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鬼轟(10)

 「それで、『第一段階』ということは、その先の見通しとしてはどのような感じになるのですか?」

 ナナムゥのぼやきに対する小さな笑いの渦が収まったところで、改めて真剣な表情となった所長がその先をルフェリオンに促す。しかし『見通し』に関する説明を引き継いだのは、意外にもガルアルスのぶっきらぼうな言葉であった。

 「後は俺がこの世界を封じている“障壁”を破壊するだけだ」

 「はーん、なるほどのぉ」

 ナナムゥが相槌を打ちながらも、私と所長に対してチラリと視線を投げかける。如何にも思わせぶりな態度のその理由は次の彼女の質問ですぐに判った。

 「それでどうなるんじゃ? 別の世界から墜ちて来た者達は元の世界に戻れるのか?」


 “いいえ”


 ガルアルスが何か口を開く前に、即座にルフェリオンが答えを返す。その口調は事実だけを述べた、如何にも淡々としたものであった。

 だが、容赦のない口調で絶望を叩き付けてくるであろうガルアルスに代わり、私達を気遣って端的に諭してくれているのだということは、続く説明の内容からも明らかであった。


 “私達に可能なのは、この世界を孤立させている障壁を無効化することだけです。現世(うつしよ)に固定したこの惑星上(せかい)を自由に移動することは可能となりますが、囚われの住人を元の時空に戻す事は不可能です。残念ながら”


 (だろうな……、一カ所から墜ちてきたならまだしも……)

 そこまで都合の良い話など有り得ないことは無論始めから覚悟はしていた。私ですらそうだったのだから所長にしろバロウルにしろ、また同様に覚悟はしていただろうとも確信していた。

 それでも実際に元いた世界には帰れないと断言されたことで流石に一瞬シンと静まりかえったナナムゥの部屋で、次におずおずと話を切り出したのはそれまで黙って話を聞くに留まっていたバロウルであった。

 「この浮遊城塞(オーファス)は元々は次元航行船だ。障壁が消失するならば、動力炉を修復して再び飛び発てるようにすれば、元の世界の探索も――」

 「気を使わずとも結構です、バロウル」

 所長の言葉に迷いは感じられなかった。

 「この世界に墜ちて早や10年。今更元の世界に戻れるなどとは思っていません。それに……」

 ふと、所長の目線が遙か彼方へと泳ぐ。再び私達へと向けられた毅然とした意志と言葉を前に、あのガルアルスですら無言を貫いたままであったとは云え、所長の顔をチラと見上げた。

 「私は供の者の眠る墓所を護っていかねばなりませんから」

 「ヴ……」

 桜の花咲く妖精皇国の所長の“館”。彼の方にとっては既にそこが第二の故郷なのだと、終生の地とする覚悟はできているのだと云うことを私は知った。バロウルも明言を避けていることは明らかであったが、もし浮遊城塞が異次元を渡る船として再び稼動することが可能だったとしても、例え次元だけでなく時間すらも超越することが可能だったとしても、私達が元居た世界にそれぞれ辿り着く事ができるなどそれこそ夢物語であることは改めて考えるまでもなかった。当てどないにも程がある旅路となるであろう事も。

 元の世界には戻れない。それが覆しようのない事実であることは判っている。ましてや人としての肉体すら無くしたこの身である。そもそも元の世界に戻る資格すら有していないに等しかった。

 (それでも――)

 唯一つのことを私は願う。

 もし、もしも許されるのならば、所長の墓所の片隅に妹の墓だけでも建てることを。

 許されるのならば、せめてそれだけは。

 だが場違いな私の渇望は、すぐにナナムゥの不躾な質問によって醒まされることとなった。

 「要は、後二日後にはこの世界の外に出て行けるという訳じゃな?」

 「馬鹿か、貴様は」

 所長からの問い掛けに対するそれとは違い、ガルアルスがナナムゥに向ける態度には容赦がなかった。考えようによってはファーラと同じ扱いをしているという解釈もできるのではあるが。

 「前準備に二日だ。俺が障壁を破壊するのはそれとはまた別の話だ」

 あまりにもガルアルスが当然のことの様に言い放ったが故に私はついつい聞き流してしまったが、所長はそうではなかった。核心とも云える箇所について彼女がすぐに尋ねたのは、単なる好奇心以上に真摯にガルアルスとの対話に臨んでいたからであろう。

 「障壁を破壊するからには、やはり“黒い棺の丘”(クラムギル=ソイユ)の中心に乗り込むのですか?」

 (あっ……!)

