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詭謀(17)

        *


 「行ったか……」


 六型機兵(キャリバー)の騒々しい足音が遠ざかるのを確認し、カカトはようやく安堵の呟きを口にした。焦燥とまではいかずとも緊迫した表情を崩さぬまま、彼は肩口のナイトゥナイに向けて問うた。

 「で、誰が来たと思う?」

 カカトが珍妙にも思える問い掛けを発したのは、六旗手であるが故のものである。

 この閉じた世界(ガザル=イギス)にある六本の“旗”の内、まず確実に所在が知れているのはカカト(じぶん)とナイトゥナイの持つ二本である。そして現物こそ目視する機会が無かったとは云え、移動図書館の司書長であるガザル=シークエもまた旗を所有する六旗手の一人であることを“交感”によって確認できたのでこれで三本目。

 それに加えて、先日の“魔獣”スキューレの所有している物が一本。これに関しては当初の――互いに明言を避けた――示し合わせの通り、彼の師でもあるモガミが回収したことは間違いなかろうとカカトは見ていた。あの後すぐにシノバイド数名を残してモガミ達が早々に商都ナーガスに帰還したこともそれの裏付けとしては充分である。それをモガミ本人が所有するのか或いは麾下の誰がしかに託すのかまではカカトには分からないが、これで四本目。

 司書長ガザル=シークエが自分達の味方であるなどという都合の良い解釈など出来る筈も無いが、少なくとも今は敵対関係ではないのもまた事実である。その意味では六本の内の過半数にあたる四本までもが、今後の交渉次第とは言え手の届く範囲に存在している事にはなる。

 対して残る二本の“旗”は――世間の喧伝を素直に信じるならば――コバル公国のクォーバル大公と、それに反目する関係である救世評議会の“知恵者”ザラドがそれぞれ所有していることとなる。どちらも『国』を名乗る組織の長であるが故に、本来ならばこのような辺鄙な地に自ら出てくるような立場の者ではない。

 だが、額に電流の走るような独特の“閃き”の感覚が、“旗”を持つ六旗手が近辺に潜んでいることをカカト達に痛い程に認識させていた。相手方もおそらくは同じ感覚を共有しているであろう。

 その旗を手中に収める事が出来れば、流石に司書長ガザル=シークエには手こずることになるにせよ、それでも六本の旗全てを揃えるという難事に後一歩にまで迫ることは間違いない。

 だが、今この時こそが千載一遇の好機であると浮かれるようなことをカカトはしない。むしろ警戒を強めるべきだと教えたのが幼き頃の師であるモガミであり、そして拳を交えながらも様々なことを――頼みもしていないのに――伝授してきたもう一人の師とも言えるガッハシュートからの教えでもあった。

 とは云え、そう意識しながらも気持ちの昂ぶりを完全には抑えることができない自分を未熟であるともカカトは自重する。

 彼とザーザートが“旗”の所在とその所有者を指折り数えたのが奇しくも同じタイミングであろうことなど、両者が互いに知る由も無い。

 「ナイ、どうした?」

 ここに至り、ようやくカカトは己が肩に乗っている“相棒”が、そっぽを向いたまま先程から一言も言葉を発してはいないことに気が付いた。

 僅かに間を置き、合点がいったようにキャリバー達の走り去った方角に顔を向ける。

 「ここは俺一人で何とかするから、何ならお前はバロウルの護衛として一緒に戻っても――痛っ!?」

 ナイトゥナイは不機嫌な顔のままに、カカトの首に巻かれた青いマフラーを引っ張り彼の注意を再び自分へ向かせた。

 「何でそこまであの機兵(ゴレム)に肩入れする?」

 「さっきも言っただろう?」

 締まった首元を緩めながら、嘆息気味にカカトが答える。

 「“闇”の中心に乗り込む為の六型機兵(ゴレム)の中で、今動けるのはあのキャリバーだけだ。俺達が護ってやらねばならん」

 プゥッと頬を膨らませるナイトゥナイの態度からは、到底彼女が納得した様子は窺えなかった。そればかりかカカトの気を惹く為かわざとらしく、改めてプイとそっぽを向く始末であった。


