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詭謀(18)

 「同朋、だと……?」

 電楽器(エレキ)を油断なく構えながら、尚も不審げにカカトは問い返した。まるで『澄まし顔』が張り付いているかのような、相対する六旗手の貌を見やる。

 “同朋”という言葉を素直に解釈するならば――初体面である以上――同族か同郷ということになる。無論カカトに思い当たる節は無い。

 だが少なくとも“六旗手”の昏い瞳はカカトやナナムゥのような白目の少ない独特の形状ではなく、通常の人間のソレとは変わらぬものであった。

 “旗”の“力”の圧を感じる以上、目の前の男が“六旗手”であることだけは間違いはない。であるならば先程指折り数え確認したように、その正体は消去法によりクォーバル大公か“知恵者”ザラドの何れかとなる、筈であった。

 だが、クォーバル大公が天を衝く程の大男であるという喧伝はカカトの耳にも入っており、そうなると該当するのは残る片方と云うことになる。大男という喧伝自体が持って回った偽情報でも無い限りは。

 「お前が救世評議会のザラドか」

 カカトの詰問は、ある意味では正解ではあった。仮初めとは言え“ザラド”こそザーザートの過去の名前であったのだから。だがわざわざカカトに正解を説明する必要は無く、むしろ多少なりとも混乱させた方が心の惑いを生じさせるには好都合でさえあった。故にザーザートは思わせぶりにゆっくりと頭を振ると、改めて本当の名乗りを上げた。

 「私はクォーバル大公の代理人、ザーザート」

 「――!?」

 名乗りと共に先端が自分へと向けられたザーザートの長杖こそが“旗”であることを、カカトは直感として理解していた。

 それを知ってか知らずか、次いでザーザートの口から挑発的な言葉が発せられた。

 「そして、お前を殺しに来た――我が同朋“青の”カカトよ」

 「俺を殺す?」

 それを聞いて思わずカカトがハッと鼻で笑ったのは、ザーザートの口調があまりに芝居じみたものであったということもあるが、それ以上にその目的があまりに俗であった為である。

 「わざわざその為にここまで来たのか?」

 大公の代理人を自称するザーザートのことを、カカトもその名前だけは聞き及んでいた。とは云え、今ようやく思い出した程度のあくまでそういう――毒にも薬にもならぬ――立ち位置の人物がいるという情報に過ぎない。

 大公直属の“三客将”などの意味ありげな噂話に紛れ、“紅星計画”(アルシュート・ベルマ)とその責任者としてのザーザートは外部の者に対しては恐ろしいまでに隠匿されていたのである。ザーザート自らの手によって。ましてその“協力者”として情報操作の為に秘かに公都で暗躍する“客将”メブカの存在とまでなると、カカトが耳にする由も無い。

 ともあれ、何故そのような閑職にいる人物が“旗”を持っているのかとなるとカカトには想像もつかない。クォーバル大公所有であるにせよ、物狂いと化して久しいと噂される大公が、よもや貴重どころの話ではない“旗”を他人に貸与するなどということも考え辛い。

 「ふっ……」

 すぐに、吹っ切れたようにカカトは自嘲気味に笑った。今は皆目見当もつかぬ事柄にこれ以上意識を割いても仕方ない。故にザーザートを問い質すこともしない。

 目の前に間違いなく六旗手の一人がいる。カカトにとって厳然たる事実は唯その一点のみであった。

 「俺を殺したところで、浮遊城塞は手に入らないぞ。あれを動かしているのは俺では――」

 「浮遊城塞の事など知ったことではない」

 長杖の柄の先端で幾度も小刻みに地面を突きながらザーザートがカカトの言を遮る。公国の貴族達にはあれほど天を往く浮遊城塞の脅威を説きながら、ザーザートはその時とはまったく正反対の言を口にした。

 尤も、そのような公国の内情などカカトにとってはそれこそ『知ったことではない』話である。彼はただ、慇懃無礼だったザーザートの口調に素らしきものが混じってきたことに胸中ほくそ笑んでいた。知ってか知らずかの差異こそあれ、ザーザートの気に乱れが生じていた方が何かと都合が良い。

