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稀謳(14)

 とは云え、これまでも私如きの嫌な予感など当たった試しはない。むしろ調子が良く楽観気味な時に予期せず横っ面を張り飛ばされるパターンばかりである。それ故に、今回だけは『嫌な予感』が空振りして警戒が徒労に終わるパターンだと願いたい。

 その様な――ある意味無駄に――緊張感溢れる行進であったが、流石にのびのびという訳にはいかなかったにせよ3mはあるこの巨体が何とかつっかえずに進めた事は僥倖だと思う。最悪の場合、上半身と下半身を分離してでも這って進む覚悟をしていただけに、それがほぼ皆無であったことはありがたい話である。

 そしてそれとは別に、行ける所までは同道するが、例え首尾良く“奈落”の領域からは脱出できたとしても最終的に私はこのコバル公国地下の何処かに残らねばならないという覚悟は既に出来ていた。バロウルを救出する為に公都に潜入するにあたり、この石の巨体は悪目立ち過ぎるどころか邪魔にしかならない。ナナムゥのみを公都に行かせた後に私が陽動として離れた場所で騒動を起こすという手もないではないが、おそらく碌な結果にならないであろうことは今の時点で朧気ながらに予測出来ていた。そんなことをするくらいならば、バロウルの言う通り移動図書館の救援を大人しく待った方が幾分かはマシであるだろう。

 何れにせよ、今は何者かが穿ったこの人造の洞窟を進むより他に道は無い。文字通り。


 私達の地底行軍は、推定となるが地上で言うところの一昼夜は続いた。距離としてどれだけ進んだのかとなると、正直推測しようもない。

 私達にとって想定外であったのは、何者かが穿ったこの脱出孔がひたすら上へ上へと進むような造りではなく、意外とすぐに天然の地下空洞に到達した事である。その時は二人揃ってしばし唖然としてしまったが、空洞内の別の場所に例の数式の群れが同じように刻まれており、そこを始点とする別の人造の洞窟を程無く発見することができた。

 その新たな洞窟を進む私達はしばし後にまた新たな別の地下空洞に到達し、その行程を幾度も繰り返す事になった。折り返して進む道筋となることも無論あったが為に、これでは正確な距離など把握できる筈もない。

 変化に乏しい一本道をひたすらに進むという単調な行程とどちらがマシであるかと聞かれると、遠回りとしか思えない今の道程の方が精神的な圧迫は少ないと答えはするが。

 それは兎も角この頃には流石の私も、目印でもあるその数式が、脱出孔を穿つ際の方向や角度、或いはそれに加えて距離をも計算しているのではないのかと云うある程度の見当は付いていた。その証拠という訳でもあるまいが、天然の地下空洞においては機兵(わたし)の身体をバラして引き上げるような難所も確かに数える程には存在してはいたが、それも私が普通の人間を超えた巨体であるが故の障害であり、穿たれた洞窟を進む限りは踏破不可能な場所というものはまったく存在しなかった。

 元々このコバル公国は険しい山々を鉱石を求めて掘り抜いた寄り集まり――“洞”と呼ばれていたと記憶している――であるという成り立ちを私も聞いたことがあった。“奈落”そのものに直通する道は流石に無いにしても、公国地下の大空洞の殆どは要所として既に把握済ではないのかとも思う。

 もし私のその憶測があながち的外れでもないのならば、この洞窟を穿った先達も大空洞の位置を拠点として、確かな裏付けを基に距離と方角を算出して道を拓いているのではないかという希望にも繋がる。

 良い傾向である。このまま無事に地上に脱出できる確率が跳ね上がる。


 だが、自分にとって都合の良い予感は常に裏切られるという事実を、私は改めて思い知らされることとなった。


 「――何じゃ?」

 それまで通路の径すらも変化らしいものが見受けられなかった洞窟に――それ故に私はこれが人造のものだと断じた訳だが――突如として予期せぬ“障壁”が私達の前にその存在を露わとした。

 それも道が細まった末の袋小路といった感じではなく、まるで隔壁が存在して行く手を阻む、それ程までの唐突さであった。

 まして私達の前に立ち塞がる“壁”は、例えば落盤の類だとも到底思えなかった。鏡面には程遠いとは云え、それでも研磨したと言われれば納得するしかないツルリとした一枚岩として聳え立っていたからである。

 「ありえんじゃろ……」

 最初にその表面をコンコンと叩き、おもむろに耳を付けてみたナナムゥが、しばらくして眉根を寄せながら私の方を仰ぎ見る。

 「……水が流れる音がする」

 「ヴ?」

 私に検証する術は無いが、“壁”越しに聴こえるということはそれなりの急流なのであろう。ナナムゥの言い方からしてこの壁一枚を隔てた向こう側が既に水中だなどということも無いであろうが、それはそれとして重大な岐路に立たされたという事には違いない。

 これまでは穿たれた洞窟に沿ってただ進むだけで良かった。少なくともこれまで三叉路にすら差し掛かったことはなく、要所要所で中継地点とでも言うべき大空洞に到達することはあっても、そこから次に進むべき洞窟を選別するにあたり迷うようなことも無かった。必ず入り口周辺の地面に例の数式が刻まれた洞窟が一つだけ存在していたおかげである。