 バサササという聴き慣れぬ騒音が彼らの頭上を通過したのは、まさにその瞬間であった。


 「――何だっ!?」

 反射的に驚愕の声を上げはしたものの、その時には既にカカトは頭上に向けて己が右腕を一閃させていた。暮れなずむ空を飛ぶ、皮翼を備えた渦潮のような一群へと向けて。

 間髪入れずにカカトがクィと手首を返す。頭上の群れの中からカカトの柔糸に絡め取られた一匹が、釣り上げられた魚のように勢い良く彼の手の中に飛び込んで来る。

 「――無毛鳥(シャンク)!」

 鳩ほどの大きさの皮翼と四角い歯を備えたその生き物は、閉じた世界(ガザル=イギス)では決して珍しくない良く知られた“鳥”であった。“蝙蝠”等の別の名を当て嵌める者もいたが、遥か昔より“鳥”として呼ばれていたらしくいつの間にやらそれで定着してしまっていた。

 雑食ではあるが主食が人間の口には合わない山果であることもあり、そのツルリとした見た目の気味悪さから不吉の象徴のような扱いをされることはあっても、概ねは人間の生活を脅かすものではないものと認識されていた。その意味では農作物を容赦なく荒らす鴉の方が、数が少ないとは云えよほど害鳥として問題視されていたくらいである。

 だが今カカト達の頭上を飛ぶ無毛鳥は、明らかにその理からは外れていた。そもそもが大きな群れを成すような生態ではないというのが一つ。そして何よりもう一つ――


 「遺児達(ラファン)……!」


 無毛鳥の胴体に幾重にも巻き付いた黒い布状の物体を前にカカトは眉を顰めた。彼もナイトゥナイも、所長の“館”を襲来したティティルゥの遺児達(ティティルラファン)の実物を直接見るのは初めてではあったが、それでも注意すべき“敵”として所長や老先生から教授を受けたばかりであった。

 「……」

 無毛鳥一匹をこのまま絞殺することは容易である。だがカカトは敢えてそうせずに、柔糸に捕えていた鳥を“寄生”する遺児達(ラファン)はそのままに、再び宙に無造作に放り投げた。

 カカトの白目の少ない碧い瞳が注視する中、しかし投げ捨てられた無毛鳥は彼に対して何の反応も示さずに、既に主力は飛び去り途切れ途切れとなり始めた頭上の群れへとそのまま合流した。

 彼方へ――浮遊城塞オーファスの尖塔に向かう一団として。

 「ナイ、あっちは頼めるか?」

 「嫌」

 カカトの頼みに対し、しかしナイトゥナイは即答と共に己が小さな体をカカトの頬に摺り寄せた。

 相方の拒絶の言葉にカカトが瞳に困惑の色を浮かべたのはほんの一瞬のことであった。妖精(フェアリー)の性としてナイトゥナイが自分に異様な域で執着しているという事を知っていたのと、これまでにも同様に拒絶される事は度々あったからである。二手に別れることを渋る相方を何とか説き伏せ、陽動を頼んでいる間にコバル公国地下の召喚陣を破壊したのがもう随分と昔の事のようにも思える。

 「この埋め合わせは、今度まとめてするから」

 「……」

 疑わしさ満載のジト目を向けつつも、如何にカカトに執着しているとは云え流石にナイトゥナイも事の重大さを理解していない訳ではない。彼女はカカトの頬から己が身を離すと、首から架けた小さな袋の中から何かを取り出し、それを宙に放った。

 いつの間に具現化したのかナイトゥナイの手に握られていた爪楊枝めいた細い光の槍――彼女の繰る“旗”――が指し示す中、彼女の放った豆粒程のソレは両者の目の前で人の背丈程である本来の姿を取り戻した。

