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奇郷(7)

 ならば配下の者を使って極秘裏に“旗”を奪い、誇示せずに秘匿する方法はどうか。

 “旗”を手にし“旗手”を名乗るだけでそう成れるのならば、裏切りの怖れの無い忠実な配下というものが果たしてだれだけ望めるのだろうか。

 或いは“旗”を預けた配下の忠心を、命じた時に“旗”の返還が素直に成される事を盲信出来るだけの主君がどれだけいるというのだろうか。

 『……』

 まるでゲームのようだと、私は歯噛みした。実際“彼等”とやらにとってはゲームなのだろう。忌まわしいことに。

 現在の六旗手に関しては、名前だけとは云え声なき声からすぐに応えが帰ってきた。

 これまでの経験上、肝心な情報に限って秘匿されていると思っていたので、正直意外でもあった。

 この閉じた世界に住む者にとっては必須の情報なのであろう。或いは“旗手”は他の“旗手”の“旗”の保有数を察知できるというので、秘匿する意味自体が薄いのかもしれない。


 曰く、移動図書館司書長ガザル・シークエ

 曰く、クォーバル大公

 曰く、“知恵者”ザラド

 曰く、青のカカト

 曰く、ナイ=トゥ=ナイ

 

 そして、残る一名は存在はすれど不明


 固有名詞(なまえ)と肩書きとの切り分けにいささか自信が無いが、おそらくはそう大きな間違いはないだろう。

 詳細不明が一名いるというのが如何にもそれっぽく、私は失笑せざるを得なかった。

 漫画的お約束ならば私が既に見知った意外な人物――例えばコルテラーナ――がその正体だったりもするが、今はあまりそういう子供じみた空想に浸る気にはなれなかった。

 私の詮無き思いを知ってか知らずか、コルテラーナの独白にも似た説明は続く。


 「お互いが牽制し合い、今は旗手同士が直接対峙することはなくなった。ある者は潜み、ある者は力を蓄える、今はそんな小康状態を保っている状況よ」

 『ならば、無駄に争う必要もない。このままその状態を保てば――』

 私の問い掛けに、コルテラーナは静かに頭を振った。

 「以前に私は、この世界に墜ちた者の殆どは死んでしまうと言ったでしょう。でも、生き延びた人々は村を造り、国と呼べるものを幾つか興すところまで来れた。今、確かにこの世界に住む人々は増え始めているわ。でもそれは…」

 コルテラーナがしばし言い淀み、そして私は彼女が次に言わんとしていることの大体の察しが付いた。


 「それは壺の中の魚が増えるのと同じなのよ……」


 壺から溢れるまでに増えた魚の末路は自明である。

 この密封世界(ガザル=イギス)がどの程度のものまで遮断しているのか私は知らない。

 人は隔離されていると云う。ならば動植物は? 水は? 大気は?

 何れにせよ、人は増える。増え続ける。定住できる地であるならば、それは歴史が証明している。

 定住できなくなれば、新天地を求め旅立つだけである。人はそういう生き物なのだ。

 『しかし――』

 しかしと、私は尚も食い下がった。コルテラーナに相手に異議を唱えたところで何の解決にも成りはしないことは分かっていた。

 それでも私は許せなかった。許してはならないとわたしは思った。

 この世界の現状を。自分に事態を解決出来る力が、何も無いことを知りながら。

 『様々な世界の人が落ちてきて、そしてその殆どが死んでしまうというのなら、生き延びた人々がそうそう子孫を残せる筈がない。そこまで加速度的に増える筈がない』

 コルテラーナにしろバロウルにしろ、確かに外見は私と同じ人間として非常に近いものがあった。

 しかし瞳の造りが明らかに異なるナナムゥを始めとして、彼女達もどこか人とは異なる雰囲気を醸し出していたのも事実である。回廊の途中で見かけた亜人のように、明らかに“人間”の範疇から外見が逸脱している者も多々いるに違いない。

 その異種族間で果たして子供ができるのか、できたとしてもラバの様に一代限りの雑種の可能性もあるのではないのか。

 しかし私の訴えにコルテラーナは今日幾度目かの頭を振ることで応えた。

 「変えられるのよ、躰が。“彼等”の手によって、この世界に墜ちてくる時に」

 「ヴ!?」

 「躰の造りを変えられたからこそ、私達はこの密封世界(ガザル=イギス)で息をし、水を飲み、食物を食むことができる。そして――」

 私は察した、その言葉の先を。

 聴きたくは無かった、その忌まわしき言葉の先を。

 この耳を塞ぐ腕さえあれば、すぐにでもそうしていた。

 「私達は互いに子を成すこともできる。人も獣も、全て等しく」

 容赦のないコルテラーナの宣言の前に、私はしばし言葉を失った。

 (ここは…この世界は……!)

