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帰道(9)

 「そういうことになるな」

 ナナムゥからの問い掛けに、これ以上ないくらいに飄々とした体でガッハシュートが応える。

 「……どうするつもりじゃ?」

 激怒の沸点すらも突き抜けたのか、表面だけはにこやかに訊くナナムゥに対し、ガッハシュートは唐突に真剣な顔に戻ると傍らのモガミを目線で指し示した。

 「こればかりは防ぎようも無いからな、専門家に丸投げすることにした」

 「()っ――!」

 馬鹿なことを申すなと立ち上がりかけたナナムゥであったが、直ぐに一つの考えに思い至り辛うじて己を押さえた。彼女はガッハシュートの真意を推し量る為かしばし眉根を寄せ沈黙した後に、改めて椅子にドカリとお行儀悪く腰を落とすと、今度はモガミと所長の方に顔を巡らした。

 「それを受けたということは、つまりは――」

 そのまま具体的な問い掛けを続けて口にしようとしたナナムゥが、コルテラーナに情報が洩れる可能性に気付き言葉を濁す。

 「要はまぁ、そういうことじゃな?」

 モガミはただ、無言で頷いた。

 ガッハシュートがどのような秘策を巡らせようとも、結局は全てコルテラーナに筒抜けとなる。ならばそれを阻止する方法は唯一つ、そもそもガッハシュートが関与せぬようにするという単純な手段のみであった。

 この『最終会議』の席にバロウルが呼ばれていないのもそれに起因する。彼女がこの場にいないのはナナムゥの“糸”によって寝所に拘束されている為であるが、それはあくまで結果論に過ぎない。元より臥せっていたとは云え会議に同席させる程度のことは可能であっただろうが、ガッハシュートもモガミもはなからバロウルを締め出す心積もりではあったのだ。

 “サリアの見る夢”という“根源”が同一であるガッハシュートを別格として、一同の中でコルテラーナに最も縁深い者はバロウルであった。何よりも、浮遊城塞オーファスで眠りに就いていた予備の生体端末をコルテラーナが目覚めさせたという、バロウルの出自そのものが曲者である。本人の自覚は兎も角として、生体端末であるバロウルの身体を介して一同の会話が筒抜けになる可能性は十二分にあった。それ故に、モガミに一任されることとなった『囮作戦』にバロウルは一切関わらせない取り決めが既にガッハシュートとモガミの間に成されていた程である。


 「それに、一方的にこちらに不利な話ばかりでもないぞ」


 モガミと所長から目線を戻したナナムゥに対し、ガッハシュートおもむろにそう告げた。したり顔をしたその物言いに、ナナムゥが向けた視線は冷ややかなものであった。

 「話だけは聞いてやろうか」

 「俺の思考や見聞きしたものがコルテラーナに共有されるということは、あちら側の思惑も俺に伝わるということだ」

 「……それで?」

 「まずは、そうだな、分かりやすく『守衛本隊』とでも呼ぼうか。コルテラーナ麾下の守衛本隊はここに攻め寄せて来る手筈になっている」

 『ここに!?』

 キャリバーの訝しげな――単眼の色が青く灯っていることからその発言が兄のものだと判る――声に、ガッハシュートは視線をそちらに向けた。

 『何の為に?』

 「ここ、浮遊城塞オーファスに、所長の身柄を確保する為にだ」

 石の肉体でありながらも、その答えを聞いたキャリバーがギョッと身を竦ませたことは周囲にいる誰でもが分った。

 反面、当事者である所長と、彼女の守護忍者であるモガミには一切の動揺は見られない。その両者の反応から、ナナムゥはここまでの話がガッハシュートとモガミ達の間で事前に済んでいるのであろう事を察した。

 「その話、わしにも詳しく説明してもらおうか」

 気持ちを整理する為かフゥと一度深呼吸した後、ナナムゥはガッハシュートに対してズイと先を促した。

 このやり取りすらも全てコルテラーナに筒抜けであることに対し、軽い眩暈を覚えながらも。


 前例があると前置きをしてから、ガッハシュートが語り始めた説明ではこうである。

 コルテラーナの言う『世界のやり直し』とは“住人”――すなわち“旗手”の資格である魂魄(こころ)を持つモノを一掃するという意味であり、要はこの世界に暮らす人々の皆殺しである。その際に、目ぼしい新技術や知識が有ればコルテラーナはそれを常に接収してきた。無論いつの日にか、この閉じた世界(ガザル=イギス)を覆う障壁を排除する為の礎として用いる事を目的としてである。例えそれが幾星霜の刻を経た後のことになろうとも。

 例えば移動図書館も元々は、コルテラーナが接収した書物や記録媒体などの細かい遺物を管理する施設として組織化された一団である。この世界の障壁自体を突破することまでは不可能とは云え、次元の隙間に潜行して所在をくらますことが可能な『移動図書館』という建造物そのものが、かつてコルテラーナに接収された施設ではあるが。

