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起動(2)

 だが、私には明示された“真実”を吟味する時間さえ与えられはしなかった。

 取り乱すまではいかなかったとは云え、流石に腕のガードを緩めてしまったのだろう、次の瞬間に私は巨人の横殴りの一撃で派手に弾き飛ばされていた。

 (しまった――!)

 私の指が――簡素な造りの、無理にでも良く言えば武骨な指が――虚しく宙を掴む。その動きは、私の眼には如何にも走馬灯じみた緩慢なものに映った。奇妙にも。

 「――ヴ!」

 強かに地面に打ち据えられた今この時でさえ、やはり私には一切の痛みが無かった。眼鏡が弾け飛んでいないか、まずそれを気にする余裕すらあった。既に人の躰では無いことを、思い知らされていたにも関わらず。


 ――どうする!?


 私は自問する。何処かの誰かに向けて助けを呼ぶことも一瞬考えたが、すぐに止めた。

 今の自分が声を発することができないことは明らかであった。執拗に私を殴り続けていた巨人が終始無言であったことも、その推測を後押ししていた。

 そして何よりも、身も蓋もない言い方をすれば廃棄場の類であると思われるこの場所に、助力してくれる“なにか”が居るともとても思えなかった。

 逃げねば――愚考するまでもなく、私に選択の余地など始めから有る筈もない。

 私は立ち上がろうと身を起こし、そしてすぐに大きくバランスを崩した。仰向けに倒れ伏した石の躰が、芋虫の様に無様に転がる。

 「――ヴ!?」

 私は己の脚部に目をやり、すぐにその原因を理解した。闇の中で声なき声に繰り返し警告されていたその意味を、私は今にしてようやく理解できた。人の身でない今ならば。


 “警告! 右脚部損壊! 警告! 左脚部喪失! ”


 御影石じみた右脚は膝の部分があらぬ方向にねじ曲がり、左脚に至っては膝から先の部分が喪失し、破砕した断面から細いワイヤーのような黒い紐が2本、所在無げに垂れていた。

 痛覚が無いということは、欠損があったところで瞬時に理解できないということ。今の私にとっては致命的なデメリットだった。

 ゆっくりと迫り来る巨人の足音。

 遥かに遠い天井。

 私はここを廃棄処理場の様なものだと思ったが真実は違った。ここは地獄の釜の底だった。今の私にとって紛れもなく。

 武器もなく、闘う心得も覚悟さえなく、私は手近にあった廃棄物に縋り身を捩り、無様にも両の腕で這って逃げ出した。

 壁面へ、壁面へと。無力な地虫のように。

 痛覚のそれと同様に、私の今の躰は疲労を感じないようであった。或いは火事場のなんとやらの類だったのかもしれない。どちらにせよそれが無ければとうに私は力尽き、巨人に追い付かれていただろう。

 或いは瓦礫の山の間を蛇行する私を、巨人が回り込む形で追い縋って来ていたならば、やはり私は早々に補足されていただろう。

 だが巨人は何故か私を一直線に追ってきているようであった。進路を塞ぐ瓦礫の山を御丁寧に殴り倒し進路を確保しているであろう轟音が、私の背後で絶え間なく響いていた。

 両親をまとめて亡くしたあの時を境に、私はこの世に神などいないことを知った。だが今この時ほど、神と先祖の加護に感謝したことはない。

 巨人てき一つの事しか(シングル)頭が回らない(タスク)!――ならば付け入る隙もある筈だった。あって欲しかった。

 僅かな希望と共に、私はようやく壁面へと辿りついた。

 出口は無かった。扉の類いを探す余裕も無かった。それでも私は胸中で神の無慈悲さに取り敢えず舌打ちできるくらいの余裕は取り戻せていた。

 一見したところ、壁は粗い石造りのそれに見えた。最初に目覚めた時に目にしたオレンジ色の壁面灯は予想よりも高い位置にあった。細かく確認する暇もないが、壁面に直接埋め込まれたブロック状の何かが発光しているようだった。

 そして、ここからが正念場だった。忌々しいことに私にとって、それは数ある内の最初の正念場に過ぎない。

 背後に確実に迫る巨人の足音に怯えながら私は願い、問うた。

 神にではない。神などいない。

 私の中にいるもう一つの存在に私は問うた。声なき声として、そして今は“応え”という形をとって私の中に確かに存在している何かに。もう一人の私に。


 ――目の前の壁は何でできているのか?


