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棄耀(19)

 ファーラが荒唐無稽な提案をあまりにもサラリと言ってのけたので、私はついついそれを右から左に聞き流す形となってしまった。

 それはわたしだけではなかったんだろう。一瞬遅れてその言葉の意味するところを把握した皆が一斉にギョッとしてファーラの貌を二度見する。だがその時には『姫』は、既にバロウルへとその質問の矛先を変えていた。

 「バロウル、ここに来る途中にも訊いたけど、この城塞がちょっとだけでも浮きさえすれば、後は自力で飛んでいけるのよね?」

 「……出来るのか、そんなことが?」

 バロウルは不審さを隠さぬ面持ちでそう尋ねながらも、身を引き摺るように壁際に移動した。壁面に押し当てられた右手の甲と前腕に、白い光が網目状となってほのかな輝きを放つ。コルテラーナが壁面を外部へと繋がる射出口として開放したように、浮遊城塞に対する操作端末がそこここに有るのだろうと私は推測していた。

 実際、バロウルが次の言葉を発するまでには幾ばくかの間があった。それが端末から城塞に関する何らかの情報を収集していた時間に充てられていたが故であることは、次の彼女の発言からも明らかであった。

 「あの時、私が――」

 “遺児達”(ラファン)に完全に寄生されかけた忌まわしい体験を思い出したのか、バロウルの声が僅かに震える。

 「外に逃れる際に強引に主操縦室の機能を凍結させたので保全により飛べなくなってはいるが、一旦浮上さえすればそのまま移動できる状態を保持はしている」

 バロウルはそこまで説明すると、今度はファーラだけではなくこの場に居る皆に向けてその先を続けた。

 「半ば寄生されていた恥を忍んで言うと、城塞に更にこれ以上何かを仕込んでしまった可能性も捨てきれない。動くとは云え再び落下する危険性を考えると、高くは飛ばない方がいいだろう」

 「――要は動くのじゃな」

 ナナムゥが腕を組み、独り勿体ぶって頷いて見せる。既に腹をくくっているのか、口調とは裏腹にその貌はむしろ今にも笑みがこぼれそうなくらい清々しいものであった。

 「ならば決まりじゃな」

 その瞬間のことである。

 浮遊城塞間際の上空で、大きな爆発音が響き渡る。射出口を通してでも分かる、青空の四方に広がる火球と黒煙。その一部は無害な只の火花と化しながらも浮遊城塞の甲板(じめん)にまで達した。

 「いよいよ猶予も無いようじゃ」

 誰もが言葉を失う中、いち早く我を取り戻したのもまたナナムゥであった。如何にも場慣れしているといわんばかりのその挙動こそが、今は亡きカカトの知識を彼女が取り込んだというその証なのであろうか。

 「皆、今からわしの言う事を良くきいてくれ」

 パンと手を打ち合わせて音を出し、半ば呆けていた私達の意識を引き戻して後、ナナムゥは改めて声を潜めそう宣言した。おそらくはまだ身近に潜んでいるかもしれない“亡者”メブカを警戒したのであろう。

 碧色の瞳に強い決意を湛えながら。


        *


 「ん、んー?」


 撃ち込んだ炸裂弾が山なりの射線の途中で爆発四散する光景を目の当たりにしても、カアコームは狼狽し大声を上げるようなことはなかった。

 なかったが、その代わりにその場で小首を傾げながらクルクルと小躍りを始める。もう既に中年の域に差し掛かった身でありながら、である。

 「おい、カアコーム」

 流石に見咎めたのかマルゴ卿の方が慌てて背後から彼に声を掛ける。

 しかしカアコームはそれにすら動じることもなく、次の瞬間唐突に大きな声を張り上げた。

 「二番台、発射(てい)っ!」

 彼の号令に合わせて、三基据えられた内で唯一未発射であった中央の投石機の脇に控えていた兵が、太いレバーを降ろしてその留め具を外す。

 ギュイと、金属バネの力によって投石機の受け籠の中の塊が勢い良く撃ち出される。それは三番台と呼ばれる投石機に装填されていた炸裂弾ではなく、一番台と同じ単なる石の塊であった。それでも人の上半身くらいの体積のある立派な岩ではあるが。

 大きく曲線を描いて浮遊城塞間近まで飛翔した石塊は、しかし城塞中央に着弾することなく縁の手前の位置で再び爆発四散した。

 「ふんむむむ……」

 カアコームはその光景を前に流石に踊る事を止めていた。望遠鏡を覗くまでもなく、浮遊城塞側が何らかの手段によって投石を迎撃していることは明らかであった。

 「すっごいすなぁぁ」

 少年のように瞳を輝かせるカアコーム。再度の迎撃を予期しなかった訳ではない。だからこそ無駄撃ちすると補填に手間暇がかかる炸裂弾ではなく、観測用として単なる巨石を撃ち込んだのである。

