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棄耀(18)

 先程の呪文詠唱の主と思しき聴き慣れぬ声に、ナナムゥは改めて声の出処であるファーラの顔にその視線を移した。正確には彼女の額を飾る宝冠の、その中央に鎮座した青い宝珠へと。

 「……」

 ナナムゥがすぐには口を開かずにただ僅かに唇を尖らせたのは、最初に何から問い詰めるべきか迷いがあったからであろうか。ともあれ、様々な外因により猶予の無い現状を思い出したか、ナナムゥはシンプルにただ一言だけを問うた。

 「……アレは何じゃ?」

 “『亡者』――怨霊の類です”

 ファーラの広い(デコ)に飾られた宝珠がチカチカと瞬きながらナナムゥの問いに答えを返す。その明滅が発言に必須なのではなく、会話を交わす相手に発声のタイミングを明示する役割でしかないことを私が聞いたのはかなり後のことである。


 “尤も一口に『亡者』と申しましても、実体の有無や意識の集合体としての自我の拠り所を始めとして様々な形態・現象として類別されます。私の見立てた波光の照射が有効だったことからも、あのメブカなる『亡者』はその中でも最も厄介な『怨念の集合体』とみて間違いないでしょう”


 今までファーラの宝冠に鎮座していたソレとは思えぬ程に、宝珠は当たり前のように流暢に――そして長々と――語り出した。メブカの正体が何かと云う、ナナムゥの求めた答えを余すところなく。

 「つまりはどういうことじゃ?」

 ナナムゥがそれでも渋面のままだったのは、メブカの正体が“怨念の集合体”であるとしても、それがガッハシュートと同一の外見だったこととは別問題だったからであろう。


 “この密封世界は死を迎えた肉体から解放された魂魄すらも余さずこの地に縛り付けています。無念の想いが強ければ貴方方が呼ぶところの白い『幽霊』となるようですが、そこまで常世に未練がなくとも輪廻の輪に戻ることなくこの地に縛り付けられているのです。自我も無く、貴方方が動力素(リンカーソウル)と呼ぶ粒子と化してではありますが”


 「……」

 この時点でナナムゥが若干引き気味であるのもむべなるかなというところであろう。


 “そして何処の地でも強い怨念が常世に留まることはままありますが、この密封世界において『幽霊』になることすら拒絶した魂魄は、怨讐や憤怒の重さを抱え全てが地下に溜まっていると推察されます”


 「排水溜まりのようなものですか?」

 “如何にも”

 そこで始めて口を挟んだ所長に対し、宝珠が一際眩い光でそれに応える。


 “現時点で主人格たる『メブカ』の出自までは分かりませんが、地の底深くに淀み溜まった怨念そのものがこの密封世界における『亡者』の正体であり、私の知る先例に沿うならばこの地表と接する如何なる場所にも『亡者』は顕現可能であり、そして地底の怨念溜まりそのものを浄化せぬ限り不滅と呼んでも過言ではありません。事実――”


 不意に宝珠が再び一条の閃光を発射する。それはナナムゥの足元を撃ち貫くと、そこに苦悶の声が生じた。

 “今もまだ『亡者』メブカはこの小部屋周囲に潜み機会を窺っています”

 長い宝珠の解説の前に私達はただただ言葉を失くし、シンとした静寂がこの小部屋一帯を支配する。地表に接する限りどこにでも現れ更には不滅――そのような存在に如何に抗せよというのかと。そしてようやく私は合点がいった。何故こうまでしてこの浮遊城塞を地に落とそうとしたその理由を。

 思うところは皆同じであったのだろう。だがこの重苦しい雰囲気も、小部屋にヨタヨタと新たな人影が姿を現したことで終わりを告げた。

 「バロウル、貴女まで!?」

 所長が思わず驚きの声を上げたように私も又一瞬、バロウルが独断でナナムゥやファーラの後を追って来たのだと早合点した。だがナナムゥがまったく慌てた様子を見せないところをみるに、元々この三人が揃ってこちらに向かっていたのであり、その中からナナムゥだけが一人先行して飛び込んで来たのだと確信する。