 胸部に所長より賜りし“黄金の太陽花”の紋章を戴く、彼女専用の四脚の妖精機士(スプリガン)へと。

 自分の“所有物”を小型化できる、それがナイトゥナイの六旗手としての“力”であった。その“力”によって彼女は本来は人間の太腿までの身長である“妖精族(フェアリー)”としての己自身の躰を、人間の肩に乗る小鳥程度の大きさにまでに縮めていた。

 通常は懐の小袋に仕舞ってある乗機の妖精機士(スプリガン)ならば兎も角、いくら六旗手と云えど己自身を縮小させ続けるのはかなりの心身的な負担であることは間違いない。

 しかしナイトゥナイは就寝時等の如何ともしがたい状況を除き、可能な限りその状態を維持してきた。普段はカカトの胸元に収まり、極力体を動かさないようにする程までに。カカトの役に立つ為に常にその傍に侍っていたい、唯それだけの為に。

 それを妖精の執着が成せる業であると面と向かって告げるのは、ナイトゥナイに対しては遠慮を知らないナナムゥくらいであった。

 本来の大きさを取り戻した妖精機士の、その背面が四つに開き搭乗口が露わとなる。カカトの肩からその搭乗口に飛び移ったナイトゥナイが、内部に乗り込もうとしてからふと思い付いたようにカカトの顔を凝視した。


 「この埋め合わせとして、前に言ってた商都(ナーガス)で見つけたその素敵な飲み屋(おみせ)、そこに今度私も一緒に連れて行くって約束して」


 ナイトゥナイのこの一方的な願いを聞いた時に僅かにカカトの顔に影が差したことを、当の彼女が気付くことは無い。

 背の搭乗口が再び閉まり、単眼を光らせつつ妖精機士(スプリガン)が起動する。肩甲骨に当たる部分から生える一対のスラスターから桃色の光の翼が伸びる。冷たい鋼の機体とは対照的なその柔らかな翼をはためかせ、妖精機士の機体は垂直に宙に舞い上がった。


 「無茶はするなよ、ナイ!」


 先程自分がバロウルに言われたことをそのまま鸚鵡返しに、カカトは頭上の妖精機士に声の限りに叫んだ。

 「無理そうならバロウルと合流して、俺を置いてオーファスごと飛び去って構わん! 後はどうとでもなる!!」

 “無茶するのはいつも君の方だろう!”

 間髪入れず言い返すナイトゥナイの声には、外部スピーカー越しとは云え紛れも無く歓喜の色があった。カカトに心配されている、気に掛けられているということが、彼女にとって何よりもの活力であったのだから。

 “あの害鳥達を全て追い落としてすぐに戻って来る。同じ六旗手相手だ、君こそそれまでは絶対に無茶をするな!”

 中空で自分なら問題ないと見せつけるように大きく広げられた光の翼の色が、見慣れた桃色から金色のそれへと変わる。見上げるカカトの位置からも、翼の表面が僅かに帯電しているのが見えた。

 (なんだ、この胸騒ぎは……)

 どこか神々しくすらあり、その浮世離れした威容にカカトはむしろ不安を覚える。

 “雷光の翼”――所長の命名によればそうである。電気が弱点であるティティルゥの遺児達(ティティルラファン)の再度の襲来に備え、所長が暫定的にナイトゥナイの機体に備え付けた対抗兵装であった。


 『ただし、あくまで試験用なので過信しないように』


 所長はナイトゥナイとカカトに対してそう忠告するのを忘れなかった。ティティルゥの遺児達(ティティルラファン)の旗を最後に奪って飛び去った個体がいる以上、電気が弱点だとこちらが把握した事を相手方にも知られている可能性が高いのだと。故に遺児達(ラファン)もそれを踏まえた対策をしてくることを覚悟しておくべきだと。

 だが少なくともその点に関しては、カカトはそれ程不安視していなかった。遺児達(ラファン)がどのような手を使ってこようとも、少なくとも今の素体である無毛鳥そのものが“雷光の翼”に耐えられるとは思えない。出力次第とは云え掠めただけで焦げ付き地に墜ちる定めであろう。

