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帰道(12)

        *


 「昼も食べたことじゃし、もういっそのこと、こっちから攻め込んだ方が手っ取り早くないか?」


 ナナムゥの提案自体はそれ程的外れなものでもなかっただろう。しかしそれに対するガッハシュートの返事は、一考の素振りすらない即答であった。

 「その発案を俺が知ったということは、コルテラーナもまたそれを知るということだ。奇襲の効果が見込めないどころか、それに対抗して守衛の襲来が前倒しされるだけだろうよ」

 ふんと、ナナムゥは鼻を鳴らしてそっぽを向いた。“旗手”である彼女はいまだに近辺に未知の“旗手”――すなわちコルテラーナ麾下の守衛達の気配を感知してはいない。要は敵の初動がまだだと云う事であるが、だからと言って独断で一連の計画を乱すべきではないということも心得てはいた。

 浮遊城塞のかつての住人達はとっくに妖精皇国に退去済みであり、最後の食事となる事もあり得る昼食を多少なりとも豪勢にしようにも食材自体が残されてはおらず、今から新たに食材調達だなどと浮かれてもいられない。

 つまりはシノバイド達から分けてもらった丸薬めいた保存食をモソモソと食した後、ナナムゥとガッハシュートは自分達を“黒い棺の丘”(クラムギル=ソイユ)へと運ぶ小型飛行艇“早馬”の脇で、シノバイド達の集会を離れて眺めている状況であった。

 頭領であるモガミの前に整列したシノバイドの数はざっと50人といったところであろうか。自分の予想よりは多いなと言うのがガッハシュートの正直な感想である。いずれのシノバイドも頭巾を深く被り口元を布で隠している為に個々の貌どころか性別すら定かではないが、元はモガミの集めた孤児達だということは聞き及んでいた。

 対する移動図書館の守衛の数は少ない。元々が少ない。

 コルテラーナにとっても『この世界のやり直し』は本来なら二度とやらぬと誓った筈の突発的行為であり、事前に準備をしていた訳ではない。今からサリアが“夢見た”ところで新たな守衛を顕現させるには相応の時間を必要とする。最大でも守衛を十数名揃えるのがせいぜいであろうというのがガッハシュートの見立てであり、大きな振れ幅など無いことも承知している。彼自身が永きに渡りコルテラーナの側に立つ守衛の長であったからだ。

 ガッハシュートがこうして敢えてシノバイドの集団を『視て』いるのも、コルテラーナへの牽制の意味が大きかった。


 (逆に言えば、その程度の頭数でも問題無いと判断されたということだが……)


 孤児の中から素質のある者を厳選したとはいえ、シノバイド達の修練期間としては5年がいいところであろう。最も腕利きのシノバイドにして“旗手”でもあるミィアーは、試製六型機兵(キャリバー)の護衛として共に“黒い棺の丘”(クラムギル=ソイユ)に赴くとガッハシュートは聞いていた。

 “旗手”のミィアー抜きで、果たしてどれ程のシノバイドが生き残れるのだろうかと、ガッハシュートの貌は曇る。尤もモガミの立案した作戦の殆どを彼は――敢えて――知らない。或いは意表をついてミィアーはこの場に残る可能性も有り得はするかもなと、僕然とガッハシュートは予想していた。

 「守衛長」

 何かを小脇に抱えたバーハラが思案を重ねるガッハシュートに声を掛けてきたのはそんな折であった。まるで歳の離れた兄妹の様にそれまでガッハシュートの隣に居たナナムゥが、バーハラの掲げた見覚えのある物体を前に、あっと驚きの声を上げる。

 「手入れを頼んでいてな」

 そうナナムゥに説明しながらガッハシュートがバーハラより受け取った物は、言わばカカトの形見――彼が首に巻いていた長く青いマフラーであった。

 カカトがザーザートによって斃された際、その場より風に流され漂っていたマフラーを回収したのもバーハラである。それは敗者に対する憐憫であったのか、或いは眼前のものを単に回収したに過ぎないのか、いずれにせよ彼女はそれをガッハシュートの許に届けた。