 実際、ようやく口を開いたナナムゥであったが、バロウルに視線を向けることも無くただただ陰鬱な表情でこれだけを訊いた。

 「要は、わしの力では決定打を与えられぬということか?」

 “そういうことになります。再生を続けるメブカを前にやがて磨り潰される結末となるでしょう”

 「そうか……」

 遠慮のない宝珠の断言に、ナナムゥは己の顎に親指と人差し指を添えると尤もらしく独り頷いてみせた。

 「そうかそうか……」

 絶望的な解析ではあるがこういう時のナナムゥが――私などとは異なり――ウダウダと悩むところを見たことが無い。現にこの時もナナムゥは潔く顏を上げると、改めてファーラの額の宝珠へとグイと顔を寄せ尋ねた。


 「――で、結局お主は何者じゃ?」


        *


 ルフェリオン――宝珠自らが名乗った名称としてはそうであった。

 当たり前のように流暢に喋り出したルフェリオンにあっけにとられる私とナナムゥであったが、所長はかなり早い段階でそれを承知していたとのことであった。それを聞いたナナムゥが少し憮然とした表情を浮かべてみせたのは、自分が蚊帳の外に置かれていたということよりも、面倒を見ているつもりであったファーラにもそれを秘密にされていたことにあるようであった。

 だがそのナナムゥの仏頂面も、所長による新たな問い掛けを前にたちまちドヤ顔へと変わる。

 「ナナムゥはどうやってここに?」

 「これよ」

 ナナムゥが所長の鼻先で何かを摘まんで見せる仕草をする。改めてその指先を注視してみれば、ようやくそれがほぼ透明な非常に細い“柔糸”であることに気付く。

 「どうにも嫌な予感が止まらなかったのでな、キャリバーに“糸”(これ)をこっそり結んでおいたんじゃ」

 自慢気に胸を張りながら説明を始めたナナムゥであったが、その貌がすぐにスッと真顔に戻る。

 「そうしたら“糸”に変な瘴気のようなものが伝わってきてな。要はあの『亡者』のものだった訳じゃが、それで慌てて駆け付けてみたら隠し通路が口を開けておるし、挙句にその奥にお主達とあの『亡者』がおったという次第じゃ」

 冷静に考えると独断専行も甚だしいが、それで私と所長が命拾いしたのも事実である。

 そしてナナムゥは悔しさに声を震わせながら最後にこう付け加えた。

 「わしがもう少し早く駆け付けていれば、むざむざコルテラーナを殺させはしなかったものを……」

 「ヴ……!」

 ナナムゥの悔恨の言葉で、ようやく私はコルテラーナを喪ったことを思い出した。先刻あれ程までに苦悩したにも関わらず、である。

 状況のあまりの目まぐるしさ故か、或いはメブカの脅威を前に心が委縮してしまっていたか、それとも機兵(ゴレム)として転生してから後の感情の希薄さがそうさせたのか。

 如何に言い訳を重ねようとも、それは恥知らずにも程があるだろう。我ながら執着と呼んでも差し支えないまでにコルテラーナに心酔しておきながら、一時とは云え忘却するこの体たらくである。

 「ナナムゥ」

 今は所長に付き添われているバロウルが、ようやくオズオズと声を上げた。その挙動や震える口振りからも、彼女が迷い迷い発言していることは明らかであった。

 「コルテラーナのことを考えるのは後回しでいい。今はそれよりもこれからどうするかを決めるべきだ」

 確かにバロウルの言う通りであると私も思った。いまだに近辺で“亡者”メブカが機会を窺っているのであれば、当初のコルテラーナの指図通りせめて所長だけでも逃すべきであった。

