しかし何よりも、おそらく私の躰を整備してくれているのであろうその真摯な横顔が、私をして彼女を詰問する事を躊躇わせた。

 我ながら甘いと思う。小心者だとも思う。

 それでも、できなかった。私には。

 (……)

 長いとも短いとも判らない、静寂だけが支配する不可思議な一刻。私はこの時ほど自分が喋れない事に感謝したことはない。間を持たす事が始めから不可能なのだから。

 (……ん?)

 私の耳に、クークーというわずかな寝息が聴こえてくる。両脚を投げ出す形で直に地に坐す姿勢であったが、その股間の部分の隙間に毛布に包まり頭の先だけ覗かせて眠るナナムゥの存在に、私はようやく気付いた。

 我ながら、相も変わらず迂闊である。それまで呆けたようにただ座したままの私であったが、ようやく今自分がどういう状況に置かれているのか確認することに思い至った。

 ガッハシュートに粉砕された両の腕に代わり、今は別の腕が接続されていた。元の腕に比べて二回りほど細い、指が三本しかない簡素な玩具のような腕。予備タイヤのような物なのだろう。

 明らかに胴体とのバランスが歪なその腕を――動作確認も兼ねて――動かすことで、私は改めてバロウルの気を引いた。

 「動くなと――なんだ?」

 私は横にある端末の画面を、眉間に皺を寄せるバロウルに三本指で指し示した。


 “ガッハシュートはどうなりました?”


 ペペペペペと、一拍遅れて私の思考が画面に表示される。

 我ながらつまらない事を訊いたとは思う。

 何よりも私自身がこうして無事に整備を受けている以上、返ってくる答えは一つしかない。しかし今この瞬間に問うべき事、問えるべき事を私は他に知らなかった。

 「……退いた」

 バロウルの答えは簡素なものだった。

 「ヴ」

 先入観込みであることは自分でも充分承知している。それでも私はバロウルが私から目を逸らしている気がしてならなかった。

 まるで何か隠し事が、やましい事があるのではないかと。退いたと云うが、全ては示し合わせていたのではないかと。

 そしてそれとは別として、私はバロウルの言葉を日本語として認識できていることを改めて確認した。据えられた頭部は今のところ問題なく稼働できている。

 この場に鏡が無い以上それが蹴り飛ばされた元の頭部か、或いは腕と同じように代用品なのかは判別できなかったが、今ようやく私は窮地を脱したという安堵を心の底から実感することができた。

 結局のところ、私はガッハシュートに一矢報いることができたのかすら怪しい話ではあったが。

 最後の動作確認として、私は脳裏の声なき声に問い掛けてみた。

 しかし、一切の反応は返っては来ない。

 それはバロウルの云う“仮組み”の影響なのか、或いは声なき声の存在しないまったく別の頭部が私に接続されているとでもいうのか。

 前者であろうと、私は思う。巧くは言えないが、脳裏に“居る”という漠然とした感覚はあった。この感覚にはなじみがある――と断言できる程には日を経ている間柄ではなかったが。

 何かを――おそらくは私に備わったメンテナンスハッチの類だろう――バロウルが閉める音を最後に、再び静寂が場を支配する。

 聴こえてくるのはクーカクーカという、ナナムゥの漫画じみた寝息のみ。

 「……四型の方を見てくる」

 不意にバロウルは私の傍らから身を離すと、踵を返し歩み去ろうとした。その後ろに、おそらくは工具箱を抱え上げた三型の一台が続く。

 その貌からは既に先程の燐光を放つ紋様は消え失せ、ただ疲労の影だけが色濃く残っていた。

 (……ん?)