 ガッハシュートは手向けとしてそれを首に巻き、己の源とも言える“亡者”メブカと闘いもした。

 そのカカトの形見を再び受け取ったガッハシュートであったが、彼はそれを唐突にナナムゥへと差し出した。

 「……なっ!?」

 ガッハシュートの手の中の青いマフラーをまじまじと見つめた後、ナナムゥはおもむろにそれに手を伸ばした。だがガッハシュートの予想とは異なり、彼女がやった事はと言えば、マフラーを握った彼の手をそっと押し戻すことであった。

 「それはわしには長過ぎるし、キャリバーには短過ぎる」

 ナナムゥは如何にも悪戯めいたニタリという笑みを浮かべた。

 「コルテラーナとやりあうんじゃろう? お主と共にある方が、カカトもきっと喜ぶ筈じゃ」

 「そうか?」

 一本取られたといった体でフッと苦笑を浮かべてから、ガッハシュートは自らの首にシュッとマフラーを巻いてみせた。

 「……似合うか?」

 「そこまで知るか、(たわ)け」

 プイと顔をそむけたまま、最後にナナムゥはこうも付け加えた。

 「お主が持っておった方が良い。何故かは知らんが、そんな予感がするんじゃ……」

 ナナムゥ本人にしてみれば、単なる軽口の類であったのかもしれない。しかしその呟きを聞いたガッハシュートとバーハラが思わず視線を交わしたのは、妙に預言めいた言い回しに聴こえた為であった。

 その時、横合いよりシノバイド達の雄叫びが轟き、ガッハシュートは再びそちらに貌を向けた。モガミの激励に応えたものであろうが、彼の視線は即席の壇上のモガミ本人ではなく、そこから一歩引いて立つ所長の方へと向けられていた。

 その凛とした面差しを見ながらしかし、辛かろうなとガッハシュートは秘かに同情する。

 己より遥かに若輩の者達を、激励と共に死地へと送り出さねばならないその心境を。彼等の犠牲によって後に残された者達の未来が開けるのだと、詭弁めいた誓約で激励せねばならぬその重責を。

 何処かに工作機械を持ち出したシノバイド達が何を加工していたのかについては、最後の戦いに備えた物だろうと云う予想はガッハシュートにも付いていた。それがモガミにとっての“切り札”の一つであることも、実際にそれが何かというもう少し具体的な予想も。

 深入りして己の見聞きしたモノがコルテラーナに共有されることを恐れて、敢えて憶測に留めているだけのことである。

 片や、同じくモガミと所長の方を眺めていたナナムゥだが、妙だなと秘かに首を捻っていた。

 “旗”の気配は確かにそこには二つある。一つは壇上のモガミから。もう一つは所長の脇にクロと共に護衛として控えるミィアーから。そこまでは問題無い。ナナムゥにとって引っ掛かるのは、そのモガミがいまだ“旗手”ではない――すなわち“旗”を保持しているだけの状態のままであるということだった。

 決戦の刻が眼前まで迫った今、早々に“旗手”と成り身体を馴染ませるべきだとナナムゥは危惧する。自分なら間違いなくそうしたし、モガミもまたその程度の事を失念するような男ではないという認識もあった。

 (何か考えがあるのじゃろうが……)

 或いは“旗手”ミィアーに“旗”を二つ持たせる腹積もりであるのかと、ナナムゥの脳裏を様々な推察が過ろうとした。

 背後からの足音とそれに伴う地面の揺れをナナムゥ達が感知したのは正にその時であった。彼女とガッハシュートだけでなく、マフラーを渡した後は傍らに無言で佇んでいたバーハラまでもがそちらに振り返った。