 「……」

 床に直に座り込んだままのバロウルに対しもの言いたげな視線を投げかけるナナムゥではあったが、それ以上バロウルを問い詰めるようなことはしなかった。或いは私と同じようにコルテラーナを喪った事実に改めて思い至り、困惑していたのかもしれない。

 (そういえば……)

 場を満たす一時の静寂の中、城塞の下方から散発的に上がっていた例の集団による喧騒がいつの間にやら止んでいる事にようやく私は気付いた。今はその経緯を知る術も無いが、先行した老先生が何とかしてくれたのだと願うしかない。


 「じゃあ取り合えず、その地中の怨念って奴をやっつけちゃえばいいじゃない」


 不意にファーラが上げた突拍子もない発言に、この場にいる者全員がギョッと彼女に注目する。だが、最もその発言に狼狽したのは、他ならぬ彼女の額の宝珠(ルフェリオン)であった。

 “簡単におっしゃいますな”

 「えー?」

 そういう呑気な状況ではないことは分かっていたが、それでもファーラとルフェリオンのユーモラスなやり取りは張り詰めていた私の緊張を幾分かは和らげてくれていた。誰も咎めないことからも、おそらくはこの場に居る他の皆もそうであったのだと思う。

 その中で最も――唯一か――不満げな顔をしていたのは発言したファーラ本人であった。

 「またドンってアルフェリオンになって、バァッてやっつけちゃえばいいんじゃないの?」

 “ガル様ならばまだしも、今の『私』が出た所でそのような雑な解決は無理です”

 「そっかー」

 落胆に太い黒眉がハの字に変わったと見えたのも束の間、ファーラの口元がニィィと歪む。その悪童めいたはしたない微笑みは、ナナムゥが悪巧みをする時のソレとまったく同一であった。

「じゃあ、やっぱり『出る』ことはできるのね?」

 私達にとって不可解なこのファーラの問い掛けに対し、彼女の額の宝珠(ルフェリオン)は沈黙を守った。或いは何か適切な説得の言葉を選んでいたのかもしれない。何れにせよ、その先を私達が聞くことは叶わなかった。

 不意に、予想だにしなかった轟音が私達の小部屋を揺るがす。それが大砲か何かの音に似ていると私の脳裏を掠めた時には、既にナナムゥは外の景色へと通じる“早馬”の射出口のある壁へと走り寄っていた。

 「何じゃ!?」

 ナナムゥの困惑の叫びが響く中、彼女だけでなくこの場に居る者全て空いた壁面の向こう側に上がる土煙を視認できていた。

 この浮遊城塞を襲う新たな一撃として。


        *


 「着弾確認ですか。初弾で結果を出すとは流石は私!」


 横に三列並んだ投石機の後ろで両腕を大きく広げながら、ひょろ長い針金のような男が大声で得意げに宣う。

 歳の頃は既に中年と呼んでも差し支えないだろう。それが子供のようにはしゃいでいる様は、無邪気を通り越し何か見てはいけない居た堪れない雰囲気を醸し出していた。

 「カアコームよ」

 はしゃぐことを止めない砲術技師を呼ぶマルゴ卿があからさまに顔を顰めてみせたのも無理なからぬことであった。

 「試し撃ちはその一発で充分なのか?」

 「んー」

 手にした小型の黒板に何やら白墨(チョーク)でガリガリ書き込みながらも、カアコームは小躍りを止めようともしない。

 コバル公国の産んだ、一言でいうならば奇才である。単なる奇人に留まらないのは、彼が生まれつき類まれなる工学の才に恵まれていることにあった。

 今、彼の前に並んでいる三基の投石機(カタパルト)も、過去に墜ちて来た誰がしかにより素案は伝えられていたとは云え、その肝ともいえる金属バネは彼が独力で設計し試作した物を基としていた。魔獣の腱や蔦を用いた従来の機構に比べ、“カアコーム式”は飛距離においても威力においてもそれらを軽く凌駕していた。

