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奇郷(13)

 (――!?)

 不意にナナムゥの声が止み、代わりに僅かな触感が生じた。私の石の表層を、何かが這いずり回っているような感触が。

 それが、私の背中を誰かがよじ登っているからだと悟ったと同時に、それが誰によるものなのかもすぐに分かった。

 「タルナ!」

 視界を奪われ、暗闇の世界に為す術無く立ち尽くす私のすぐ間近でナナムゥの声が聴こえた。声が私の上方から聴こえたという事は、うなじに設置された例の座席に強引によじ登ったに違いない。

 (……どうする!?)

 どちらにせよ状況が手詰まりならば、期せずしてナナムゥを回収できた今、このまま走って逃げてみようかという誘惑に私はかられた。

 来た時と同じようにナナムゥに肩口をパチパチと叩いてもらえば、ある程度の方角のコントロールは可能な筈だった。

 今にして思うと、非常に馬鹿げた下策だと思う。だが幸いにして、私は捨て鉢の行動に移る必要がなくなった。

 視界が不意に開けたのである。

 本当に、何の前触れもなく突然に。

 「――!?」

 ノイズとでも云うべき視界の乱れがひどく、鮮明というには程遠かった。だが、それでも視覚が蘇ったことに変わりはなく、そして最初に私の目に飛び込んできたものは“紐”を握る小さな手だった。

 大きさ的には明らかに子供のそれだが、指だけが妙に長いその白い手に私は見覚えがあった。

 改めて言うまでもなくナナムゥの――己が幼主の手であると。

 「ガッハシュート!」

 ナナムゥの怒声がすぐ直上から聴こえた。

 「ガウラン・ルー!!」

 残念ながら――予測の範疇ではあるが――彼女の話す言葉は翻訳されないままだった。そして再び視界が闇に覆われる。開けた時と同じように唐突に。

 (――これは!?)

 一つの仮説に行き着いた私は、頭部を失った首根っこの部分に残っている細い幾本もの“紐”の内の一本を、注意深くナナムゥの声がする方へソロソロと伸ばした。

 その先鞭が幼女の体とおぼしきものに接触した瞬間、私の予想通り不鮮明であるとはいえ視界が戻った。

 それが私本来の視界では無い事を、私は既に理解していた。原理も理屈も分かりはしない。だが、私の“紐”がナナムゥに接触すると彼女の視界を共有できる、それだけが事実としてあった。

 私は更に“紐”を伸ばした。衣服越しでもまったくの無効というわけではないが、素肌に直接触れた方が視界の鮮明度は増した。ちょうど先程ナナムゥが素手で私の“紐”を握った時の様に。

 とは云え、いくら幼女といえど服の間隙から“紐”を這わせるのは流石の私でも憚られた。服越しの接触による不鮮明な視界の中で、私は“紐”をナナムゥの手首と足首にゆるく巻きつけるだけに留めた。

 驚くべきことに、ナナムゥは最初こそ身をすくませたもののそれ以上は騒ぎ立てず、逆に口を閉じて大人しくしていた。私の“紐”の動きを阻害しないように。

 (この仔は…)

 言葉すら交せなくとも理解してくれているのだと悟った。これが私にとって必要な行為であるということを。

 私はナナムゥが中空を移動する足場として使用していた“ワイヤー”が、私の“紐”と酷似していることには初めて出会った時から気にはなっていた。今にして思えば同一の物だったのだろう。それならば彼女は始めから、この“紐”を介した不可思議な相互作用について聞き及んでいるのかもしれない。

 何れにせよ、愛しい子であることに代わりはない。妹の次に。

 視覚の確保はなった。しかしナナムゥの四肢に巻き付けた“紐”をピンと張り詰めておく訳にもいかず、私は用心のためにかなりの遊びの部分を持たせる必要があった。それ故に今の私の背面は、適当に設置した据え置き型パソコンの背面の雑多な配線の様に見えたことだろう。

 視界が、私の意志に反してグルリと巡る。推測した通り、あくまでナナムゥの視界を間借りしているだけの状態であることに間違いない。

 その視界の端に移ったものを見て、私は全ての合点がいった。三型に掴み取られていた筈のナナムゥが、何故今また自由の身となっている訳を。

 三型が、私の蹴り飛ばされた頭部を回収しヨタヨタとこちらに向かって来ていた。幾ら頭部のみとはいえ、一機で運ぶには困難な大きさである。

 私はナナムゥ()が眼を疑った。頭部ユニットを抱え上げている三型は一機ではなかった。前と後ろ、二機が連なり神輿を担ぐかのように抱え、こちらに向かって来ていた。

 私がバロウルに用心にと持たされた一機に加えて、別の新たなもう一機が。

 否、もしかしたら元より私が連れてきた三型ですらないのかもしれない。少なくともナナムゥ(わたし)の視界の端には、その二機に加え更に別のもう一機が茂みから這い出て来るところだった。

 野営地でふとバロウルが漏らした言葉をわたしはようやく思い出した。周囲の林に哨戒用として三型を何機か配置しているということを。

 (無駄な抵抗は、無駄ではなかった……!)