 両の肩口から反対側の脇腹までそれぞれ斜めに筒帯(ガンベルト)を巻き十文字を形作った試製六型機兵(ゴレム)の姿がそこにはあった。その後ろに、今にも消えて無くなりそうな暗い顔の褐色の巨女が続く。事前に一緒に顔を出すよう所長に強く念押しされていなければ、バロウルはそのまま姿をくらましていたに違いあるまい。そうナナムゥに確信させる程度には、バロウルはこれまで以上に縮こまってしまっていた。

 「処置は済んだか?」

 ナナムゥの問い掛けに、キャリバーの中の“兄”はおかげさまでと答え、バロウルはその身体をますます小さくした。

 精神制御による『恐怖心』の抑制。キャリバーのその処置が終わったという以上、後はミィアーの合流を待つばかりである。

 「……のう」

 しばしの逡巡の後、ナナムゥが声を掛けようとしたのは果たしてキャリバーであったのか、或いはバロウルの方であったのか。何れにせよ、それを遮ったのはモガミによる締めの号令であった。


 「――散っ!!」


 シノバイドが三位一体となって彼の号令を合図に浮遊城塞に向かって次々と跳躍を始める。今は実質上の廃墟と化した建造物の群れの中に、潜み行く彼等の気配はたちまちの内に掻き消えた。

 その様子を見届けてから、所長を先頭にモガミとミィアー、そして最後尾のクロの一団がナナムゥ達のいる“早馬”の許に合流する。

 それまでどこに隠し持っていたのか、クロは両手に大きな四角い盆を掲げ持っており、その上には小さな盃が置かれていた。円を描くように並べられた盃の数は9つに及んだ。

 給仕役のミィアーより一同に順に手渡された盃が俗に言う『水盃』であることに気付き、キャリバーの中の兄妹は流石にその意図を察し、黙した。

 その一方、同じく水盃を渡された司書バーハラは、その意味が分からず困惑の表情を浮かべていた。その隣に同じく盃を片手に立つガッハシュートが、どこで学んだのかその意味を彼女の耳元で告げる。

 「今から別れの儀式が始まる」

 「!」

 回答を得たにも関わらず――否、回答を得たからこそバーハラはより一層困惑の表情を深めた。

 「私が参加して良いものではないのでは?」

 バーハラの当然の疑問に対し、ガッハシュートが目配せした先には、自我を持たないにも関わらず同様に最後の盃を持たされた護衛機(クロウ)の姿があった。

 「今この場所に居る、これも何かの縁だろうさ」

 「はぁ……」

 全員の手に水盃が渡ったところで、所長は改めてこの場に集った八人の貌を見渡した。モガミ、ミィアーとクロウ、ナナムゥにバロウル、客分である守衛長ガッハシュートと司書バーハラ。

 そして、試製六型機兵キャリバー。

 「今更、多くは語りません」

 所長の凛とした声は、あのバロウルですらハッと貌を上げる程の威厳に充ちていた。

 「各々、悔い無きよう努めましょう」

 所長が優雅に水盃を(あお)り、空となった盃を足元の浮遊城塞の石畳に落す。盃の割れる音が響く中、残る7人それぞれが同じく――口の無い者は盃を傾け、作法を知らぬ者は見様見真似で――手にした水盃を空け、そして足元に落し割る。

 最後に残ったバロウルもまた、周囲の雰囲気に気押されたのか、おずおずと盃を割った。

 一刻、深い静寂が周囲を充たす。

 それ以上の言葉は不要であった。ただモガミとミィアーの師弟だけが、秘かに視線を交わし互いに後事を託した。

 “早馬”の操縦席(コクピット)には操縦者であるバーハラに加え、助手席にはガッハシュートが座る。後部の荷台にあたる部分には今回の作戦の要であるキャリバーとその護衛を務めるナナムゥとミィアーが寄り添い座った。