 「私の目的は唯一つ、“青の”カカト、お前を殺すことだけだ」

 ザーザートの宣告を前に、カカトの方は依然として涼しい顔を崩しはしない。

 「そこまで言うのなら、せめて理由を聞きたいものだな」

 相変わらず長杖の先端を地面に這わす事を止めないザーザートを更に挑発するかの如く、カカトは電楽器を爪弾いた。鳴り響く金属音に対し、僅かにほんの一瞬眉を顰めたのは誰あろうカカト自身であった。

 「確かに公都の召喚陣を破壊したのは俺だが、莫大な懸賞金でもかけられたか?」

 カカトの軽口にも、ザーザートは表向きには無表情を保ったままであった。それまで手癖のように地面をなぞらせていた長杖がようやくその動きを止め、これが最後とばかりにもう一度だけ激しく地面を突いた。

 「――!?」

 カカトが咄嗟にその場から飛び退ったのは、戦士としての半ば本能であった。

 その一突きが起動の合図であったのだろうか、ザーザートを中心にくすんだ紫色の光が洩れ出すように地を割り広がり、次いでまるで石を投げこまれた水面のようにその紫光が四方八方に奔って消えた。

 大地にひびを入れ広がるその光景は、どこか蜘蛛の巣を思い起こさせるものでもあった。

 「理由を訊くのか」

 ザーザートは一旦言葉を斬ると、記憶を探っていたかのように少し間を開けてその先を続けた。

 「どうやら屍を前にして、初めて我々をそれを“知る”ようだ」

 ザーザートの手を離れた長杖が、何の支えも無く宙に浮かび横向きとなる。開いた両手の指で何とも知れない印を結んだザーザートが、その無表情だった貌に初めて薄い笑みを滲ませた。しかしそれはどこかぎごちなく、まるでそういう口の動く機能を仕込んだ仮面であるかのようであった。

 「我が方術陣は今発動した。これでもう、お前達は我が結界から逃れることは出来ない」

 (そういうことか)

 カカトはザーザートによる実の無い言葉の応酬が単なる時間稼ぎでしかなかったことを知った。やられたと言わんばかりに、構えた電楽器からギャインという金属音を再びかき鳴らす。

 そしてカカトは笑った。一人胸中で。

 (俺と同じということか……!)

 無論、カカトも考え無しにザーザート相手に無益な時間を費やしていた訳ではない。よほど注意せねば目視すら叶わぬ生体兵器としての彼の“柔糸”、それを周囲に秘かに張り巡らせる為にカカトもまた無駄な会話で時間を稼いでいたのである。

 それを知ってか知らずか、ザーザートは更にカカトを追い込むべく、新たな宣告を口にした。

 「六旗手ナイ=トゥ=ナイにも既に追手を差し向けてある。誰もお前を助けには現れない」

 「なるほど……」

 スゥとカカトの碧い瞳が細まる。まるで今までの軽薄な態度が全て演技であったかのように、その雰囲気が一変した。

 「どうりで嫌な予感が止まらん訳だ……」


        *


 「……」

 対峙するザーザートとカカトの様相を、真紅の少年(アルス)はすぐ近くから腕組みをし無言のまま眺めていた。距離にしては実に5mも無い程である。

 尤も、それが目視であるならば、という注釈付きではあるが。

 虚空に等しい灰褐色の空間の中で切り取られた情景だけが浮かび上がっている、そのような状態であった。要は離れた場所から覗き見をしているに等しい。

 「これは……?」

 自分の背後から間の抜けた声を発するオズナに対し、アルスはやや諦め気味の目線だけをチラリと向けた。ファーラがこの場にいたならば、ニヘニヘと変な笑いを浮かべながら冷やかしの言葉を発していたことだろう。