 蠱毒というものを私は聞いたことがあった。壺の中に毒虫や蛇の類を詰め相食わせる呪詛の類である。

 この世界もそれと何ら変わりはしない。一つ異なることがあるとすれば、壺の中身が補充され、永遠に共食いが終わらないことであろう。

 『コルテラーナ…』

 心の声が震えていることが自分でも分かった。モニター上でどう表示されているのかまでは分からない。

 『貴女は私がこの世界で命を拾ったと言った。しかし、やはり私は死んでいるのではないのですか。ここは、こここそは地獄ではないのですか』

 かつてバロウルは私の思考の昂ぶりがそのまま画面の表示速度に影響すると言っていた。だから私は怒りで取り乱さない分別だけはかろうじて維持していた。

 何よりも、コルテラーナに怒りの矛先を向けたところで、八つ当たり以外の何物でもないことも十二分に理解しているつもりだった。

 それでも、私は責め句を口に出さずには入られなかった。それでも、どうしても…。

 「ここが地獄だと認めれば、貴方の心は少しは晴れるのかしら……?」

 「――!」

 コルテラーナの淡々とした声が、何よりも私の心を強かに撲つ。

 彼女もまた何がしかの辛い過去を経ていると、気付いているつもりだった。

 それなのに私は、私という男は。

 「ここは確かに地獄なのでしょう」

 コルテラーナは呟きながら席を立つと、私の眼前に歩み寄った。

 彼女の掲げた両手が私の頬の部分を優しく包み、そして私の単眼にズイと貌を近づける。

 「でも貴方は、この呪われた世界を解く為の鍵となる」

 「ヴ?」

 突然のことに訝しみ固まる私からコルテラーナはスイとその身を離すと、窓辺へと貌を向けた。

 いつの間にそこに控えていたのか、三型の一体が窓の鎧戸を器用に開け放つ。

 空に浮かぶ居城の一室である。風はしかし――我が身に直接感じることは出来ないが――流れ込んでは来なかった。

 夕暮れ間近の遠い空と、遥かに連なる山々。

 そして周囲を取り巻く穏やかな海面――否、この世界には海が存在しないので湖面であろう。

 私は初めて、今居る居城が空中ではなく何処かの湖面に着水していることを知った。今日再び私が意識を取り戻すまでの間に、天空から地に降り立っていたに違いない。

 窓の向こうに広がる、地獄とは程遠い牧歌的な風景。

 しかしその光景の中に、明らかな異物があった。

 黒いカーテン。或いは漆黒の雲海。

 どう表現するのが妥当であろうか私には咄嗟には思い付かないが、表面の揺らぐ黒い障壁のような塊りが、ドーム状の物体となって周囲を威圧し君臨していた。

 位置的には今居る居城からかなりの遠方、そしてそれだけに巨大な物体であることだけはかろうじて分かった。

 それこそ、東京ドーム何個分レベルの規模であるのだろう。

 『――アレは、まさか!?』

 不意に、私は一つの仮説に思い至った。

 あの夜、妹を喪ったあの夜の、決して見通すことの出来なかった足下の闇。

 落下した妹を飲み込んだのであろう悍ましい夜の闇。


 「――“黒い棺の丘”」


 黒いドームを指し示し、コルテラーナがその名を告げた。

 “黒い棺の丘”――固有名詞として名を上げるならば『クラムギル・ソイユ』。

 声なき声による補項が私の脳裏の中で開示されていく。


 “――この密封世界(ガザル=イギス)の中心点。その内部に挑み、生きて還りし者は無し”


 声なき声は最後にこうも補足する。“彼等”が内より出し場所、と。

 改めてコルテラーナに聞くまでも無かった。

 あの闇の塊の内部には、この世界の核心と、そして何よりも私にとって最も大事なものがある。

まるで私の心を読んだかのように、コルテラーナが頷き返す。

 「これまでも幾度かあの中に遠隔操作で機兵を送り込んでみた。でも、いつも途中で反応が無くなり、そしてそのまま帰ってこなかったわ」

 語るコルテラーナの口調が、明らかに熱を帯びるのが分かる。

 「でも貴方なら――自我(こころ)を持つ貴方なら、あの“黒い棺の丘”の探索をきっと果たすことができると、私は思うの」

 「ヴ……」

 私は窓の向こうの暗黒の塊を凝視した。

 先の会見でバロウルがナナムゥに言いかけた私の『大事な使命』とやらが、まさにこの事だったのだろう。

 だが私はコルテラーナの期待の眼差しに頷き返すことはできなかった。

 客観的に評価するならば、今の私は『強い』と思う。

 巨躯であり痛覚も無く、強い膂力と固い装甲を兼ね備えた“試製六型”。

 この異世界で他の比較対象を知らぬとは云え、これで弱い訳がない。

 少なくとも、機体(からだ)に関しては。

 しかし肝心の、“私”という中身が駄目だった。この前の巨人――妹との戦いと喪失で私はそれを痛感した。

 やはり私では駄目なのだと。


 “――可哀想に、お前は両親(わたしたち)の悪いところばかり似てしまった”


 亡き母の憐憫という名の呪いの言葉。それは今でも私の背中にどうしようもなく重く圧し掛かり、決して振りほどくことが叶わない。

 それを『呪い』と私は呼ぶが、しかし決して呪いなどではない。

 私が無力で哀れな仔であるということを、母の言葉が紛れもなく真実であるということを、私自身が痛い程に自覚しているからである。

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