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帰道(13)

 「バロウル、それ以上自分を責めてはなりません。もし、私が貴女の立場であっても、同じ様に嘘をついたでしょう」

 所長はくずおれたままのバロウルの肩にそっと手を置き、優しく声を掛けた。

 「それに、本人は卑下していましたが、キャリバーは為すべきことを成すだけの強さを持っていると、私は信じています」

 所長の目線につられるように、バロウルも顔を上げて空を見上げる。“早馬”が飛び去った方角を。キャリバーにとっては死地に等しき、この閉じた世界の中心部を。

 「……」

 少し離れた場所から両者を見守るモガミは、所長の言葉が根拠の無い単なる慰めではないことを知っている。

 キャリバーが密かに自分と所長の許を訪ねて来たのが昨晩のことである。自分達と、そしてその場で護衛を務めていたミィアーの三人にだけ明かされた文字通りの“切り札”。

 闇夜に置かれた一本の蝋燭が燃え尽きる間際の、星の如き最後の鮮烈な輝き――キャリバーの明かした“切り札”は、まさにその命を燃やす輝きそのものなのだとモガミは思う。我ながら言葉遊びに過ぎると苦笑しつつも。

 今更キャリバーが逐電するようなこともあるまいと、モガミはその点については心配していない。万が一は有り得るが、その為にミィアーを同行させてある。工廠から接収し(くすね)ておいた試験用の魔晶弾倉も既に渡してあり、キャリバーが運んでいる龍遺紅(ドラコガル)を起爆する事だけはミィアーにも可能としておいた。

 無論、所長には伏してある。爆発の起点となるミィアーの運命は言わずもがなな為だ。

 (己の為すべきことを成せ、だ……)

 モガミは先程所長が口にした言葉を胸中で繰り返しながら、己の中のあらゆる感傷を振り払った。


        *


 「この作戦が終わったら!?」


 “早馬”の荷台で、キャリバーの妹の方から質問を振られたナナムゥは、自分でも驚く程に素っ頓狂な声を上げた。あまりにも想定外の質問であった為に、自分の聞き違いではないかと思わず隣のミィアーの貌を見た程である。

 「私は己の忍務を全うするだけです」

 ナナムゥにとって更に驚くべきことに、ミィアーが珍しくも己の意見を口にした。その回答自体は従者として極めて無難で面白味に欠けるものではある。しかし普段は己の感情を殆ど表には出さず、何か話題を振られても愛想笑いで流すのが常だったミィアーにしては稀少とも言える応対である。

 最期の作戦を前に、流石のシノバイドといえど気持ちが昂っているのだろうかとナナムゥは訝しむ。彼女がキャリバーの突拍子も無い質問に答える気になったのは、ミィアーを気遣い場を少しでも和ませようと思ったが故でもあった。

 「わしは――」

 しかしながら、意気込みとは裏腹にナナムゥは早々に言葉に詰まってしまった。咄嗟に熟考するふりをして時間を稼ぐ。

 言える訳がなかった。キャリバーと共に死ぬ覚悟である自分にとって、『終わった後』など存在しないなどとは。

 ましてキャリバーの中身の兄妹は、自分が共に殉ずるなどと伝えた場合、間違いなく拒絶するだろう。自分の決意を悟られぬよう、気負いなく振る舞う必要があった。

 「そうじゃな、わしは……」

 フッとナナムゥの脳裏に、在りし日の様々な思い出が蘇る。試製六型機兵(キャリバー)と出会い弟分と定め、“幽霊”を狩っていた日々。浮遊城塞に、まだカカトもナイトゥナイも共にいた日々。いつの日にかこの閉じた世界を開放するのだと、無邪気に誓っていた日々。

 あの頃に抱き続けていた憧憬が何であったかをナナムゥはようやく思い出した。所長がその存在を語り映像でも見せてくれた、閉じた世界(ガザル=イギス)の内には存在しない驚愕の光景。


 「わしは、取り敢えず、海へ……」


 ナナムゥの呟きは、場を和ませる為の誤魔化しではなく紛うこと無き本心であった。


 “――いいんじゃないか?”