 とは云え、山腹に空いた“洞”を生活基盤としているコバル公国で投石機が兵科として日の目を見ることも無く、加えて当のカアコーム本人が『天にぶつける』ことを最終目的として公言している以上、それは単なる色物として奇異の目でしか見られることはなかった。

 それが商都ナーガスの高く厚い防壁を破る為の秘密兵器として、大公の名代であるザーザートに召し出されたという、そういう事情があった。

 今こうして擱座した浮遊城塞オーファスに投石機で大石を撃ち込む運びとなったのも、商都攻略に先立つ“試し撃ち”として、ザーザートに予め指示されていたからである。

 「動かぬ標的にこれ以上試射したところでねぇ、つまりませんもんねぇ」

 カアコームはようやく小躍りを止めると、ポケットに手を突っ込み小型の望遠鏡を取り出した。左脇に黒板を挟んだまま忙しなく、カーコームはその筒にあるダイヤルをカチカチ回しながら“目標”である浮遊城塞を観測する。

 無論その座礁した位置には同郷の三貴族の手勢がまだ残ってはいるのだが、カアコームにとっては端から知ったことではない。

 「ヨシ!」

 再び望遠鏡をポケットにしまったカアコームは己の生まれ育った“洞”の主であり、その縁でお目付け役をザーザートより打診されたマルゴ卿に事も無げに言ってのけた。


 「じゃあ次は炸裂弾撃ち込んでみましょうか」


        *


 所長だけは逃れてくれ――それがナナムゥの下した決断であった。

 コルテラーナもカカトも既に亡く、まだ若輩のナナムゥにそれだけの決断を課したことは恥ずべきことだろう。だからこそ所長もすぐには首を縦に振らなかった。

 「馬鹿を言わないで」

 育ちの高貴さ故かあからさまに取り乱すようなことはなかったが、それでも所長はナナムゥの両肩を掴むと強い口調でそう言った。

 「私を庇って誰かが死ぬところはもう見たくないの!」

 その勢いに気圧されて大きな瞳孔を更に大きく見開いたナナムゥであったが、やがてフッと大人びた微笑を浮かべるとファーラの方に顔を向けた。

 「ルフェリオンとやら、“亡者”メブカは今もまだワシを狙っておるのじゃな?」

 “はい。怨霊の類として『亡者』もまた一つのことに執着する性質があります。貴女をザーザートなる者の許に連行するという『約定』があるという話ならば、それが破棄されない限りどこまでも貴女を付け狙うことでしょう。この地表のどこに逃れようとも”

 「だ、そうじゃ」

 所長に対し半ばおどけてみせるナナムゥではあったが、その貌はすぐに真顔となり今度は懇願するようにその先を続けた。

 「正直なところ、あの『メブカ』に抗する術をわしは知らん。浮遊城塞が地に墜ちた以上、巻き込まれんようわしの側から離れた方がいい」

 「だーかーらー」

 ニュッと両者の間にファーラが文字通り顔を突っ込む。

 「ルフェリオンが出てくれば、何とかなるなる、そういうものよ」

 “……”

 表情が無いどころか完全にただ丸い宝珠の身ではあるものの、私にはルフェリオンの流す冷や汗が視えた気がした。

 “確かに『出る』ことは可能です。そこまで復調したからこそ、貴女様に我が内への退避をお願いしたのですから”

 「ね」

 何が『ね』なのかは分からねど、ファーラはバチンというわざとらしい目配せ(ウインク)を私達にしてみせた。

 「だからルフェリオン、貴方にはこの城塞を持ち上げて欲しいのよ」

書きたいシーンの一つであった心折れる場面を過ぎて創造意欲的に糸が切れかかったのと

大きな声では言えませんが漠然と自分には無縁であろうと思っていた例の疾患騒ぎが身近でありまして



正直エタるかとも思いました

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