 どちらかと言えばむしろマルゴ卿の方が苛立ち気味にカアコームの背中に食って掛かる次第であった。

 「まったく駄目ではないか! 今こそアレを出すべきではないのか!」

 卿が大げさな手振りで布を被せて偽装してある彼等の背後の物体を指し示す。

 「お前秘蔵の『カアコーム砲』とやらを!」

 自分自身の名を冠する趣味は兎も角として、カアコーム砲を一言で言い表すならば単に移動式の巨大な砲身である。

 『列車砲』――如何なる世界の出自かは知らねども、その名の持つ響きは幼き頃のカアコームを激しく魅了した。彼にとっては天啓に等しかったと言っても過言ではない。『カアコーム砲』は『列車砲』に文字通り心奪われたカアコームが長い年月をかけ腐心して造り上げた驚異の化学兵器ではあった。

 尤も、『カアコーム砲』の真価が砲身ではなく専用の砲弾の方にあることは製作者であるカアコームしか知らぬ。カアコーム砲自体は移動と取り回しの良さに重点を置いた、分解と組み立てが容易でかつ軽量化を指針とした木製であることも伏せられていた。

 「さすがにここで『秘密兵器』を出すのは無理無理無理筋ってもんでしょう」

 これまで通りにおどけた物言いをするカアコームであったが、その目が全くといっていいほどに笑ってはいないことに、苛立ちを押さえきれないマルゴ卿が気付けたかどうか。

 実のところ、投石機による試射の結果をカアコーム砲の射線調整に連動させる計算式は既に完成していた。今回、距離と風向きの修正込みで投石機の初弾が命中したということは、“実戦”においてもカアコームの計算式が正しく働くということを証明していた。

 更に付け加えるならば、二発目の炸裂弾と三発目の石塊を迎撃されたということは、裏を返せばそのままだと着弾は確実であり尚且つそれが深刻な被害を及ぼすと城塞側が判断したということでもあった。

 「マルゴ卿、“秘密兵器”はやはり商都ナーガス攻略の時に初披露する方が良き良きでしょう」

 縦にひょろ長いカアコームの貌が、ズッとマルゴ卿の眼前に差し出される。

 「平野部での試射という目的は果たせましたので、我々も攻城戦に乗り遅れぬようナーガスに向かいましょう、早よ早よ」

 妙なテンションのカアコームに気圧されてマルゴ卿も僅かに後ずさりながらも頷いて返してしまう。それを見届けるや否や、カアコームは甲高い声で周囲の兵に向けて驚く程大音声で呼ばわった。

 「はーい、撤収! 撤収でーす!!」

 両腕をぶんぶん振りながら投石機の周りを巡るカアコームが、最後にチラリと彼方の浮遊城塞に肩越しに目線を向ける。

 何か大掛かりな秘密の防壁で防がれたなどであれば兎も角、彼の投石機による攻撃を二発とも的確に迎撃されたとなれば、それが尋常ならざる相手であることはカアコーム自身が一番良く理解していた。

 長い距離を隔てているとは云え、それ程の手練れであるならば射出地点(このばしょ)もとうに目星がついているだろう。あくまで秘密裏の試射ということで護衛の兵も少ない今、その狙撃手がこちらに向かって来たならば恐らくひとたまりもないであろう事も。

 日常生活も危うい奇人の類ではありながら、カアコームは決して思慮そのものに欠けている訳ではない。何者かが逆に乗り込んでくる可能性をマルゴ卿に示唆したところで、理解してもらえるどころか逆張りで迎え撃つなどと――最悪の選択として――言い出しかねないことを彼は承知していた。

 故にカアコームは普段より一層おちゃらけてみせながらも、周囲の兵が完全に撤収の準備に入ったことを見届けると、誰にも聴こえぬように心の中で舌を出しながら一人呟いてみせた。


 「はあーぁ、剣呑剣呑……」


        *


 「……流石に四発目は撃ってはこないか」


 同刻、浮遊城塞オーファスの甲板(じめん)の縁に立ちながら、ガッハシュートもまた一人呟いていた。

 両腕を組んで投石機の射出地点を見つめる視線に沿うかのように、カカトの形見であるマフラーが一筋の青い線となって風になびく。

 足下の湖畔で騒いでいたコバル公国の兵の姿は流石に既に無い。頭目と思しき二人の内の腕自慢の方を強かに打ちのめし戦意を喪失させたところであの最初の着弾である。それまでは何とか踏み止まっていた兵も、それを契機に少なくともこの近辺からは残らず撤退していた。