 一筋の光明が見えた気がした。やはり何らかの交信がされていたのだ、三型の間では。

 野営地よりここまでそれ程の距離があるという訳ではない。私だけなら兎も角、ナナムゥが共にここに居る以上、バロウルは必ず彼女を護る為に駆けつけて来る筈であった。

 疑似的とはいえ『家族』であるならば。

 血こそ繋がっていないとは云え『妹』を護るためならば必ず――必ずや。

 (あと少し、あと少しだけ凌げば、それでいい!)

 三型の群れの存在を認めているであろうに関わらず、ガッハシュートはというと、ただ黙って我々の方に向きあい佇むのみであった。

 ナナムゥの視界は人間のソレとは比較にならない程に夜目だけは効いていた。その反面、私の単眼の様な遠目を見る能力には欠けているようであった。

 故に、ガッハシュートの表情そのものは私からは窺うことができなかった。ただその右手の中で、何かを器用に玩んでいることだけは分かった。まるで私達が準備を終えるのを待つ間の手慰みとしているかのように。

 その手の中にすっぽり収まる大きさからして、まず間違いなく例のスティックであることは察しがついた。それも1、2本ではなく何本もの棒状の物体が、星の光を反射してガッハシュートの手の中で仄かな光を放っていた。

 まるで私に手品の種を見せつけるが如くに。少なくともあの四肢への属性付与(エンチャント)の『種切れ』は望むべくもないのだろう。

 もっともそんなものに頼らずとも、ガッハシュートと私との彼我の戦力差が絶対的であることは充分に承知していた。

 「……」

 策は無い。策を練るには情報が足りない。情報を得る手段は何も無い。

 後はただ、前を向くだけであった。母の教えの通りに。

 ジリジリと後方へ――林の木々に隣接する場の方へと私は移動した。それ程離れてはいないため、ナナムゥの視界を間借りしている今の状況でもすぐに辿り着く事はできた。

 ガッハシュートがすぐに次の行動に移らぬことを確認し、私は林の前で片膝を付いた。

 「ダラム!?」

 突然の事に驚愕の声を上げるナナムゥ。

 私はそれには構わずに、ハーネスのように彼女の身を固定していた“紐”を緩めると、そのままクレーン代わりに彼女を地面に降ろした。

 そしてガッハシュートのいる方角を改めて確認すると、そこで始めてナナムゥに巻き付けていた“紐”を全て開放し、立ち上がった。

 ナナムゥとの接触を断つことで、再び失われる視界。私は後ろ手にナナムゥに対し向こうに行くようにチョイチョイとジェスチャーで促し、そして――構えた。

 右脚を僅かに引き、握った両の拳を手の甲側を下にして腰だめに構える。

 子供の頃に少しだけ齧った空手の最初の型。記憶は既に朧気であり、これが正しいものだったのかさえも定かではない。

 まして、真っ当に戦える訳もない。

 付け焼刃どころの話ではない、たかが小学生の時に2年間学んだだけの素人空手である。

 私には何も無い。闘う術は何も無い。

 だが私と対峙する、銀甲と白衣を纏った青年ならば理解してくれるという奇妙な確信はあった。

 この構えの意味するものを。

 不退転の決意の表明であるということを。


 「キャリバー!!」


 少し離れた後方から、ナナムゥの絶叫が聴こえた。私の決意を理解してくれた人間がもう一人いることを、私は知った。

 しかしそれに対する返しは、罵倒か或いは叱咤の類だったのだろうか。


 「キャリバー! ナシロラン・キャリバー!!」


 あらん限りに叫ぶナナムゥ。だがその声が、足音が、決してこちらに駆け寄っては来ようとしていないことに私は安堵した。

 (すまない……)

 私の狙い通りの戦況とは口が裂けても言えない。

 だが、私の願い通りではあった。幼主を巻き込むまいと云う願いが。


 “――オリハルコ!”

  “――オリハルコ!”

   “――アンヴァー!”

    “――アダマント!”

     “――バルサルク!”

      “――バルサルク!”


 ガッハシュートがスロットにスティックを装着する例の低音声が待ち構えていたかのように響いた。

 その数は都合六つ。まるで輪唱の様に。

 ガッハシュートのスロット数は手脚それぞれの計四ヶ所だと見積もっていた私は甘かったようだ。後は両腰か両肩か、或いはそれ以上のスロットが有りまだその全貌を明かしてはいないのか。

 どちらにせよ目視ができない以上、私が悩み恐れることではない。


 (……『キャリバー』か……)


 ナナムゥが私に向けて幾度も放った言葉。状況的に決して良い意味ではないのだろう。

 (私には似合いだな……)

 ナナムゥは私に名前が無いことにやたらと拘っていた。幼子なりの同情心だったのだろうか。

 ならば、これを私の名前にしようと思った。おそらくは『汚名』に属する『キャリバー』という名をこれから背負っていこうと思った。

 この窮地を無事に乗り越えることが出来たならば。生きて還り、幼主とまた語り合う事ができたならば。

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