 “濁硬岩”


 すぐに“応え”が返ってくる。地質学に興味のない私にとっては聞き覚えのない名前。だが“応え”が返って来たと云うこと、それだけで今の私には充分だった。

 足掛かりができたのだから。次の本命の問いへの。


 ――試製六型(わたし)に破壊可能か?


 “現行四肢では不可”


 即座に――ありがたいことに――明解な“応え”が返ってくる。壁を砕いて脱出するという私の第一案はまず選択肢から消えた。

 巨人の足音がすぐ背後へと迫る。

 私は壁を背にして身を預けた。曲がった右脚と残った左脚の太腿でヨタヨタと案山子のように立ち上がる。

 高鳴る動悸でも感じ取ることができればまだ気を紛らわすこともできたのだろうか。私は再び眼前に立つ巨人を――自分と同じ“試製六型”の姿を、ただまじまじと眺め回すことしかできなかった。

 身の丈としては3〜4m程であろうか。

 意匠も何もない武骨な黒みの強い灰色の躰。体躯に対して一回り巨大な腕と、それに反比例するかのような短めの脚。バランス的に直立した類人猿を思わせるその巨躯は、頭部で赤く光る単眼と合わせ問答無用の威圧感を醸し出していた。

 横に寝かせた卵形の頭部のサイズが小さめであるという一点を除き、全体的なシルエットとしてはデフォルメ等身のロボットと云った風情であった。

 巨人の赤い単眼が一瞬明滅し、その右の拳が再び振り上げられる。

 私は心中で身構えた。ここからが第二の正念場であり、最大の賭けでもあった。

 だが、分の悪い賭けでは無かった。無い筈であった。先程倒れ伏した時のあの感覚が幻でないならば。

 大きな弧を描いて振り下ろされる鉄拳を私は凝視した。


 そして――視えた。


 巨体であるが故の緩慢さ。それを差し引いても私は巨人の拳が描く弧の動きを目で追うことが出来た。

 止まって視えるなどとは口が裂けても言えないが、今のように予め予期していた動きであるならば視て動くことが出来る、そのレベルの視覚であった。

 喧嘩慣れしているような人種ならば当たり前の技能なのであろう。しかし兄妹喧嘩ですら避けてきた私にとって、それは“試製六型”が持つ特性だとしか思えなかった。

 由来がどうあれ、そういう特性が備わっているならば生かす。生き残るために。

 巨人の拳の軌跡を避けつつ、私は自ら横転した。実質片脚というバランスの悪い状態であるが故に、鈍い私でも壁から支えの手を離すだけで容易に転倒することができた。

 刹那、これまでとは明らかに異質な、固い音が周囲に響く。巨人の拳が石壁に炸裂した轟音が。

 間髪を入れずに左の一撃。そして更に巨人の右拳が再び石壁を殴りつけたところでようやく殴打が止まった。


 しばしの沈黙。


 巨人の赤い単眼が左右に動き、私の姿を探した。その時には既に私は少し離れた壁際まで這い逃げ、再び壁を背に立ち上がっていた。

 “試製六型”の攻撃では壁が壊せない――それは逆に言えば殴った“試製六型”の拳の方が打ち負ける可能性があるということ。

 まして、いくら拳を固く握っているとは云え、剥き出しの五指ならば尚のことである。

 机上の空論であり、都合の良い妄想であることは分かっていた。だが私は他の打開策を考えつくことが出来なかった。

 胸中で自己弁護する私に、再び巨人が殴り掛かってくる。私は再び倒れ伏し、先程と寸分変わらぬ流れで避けた。

 巨人が、再び石壁を三度殴って停止する。機械のように正確で融通の利かない一連の動作。その間に私は這って離れ、巨人の次なる殴打に備え壁際で待機する。

 格闘ゲームのCPU戦のような完全なルーチンワーク。事態は私の予想以上に有効に推移し始めた。

 “試製六型”――同じ躰を持つとは云え、その中身、思考の部分にかなりの相違が有るのではないかと私は思わざるを得なかった。少なくとも私自身には巨人と敵対する意思も必然もない。

 しかし執拗に私を狙って来る巨人には明確な殺意が有り、意思疎通ができるとも到底思えなかった。状況を顧みず、ただひたすらに拳を振るってくるこの地獄の底の魔人像とは。

 巨人の“意志”が狂っているのか、或いは“試製六型”としては自我の有る私の方が狂っているのか。

 悪い夢だと、思いたかった。何もかもが。

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