 すなわち私達は今、初めて進路の選択を迫られたということになる。目の前の“壁”を何とかして排除するか、或いは数時間程前となるが直近の大空洞まで戻り、別の新たな――そして今度こそ未知の――脱出経路を探すかどうかの。

 「ヴ……!」

 眉根を寄せつつ壁の前からナナムゥが身を引いたのを見計らい、入れ替わりに今度は私が“壁”の前に立ってみた。まずはそれなりの力を込めて両腕でその表面を押してはみたものの、洞窟のどこかがピクリとでも動くような都合の良い話にはならなかった。

 詰みであるという言葉が私の脳裏を一瞬よぎる。

 「……」

 一旦は腕を引いた私の脳裏に、次はあまり嬉しくはないかつての記憶が蘇る。初めて浮遊城塞の地下廃棄場で目覚めた時も、壁を殴る似たような状況を経験した。その時に壁が破壊可能であるか、腕部への影響が如何程であるのかを目覚めて間もない私に教授してくれた脳裏の声なき声も、今は依然として沈黙を保ったままである。

 このまま壁が砕けるまで殴り続けるのも確かに一つの手ではあるに違いない。来た道を戻って空洞内に有るかどうかも分からぬ別の道を探すよりも可能性としては多少はマシであるのだろうとも思う。

 だが、“ほんの僅かにマシ”という程度でしかないことも私は認めざるを得なかった。確実性に欠ける事に変わりはないからである。

 せめて魔晶弾倉が使えればと、私は胸中で歯噛みする。幾ら両腕の魔晶弾倉の機構自体は健在だとしても、そこに装填する肝心の魔晶そのものがこの場には存在しなかった。

 私自身には無論のこと、ナナムゥにも始めから破壊力のある魔晶は持たされてはいない。おそらくはコルテラーナの意向であろうが、ナナムゥが預かっている魔晶は煙幕や信号弾などといった補助的な物しかないことくらいは私も見知っていた。

 可能性があるとすれば、後はバロウルが所持している魔晶であろう。だがそれを“早馬”が墜落して“奈落”に通じる大穴の前に引き摺り出されるまでの間にバロウルからナナムゥに託す暇があったとは思えない。そもそも墜落して“旗”を奪われた時点で、彼女達の目ぼしい手荷物も同じく没収されたと考えるのが普通であろう。

 その意味では、そもそもナナムゥが身に着けていたブレスレットが奪われなかったことがまず運が良かったと言える。見た目はペラペラの飾り気の無い濃紺の腕輪は、金銭的価値の無い単なるリストバンドの類と見逃されたのかもしれない。或いは“旗”を巡って内輪揉めが始まったということなので、牽制し合いそこまで奪い取る余裕が無かったのかもしれない。

 そのブレスレットが元は所長から直々に贈られた物だということも、私はかつてナナムゥから聞き及んでいた。その驚くべき機能も含めて。

 端的に言ってしまえば、収納袋の――私から見て――すごい版である。あくまで所長の説明をナナムゥを経由して聞いただけに過ぎないが、手で収まる程度の物体を“圧縮収納”し、必要に応じて“解凍展開”するという、話だけ聞くと私には到底信じられない未知の技術の産物である。

 更に話を突き詰めると、使用者が任意で収納する物をその場その場で設定できる訳ではなく事前に対象物を登録しておく必要があるし、生物の類はそもそもが対応外であるらしい。“質量保存の法則”などと言われてもそもそもがピンとこない文系の私にとっては『そうはならないだろう』としか形容しようがない代物であることには変わりはないが。

 そこまでの説明を元に改めて記憶を辿ってみると、これまでも度々所長が何処から出したのかも知れぬ扇子を手にしていた憶えもあるが、その理由が同じく収納ブレスレットによるものだったのだろう。唯一つ言えることは、所長が譲ってくれたその収納ブレスレットに事前登録されていた発光キューブや着火器具がナナムゥの“奈落”での拠点造りにおいて大いに助けとなり、ひいては私の再起動を画策するまでの余裕を彼女にもたらしてくれたということになる。

 話がズレた。今は目の前の“壁”である。

 「キャリバー、お主はどう見る」

 機兵(わたし)の膂力でも“壁”が微動だにしないことを見定めてから、ナナムゥが改めて私に訊いた。

 「一つ前の空洞に戻って別の道を探すのも手ではあるが――」

 まったく同じ葛藤をしていただけに被せ気味に単眼を赤く光らせ否定の意を示した私に対し、ナナムゥもまた我が意を得たりとばかりにフフンと気取った笑みで応えてみせた。

 「行き止まりなら兎も角、この向こうに水の流れる新しい空間が広がっているのは間違いないしの」

 「ヴ!」

 身長差が無ければ、私達主従が互いの手と手を打ち合わせるような場面である。多少は陰鬱であった雰囲気に俄かに活気づく。

 とは云うものの、劇的な手段が無いという現状に変わりはない。私はこの両腕が使い物にならなくなるまで“壁”を殴り続けるという一番単純かつ最も確実性はあるであろう手段に対するメリットとデメリットを秤に掛けて躊躇してしまっていた。