 所長の問い掛けは、私にとっても決して無縁のものではなかった。六型機兵(わたし)自身が“闇”に包まれた丘の中心部に突貫する為の機兵(ゴレム)であり、更に付け加えるならば私はその特化型である六型の試作機であった。誇っていいものかは分からないが唯一無二であることは間違いない。今更大してガルアルスの役には立てないであろうが、それでも“黒い棺の丘”(クラムギル=ソイユ)の先導役くらいは果たせるかもしれなかった。

 そう胸中で秘かに身の処し方を思い描いていた私であったが、その決意は空振りに終わった。


 “手順としてはそれが妥当ではありますが――”


 一旦は説明を引き継いだルフェリオンの発言に更に被せる形で、再びガルアルスが面倒そうに、そして事も無げに言い放つ。

 「そこまで出向くのは面倒だからな。直上に飛んで破壊する」

 まるで風船でも割るかのような無造作な物言いに、黙って耳を傾けるに留めていたバロウルまでもが流石に何かを言いかける。要はこの世界を包んでいる“障壁”を、この浮遊城塞から一番近い直上に飛んで破壊するというだけの単純な話ではあるが、『雑!?』という感想しかわたしには思い浮かばない。

 そもそも素手による殴打で障壁を割ろうとしているのは、明言されなかったとは云え容易に想像できる光景であった。ぞんざい過ぎて嫌なイメージではあるが。


 ――“彼等”による“障壁”がそんな簡単に破壊できるようなものなのか……?


 私だけでなく誰もが戸惑いを隠せない微妙な雰囲気の中で、新たな疑念を投げ掛けられるよりも早くルフェリオンが続け様に所長に告げた。


 “ご安心を。ガル様は万全の状態であれば星をも砕けます”


 「星…ですか……」

 困惑を隠しきれない所長の呟き。それは部屋にいる私達全員にとっても共通の思いであった。その一方当事者であるガルアルスは今度こそ退出を決めた様子で歩を進め出し、私達はその小さな紅い背中を黙って見送ることしかできなかった。

 半ば呆気にとられる私達の中で唯一その例外であろうファーラは、しかし少年の後を追いはしなかった。嘆息しているようでもあり、達観しているようでもある何とも捉えどころのない表情を浮かべるのみであった。

 そして私もまたルフェリオンが続いて口にした更なる補足に対する驚愕によって、ガルアルスに追い縋るどころではなくなってしまっていた。


 “貴女様には『星』というよりは『惑星』と申し上げた方が理解しやすいでしょうか”


 「惑星を…砕く……?」

 所長がここまで言葉に詰まるのを見るのは初めてであった。仮にあったとしても、扇子で顔を隠していただろうとは思う。それ程までに所長も呆気にとられたということではあるが、それも一瞬のことであった。所長はそれが幻であったかのようにすぐにいつもの穏やかな表情を取り戻すと、ルフェリオンに対してというよりはむしろ己自身を含めた皆に諭すような口調で話を締めにかかった。

 「惑星(ほし)を砕くにしても圧倒的な質量差を覆せるとは思いません。ですが、私達を勇気付ける為の厚意として受け取っておきます」

 我々の不安を払拭させんが為の勇ましく、そして優しい嘘――直接的に欺瞞だとの表現を避けたにせよ、所長の言いたいことはそうであったのだろう。ルフェリオンも独白めいた返答を最後に、再び中空でゆっくり回転するだけとなった。


 “……あの御方はやがて恒星すらも断ち斬ることが可能でしょう”


 ナナムゥの部屋の中で浮遊し回転を続ける水晶球の“顔色”を窺うことなど、元より無理な話であった。ガルアルスもとうに立ち去った部屋の中に、再びどこか気まずい雰囲気が立ち込める。詮無きこととは云え、あまりにも順調であるが故に――あくまでガルアルスとルフェリオンによる申告ではあるのだが――逆に蚊帳の外に置かれた感じとでも言うべきか。だがナナムゥの大きな明るい声が、それぞれに考え込む私達をハッと我に返した。

 「要は無理してあの“丘”に向かわずとも良くなったということじゃろ!」

 長椅子から立ち上がり、勢いよく周囲をグルリと見渡したナナムゥは、最後に戸口に立つ私の頭部を見上げた。

 「お主も、あんな得体の知れぬ真っ暗闇に死ぬ思いで潜り込む必要も無くなったという訳じゃな」

 ナナムゥが悪童めいた満面の笑みを浮かべる。その横でファーラが無責任に頷いているのが見える。

 「わしは、それが一番嬉しい」

 「ヴ……」

 私は彼女の厚意に対し謝意の証である青い光を単眼に灯そうとした。だがそれよりも早く、そのナナムゥの体がいきなりその場に崩れ落ちた。まるで糸の切れた操り人形の如く、少女の小柄な体が部屋の床に倒れ伏す。

 「ヴ!?」

 「ナナムゥ!?」

 慌てて彼女の傍らに駆け寄った私達がその小さな体を揺り動かすよりも早く、フゴーフゴーという不躾な鼾の音が部屋の中に響き始めた。


        *


 (お人好しなだけの馬鹿であることは知っていたつもりだが……)

 表面上は努めて平静を装いながらも、ザーザートは向かいの席に付いたコバル公国の特使に対し内心で激しく毒づいた。

 (昔の誼で見逃してやったのに、わざわざ死ぬ為に戻って来るとは……!)