 ザーザートの方術が編み出した“迷宮”、その只中にアルス達は居た。とは云え、今の幼体で行使できる限定的な“力”を用いて即席で造った、言わばザーザートの結界の中の結界に退避した形である。その意味では先行してこの場を去った石の巨人や、かつて公都で見掛けた――そして撃墜せずに見逃した――妖精機士とは完全に異なる、方術陣の効能外の立ち位置ではあった。

 アルスとオズナ以外の者達はザーザートの支配する“迷宮”の中に完全に取り込まれており、これではいくら彼等が浮遊城塞オーファスの尖塔を目指して進んだとしても、方向感覚まで惑わされている以上到底そこまでは辿り着けまいとアルスは見ていた。

 アルスがオズナを己が“結界”に招き入れざるを得なかったのもそこに起因する。懲りもせず自分を追って来たオズナを再び突き放し、この“迷宮”の中を彷徨うままに任せることは容易い。しかしアルスはそうはせずにオズナを拾った上に、自分から離れぬよう忠告までした。

 情が湧いた訳ではないと、この場にはいないファーラに向けてアルスは一人胸中に呟く。商都ナーガスならばコバル公国の出張機関も有り、誰の差し金かは問わぬとしても常に何某かに見張られもしていた。酒場でオズナに接触してきた者がその一員であったように。故に直ちに保護されることが分かっていたからこそアルスはオズナをナーガスに置き去りにしようとしたのである。

 だが命を落とす危険も普通にあり得る“迷宮”の中にオズナを捨てておくことは、それとは根本的に話が異なる。デイガンから預かる形となってしまった“お目付け役”をただ徒に放置し死なせることは自分の沽券に関わるのだと、少なくともアルス自身はそう分析していた、つもりであった。己が事ではありながら他人事のように。

 「ザーザートは勝てるんでしょうか?」

 目の前の光景はあくまで遠景の投影であり向こうからこちら側は視えていないとアルスから説明を受けておきながらも、それでもオズナは心配気にアルスに尋ねた。例えどれだけ冷たい態度を取られようとも、それでもザーザートはオズナにとっては旧友であった。

 オズナがアルスにどれだけ邪険にされようとも決してめげなかったのは、その古き経験が生かされていたこともあるのだろう。

 六旗手同士の“決闘”と言っても良いこの血生臭い緊迫した光景そのものには、オズナは拒否反応を示してはいない。あれだけ気弱であるにも関わらず。その理由もコバル公国や公都をぶらついていたアルスにとっては既に察しは付いていた。

 元々コバル公国の前身は、荒くれ者達の頭領である“親方”が仕切る“洞”の寄り合いである。洞同士の諍い事が生じた際は親方同士、或いは互いに決められた人数を出し合っての決闘によってその是非を定めたのだとアルスも聞き及んでいた。

 その気風は今も変わることなく、地の底深くに“旗”を得、その“力”で巨躯となったクォーバル親方が“洞”をまとめあげたのも、その決闘による采配という下地があったからこそである。

 曲がりなりにも『コバル公国』という国体と成りかつての親方達が“貴族”を名乗ったとしても、それは高々数十年の歴史でしかない。そこまで容易に根付いた気風と云うものが変わる筈もなく、大人しいとは云えデイガンの跡を継いで曲がりなりにも“洞”を治める貴族でもあるオズナも、決闘自体は当たり前のものとして受け止めていた。

 (気風が根付く程の時間か……)

 数多の世界を流浪してきた身である。どのような気風を持とうともそれがどの様に定着しようが変貌を遂げようが、それは別にどうでもいいとアルスは思う。ザーザートとカカトのどちらが勝者となろうとも――彼の目から勝敗は既に明らかではあるのだが――それすらもどうでもいい。そもそもが自分ならば両者まとめて相手取ることも容易である以上、所詮は児戯に等しい諍いではある。変に反応されるとそれこそ面倒なので、オズナ相手にそれを口外こそせぬとは云え。

 それよりも、アルスには不意にではあるが気に掛かる事があった。個々による決闘にしろ単なるくだらぬ喧嘩にしろ、戦意を喪失した方が負けであるという明確な基準がある。その後の生殺与奪は付随でしかない。