 “寄生”されただけである無毛鳥を哀れに思う気持ちもカカトの中で無いではないが。

 (ナイ……)

 行き掛けの駄賃だとばかりに最後尾の無毛鳥を掠るだけで――カカトの見立て通り――ボトボトと地に叩き落としつつ尖塔へと向かう妖精機士の後姿を見送りながらも、カカトの貌に浮かんだ憂いの表情はその残滓を留めたままであった。

 考え過ぎだとは自分でも分かってはいる。所長の悪い方の影響を受けているのだとも。その所長にしても何らかの悪意があった訳ではなく、気を抜くなという意味でその逸話を口にしたのだという事も知っている。

 それでも、別れの際の約束は死別の前兆(フラグ)に成りかねないから気を付けなさいとの所長の言葉がカカトの耳から離れない。

 (無茶な約束に引っ張られ無茶をするなというだけの話だ……)

 自分の交わした約束は些細なものだと、カカトは頭を振ると長く青いマフラーをはためかせ気持ちを切り替えるように努めた。

 ナイトゥナイやバロウルに無用な心配を掛けぬよう多少戯けて振舞ってはみたものの、同じ六旗手を相手にするのはカカトにとっても初めてであり、そして楽観視もしていなかった。

 何よりも地の利が相手にあることをカカトは知っていた。浮遊城塞オーファスの手前で待ち伏せされていた以上、相手方に相応の準備が整っていることは明白である。まして、今こうして自分達4人が先行してオーファスに戻って来たのは事前に予定されていない言わば偶然の産物である。待ち構えている相手の用意している“罠”は、今はこの場にいない老先生や所長の護衛であるクロとシノバイド達を含めた全員を相手取る事を想定している強力なものだと考えるのが妥当である。

 苦戦は必須であろう。既に飛び去った先程の無毛鳥の集団が自分達を分断する目的であることは疑いようも無い。

 それでもカカトが勝機を感じる可能性が一つあるとするならば、自分達を待ち構えている六旗手が綿密な計画の下に必勝の“罠”を張り巡らしているのだとしたら、当然揚陸艇による帰路を監視しているだろうという点である。移動図書館の“早馬”を使って一足先に空路で戻って来た自分達はまさに不確定要素であり、それが虚を突く一筋の光明となることを祈るしかない。


 (少なくとも、“罠”だけは破壊する――!)


 クンと、弾かれたようにカカトが顔を上げる。たちまちの内に彼の右手に旗の変じた電楽器(エレキ)が現れ、彼の首元を飾る長く青いマフラーがそれ自体が生命あるもののように波打ち、バチバチとその表層が啼いた。

 カカトの予想に反し“敵”が――始めて相対することとなる“六旗手”が姿を現したのは、オーファスの尖塔を背にする奥側からではなく、その反対側であった。位置的には、カカトの方がオーファスを背に護る形となる。それが吉と出るか凶と出るのかまではカカトには分からない。それでも先行させたナイトゥナイ達と少しでも合流しやすい位置取りではあると、少しでも良い方にカカトは考える事にした。

 彼我の差を分析せぬのは愚か者のすること。ただし劣勢の箇所ばかりに心を囚われていると好機を逃すことにもなる――これもまた技量の師であるモガミと、実戦の師であるガッハシュートが奇しくも共にカカトに伝えたことでもあった。


 「こうして再び相対する時を心待ちにしていましたよ、同朋よ」


 慇懃無礼な口調で現れる、長杖を携えた表情の欠けた六旗手。

 それがザーザートとカカトの直接の対面であり、両者の戦いを告げる合図でもあった。

おかげさまで何とか100話です。

投稿ペースを何とか元に戻さねばと思ってはいるものの、今のご時世で仕事が多忙だというのは贅沢な悩みではあるのでしょうが。

今章で一つの区切りがつくので、そこを書き切れたら筆も再びノルといいなと思っています。


作者とキャラの漫談だけはするなと某所で忠告をいただきましたが、そもそもそこまでテンションが上がらなかったという。

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