第三話
キセアとリノンは夕食のために階下に降り、酒場の席に座った。リィガが両手にお盆を乗せ、食事を運んでくる。
「貴方の言った通りだったわ」
イカツイ顔に仏頂面を張り付きたリィガにキセアがそう告げる。
「あぁん?」
怪訝そうに眉を寄せるリィガに、キセアは立ち上がると深く頭を下げた。
「相部屋の子とパーティを組むことになったの。貴重な助言、ありがとうございました」
リィガは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をすると、ややあって低くつぶやいた。
「……ふん。精々死なないようにな」
リィガがその場を去ると、リノンがボソリとつぶやいた。
「照れてた」
「貴女……本人の前で言っちゃダメよ?」
「言わない」
「なら良いのだけど」
「視線で弄る」
「なお悪いと思うわ」
リオンがSであることを確信したキセアだった。
量だけはある不味い夕食を胃に流し込んだ二人は部屋に戻ると、キセアが口を開いた。
「明日からの行動について話をしておきたいのだけど」
「明日?」
キセアは一つ頷き続ける。
「わたしたちはパーティを組むわけでしょう? なら、せめて予定を確認しておく必要があると思うの」
「なるほど。でも私は特に予定はない。気にしなくても良い」
リノンはさらりとそう言うとベッドに横になった。
ぼっt……いや、ずっとソロで活動しているのであればそんなものだろう。
「そう。じゃあ、明日は討伐依頼を試してみても良いかしら? 簡単なものでいいけど」
「構わない」
「あ、それと、5日後にランクDの認定試験を受けるから別行動ね」
「分かった」
リノンは頷くばかりだ。キセアとしてはちょっと心配になる。だが、初めてのパーティメンバーというものに、何を話せばいいのか分からなくなってしまっていた。
もどかしい……。今までずっと一人だったキセアは、言葉にしたくともならない感覚に歯噛みする。
「……じゃあ、お休みなさい」
「おやすみ」
もう日は暮れている。
キセアの手が蝋燭の灯りに向かい、ふ……と、部屋が暗くなった。
◇◆◇
「キセア、起きて。朝」
「ん、うぅ……」
体を揺さぶられる感覚と共にキセアは目を覚ました。ぼんやりとした視界に飛び込むのは、自分の顔を覗き込む少女。パーティメンバーになったリノンだ。
「リノン?」
「朝」
気付けば、窓からは朝日が差し込んでいた。旅をしている間は日の出とともに起きるのが普通だったというのに、随分と遅くまで寝てしまったなと思う。いや、昨日は遅くまで考え事をしていたし、それが原因だろう。
自分の中でそう結論付けると、未だに体を揺すり続けるリノンを手で制して起き上がった。
「ふぁあ……おはよう、リノン」
「ん。おはよう、キセア」
あくび混じりに交わした挨拶。
キセアは、何だか胸が温かくなるような心地よさを感じたのだった。
夕食と変わらない味の朝食を摂り、組合へと向かう。その際、
「リィガさん」
「ぁん?」
「今夜の代金もちゃんと稼いでくるから、部屋を取り置いてもらえないかしら」
「……仕方ねぇな。死ぬなよ」
「ええ、もちろん」
という会話があり、隣にいたリノンがずっとニヤニヤとした視線をリィガに向けていたことを追記しておこう。
更に宿を出た後、
「照れてた」
「ええそうね」
「視線に気付いてた?」
「確信犯なのね」
という会話があったことも付け加えておく。
組合の中は人で溢れていた。依頼板は夜中のうちに更新されるので、朝は新しい依頼が貼り出されている。そのため、組合は早朝が一番人が多いのだ。
キセアはリノンを見ると、
「リノン」
「何?」
「ランクFでも受けられる討伐って何があるかしら」
ランクFでは、常駐依頼という例外はあるが、受けられる依頼は城壁の内側ですべてが事足りる、雑用のような仕事しかない。討伐でも採取でも、城壁を超えることが認められるのはランクE以降である。
そして、当然ランク認定試験は一日掛かりの上に報酬は出ない。金欠なキセアにはつらい仕様だ。
リノンは依頼板とは別のボードを指差した。
「指定魔物の討伐。ランクは関係ない」
指定魔物、つまり繁殖力が高く、どれだけ倒しても湧いてくるような魔物だ。リセリアの町ではゴブリン、ウルフ、オークがこれに当たる。
ちなみに単体でランクE、群れでランクDの魔物であるオークが指定されているのはリセリアのような辺境だけだ。
「それ以外は?」
「ない」
リノンが断言するので、キセアは依頼板を覗くことなくオーク討伐に行くことを提案する。リノンもそれに頷いので決定だ。
指定魔物の討伐は魔核を持っていけば依頼を受けずとも報酬がもらえるので、昨日と同じようになにもせずに組合を出る。
キセアは外に出た途端に漂ってくるいい匂いにお腹を押さえ、
「むぅ」
「あら、リノンも?」
隣にいる相方も同じであることに驚いた。