 私はこの時ようやく、バロウルが不眠不休で私の整備に勤しんでいたのではないかという可能性に思い至った。

 もし本当にそうであるならば、幾ら疑念が晴れぬとは云え礼の一つも示さねば恥である。

 そう焦る私であったが口を開き機制を制したのはバロウルの方であった。

 「――六型」

 バロウルが戸口で不意に立ち止まり、肩越しに私に顔だけを向ける。

 「朝、お嬢が起きたら礼を言っておけ」

 暗がりに紛れ、彼女の褐色の表情はようとして窺えなかった。

 暗視機能で確かめようと思えば不可能ではなかった。だが、それはとても無礼なことだと、私には躊躇われた。

 例えその相手が褐色の雌ゴリラであっても。

 「破損したお前を補修する為に、お嬢はかなり無理して手助けしてくれたのだからな」

 バロウルの説明はかなり端的であった。或いは私の脳裏に声なき声がおり、細かい事を補足していることを見越してのことだったのかもしれない。

 実際、これまで試製六型なる自分の躰の造りにおいて、説明らしきものをバロウルからもコルテラーナからも受けた覚えはない。

 推測となるが、私が“紐”と呼んでいる例の四肢を繋ぐ触手の欠けを、ナナムゥが“糸”を精製して繕ってくれた、おそらくはその辺りであろう。ナナムゥが手伝える事と云えば、それ位しか私に思い当たる節は無い。

 (我ながら何も知らないな、私は……)

 少なくとも現時点では試製六型(じぶん)の躰の造りに関しては、私よりもガッハシュートの方がよほど熟知しているのではないかとさえ思えた。

 (――ん!?)

 必要最低限の事は言い終えたのであろう、それ以上は無言で去り行くバロウルの背中を黙って見送りながら、私は愚かにも今更ながらに一つの疑惑に思い至った。

 先の闘いで頭部を失くした私にガッハシュートが長々と語りかけてきた時に感じた違和感、その理由を。

 ガッハシュートが私の胸元へと無遠慮に肉薄してきたのは、頭部と共に視界も奪われた事を熟知しているからだと、あの時の私はそう推察した。その考察自体は間違いではないと今でも確信している。

 頭部を失っても機兵(わたし)が動作停止していない以上、予備の五感の存在を考慮し警戒を怠らないのが普通である。ましてガッハシュート程の手練れであるならば。

 それが、躊躇わずに私の胸元へと詰め寄ってきた。速攻で私を沈める意図があったのならばまだ分かる。しかし実際は、私が視認できないのをいいことに一方的に喋り続けるだけであった。

 私の視界が失われている事を承知していたとしか思えない。

 だがもし、もしもガッハシュートが試製六型(わたし)の頭部の仕様を熟知しているとするならば、もう一つ知っているべき重要な仕様(こと)がある。

 頭部を失った私が、この世界の言語を理解できないということを。

 にも関わらず、ガッハシュートは延々と私に語りかけてきた。話している内容はまったく理解できなかったが、単なる独り言とは到底思えなかった。ましてや私に対する侮蔑の口調とするには更に程遠い淡々としたものであった。

 (ならば……)

 導き出せる結論はただ一つ。私への語りかけでもなく独り言でもないのならば、会話の相手となる人物が別に居たとしか思えない。あの時、あの場に。

 ナナムゥではないだろう。顧みるに、あの幼主がガッハシュート相手にその場で大声で言い返さぬ筈もない。

 (ならば……!)

 心当たりは後一人しかいない。無論、私にとって未知の人物が潜んでいた可能性も無ではない。そもそも状況証拠しか無い以上、単に私の思い過ごしであってもおかしくはない。

 むしろ間違いであった方が余計な疑念を抱かずに済む分、まだ気は楽だっただろう。

 だが、私は己の心に湧き上る疑念を抑える事が出来なかった。一人だけ、心当たりがあった。もしも彼女が本当に私にとって“敵”であるならば、それまの不審な言動に全て納得がいく。

