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帰道(14)

 一聴しただけでは、如何にもありがちな大見得である。しかしその一方でガッハシュートは、馬鹿なことをしているなと胸中で自嘲していた。二度目の無い作戦である以上、理屈はどうあれ最優先で試製六型機兵の安否を確認すべきところである。にも関わらず、彼は隣に座っていたバーハラの救出を第一にしてしまった。

 その行為に自己満足以上の価値はない。司書であるバーハラもまた、彼と同じくサリアが夢見た存在でしかない。例え今ここでガッハシュートが彼女を見捨て“早馬”諸共爆散するがままに任せたとしても、サリアが夢見ることでやがて再びこの世に顕現する。

 移動図書館の一員であるということは、そういうことであった。

 尤も、サリアもまたコルテラーナに反旗を翻した司書長ガザル=シークエの麾下にして使いである。事実上の司書長の右腕に相当するバーハラの存在を、サリアが再び夢見る確証は無い。

 その可能性があるからこそバーハラを見殺しにする訳にはいかなかった――ガッハシュートに言わせればそうである。

 だが、その如何にもな理由付けも実は妥当ではない事もガッハシュートは自覚している。彼等がやろうとしている事は、サリアごと暗黒の領域を爆破するという乾坤一擲の作戦である。“夢見る”サリアを消滅させるということは、その“夢”を源とする司書も守衛も同時に消え去る筈である。すなわち今バーハラを救ったところで、最終的に消滅する運命であることには変わりない。

 何をどう言い繕ったところで、ただの自己満足だというのはそれが故であった。

 「守衛長、どうして今更“旗手”が?」

 いまだガッハシュートの腕の中に抱かれたままのバーハラが喘ぐ。

 幸か不幸か、“早馬”の襲撃者はこの場からの離脱を試みるガッハシュート達を追撃する気配は無かった。バーハラが襲撃者の――半壊した四脚の妖精機士(スプリガン)の機体をようやく垣間見ることができたのも、その猶予が成せたものであった。

 「コルテラーナが切り札を切ったって訳だ」

 応えるガッハシュートの声は苦い。コルテラーナに察知されない様に、ガッハシュートは“切り札”として全てをモガミに一任した。シノバイドの首魁がどのような“札”を用意したのかを、実際に今もガッハシュートは知らない。賭けたと言ってもいい。

 それと同じ様に、コルテラーナもまたガッハシュートに気取られぬよう、自らが出向くことなく手駒を得ていたのだ。これまで行方をくらましたままであった六旗手の一人、妖精機士(スプリガン)ナイ=トゥ=ナイを。おそらくは配下の守衛を使って。

 そしてそれを成すことができる者、すなわちナイトゥナイと縁深い守衛についてもガッハシュートには心当たりがあった。

 (……“守衛”カカト、か)

 ガッハシュートの貌がより一層険しいものとなる。ナイトゥナイの襲撃を、乗り越えるべき試練だと先程の彼は断じた。ナイトゥナイを誘導したであろうその守衛(カカト)も間違いなく近隣でキャリバーを待ち構えているだろう。それも、コルテラーナの配置した最終防衛線として。キャリバーの試練は厳しいものとなるだろう。

 「砲台が見えました!」

 注意を促すバーハラの――僅かに喜色を含んだ――声に、ガッハシュートは苦悩を振り払い前方に視線を向けた。

 (俺も、為すべきことを成すだけだ)

 ガッハシュートは一度たりとも背後を振り返ることもせず、己の当初の目的地に降り立った。


        *


 黒い森(クラム・ザン)の上空を、禍々しい飛行音と共に妖精機士(スプリガン)ナイ=トゥ=ナイが執拗に旋回を繰り返す。


 “カカトはどこ! カカトォッ!?”


 妖精騎士の機体から、中に搭乗しているナイトゥナイの泣き喚く声が延々と響き渡る。森に潜むキャリバー達にとってあたかもそれは、獲物を狙う化鳥の鳴き声にも聴こえた。

 「行方をくらましていたかと思えば、あの馬鹿妖精(フェアリー)が……!」

 キャリバーの粒体装甲の中でミィアーと共に守られているナナムゥが空を睨み歯噛みする。

 森の木々に上手いこと身を隠せている筈であるにも関わらず、上空の妖精騎士による光線の攻撃は彼女達の潜んでいる場所を正確に撃ち貫いた。“早馬”の墜落の衝撃から粒体装甲により二人の少女を守ったキャリバーが、今もまだその赤色の結界を展開したままであるのはそれが理由である。その防壁が無ければ三名とも地に叩き付けられ、ただでは済まなかったことは間違いない。

 「……」

 ナイトゥナイの攻撃が正確な理由は考えるまでもなかった。白眼の少ないナナムゥの碧眼が空を見上げる。その瞳にはある固い決意が浮かんでいた。

 “旗”を持つ者同士は互いの存在を感知できる。ナイトゥナイの狙いが正確無比であるのは、正に同じ“旗手”であるナナムゥの存在を感知しているが故である。今はキャリバーの粒体装甲で攻撃を完全に防げてはいるが、それが非常にまずい状況であることをナナムゥは理解していた。このまま粒体装甲の結界を張り続けることが、暗黒の領域にこれから突入せねばならないキャリバーにとって致命的な“力”の損失に直結することは改めて考えるまでもなかった。