 不意に荷台の中にガッハシュートの声が響く。これまでの会話が全て操縦席に筒抜けであったことを悟り、ナナムゥは眉間にギュッと皺を寄せ叫ぶ。

 「聞き耳を立てるなっ!」

 大声で無礼を咎めたナナムゥは、照れ隠しの為か、声の聴こえて来た天井に向かって間髪入れずに訊いた。

 「目的地まで、後どのくらいじゃ?」


 “半分を過ぎたところだ”


 ガッハシュートの返答は澱みない。

 “早馬”の荷台部分には外を覗ける窓の類は一切無い。ガッハシュートの残り半分という回答に対し、およそ10分といったところだろうかというのはキャリバーの兄の推測である。だがそれもあくまで体感での予測でしかない為に、かなり怪しいものであることも兄は自覚していた。

 これまでであったなら、脳裏の声なき声に問い掛けるだけで時間の経過程度は明確な回答を得られていた。今は、キャリバーの兄妹揃って、その『声なき声』とは移動図書館の司書達――それも主としてバーハラ――が遠隔通信でファローしてくれていたのものだと聞いている。その機能も、しかし現在は機体内部が謎の紅水晶に浸食されたことで翻訳機能を残して文字通り“死んだ”状態であった。

 (いよいよじゃな……)

 一方のナナムゥは、これまで頭の中で何度も繰り返した作戦の流れを、今再び反芻していた。

 “黒き棺の丘”(クラムギル=ソイユ)を取り巻く黒い森(クラム・ザン)、その境目近くに荷台ごと投下してもらい、そのまま自分達は森の中に待機。その後、信号弾を合図としガッハシュートがコルテラーナを抑えている間に、“丘”を覆う暗黒の領域(ドーム)に突入を開始する。かねてより暗黒領域内部に敷設を進めていた経路(ロールロード)に沿って中心部――すなわち“夢”見るサリアが封じられているというこの世界の中心地を目指して後は一直線に突撃する。

 以前に暗黒領域深部でキャリバーを阻んだという――仮という名目で所長の名付けた――『最後の守護者』が再び出現したならば、それこそが終着点手前であるという証であり、『守護者』の突破が無理と判断したらそこで龍遺紅(ドラコガル)を起爆させる。

 「……」

 ナナムゥは膝の上の拳を無意識にギュッと握った。本来ならば、自分とミィアーの役割は暗黒領域に突入するキャリバーを守護し送り届けるところまでである。コルテラーナの“守衛”の主力が浮遊城塞の所長の確保に割かれている以上、キャリバーの妨害には始めからそれ程の頭数は配置されていないというのがガッハシュートからの情報であった。

 ガッハシュートとサリアの見聞は共有化されている。その数少ない守衛は黒の領域の前で自分達を待ち構えており、逆に言えばそこまでの道中で強襲する者はいないという情報も確かなものなのだろう。それに関してはナナムゥも今更疑念は抱かない。

 加えて、“黒き棺の丘”(クラムギル=ソイユ)の暗黒領域中心に近付けば、守衛も司書も全てはサリアの見る“夢”へと還るのが必然だともいう。その“仕様”により暗黒領域にさえ突入してしまえば、残る障害は謎に包まれた『最後の守護者』だけということになる。


 (その『守護者』とやらを抑え込む為にも、わしが付いて行かねばならぬ……!)


 それが『言い訳』の類でしかないことはナナムゥ自身が一番良く理解している。幾ら“旗手”であるとは云え所詮はサリアの“夢”見た紛いモノの“旗”である。“彼等”縁のモノと思しき『最後の守護者』に自分の“力”が及ぶとは到底思えない。逆に及ぶ程度の存在ならば誰も――コルテラーナも含め――ここまで苦労はしてはいない筈だった。

 元は所長の護衛として残る筈が、モガミの突然の采配により同行することになったミィアーの任務は判らない。単なる護衛か、或いはそれ以上の事をモガミに託されているのか。

 何れにせよ、悩んだところで判らぬことには変わりないし、事前にミィアーの了承を得る類のものでもない。ナナムゥが独りでやろうとしていることは、故に完全に只の自己満足でしかない。