 『世界のやり直し』に特例が生じるのは、そのような技術の接収に伴うものであった。

 移動図書館の運用を司書長ガザル=シークエに任せ、自らは一歩引いた立ち位置で世界を見守る事に徹したコルテラーナが居城とした、浮遊城塞オーファスが正にその代表である。

 障壁の向こう側からこの閉じた世界(ガザル=イギス)に漂着した本来の城主は、幾度かの折衝と決裂を経た後にガッハシュート達“守衛”に討たれ、浮遊城塞そのものはコルテラーナに接収された。その次元を渡る能力をもってしても、一度彷徨い込んだこの世界から脱出不可能なことは早々に判明していたのだが、それでも浮遊城塞自体の価値は大いにあった。城主こそ排したが、城塞の生体端末でもある人造の使用人達をコルテラーナが手元に残したのはそれ故である。

 尤も生体端末は結局のところ全てがコルテラーナに造反し、凍結されていた予備の――そして最後の――生体端末であるバロウルを目覚めさせることになるのだが。

 その浮遊城塞と同等の“価値”が所長には――正確には所長の所有する“館”にはあるのだと、ガッハシュートは言う。確かにこれまで所長から提供された技術はコルテラーナの機兵に様々な改善をもたらし、遂にはまだ試製とは云え六型の稼働にまで漕ぎ着けた。

 その“館”ではあるが、今はその機能の殆どを喪失していた。“ティティルゥ(ティティル)の遺児達(ラファン)”に操られたバロウルの襲撃によって制御装置を破壊された為である。

 かつて所長がコルテラーナに告げた、その話自体は嘘ではない。共にこの世界に墜ちて来た技術者達は既に亡く、遺された所長は勿論モガミにしても、制御系を物理的に破壊された“館”こと『宇宙観測船瑞穂』の修復など不可能事であった。

 それも仕方のないことだと、所長も諦観の内にあった。

 だが、それを可能にするモノが突如として現れた。この閉じた世界における真の“異邦人”の一柱にして、ルフェリオンと名乗る自我持つ青い宝珠である。

 所長と宝珠との間で結ばれた、コルテラーナを介さない秘かな同盟。ルフェリオンから持ち掛けて来た話ではあるが、今にして思うと最初からルフェリオンはコルテラーナを警戒していたのであろう。宝珠(ルフェリオン)の所有者にて被守護者であるファーラ=ファタ=シルヴェストルを所長の直接の庇護下に置くその対価として、ルフェリオンは『宇宙観測船瑞穂』の制御系の復元を申し入れてきた。

 『復元』である。

 『瑞穂』のデータベース自体は破壊されることなく健在であり、そこには回路図を手始めに電子部品の規格や仕様そのものが収められていた。加えて“ティティルゥ(ティティル)の遺児達(ラファン)”によって制御室が破壊されたとはいえ、それは殴打による物理的な損傷に留まった。無論、焼失等による喪失を完全に防ぐことなど不可能ではあるが、それでも爆発四散などに比べると遥かにマシな状態であったことは間違いない。

 おおよそこの世界の200日程を要せば『復元』は可能だというのがルフェリオンの見立てであった。機械工学は門外漢ではあるが、自分の知識の中では『ナノマシンによる修復』が一番近いのであろうと所長は理解に努め、そしてその提案に賭けた。

 所長が一番望んだ医療ブロックの復元については、墜落時に圧壊しているが故に断念するようルフェリオンには告げられてはいたが。

 その密約――すなわち“館”がその機能を取り戻しつつあることをコルテラーナは既に把握しているのだと、ガッハシュートは示してみせた。

 所長には、密約が漏れた原因の心当たりはあった。ありはしたのだがそれは、所長の善意が成したものには違いなかった。

 遺児達(ラファン)に操られていたとは云え、“館”を破壊したバロウルはその所業を気に病んだままであった。その精神的負荷を少しでも和らげる為に所長は――密約それ自体は伏せて――バロウルに“館”の機能が復帰する目星がついた事を告げて勇気付けた。

 バロウルの口から直接コルテラーナに報告が上がったのかまでは定かではないが、“館”に関する情報漏洩の経路として最も可能性が高いであろう事を疑う余地は無かった。

 バロウル本人に自覚が無くとも、その身体に如何なる細工が施されているか知れたものではない。

 唯一つはっきりしているのは、コルテラーナが今の“館”の現状を把握し、接収を目論んでいるということである。


 「そういう次第でだ」

 長い説明を終えたガッハシュートは、向かい側に座るナナムゥの瞳を改めて見つめた。

 「所長と“館”の技術を接収する為に、コルテラーナ配下の“守衛”がここに押し寄せてくるという訳だ」

 「わしらの作戦の“本命”であるキャリバーを無視してまでもか?」

 「そうだ」

 「舐められたもんじゃな」

 ナナムゥの、本来ならまだあどけない少女然とした貌に、ニチャリとしか形容できない下劣な笑みが浮かぶ。それは決して苦笑などではなく、憤怒によって形作られたものではあったが。