 所長が言っていた、自分にとっての『為すべきこと』が何であるのかをナナムゥは悟った。それを為すべき刻がまさに今であるということも。

 それは同時に彼女にとって、出立前に固く誓った己の決意を断念するということも意味していた。

 「……」

 バシンパシンと、ナナムゥは平手で自分の頬を2回叩いた。そして自分を胸に抱いているキャリバーの顔を改めて見上げ、告げた。

 「このままでは埒があかん。妖精機士(やつ)の狙いはわしじゃ。わしが囮となる」

 『……』

 単眼を青く光らせ、キャリバーの中の兄が無言のままに頷いて応える。他の代案を思い付かない以上、彼の方からもまた切り出さねばならないと思っていた提案ではあった。

 「後の事は任せたぞ、ミィアー」

 同じ旗手であるミィアーに後事を託し、“黒い棺の丘”(クラムギル=ソイユ)の反対の方角に飛び出そうとしたナナムゥが、何を思い立ったのか直前でその動きを止める。

 「のぅ、キャリバー」

 ナナムゥの言葉は、貌は、これまでになく真摯なものであった。

 「以前お主は、自分のことを役立たずみたいに言っておったが、そうではない」

 『……』

 「前に浮遊城塞(オーファス)を脱出して墜とされた時も、コバル公国で“奈落”に堕とされた時も、そして今も、お主は結界でわしを墜落から護ってくれた。お主にはこの命を何度も救けてもらった。わしは生涯忘れん。じゃから自分のことを、役立たずなどと言ってくれるな」

 『ナナムゥ……』

 キャリバーの単眼が赤く代わり、内の妹が彼女の名を呼ぶ。だがナナムゥ自身はその返答を見届けることなく跳び出していた。己の想いをいざ口にしたはいいが、自分の柄では無いと急に気恥ずかしくなった為である。

 ニッという最後にナナムゥが残した笑みにはどこか苦笑の色があった。それは気恥ずかしさの為だけでなく、最期までキャリバーに寄り添うという誓いを早々に破ることとなった巡り合わせに対する自嘲でもあった。

 これがキャリバーとの今生の別れとなることもナナムゥは理解していた。その未練を振り払うように、機兵の石の腕を蹴りその勢いのままナナムゥは駆け出した。


 “隠したな! カカトを隠したな!?”


 囮の効果は覿面に現れたように見えた。頭上からナイトゥナイの幽鬼のような声が響き渡り、妖精機士が手にした光の槍から撃ち出された光線(ビーム)黒い森(クラム・ザン)の木々ごと地面を抉りながらナナムゥへと迫る。

 「今の内に!」

 キャリバーの傍らに残ったミィアーが彼を促す。頷くキャリバーもまた、背後のナナムゥを未練がましく振り返るような真似はしなかった。

 各々が為すべきことを成す――所長の言葉を脳裏で反復し、キャリバーは先導するミィアーに続いてその場から駆け出した。


 だが事態は、彼等の望みをそのまま叶える程に甘いものでは無かった。


 “逃がすかっ! ナナムゥ!!”


 妖精機士が発した叫び声は、怒声と言うよりも号泣に近い。まるで癇癪を起こした子供が手元にある物を投げつけるような、乱雑な光線がナナムゥではなくキャリバーのすぐ傍に乱射される。

 『――!?』

 咄嗟にキャリバーが展開した粒体装甲の結界が、その光線を残さず弾き返す。数の多さに反比例するのか、光線の出力がこれまでのソレより明らかに低いことはその光の細さからも一目瞭然であった。だが、着弾前にそこまでの瞬時の判断をキャリバーの兄妹に求めるのは流石に酷というものであろう。所詮は素人の悲しさである。

 その意味で最も難しい判断を下さねばならなくなったのは、彼等の先導を務める筈のミィアーであった。タンッと、彼女が即座に後ろに大きく跳躍したのも、一度機兵から距離を取り己の推測が正しいのかを判断する為の行為であった。

 (――やはり、か!)