 我が身を犠牲とする事を義務付けられたキャリバーに寄り添い、共にこの世界の中心まで到達することを。最期までキャリバーと共に在り、決して孤独には逝かせないことを。

 もしナナムゥの決意が事前に知られたならば、まったくの無意味だと所長達は止めただろう。

 馬鹿か貴様はと、もしあの忌々しい紅毛の男が健在ならばそう吐き捨て顧みることさえしないだろう。

 それでも、それでも――


 「――何っ!!」


 突然に、ナナムゥは弾かれた様に荷台の天井を――否、その向こうの遥か天上を見上げた。同じく急速にこちらに接近して来る“気”を感じ取ったミィアーも又、切迫した警告の声を上げようとした。

 「“旗手”が――!」

 シノバイドのミィアーでさえ、最後まで警告を言い終えることが出来ない、それ程までの速度であった。

 最初に、凄まじい衝撃が飛行中である“早馬”を襲った。次いで荷台の天井を突き貫く激しい閃光が、荷台の搭乗者達の眼を眩ませる。ソレをそれと認識した時には、禍々しい光の槍の貫通した荷台は粉砕され、搭乗者達を残骸諸共に中天にばら撒いた。

 反射的にナナムゥが掌から放った“糸”は、当然ながらどこにも土台となるような物も無く虚しく空を奔った。彼女達がいた荷台は、その名の通り荷を積み込むだけの空の箱でしかなかった為に壁面を砕かれるだけで済んだ。

 しかし動力部を内包している操縦席はそうはいかなかった。荷台の残骸ごとナナムゥ達を置いて飛び去る形となった操縦席が、たちまちの内に爆発する。その爆煙が容赦なくナナムゥ達を呑み込みその視界を奪う。

 傍から見れば刹那の出来事である。その立ち込める爆煙の狭間に、しかしナナムゥは確かにその姿を認めた。

 遥か上空に浮かぶ、“早馬”を強襲せし者。自分とミィアーの感知の範囲外から一気に懐に飛び込んで来たのであろう、もう一人の“旗手”。

 蒼天の下、背面から噴出する光の翼を広げこちらを見下ろす鉄の妖精。半壊しているとは云えその四足の妖精機士(スプリガン)の姿を、長く共に過ごしたナナムゥが忘れる筈も無い。

 再び爆煙に閉ざされ隠れるその名の旗手の名を叫びながら、ナナムゥの身体が重力に引かれて墜ちる。


 「ナイ=トゥ=ナイ!」


 その時、突如として煙の中から飛び出した触手めいた何かがナナムゥの腰に幾重にも巻き付いた。

 それがキャリバーの袖口より伸びた“紐”だと気付いた時には、ナナムゥは同じくミィアーと共に“紐”に引っ張られ、キャリバーの石の胸元に抱き寄せられていた。


        *


 それが、擱座した浮遊城塞オーファスの眼と鼻の先に姿を現し始めた時点で、モガミはある程度の推測を終えていた。

 それまで何も無かった空間が揺らぎ、モガミも幾度か目にしたことのある古めかしい建造物が完全に実体化する。それを無言で見届ける彼の横で、守護機のクロウが“旗手”接近の警告を告げていた。

 (どうやって来るのかは疑問だったが……)

 攻め寄せて来るものが移動図書館であることをモガミはまったく予期していなかった訳ではないし、むしろ覚悟もできていた。

 そもそもキャリバーを“黒き棺の丘”(クラムギル=ソイユ)に移送するのならば移動図書館の空間転移を用いるのが最も早く確実な筈だった。だが実際に移動図書館より遣わされて来たのは僅か“早馬”一台と操縦士である司書バーハラの一人だけである。それを抗議しようにも、司書長ガザル=シークエ自身が姿を隠してしまっていた。その行方については司書バーハラも言葉を濁すのみである。

 モガミも突然の寝返りに対する備えは済んでいた。真の“隠し札”であるキャリバーのことは、万が一にでもコルテラーナ側に漏れることがないよう、自分と所長とミィアーとの間だけに厳重に留めた。

