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奇郷(4)

 そして三型シリーズの他にも、声なき声が私に指し示す対象がもう一種類存在していた。

 回廊の要所要所に対で配置してある、ちょうど人の背丈程の騎士像がそれである。

 尤も“騎士”と表現してみたものの表面が甲冑を連想させる意匠で形成されているだけであり、全体の造りとしてはむしろ試製六型()に酷似していた。

 ただ一つの大きな相違を除いては。

 試製六型()とフォルムが似通っているのはあくまで上半身に止まり、騎士像の腰から下に脚は付いておらず、代わりに伏せたお椀のようなスカート状のパーツが下半身を構成していた。

 ロボットアニメでお約束の、二脚の代わりにバーニアユニットを配した高機動型メカといった体であり、実際の運用もそれに類するものとしか思えなかった。


 “――改四型”


 それが騎士を模したであろう“彼ら”の名称であり、太く長い槍を掲げたその姿は回廊内を飾る塑像として完璧にその役割を全うしていた。

 兜状の頭部の飾りが一体一体微妙に異なり、微動だにせず周囲に一切の反応を返さないところがまた余計に“像”であることを際立たせていた。

 (私にも装着できるのだろうか……?)

 男として生まれた以上、バーニア部分に興味が無いと云えば嘘になる。

 問題は、狭くは無いとはいえこの回廊という閉鎖空間内でどれだけ有益なのか素人の私でも疑問に感じるという点であろう。

 (付けるとしたら、やはり背中にキャノン砲だな……)

 回廊内で私の目を惹いたのはそれくらいであろうか。

 回廊の造り自体は俗に云う中世の西洋建築――と云っても所詮はゲームや漫画の知識由来であるが――を連想させるものである。

 しかし基本的に飾り気のない実用一辺倒な造りが全面に押し出されていることもあり、次第に城の中ではなく学校の校舎か研究所の廊下を歩いているような錯覚に襲われた。

 或いは脇道に逸れ、先程回廊ですれ違った亜人の後に付いて行ったとしたら、また何か違う生活臭溢れる様相が私の前に露わとなったのかもしれない。

 だが単眼を巡らしただけでも背後からバロウルの強い圧を感じるため、道を外れるなど出来る筈もない。

 幸い、重量級であろう自分が危惧していた昇り階段の類に行き当たることもなく、私達一行はそのまま目的地と思われる大きな両開きの扉の前に無事辿り着いた。

 恐ろしいことに、今この瞬間に至るまで、視界の端に汎用三型の姿が途切れる事は無かった。

 まるで監視されているかのようで不安になるが、コルテラーナとバロウルが共に意に介していないところを見ると、いつかは私も視界の端に映る三型の姿に慣れる時が来るのだろう。

 「本当はね…」

 扉が軋んだ音を上げてひとりでに開く中、コルテラーナが私の方へと振り返り憂い顔でこう告げた。

 「貴方をまだナナムゥちゃんには合わせたくないのよね…」

 「仕方ない」

 私の反応を完全に無視して、バロウルが私の肩越しに応える。

 「お嬢がコイツを見つけてきたんだから、もう誤魔化しようがない」

 「ヴ」

 さすがの私も『ナナムゥちゃん』或いは『お嬢』が昨夜の例の幼女であろうことは予測できた。

 分からないことが有るとするならば、工廠を出る際にバロウルにくどいほど念を押されたあのことである。


 “――お前はあくまで一介の機兵(ゴレム)に過ぎん。意志があることをこれから会う者に悟られるな”


 少なくとも現状ではバロウルに敢えて逆らう利など無い。いくら虫が好かぬとはいえ、わざわざ自ら無用に敵を作る必要が有るとも思えない。

 そしていつの日か、誰かに教えてもらわずとも私自身がその理由に思い至るまでこの世界に精通した時こそが、私が妹を探す行動を起こす時であるのだろう。


 「遅い、遅いぞ!」


 私の秘めたる決意はしかし、開け放たれた扉の向こう側から発せられた大音声の前にかき消された。

 聞き覚えのある幼女の声。改めて注視するまでもなく、あの夜の展望台でまみえた幼女がそこに居た。

 最初に扉の前に立った時には、その奥が玉座の間であろうと漠然と考えていた。しかしいざ扉をくぐってみると、さながら大会議室を思わせる殺風景な大広間がそこには広がっていた。

 如何にも事務的で、威厳も何もあったものではない。

 もう少し浪漫を求めて言うのなら、中央に巨大な丸テーブルの据えられた円卓の間という表現が妥当であろうか。回廊の飾り気の無さといい、家主――城主か?――の実用一辺倒な主張がそこには強く感じられた。

 その主張の流れを汲むのであろう、正面に位置する一回り大きな上座は玉座というよりは議長席のような素っ気なさであり、その椅子にちょこんと座った幼女が無作法にもバンバンと円卓の机上を叩いていた。