 だが、戦となるとどうか。

 「――この閉じた世界の中で、国と国との戦争はこれまで起こったことはないのだったな?」

 「あっ、はい」

 急に突拍子も無い話を振られ、文字通り慌てふためきながら律義にオズナは応える。

 「それはまぁ、“国”自体がようやく出来始めたばかりだとお爺ちゃんも言ってましたし……」

 「デイガンが、戦を嫌がる訳だ」

 アルスの盛大な溜息に対し、オズナはただキョトンとする他なかった。

 「貴様の様にこの世界で生まれた者は戦争自体を知らん。この世界の全ての者が同様であればまだマシだったのかもしれんが、このくだらん世界には墜ちてきた者も大勢いる」

 「つまり、どういうことなんです?」

 「……」

 それは不幸にもこの閉じた世界に無理やり引きずり込まれた定命の者に対するアルスなりの憐みだったのか、少なくとも彼の言葉には侮蔑の色も小馬鹿にしたような苦笑も、何れも欠片も浮かんではいなかった。

 「戦争にも決まり事がある。前に貴様自身が言っていたように、始め方もあれば禁忌とされる行為などもある。だが、元居た世界によってそれはバラバラだ。相反することすらある」

 「え……?」

 アルスの言葉に、オズナも物の本で読んだ開戦の大義名分と、それをアルスに冷笑されたことを思い出していた。あの時のアルスは自分の事を物知らずと嘲りはしたが、その最たる理由をようやく聞けた事になる。

 「つまりは、戦争の終わらせ方すら定かではないということだ。慣習すら無いからな」

 そこまでオズナに解説した後、アルスの紅い三白眼が頭上を向いた。既にバーハラの繰る“早馬”なる飛翔体が飛び去って久しい彼方へ。

 「おそらくは、“慣習”代わりとして移動図書館とやらがあるようだがな……」

 「はぁ……」

 それだけの話で全てを察しろというのが、どだい酷な話である。オズナには視線を伏せることしか出来なかった。

 「……ついでにもう一つだけ教えてください、アルス卿」

 依然として対峙したままのザーザートとカカトの映像を見ながら、一旦は口をつぐんだオズナが再びオズオズと切り出す。如何に大局的な説明をアルスから成されようとも、結局のところオズナにとっては知己の方が大事なことであったのだ。

 「ザーザートは勝てそうですか?」

 「……」

 一瞬眉を顰めたアルスではあったが、オズナを罵倒はしなかった。そもそもが話して分かる相手出ないことくらいは、アルス自身がこれまでの旅の道中で見知っていたことではあったのだから。

 そして、アルスの中での勝敗は既に見当がついていた話でもあった。


 「――ザーザートが負ける要素は無いな」


        *


 (おかしい……!)

 浮遊城塞オーファスの尖塔を目印に進む私であったが、焦燥感に駆られながらも走り続ける他なかった。

 疲労を感じぬ石の躰でなければ、当の昔に息が上がって蹲っていたことだろう。逆に言えばそれだけの距離を駆け続けているにも関わらず、尖塔への距離が依然として縮まらぬことに流石の私でも気付かざるを得なかった。

 予兆はあった。

 背後より突如として殺到し、そして私を追い抜いて彼方まで奔り去った、地を裂く昏い紫色の光刃。それが何かの起因であったのだろうということだけは、私にも朧気ながらに察せられた。

 道に迷って同じ所をグルグルと堂々巡りしている感じではない。そもそもが見知った土地ではないというのも無論あるが、云わばダンジョンRPGで通路が延々とループしている、そのようなゲームじみた状況に思えた。

 完全に私の推察でしかないが。

老父の介護と入院のゴタゴタで更新が遅くなりました。


母は痴呆の末に死を望まれながら死を迎え、そして父も抵抗に抵抗を重ねてようやく入院の運びとなりました。

その二人の実子である自分も老衰の果てに同じような醜態を晒すであろう事は確定している訳で、暗澹たる思いです。

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