 その肩とあばらを砕いて叩き伏せた頭目こそが、ザーザートの配した三貴族の内の一人イッシュ=ガッドであることなど無論ガッハシュートの知るところではない。彼にとって確かな事とはそのイッシュ=ガッドが――無益な殺生は好まぬが故に手加減こそしたが――これから傷が癒えるまでの数ヶ月の間は伏せたまま動けないであろうということだけであった。

 流石にカアコームによる投石機の初弾にこそ不覚をとったが、次弾の炸裂弾と更にその次の石塊を魔晶弾倉による射撃で撃墜することはガッハシュートにとっては容易であった。射線が判明している今、もしまた新たに撃ち込まれたとしても――例え一度に複数発であろうが――結果は同じことになるだろう。

 炸裂弾を破壊した際の轟音を皮切りに散り去ったコバル公国の軍勢であったが、それまでの間に魔晶弾倉によって姿を隠したガッハシュートに叩き伏せられた負傷兵はかなりの数が打ち捨てられたままであった。あまりの混乱ぶりとその因果応報ぶりに半ば同情の念を交え眉を顰めはしたものの、ガッハシュートが見せた情けはそこまでであった。

 積極的に致命傷を与えはしなかったとは云え、このままこの場に放置しておけば命を落とす者も間違いなく出るだろう。実際のところ、当たり所が悪かったのか既にピクリとも動かない者も散見された。

 だが、瀕死であるからといって城塞内に招き入れる程に甘いものでもない。

 戦を仕掛けるということは、そういうことであった。

 「……」

 ガッハシュートは最後に彼方に一瞥を投げかけると、その場でクルリと踵を返した。

 直接の目視はできぬとは云え、既にガッハシュートもその投石機の据えられた射出地点に目星は付いていた。距離を隔てているとは云え、地を這うように翔ける改四型機兵(ゴレム)に載って進めばすぐの場所ではある。防衛の観点から見ても潰せる内に潰しておかねばならぬ相手ではあった。

 だが――

 突如としてガッハシュートが地を蹴り跳ぶ。浮遊城塞の縁から、中央の塔に間近い開けた場所に。その中央の塔内部の講堂にはポルタ兄弟を始めとして、城塞の住人達が一時の避難場所として揃って不安気に身を潜めている筈であった。カカト亡き今その代役であると言わんばかりに巨大な槍を携えた改四型機兵が二機、塔の入り口に護り手として鎮座していた。

 「……」

 カカトの事を想い、フと寂しげにガッハシュートが笑う。本来であれば彼自身が護衛として城塞の住人を護りに行かねばらぬ。それでも彼がこの開けた場所で待ち構えているのはある種の予感、或いは共感覚めいたものがあった為なのかもしれない。

 「来たな……」

 ガッハシュートの呟きに合わせて、彼の眼前の甲板(じめん)にみるみる黒い染みが広がる。まるで源泉でも掘り当てたが如く、その染みが加速度的に広く、そして黒くなる。その淀んだ表面が一度激しく揺らぐと、ガッハシュートの見守る前でその中心から何かがゆっくりと身を起こした。

 人の大きさ程の――否、明らかに人の姿を模したモノが。

 「……」

 その出現の様を見つめるガッハシュートの貌はこれまでの何よりも険しい。緊急時の脱出用の“早馬”が安置してあったコルテラーナの隠し部屋、その隅に置物のように鎮座していた平たい三型機兵からの記録通信によって、彼は目の前に人の形として顕現しつつあるソレが何者であるのかを知っていた。

 『亡者』――この閉じた世界に蓄積された“無念”。

 目の前の『亡者』が地の底より床を抜けて出現可能であることも無論知っていた。住人達を護るという目的であるならば素通りされかねないこのような開けた場所に陣取らず、むしろ住人達の側に控えているべきである。いざ戦闘を開始した時に彼等を巻き込まないようにという配慮を差し引いたとしても。

 だがガッハシュートはそうはしなかった。『亡者』メブカ――今まさに自分の眼前に顕現した、己と同じ貌を持つ『亡者の王』が必ず自分の前に姿を現すであろうことを確信していたかのように。


 「初めまして、と言った方がいいか?」


 虚ろな瞳のまま僅かに揺れ動くメブカを前に、ガッハシュートはどこか自嘲気味に言葉を紡いだ。同じ顔を持つだけに、それは奇妙に独り言めいて見えた。


 「六旗手メブカよ」


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