旅の途中で全財産を失ったキセアとは違い、リノンはこれまでも冒険者として活動してきたはずだ。それも、装備の損耗の少ない魔術師として。買い食いする余裕くらいはあるのでは、とキセアは思っていたのだが。
「金欠は誰も同じ」
「ま、それはそうね」
低ランクの冒険者は、一日の稼ぎが安宿の一泊で飛んで行くのだ。多少余ったとしても、装備の買い替えや必需品の補充など、金はいくらあっても足りることはない。
買い食いの余裕がある者などいないだろう。
「はぁ。生産道具があれば、金欠なんて一発で抜け出せるのに……」
「その袋でも十分売れる」
「こんな出来のものを魔術具として売るなんてわたしの矜持が許さないわ」
「矜持で腹は膨れない」
「真理ね。でも譲れないものというのはあるのよ」
しかしそれも今日までだ。
オークは指定魔物の中でも飛び抜けて討伐報酬が高い。それはつまり討伐の難易度が高いことを示しているのだが、そこは辺境の一人旅ができる腕を持つキセアに加え、この辺境で自ら結界師を名乗り、それが通用するほどのリノンがいる。過剰戦力も良いところである。
「こんにちは、衛兵さん」
「おう、キセアさんか。……その袋、使ってるんだな」
「頂き物だもの」
「そりゃこちらとしては嬉しい限りだがな。と、リノンさんもいるのか」
門には昨日と同じ衛兵がいた。お世話になった相手なので挨拶すると、向こうも表情を緩める。
「パーティを組むことになったの」
「は? リノンさんが?」
キセアの言葉に呆気にとられる衛兵。それを見て、リノンが頬を膨らませた。
「何か?」
「いや……今までソロだったから、パーティは組まないものだとばかり思っていてな」
「ぼっちだったわけね」
「むぅ、ぼっちではない。相手が居なかっただけ」
「それをぼっちと言うのよ」
キセアがぷくりと膨らんだリノンの頬を突きながらそう言うと、リノンは潤んだ瞳でキセアを見上げた。その視線にキセアが怯む。
「……ぼっちじゃないもん」
「え、ええ。今はわたしがいるわ」
「……キセアぁ」
キセアに抱きつくリノン。背が小さいので頭が胸のあたりまでしか届いていない。
(何この可愛い生き物)
そしてキセアは内心で興奮しまくりである。
そんな二人を見ながら、衛兵がキセアに声を掛ける。
「その、なんだ……リノンさんは口数が少ないだろう? それで結構、誤解を招いたりしてたんだ。だから、キセアさんには、リノンの話をきちんと聞いてやって欲しいと思う」
「ええ、分かったわ」
キリッとした顔で請け負うキセア。彼女はすでに、リノンの魅力に吸い込まれているのだ。その証拠に、彼女の両腕は今もなおリノンの頭を抱きしめている。
「まあ、その様子なら大丈夫だろうな。……これから仕事だろう? 頑張れよ」
「ええ、ありがとう」
「稼ぎまくる」
気合のこもった返事をする二人。リノンはキセアの小さな胸に押し付けられていたためくぐもっていたが、そんなことは些細なことだ。埋もれている、の間違いじゃ? なんて虚しいことは言わないであげて欲しい。彼女の胸はまな板なのだ。
段々とずれていき、肋骨あたりに頭を押し付けられたリノンがペシペシとキセアを叩く。
「痛い」
「あら、ごめんなさい」
ようやく解放されたリノンは軽く頭を振ると、グッと拳を握って言った。
「稼ぎまくる」
何故か二回言った。
褒めて? と見られた気がしたキセアは褒めてあげることにした。
「何故に二回言ったのかしら」
「何となく」
それは褒めていない。
が、対応としては間違っていなかったようだ。リノンは満足そうにしているのでそれ以上考えるのは止めた。
「そろそろ行くわ」
「ああ、死なない程度に頑張ってな」
ここで時間を使っても仕方がない。キセアとリノンには生活費を稼ぐという切実な目的があるのだ。
二人は衛兵と別れ、草原を進む。
「案内する」
「ちょっと待って」
張り切って先導しようとするリノンを制し、キセアは魔術を行使した。
「《検索サーチ:オーク》」
キセアによる索敵の波動が広がる。それはおよそ五キロメートルまで広がり、周囲にいるオークの大まかな位置を術者であるキセアへと届けた。
「森の中かしら。随分と散っているけど」
「オークは森に巣を作る」
出番を奪われて若干不機嫌になったリノンがそう言い、前方に広がる森へと足を向けた。
キセアはリノンの言葉に「そうなのね」とうなずきながら、小走りに横に並んだ。
「常識」
「旅の生活だったからそういうことには疎いのよ」
ジト目のリノンに、キセアは笑う。
「だから頼りにしてるわ、リノン」
「ッ」
リノンは小さく息を飲み、頬を染めてうなずいた。
その様子を、キセアは内心で狂喜乱舞しながら眺めていた。
(可愛すぎる……!)
キセアの自制心が壊れそうになったころ、二人は森の入口へと到着する。
ここまで来れば、流石のキセアも気を引き締める。いや、旅慣れたキセアだからこそ、森から漂う気配を察知して意識を切り替えていた。
キセアとリノンは互いに顔を見合わせ、緊張の滲む表情で頷き合うと森に足を踏み入れた。