 予想に違わず――ミィアーにとっては最悪なことに――妖精機士の放った新たな光線はキャリバーではなく彼女の足下の大地を抉った。その狙いが自分である――より正確には“旗手”が標的であることを確信し、ミィアーの片眉がピクリと動く。

 旗手は互いの存在を感知できる――それ自体は既に周知の事実ではあるが、問題は今のナイトゥナイが自分とナナムゥとの区別が付いていない、或いは付けることができないまでに錯乱しているとしか思われないことにあった。

 対策自体は簡単である。ミィアーが“旗”を捨て旗手の資格を放棄すればよい。それだけで、ナイトゥナイの狙いをナナムゥ一人に押し付けることができる。だが、そうすることができない理由がミィアーにはあった。

 旗手となることでミィアーが“旗”から与えられた“力”――それは痛覚の喪失である。かつて修行中の事故で重傷を追った後遺症の激痛により、ミィアーは満足に体を動かすことが不可能となった。それが為に彼女はシノバイドであることを断念し、新たに所長の侍女となった。短時間であれば痛みを押し殺して戦うことも可能ではあったが、あくまでも一時的な誤魔化しである。旗手であることを放棄し“力”を喪失してしまえば、肝心の暗黒領域に突入した際に却ってキャリバーの足手纏いと化してしまうであろうことは、他ならぬミィアー自身が一番承知し、避けねばならない事態であった。

 (で、あれば、手段は一つ!)

 地を蹴り更にキャリバーから身を離しながら、ミィアーは試製六型機兵に対して叫んだ。

 「そこで隠れて待っていてください!」

 普段は光球の形を取る“旗”を、巨大手裏剣である守裏遣太夫(シュリケンタ)へと手の中に具現化させながらミィアーがナナムゥの方へと奔り走る。

 「どちらかは必ずすぐに戻ります!」

 『排除してから』と、具体的な言葉を口にしなかったのは、ミィアーなりに配慮した結果である。彼女は既にナイトゥナイの命を奪うことまでを決意していた。

 想定外の襲撃であった為に後手に回ってしまいはしたが、旗手としては2対1の闘いであり、まして相手は正気を失っている。始めから殺す気で掛かれば短時間で処することが可能であると、そこまでミィアーは冷徹に計算できていた。

 確かにまず二人掛かりで妖精機士を墜とすというミィアーの選択が、最も効率の良い方法であったのは事実だろう。キャリバーから引き離す形でナイトゥナイを誘導しつつ、ミィアーがナナムゥとの合流を急ぐ。

 だが、ミィアーにとっての唯一の、そして最大の誤算は、指示したようにキャリバーがその場に身を潜めず、単身“黒い棺の丘”(クラムギル=ソイユ)に向かい始めたことであった。

 それも、彼女達に気取られぬようにそろそろと。

 彼方より、ナナムゥが掻き鳴らす電楽器”(エレキ)の高らかな音が響く。それはこの場に集った三人の“旗手”による戦いの開始の合図でもあった。


 “お兄ちゃん!”

 “ああ、今だ!”


 それまですり足で進んでいたキャリバーが一転して大きく手脚を振り、走る。

 石の機兵は独り、後ろを振り返ること無くドスドスと目的地であるこの世界の中心へと駆け出した。


        *


 それは異様としか形容しようのない魔技であった。

 浅黒い肌の“司書”が手にした丸い鉄輪を振るだけで、シャボン玉めいた半透明の薄膜が空中に形成される。それは虚を突かれて避け損なったシノバイドの一員であるタスギの頭部を掠めると、そのまま彼の頭部全体に絡みついた。

 「!?」

 タスギがその薄膜を引き剥がそうと両手で顔を掻き毟るが、爪先が虚しく膜の表面を滑るだけで全くの無力であった。

 「無駄無駄っ!」

 “司書”ローガンが足掻くタスギを嘲笑う。窒息死するまでその薄膜が剥がれることは無い、それが“旗”の具現化した魔具“笑顔の大輪”(フリアック)と、大道芸人の出であるローガンの得た“力”であった。

 だが、シノバイドの次なる行動はローガンの想定の外であった。タスギは手にしていた小刀を投げ捨てると、そのまま真っ直ぐローガンに体ごとぶつかってきた。

 「何だぁ?」

 迎撃の為にローガンの右手から奔った鋼の鞭が、迫るタスギの腹部を貫く。その一撃が致命傷であることは手応えを確認するまでもなく明らかであったが、タスギは鞭が貫通した瀕死の体のままに更に突進の勢いを増した。

 「はぁっ!?」

 流石にただならぬ気迫に気圧され、ローガンがたじろいで後退を試みる。だが別の女シノバイドがその背後から彼に組み付いた。

 「猪口才な!」

 激昂したローガンが背中のシノバイドに吠え立てたが故に、彼はタスギの手の動きまでは追えなかった。

 腰部に伸びたタスギの左右の手は、それぞれ別の細い紐を握っていた。そして躊躇すること無く同時に勢い良く左右に引っ張る。薄膜に覆われたその頭部が頭突きの形でローガンに接触したその瞬間に。

 「――!!」

 絶叫すらもローガンは放つ間がなかった。タスギを中心に閃光がカッと球状に炸裂する。そこから発生した爆熱と衝撃波は、当人であるタスギとローガンだけでなく、“旗手”の動きを封じた女シノバイドまでをも巻き込んで灼いた。

恥ずかしながらこの歳で職を辞してしまって、執筆の時間ができた筈がモチベが上がらないという負のスパイラルです。

何とか年内に投稿できて一安心です。来月から再就職頑張らねば・・・

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