 結局のところ、せめて魔晶さえあれば“壁”を砕ける可能性が段違いであるという最初の苦悩に戻ってしまうことになる。急遽“早馬”で浮遊城塞を飛び発った関係上、普段なら標準装備として両腕に装填されている信号弾ですら今は無いのである。

 また先に述べたように事前の登録設定が必要であるという仕様上、ナナムゥの持つ収納ブレスレットの中に都合良く魔晶が隠されていたなどという都合の良い“偶然”も有り得ない。

 腕部を殴り潰す危険を冒すよりは、いっそ粒体装甲の“結界”を張って“壁”に体ごとタックルし続ける方がマシだろうかと覚悟を決めたまさにその瞬間に、まるで見計らっていたかのようにナナムゥが訳知り顔で口を開いた。


 「――『こんなこともあろうかと』、じゃ」


 その唐突な口調が所長を真似たものであることはすぐに分かった。分かりはしたが、その言葉が何を意味するのかまではすぐには分からなかった。

 勿体ぶった言い方をするからには何か私の知らぬ手段があるのだということに思い至るまで、恥ずかしながら僅かの時間を有した。

 単に私の早合点でやはりブレスレットに魔晶が収納されているのか、或いは六旗手として電楽器(エレキ)で何かアッと驚く手段でもあるのか。

 だが私の予想の何れにも反し、ドヤ顔のナナムゥが指差したのは私自身の、しかも頭頂の一角であった。

 (……ん!?)

 改めて思い返してみれば、確かにこの機体(からだ)に魔晶弾倉と粒体装甲を付与された時に、何かナナムゥと所長がコソコソ耳打ちし合っていたような憶えはある。少し高級な頭部に換装したらどうかという所長の申し出に、私が薄ぼんやりとした想いではあったが当時の――そして今も変わりなく接続している――頭部に愛着を覚えていた為に辞退したことがあった。その時に、縁起物としてせめて装飾の追加だけでもと、頭頂に粒体装甲起動時にそそり立つ一本の角を新たに取り付けることまでは断り切れなかった。

 ナナムゥが指差したそれこそが、単なる飾りだとしか認識していなかったその角であったのだ。

 おそらくは、あの時のヒソヒソ話の時点でその運用方法まで聞かされていたのだろう。ナナムゥが“糸”を飛ばし私の角を器用に根本から折った一連の動きは実にスムーズであった。

 (これは……!?)

 ナナムゥが私の手に握らせた“角”は、改めて見てみると筒状の容器としての役目を兼ねていた。そしてパカリと縦に割れたその筒の中に隠されていた二つの棒状の欠片こそ、紛れもなく魔晶の類であることを私は理解していた。

 「コルテラーナには内緒じゃぞ?」

 早速、両腕の弾倉に魔晶を装填する私に対し、ナナムゥが悪童めいたニンマリとした微笑みを浮かべる。

 所長がどのような非合法な手段を用いて魔晶を隠し持つに至ったのかは想像もつかない。友好的な関係を築いているとは云え、あくまで“協力者”でしかないコルテラーナを出し抜く行為があらゆる意味で危険であることは改めて言うまでもない。

 これまでの私であったなら、コルテラーナに対する背信行為に多少なりとも憤慨していたと思うが、今はその様な気は微塵も起きなかった。彼女を喪って以来、己の薄情さは自分でも信じられない程であるが、今はそれを恥じている場合でもない。

 脳裏の声なき声による解説が聞けない以上、この魔晶に込められた“力”の正確な特性は不明である。目の前の障害を撃ち砕く“力”じゃという、ナナムゥが所長より伝え聞いたその言葉を信じるより他にはない。

 今こそお主の力をみせる時じゃと囃し立てるナナムゥをかなり後方に下がらせた後、私は右腕の魔晶弾倉を発動させた。行く手を阻む障害が眼前のこの“壁”だけとは限らない事も充分理解しているが、出し惜しみできる状況ではないのも揺るぎなき事実である。

 まずは右腕で一撃、そしてそれで“壁”を砕けなければ返す刀で速攻左腕で殴りつけるだけである。変に策を練るよりも、単純な方が良いだろう。願わくば。

 例え言葉遊びでしかないのだとしても、『人を殺める“力”』ではなくあくまで『障害を撃ち砕く“力”』であるというところに、私は所長の何よりの気遣いを感じた。本来の使命としてこの世界の中心を覆う暗黒空間を進む私がもしも破れぬ“壁”に行き詰ってしまった時に、新たな“道”を切り開く為の最後の希望として所長は託してくれていたのではないのかと。

 万策尽きて心折れそうになった時の為に――『こんな事もあろうかと』……。

 それが今、所長の想定より一足早く、“奈落”を脱出する私達にとって最良の助けとなってくれている。

 まるで全てがあつらえたような劇的な局面であるが、私はそれを己が豪運だなどとは思わない。もしこの世に本当に“神”と“神の加護”などが有り得るとするならば、私ではなく所長とナナムゥが積み重ねてきた功徳がそうさせたに違いない。

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