 出立を見送る側となるのは所長とモガミとクロ。そしていまだ打ちひしがれたままのバロウルである。

 荷台の蓋が閉まり始めた刹那、バロウルは我知らず衝動的に叫んでいた。

 行かないで、と。

 妨害の為に駆け寄らないだけの自制はあった。或いは逆に、それだけの勇気がバロウルには無かっただけかもしれない。

 後部荷台が完全に閉まる寸前に、返事が聴こえた。まったく同じ声、まったく同じ言葉でありながら、それは確かに二つあった。閉まりきる荷台の扉の隙間から、機兵頭部の紫色の眼光が一筋だけ届いた。

 有難(ありがと)う。

 ありがとう、と。

 号泣するバロウルを残して、遂に“早馬”がゆっくりと垂直上昇を開始する。バロウルを離陸の衝撃から守る為にその場から引き離すには、モガミだけでなくクロの助力も必要とした。

 “早馬”が行く。依然としてその飛行速度は目視できる程度のゆっくりとしたものであったが、それでも直線距離的に早々に丘まで辿り着く算段であった。空路であるが故に、陸路よりも妨害の手段も限られる利点もある。


 「壮士一たび去りて()た還らず……」


 見送るモガミがポツリと呟いた一節は、奇しくもかつてキャリバー自身が発したものとまったく同じであった。浮遊城塞オーファスが“亡者”メブカの強襲を受けた際、囮役としてナナムゥやバロウルと飛び去った際の呟きと。

 モガミが目の前にバロウルがいるにも関わらずついそれを口にしたのは、その故事の詳細を知るまいと思っていたからでもある。

 実際、そのモガミの認識は誤りではない。バロウルが瘧にかかったかのように激しく震え出したのは、彼の口にした荊軻の故事を知っていたからではなく、単に『還らず』という言葉に反応した為であった。

 何れにせよその震え方は尋常ではなく、その身を案じた所長が彼女に声をかける。

 「バロウル?」

 所長の声には詰問や苛立ちや色は皆無である。にも関わらずバロウルの震えはより激しさを増すばかりであった。

 「何があった!?」

 遂にはモガミが逆効果とは知りながらも眼光鋭く彼女に詰め寄ったのも無理からぬところである。その怯えがキャリバーの――ひいては今回の作戦に紐付いたものであることは自明であり、決して看過する訳にはいかなかった。

 「……恐怖で…帰って来るかもしれない……」

 譫言めいた唐突なバロウルの呟きに所長とモガミは目線を交わし、そしてハッと同時に一つの可能性に思い当たりバロウルを問い詰める。

 「バロウル、まさか貴女は――!?」

 そもそもキャリバーとバロウルが共に居たのは、恐怖心を消して欲しいというキャリバーの希望を叶える為である。各自の準備を優先させてくださいと、キャリバーが他の者の同席を拒んだのも言葉通りで他意は無かったと所長は思い起こす。

 「キャリバーの装甲内部(なか)は既に結晶で埋め尽くされていて……!」

 顔を伏せたバロウルが絞り出すような声で告白を始める。

 「制御基板を触る事など到底不可能で…でも、私はできないと言えなかった……できたと嘘をついてしまった……!」

 どうしてそのような真似を――その一言を所長は口にすることはできなかった。より正確に言うならば、どうするのが最良であったのかを断言することができなかった。

 バロウルの嘘は只の小心によって成されたものではなく、死地へ赴くキャリバーの、その決意を慮ったが故であろうと所長は思う。だからこそ“早馬”を見送った今、嘘をついた事への激しい後悔と罪悪感に襲われたのであろうと。それを責める事は、所長にはできなかった。それが誤りだったと、諫める事もできなかった。

【裏設定】

キャリバー兄妹と所長は同じ世界の出身(所長の方が150年ほど未来)だと思っていたが両者の知る歴史を照合すると微妙な差異があり、所長の時代に提唱された「並行世界螺旋構造説」の実証として互いが「限りなく近いが異なる世界」の出身であった


という設定を本文中にも記載する予定が作品に与える影響が皆無のために断念

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