 「……まあ、侮ってくれた方が、こちらもやり易くはあるのか」

 半ば自分に言い聞かせるように呟くナナムゥに対し、ガッハシュートは無遠慮に非情な言葉を投げかけた。

 「事態(こと)はそこまで単純じゃない」

 その先をモガミが引き継いで続ける。

 「“守衛”があの暗黒の領域で人の姿を保てない仕様である以上、そこを避け他に兵を振り分けるのは妥当な判断だろう」

 モガミの口調から、彼がナナムゥだけでなく所長を始めとするこの場にいる全ての者達に対する説明を引き継いだことは明らかであった。

 「加えて暗黒の領域の深部には、キャリバーの報告にあった“守衛”とは別系統の守護者がいる。“彼等”由来の存在だとみて間違いはないだろうが、それ(・・)がキャリバーを排除するところまでがコルテラーナの計画の内なのだろう」

 『……』

 モガミの言葉に、当のキャリバーの内の兄は苦い記憶を思い起こしていた。

 “黒い棺の丘”(クラムギル=ソイユ)の暗黒の領域の奥底で突如として遭遇した、自分達兄妹の母親の姿を(かたど)った謎の思念体。

 あの時は逃げるだけで精一杯だったが、果たして今の(・・)自分達なら及ぶか否か。

 「聞けば聞くほど、困難な作戦ですね」

 所長がほぅと――上品に――溜息をつく。しかしその口調は、絶望に押し潰されたか細いものではなかった。かといって、周囲の者を鼓舞するような力強いものでもなかった。

 横に立つモガミだけは理解できた。それは覚悟を決めた者だけが発することのできる、混じりけの無い決意の言葉であるのだと。

 「……」

 モガミの貌に暗い影が射す。隣の所長すら気付かぬ程の、まさに刹那の陰りではあったが。

 ナナムゥがもはや苦笑めいた表情しか浮かべなくなったのも、所長の決意に触発されたからであろうか。少女は気持ちを一新させる為か長く大きく伸びをすると、片手で頬杖を突きつつ改めてガッハシュートに問うた。

 「で、モガミに丸投げしたお主はどうするんじゃ? ここで所長を護るのか?」

 「俺か?」

 ナナムゥとは対照的に、ガッハシュートはこれまでに無い程に真摯な表情で応えた。

 「俺はコルテラーナを押さえ込むことに専念する」

 ガッハシュートが己の動向を事も無げにさらしたのは、無論己の企てが全てコルテラーナに共有されているが故である。

 「“黒い棺の丘”(クラムギル=ソイユ)の直上にコルテラーナが陣取っている以上、キャリバーを妨害するのは容易いからな」


        *


 『兵は拙速を尊ぶ』という言葉がある。

 ガッハシュートとコルテラーナが互いの動向を共有し、それ故に奇襲は有り得ないとは云え、忍者であるモガミが今宵もまだ行動を起こさず浮遊城塞オーファスに留まっているのには理由が有った。

 商都ナーガスに向かわせたミィアーは先刻オーファスに戻って来たばかりである。シノバイドの頭領である彼の命じた通りに、商都に集結させたシノバイドの一団に加え、かねてより“館”にて精製し集積していた高性能爆薬を伴っての帰還である。

 今、モガミと所長は唯二人きりで、浮遊城塞オーファス内の元居住区の一角に居た。平たい円形の三型機兵を始めとするコルテラーナの“眼”を徹底的に排除した区画であることは言うまでもない。

 「……」

 両者にとっての腹心であるミィアーを除き、誰にも知らせてはいない密談である。護衛のクロウですら、室内ではなく外部の扉の脇に控えていた。そして密談の場を設けた当人であるにも関わらず、モガミはいざ所長を前にしてしばしの沈黙を保った。

 「……」

 やがて決意を固めたのか、モガミは伏せていた顔を上げた。

 「この度の作戦には、無論我が全力を尽くします。その為に、『囮』として御身を危険にさらすことをお赦しください」

 不敬であると、自分の方から所長の瞳を直視することをモガミは憚ってきた。しかし今、モガミは真っ直ぐに所長の黒い瞳を見据えていた。彼を突き動かしているものは忠義であり誠意であり、そして――無粋を承知で敢えて言葉にするならば――紛れもなく愛であった。

 「ですが正直なところ、深部に陣取る“彼等”の手のモノをキャリバーが突破できるかどうかは厳しいと言わざるをえません」

 「……」

 「所長、いえ、妙子(みょうこ)様――」

 室内に灯る明かりは決して粗末なものではない。であるにも関わらず、モガミの貌に射す影は途方もなく暗く、濃いものであった。

 「もしも我等の作戦が全て潰えたその時は、コルテラーナに降ってください」

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