 供の者もなく、ただ一人でバンバンと。

 これがもし私の妹だったなら、即座に額をペチンと叩いているところである。

 短い邂逅だったとはいえ、幼女に対して私が抱いていた印象は大人びた――否、むしろ神秘的とまで言って良いものであった。

 しかし目の前で駄々をこねる幼女は外見相応の傍若無人ぶりを発揮しており、それが私を戸惑わせ、そして庇護欲を刺激した。

 幼子を目の当たりにするとどうしても在りし日の妹を連想してしまう、私の悪癖であるが仕方ない。

 「来たか!」

 私達3人が広間に入って来たことにようやく気付いたのか、幼女の貌がみるみる内に明るく輝く。

 人間に比べて白目の部分が極端に少ない緑がかった瞳。それ故に人形を思わせるその大きな瞳がキラキラとエメラルドの様に輝いて私の巨体を見据えていた。

 「無事なようで安心したぞ!」

 幼女特有の無遠慮で大きな声。正直なところ、その古臭い言葉遣いから見た目こそ幼女だが中身は老齢な人外の存在ではないかとも危惧していた。だがこれまでの立ち振る舞いの端々から、彼女が掛け値なしの子供であることは疑いようがない。

 その彼女の小さな右腕が、何か見えない杖でも掲げているかのような弧を描き斜め上を指し示す。

 「わらわこそが六旗手が一人カカトの代行者、ナナムゥである!」

 まず間違いなく、口上と仕草の練習を普段からしていたのだと思う。

 ナナムゥと名乗る幼女の淀みない口調と満面のドヤ顔に、私はこの躰に転生して初めて深い慈愛と安らぎを覚えた。

 「嬢、盛り上がっているところ悪いが――」

 バロウルのすげない言葉が幼女――ナナムゥの次なる言葉に水を差す。

 「コイツは新型とはいえ所詮は機兵(ゴレム)だ。心が無いから何を言っても応えないぞ」

 「なに?」

 キョトンとしたナナムゥが私の貌を見上げて尋ねる。

 「そうなのか?」

 「ヴ」

 神と妹の名に誓って――この世に神などいやしないが――決してバロウルに対する嫌がらせや意趣返しを目論んでいた訳ではない。

 挨拶には挨拶を、問い掛けには返答を。

 幼き頃より母から教わった慣習は既に私の身に沁み込んでいた。

 コルテラーナが同席していなかったら、私の身はどうなっていたことだろうか。

 もしも視線で人が殺せるのならば、背中越しですら明確に感じるバロウルの憤怒の視線に、私は三度ほど焼き尽くされていたことだろう。

 「まぁまぁ、立ち話もなんだから、まずはお茶でもいただきましょうか」

 コルテラーナの取り成しで、彼女を含めた三者が各々の席に着く。

 ギロリとこちらを睨みつけるバロウルの鬼の形相を、私は生涯忘れることはないだろう。

 一回り大きな議長席以外は特に定席がないのか、円卓のナナムゥの対面にコルテラーナとバロウルが並んで座る。

 私はといえばこの巨体が収まる椅子が有る筈もなく、自らコルテラーナの後ろに護衛の様に立つ事を選んだ。

 心の無い機兵(ゴレム)とやらであるという設定上、そう振る舞うのが一番妥当でもあろう。必然的にバロウルの間近でもあるがそこは仕方ない。

 (ウドの大木とは良く言ったものだ……)

 自嘲する私を余所に、間を置かずして手足を展開した汎用三型が2機、ティーカップやティーポットを運び込み女性陣それぞれの前に器用に置いていく。

 まるで組立工場の精密機械のように熟達した、使用人の代行は充分に果たせそうな淀みのない給仕。

 或いは試製六型()と同じ様に、用途に応じて手足のパーツをそれ用に交換しているのかもしれない。

 先程の回廊の様相といい、雑用は“彼等”三型が、衛兵はおそらくあの塑像のような四型が過不足なく担っていると考えてよいのだろう。だとすれば、異様なまでの人影の少なさにも説明がつく。

 (三型、四型、そして六型()か……)

 おそらくは、型番が飛んでいる“五型”にも、いつか邂逅するのだろう。

 茶会の席に焼き菓子の類は並ばずに、三者はまずそれぞれ目の前のカップを手に取ると静かに口を付けた。

 あまり女性に縁のなかった私にとっては、女3人寄れば姦しいというイメージは絶対のものであり、実際自分の知る限りではその通りであったと思う。

 しかし眼前でお茶を嗜む3人は特に噂話に花を咲かせるとなどという事もなく、むしろ揃って口数も少なく異様なまでに静寂の空間を維持していた。

 とは云え、決して険悪な雰囲気という訳ではない。むしろずっとこうして過ごしてきたという、家族の団欒じみた安寧すら感じさせた。

 ただわずかにナナムゥがカップと皿をぶつける不躾な音と、バロウルが「寿司」と描かれた大きな湯呑で茶をすする音とが――


 (湯呑!?)

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