 あの場に密かに控えていた者、ガッハシュートと会話が可能であった者、それは――


 「……行ったようじゃの」


 私の股間で丸まった毛布の中から、不意にくぐもった声がした。毛布がそのまま尺取虫めいて起き上がり、まずは明るい色の髪の毛が覗く。

 プルプルと頭上の毛布を跳ね除け、ニタァとした邪悪な笑みを浮かべ現れたのは、無論寝ているとばかり思っていた我が幼主ナナムゥである。

 「夜更かしするとバロウルが五月蠅いからの」

 してやったりとドヤ顔を浮かべるナナムゥであったが、私を見上げたその貌が不意に真面目なものへと変わる。

 「無茶しおって、馬鹿者が」

 「ヴ…」

 ナナムゥのエメラルドのような真摯な瞳は、矮小な私には眩し過ぎた。謝罪すべき発声機能を持たないことに、むしろ逆に安堵したくらいである。

 謝意を言葉で示したところで、嘘になってしまうから。

 「まぁ良い。それよりもじゃ」

 これ以上反応を返せない私を他所に、ナナムゥはくしゃくしゃになった毛布を再び手で寄せると、ミノムシの様にクルリとその身に纏い直した。

 「お主、やはり心が有るな?」

 ナナムゥの不意の問い掛けは、直球どころの話ではなかった。幼女であるが故の純朴さと云うべきであろうか。

 「ヴ……」

 私はどう答えるべきか即決できなかった。素直に真実を認めるべきか、或いはバロウルの脅しに屈し偽り続けるべきなのか。

 結局は――姑息にも――私はただ沈黙を守った。ナナムゥは賢い子だ。何らかの確信があるからこそ、改めてそう問い詰めて来たのであろう。

 否定で応えると嘘になる。他者を欺くのは嫌だというささやかなプライドがあった。それ故の沈黙。嘘は言っていない。

 自分で一番良く分かっていた。単なる詭弁。単なる自己満足。そういう男だ、私は……。

 「そうかお主、喋れんのじゃったな」

 私の後ろめたさとは裏腹に、ナナムゥは一人納得したように頷いた。幼女にしては長い人差し指がピッと立つと、その先端に“糸”が生じたのが私からも視えた。

 「お主とこれで繋がった時、お主の“心”を感じたぞ。本当のことじゃ」

 あぁと、私は得心した。私自身があの時のナナムゥの魂の鼓動を感じたように、ナナムゥもまた私の魂の律動を感じ取ったのだろう。“糸電話”であるならば、相互にやり取りができるのは当然のことだ。

 「のぅお主、“心”が有るのはいいんじゃが――」

 「ヴ?」

 ナナムゥは急に神妙な顔になると言いかけたその口をつぐんだ。賢い子であるが故に、言って良い事か悪い事か判断しかねる、そういう表情であった。


 『本当はね…貴方をまだナナムゥちゃんには合わせたくないのよね…』


 幼主との“謁見”直前のコルテラーナの一言が、私の心に蘇る。彼女の真意が明らかになる日は、いつか来るのであろうか。

 そしてナナムゥが今、言いあぐねている事も。

 「まぁ良い」――ナナムゥが話題を切り上げた事に私は奇妙にも安堵していた――「お主が心を持つことは二人だけの秘密じゃ」

 「ヴ……」

 二人だけの秘密――無論、真実は真逆である。コルテラーナも雌ゴリラも、私に心が有ることを知りながら、ナナムゥにひた隠しにしようとしている。

 情が移る――少なくともこれまでの言動を顧みるにバロウルの危惧はそれであった。さすがに“姉”だけあって的確な分析だと思う。

 ナナムゥは試製六型(わたし)の事を、自分がついてやらねばならぬ“弟”か何かの様に認識している。幼い頃の私が全てにおいて妹にそう接していたように。

 「ふぁ……」

 欠伸と共に、ナナムゥが一つ大きな伸びをした。その大きな緑色の瞳がトロンとした眠気を露わとする。

 「お主にも、そろそろ本当に名前を付けてやらんとな…」

 「ヴ!?」

 ナナムゥの言葉に、私は大事なことを思い出した。肝心な事をいつも失念するのは私の悪癖である。

 私は場に捨て置かれたままの――バロウルが持ち出しもしないまま放置したのは、やはりそこまで慌てる程にやましいことがあるのだと私は確信した――端末の画面を、先程バロウルにそうしたように三本の指でナナムゥに指し示した。