 司書長ガザル=シークエが今更裏切ったとはモガミにも考え難い。とは云え、所詮は司書も守衛と同じくサリアが“夢”見て実体化した存在だと聞いている。その頂点が“館長”(コルテラーナ)である限り、残りの司書達が司書長より“館長”(コルテラーナ)に従ったとしても不思議ではない。

 今、モガミとクロウの姿は、三階建ての建造物のバルコニーという高所にあった。そこから見下ろす形で注視を続けるモガミの前で、移動図書館の扉が大きくゆっくりと開く。

 “旗手”ですという傍らのクロの警告を聞きながら、モガミは扉から出て来た守衛の一団に、より一層鋭い眼差しを向けた。

 老若男女――そうとしか形容できない異様な集団であった。守衛として揃いの制服がある訳ではない。むしろ各々がどこか民族衣装を連想させる多種多様な装いを身に纏い、手にした獲物にしても槍や弓のような一般的な武具に混じって、巨大な輪投げとしか思えない遊具めいた細い輪を手にした者すらいた。

 外見にしても殆どは一般的な“人間”のそれであったが、中には青肌や人と言うよりは類人猿に近い巨躯の者の姿も見受けられた。

 少ないだろうというガッハシュートの言葉に違わず、その数は11名。

 対するシノバイドは3人1組で15組。それにモガミとクロウを加えての総勢47士。

 数の上だけでは圧倒的に勝っている。だが守衛は不滅の存在であり、例えこの場で討ち果たしたとて“黒き棺の丘”(クラムギル=ソイユ)最深部のサリアが健在である限り短い時を経て新たな“夢”の産物として復活する。

 片や自分達シノバイドは死ねば終わりである。つまりは、二度目の無い闘いであった。

 自分達が待ち構えている事はガッハシュートの見聞を経由してコルテラーナ側も熟知している筈である。にも関わらず守衛達は隊列を組むことなくゾロゾロと無造作に詰め寄って来た。

 「……」

 舐められているなどと、無駄な憤慨はモガミには無縁のものである。むしろ付け入る隙があるとすれば相手方のその慢心にしかあるまいと、冷徹な決意を固める。


 『――護神啓治(もがみけいじ)、罷免により貴方が失効していた全ての権限を元に戻します。私の為(・・・)に、九郎判官(クロウホウガン)と共に励みなさい』


 所長の――否、己が主である妙子様に累が及ばぬよう、守衛達を引き付けねばならない。

 迫り来る守衛達に対し、そして居住区の建築物の陰に身を潜ませている配下のシノバイド達に対し、何よりも背後の工廠跡に残してきた己の主に向けて、モガミは大音声で呼ばわった。


 「我ら護神忍群、これより修羅の道に入る! 続け! 死中に活あり!!」


        *


 読み負けたと、ガッハシュートは胸中で素直に白旗を掲げる。

 言い訳を許してもらえるならば、とも思う。

 強襲の直前、ガッハシュートはこれまでと比較にならないくらいの激しい“注視”をコルテラーナから感じ取った。知見を共有している以上、眩まされたと言ってもいい。ガッハシュートが為す術なく不意討ちを喰らってしまったのは、一種のホワイトアウトの状態にあったという理由であった。

 そして襲撃の直後にようやく己を取り戻すことができた彼に出来たことと言えば、操縦席が爆発四散する前にバーハラを掻き抱いて脱出することのみであった。

 そのまま誘爆に巻き来まれぬよう、脚部の魔晶弾倉に装着済であった震空鋼(オリハルコ)を起動させる。空中に形成された“足場”を蹴って跳躍するガッハシュートにとって、置き去りの形となった背後の荷台がどうなったかを確認する余裕すら無かった。

 「機兵達は!?」

 ガッハシュートに抱き抱えられたままのバーハラが代わりに懸命に目を凝らすが、既に爆煙によって視界が遮られてしまっていた。

 「……俺達は、このまま予定通り砲台に向かう」

 「守衛長!?」

 流石に唖然とするバーハラに対し、ガッハシュートは足を止めず、背後を振り返る事も無くこう続けた。


 「あの程度の事を切り抜けられないならば、サリアの許に辿り着くなど夢のまた夢だ」

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