 老宰相デイガンより遣わされた公国特使オズナ・ケーン――彼こそはそのデイガンの孫であり、そしてザーザートとその姉ティティルゥにとっても共に少年期を過ごした言わば義兄弟のようなものであった。

 あの忌々しい“客将”アルスと共に彼の許に現れたオズナを、そのアルスを誅殺した後にそのまま公都に帰したのも、ザーザートに僅かに残っていた感傷の成せる業であった。ザーザートとメブカがこの世界の全ての命を刈り取る為の行軍を開始した以上、それまでの残り少ない生をせめて祖父の下で過ごせるようにと、そういう秘かな計らいであったのだ。

 それはザーザートのみならず、姉であるティティルゥの願いでもあった。それ程までにオズナは善良で、そして無害な男であり、何よりもザーザート達にとっては一時的とはいえ穏やかに過ごした日々の、言わば象徴でもあったのだから。

 だが、最後の情けをかけた筈のオズナが今こうして自分の許に再び戻って来た。そればかりか特使として携えて来た宰相からのその報こそが、クォーバル大公の崩御という凶報であった。

 大公の死――それ自体に今更ザーザートが思うところは何も無い。かつて復讐に頓挫し落された“奈落”の奥底で“死霊”の集合体である“亡者”メブカと邂逅し、その“力”によって地の底から脱出したザーザートは、姉の身体と心を穢したクゥーバル大公に再度の――そして今度こその――復讐を試みた。

 年老い猜疑心の固まりと化していたクォーバル大公は、その頃には既に地下の後宮に籠り他者を寄せ付けようとはしなかった。だが天然の要害とも言える地下の後宮であったとは云え、“亡者”メブカの前には何の妨げともならなかった。

 地を穿ち後宮の奥底に押し入ったザーザートは、荒淫の為に抵抗どころか満足に動くこともままならぬ醜態を晒す大公を呆気ないまでに降し、その“旗”を――よもや“旗”を更にもう一本隠し持っているなどとは予想もしていなかったが――二本とも奪い取ると自らが“旗手”となった。

 “旗”と失った大公は、この期に及んで命乞いを始める醜怪な肉塊以外の何者でもなく、ザーザートは本懐を果たした高揚の前に只々やるせなさに絶望した。

 故に、故にザーザートは憎き仇である大公の命を奪いはしなかった。まだ、この時には。

 大公を脅しその『名代』として肩書を得て、“貴族”達の集会の片隅に身を置いた。国政に強い影響力を持つデイガン宰相に追従し、その一方で彼の追い落としを画策した。“洞”を連合としてまとめる為の“仮想敵”として置かれた『救世評議会』の長である『“知恵者”ザラド』に扮したのも、元は公国に戦禍を巻き起こす私兵を必要としたからであった。

 数年越しのその“仕込み”を終え、ザーザートにとっては後ろ盾としては完全に用済みとなった大公であったが、それでも尚彼は安易に命を奪わなかった。

 復讐が虚しくなったのではない。

 二本の“旗”を持つ“旗手”として極まった方術により、敢えて命を奪うことなく大公の身を呪ったのである。意識と痛みを伴ったまま、生きながらにしてその巨体をティティルゥの遺児達(ティティルラファン)の苗床として据え置いた、それがザーザートによる復讐の涯であった。

 尤も大公がすぐに正気を喪った為に、ザーザートが当初目論んだような永劫に続く生き地獄を味合わせると云う訳にはいかなかったが。

 ともあれ、遂にクォーバル大公への復讐を遂げたザーザートではあったが、それはむしろ始まりにしか過ぎなかった。“亡者”メブカが魂魄(たましい)を有するあらゆるものの命を同化することを望むことを止めず、また“奈落”での交わした約定によりザーザートはそれに従う義務もあった。

 何よりも解き放たれた強大な“死霊”の集合体であるメブカを止める術はザーザートにも無かった。或いは“旗手”としての“力”と方術を存分に振るえばメブカを再び“奈落”の底に封じる事も可能であったのかもしれない。しかし既にザーザートもまた、姉の遺した狂気に蝕まれつつあったのである。

 “復讐”は終わりはしなかった。

 引き続き名代としてザーザートは “紅星計画”(アルシュート・ベルマ)を強行し、この閉じた世界に新たな犠牲者を無作為に引きずり込むことで――それは“旗手”としての己の方術がどれ程の“力”を発揮しうるのかの検証も兼ねていた――更なる混乱を引き起こすことを目論んだ。“客将”アルスを筆頭として、それなりに“力”ある者も堕ちてはきたが、この世界に破壊と混乱をもたらすにはあまりにも胡乱なやり方ではあった。そう判断したところで、ザーザートはようやく最後の手段に出た。

 すなわち、“亡者”による直接的な死の行軍である。

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