 「なんじゃ?」

 私の股間から身を乗り出し、画面を覗き込むナナムゥ。私自身には文字の判別は出来ないが、画面には私の思考がそのまま文字として表示されている筈である。


 “私の名は『キャリバー』と呼んでください”――と。


 「……『馬鹿者』?」

 キョトンと首を傾げるナナムゥが、次に端末の画面と私の顔とを見比べる。私はこの時ようやく『キャリバー』という単語が、『馬鹿者』或いは『愚か者』辺りを指し示す言葉であることを知った。

 予想通りではある。そして無様な私にはお似合いだ。

 居城に戻れば留守番していたコルテラーナも交えた本格的な整備が待っているだろう。その時、声なき声と再びやり取り(リンク)することできるようになったら、『馬鹿者』ではなく固有名詞『キャリバー』として私の脳裏に届くようにするつもりだった。

 「変わった奴じゃな…」

 おそらくは気合で寝ないように努力していただけなのだろう。幼児であるナナムゥの躰は半ば船を漕ぎ、もう完全に微睡みかけていた。

 「……やっぱりわらわが見てやらんとダメじゃな、お主は……」

 欠伸混じりにそう呟いたナナムゥは、とうとう限界であったのか私の股間の空間にコテンと倒れ込んだ。

 「ヴ……」

 無意識に毛布に包まり完全に丸くなったその姿は、完全に犬や猫のそれである。

 と、ナナムゥが就寝するのを見計らったかのように室内の光源が落ちた。部屋を照らしていた三型が、手足を折りたたみ灯光器としての役割を終了したのである。

 暗視機能に移行し、スヤスヤと寝息をたてるナナムゥを見守りながら、私は一つの悪しき企みを巡らせていた。

 いつか、いつの日か、妹を探す為に私一人が逐電する、そういう機会が訪れたとしても私がそれを実行に移すことは許されない。

 何故ならば、この躰には間違いなく自爆機能が仕込んであるためである。バロウルならば躊躇なく、私を遠隔操作で起爆させることだろう。

 奴隷とまでは言わない。そもそも石造りの躰とは云え第二の生を与えてくれた恩義もある。

 妹のことさえなければ、代償にこの身を捧げる事すら厭わない。私には他に恩を返す術を持たないのだから。

 妹のことさえなければ。

 「……」

 今も無邪気な寝顔を見せるナナムゥは、何故か私にとてもよく懐いていてくれている。正確には懐いているというより、私に対して保護者気取りであるのだろう。

 もし私が逐電するような事があれば、そして何とかしてナナムゥに事前にそれを告げる事ができれば、おそらくナナムゥは放ってはおけないと私に同道を申し入れるだろう。私の背中の専用座席に座り、常に私の間近に共に居てくれるだろう。

 “弟”を気遣う“姉”として。

 私の自爆の規模がどの程度なのかは現時点で知る由は無い。だが試製六型(このからだ)の機密保持用の自爆機能であるのならば、共に居るナナムゥも無事で済む筈はないだろう。

 それが私の狙いであった。例え本人は知らずとも、ナナムゥはバロウルが自爆機能を発動させることへの抑止力――“盾”となってくれるだろう。


 私は破廉恥な男だ。


 外の様子は伺う事が適わないが、おそらく夜明けは近いだろう。

 私はせめてこの長い激動の夜が明けるまで、ナナムゥの寝顔を見守ることにした。

 幼女を盾に使おうという、恥ずべき自分の行為を己の魂に刻み付ける為に。


 私は破廉恥な男だ。

 本当に、私は――。


二章終了までお付き合いいただきありがとうございます。

執筆に取りかかった時には一章と同等かヘタをすると短くなると踏んでいたのですが、ここまで伸びてしまいお恥ずかしい話ではあります。流れ的には変更などは無かったのですが。

結末までの--登場人物の生死も含め--プロットは確定しており、全十章完結辺りかなと予測していますが、このペースだとどうなることか。

名前だけ出ている者も含め、構想時のサブキャラはほぼ出揃ったので、ささやかに終わる話ではあると思います。タイトルの一部もようやく回収できましたが、副題の方はまぁ、欠片も無いがどうしたものか。

それでは改めましてありがとうございました。

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