09 裏切り
「未来ー、お母さんちょっと出掛けてくるからねー」
休日の朝、階段の下から母の声が響き渡る。
バタン!という玄関の戸が閉まる音が聞こえた後、未来は一階へと降りてきた。
「朝食…」
テーブルの上にラップで包まれ置かれていた朝食を見て、未来は席についた。
テレビをつけニュース画面へとチャンネルを変える。
「いただきます…」
いつもほど進まない食事スピードで箸を進めながら未来はニュースへと目を向けた。
『新発売!遠距離攻撃型データ・ウェポン!』
ワイプに流れる作り笑い。
RNW2の新武器の発売映像を見ながら未来はため息をつき、部屋に置いてあるDWのことを思い出した。
『次のニュースです。先日、H市のRNW2専門店で火災事故がありました。幸い、負傷者は店長以外におらず原因は煙草とみられており…』
瞬間、未来の視線はテレビ画面に釘付けになった。
「アナライさんの店が!」
テレビ画面に映っていた黒い残骸、アナライの店で間違いは無かった。
未来は映像を見た途端、荷物をまとめて家を飛び出した。
「アナライさん!大丈夫ですか!」
黒こげになったアナライの店前に座り込むアナライ、それにミライは駆け寄る。
「大丈夫に見えるか?」
「す、すみません」
「気にすんな。お前が悪い訳じゃねぇ」
アナライはミライの頭をそのごつい手でぐしゃぐしゃに撫でた。
「それより燃やした奴が原因だ」
「全く酷いことしますよね」
「そうじゃない。燃やした奴はお前らを追っていたあの男で間違いねぇ、だが煙草で俺の店をあそこまで焦がすのは無理があるってもんよ」
「じゃあ、つまり…」
「誰かが本格的に燃やしやがった、だな」
アナライは吸っていた煙草を携帯灰皿に入れる。
確かにアナライの消火ミスで火災が発生したとは考えにくい、つまりバックに誰かがいるということ。
『ヴォン…』
メッセージ通知が届く。
「あれ、セトさんからだ」
ミライはセトのメッセージに記載された場所へと向かった。
◆ ― 倉庫群 ― ◆
「セトさん!」
「しーっ!こっちだ」
静かにしろ、という指先合図を見せるセト。
ミライはセトの隠れている倉庫の扉の影へ、一緒になって隠れた。どうやらセトは中を覗いているらしく、仲には二人の男女がいた。
「へぇ…アイツ死んじゃったんだ」
「そうみたいね、まぁ元からああなるとは思っていたけど」
(死んじゃった?誰の話だ?)
もっと覗こうと身を乗り出すミライ、しかし倉庫は暗くどちらの顔も確認することが出来ない。
「ミライ、もう少しさがれ。ばれるぞ」
セトの言葉に従う。
「そういえばあの子は見つかった?えっと、ヨゾラだっけ?」
「アイツ、LIVEの時には姿見せるけど。すぐに消えちゃうのよね~観客がいるから手出し出来ないし」
(ヨゾラの話…!こいつらヨゾラに何かしようとしているのか?)
さらに聞き耳をたてるミライ。
「ヨゾラと顔の似ているってやつ、あいつはどうしたんだよ」
「あれは失敗作だろ?放っておいても問題ないよ」
その時、ミライの脳裏に過ぎった女性。
路地裏で刀を持ち、大剣の男を瞬殺した女性だ。
「あの人はヨゾラと別人…?」
無意識のうちに扉から離れていたミライ。その足は近くにあった小枝を踏んでしまった。
「誰だ!」
中の二人に気づかれる。
「ここは何とかする、逃げろ!」
「すみません!」
ミライが逃げた後、近くの積み荷を崩して倉庫からの出口を塞ぐセト。
セトの前には先ほど会話していた二人が姿を現した。
「あの子を追えないようにしたってわけか」
「味な真似してくれるじゃない」
男は細長い剣を持っており、女の方は杖を持っている。
「…っ!?お前は…」
女の方を見て驚く。
「へぇ、あんただったのか。でも今の様子から察するに、私の顔までは見えてなかったみたいだね」
「てめぇ」
「じゃあまだ騙し通せるってわけだ」
杖を構えて女は話す。
「おい、お前はあの餓鬼を追え。ここは私がやろう」
「了解」
セトの前に男のほうが立ちはだかり、女は裏口から姿を消した。
男は細身の剣をセトに向け無言のまま斬りかかる!
「気が付け、ミライ!!」
◆ ― 星空が丘 ― ◆
「ヨゾラ!どこだ、ヨゾラ!」
必死になってヨゾラを探すミライ、
しかしいつもの場所にヨゾラは居なかった。ここ数日ヨゾラは姿を見せない、あの日から。
「俺が悪かった、君を疑ったりして。だから少しでいいんだ、話を聞いてくれないか?」
丘の頂上で叫ぶ、
その声は丘中に響くもヨゾラは姿を見せない。
「どうしたの?」
「ヨゾラ!…じゃない」
「そんながっかりしないでくださいよぉ」
モニュメントの裏から姿を見せたのはアインだった。
「誰かを探しているの?」
「ああ、ちょっとな。アインさんはどうしてここに?」
「それは…」
アインはゆっくりとミライに近づき、勢いよく抱きついた。
「えっ、ちょっとアインさ…」
「私ね欲しいの」
「欲しいって何が?」
「…貴方よ」
瞬間、ミライの身体に電撃が走った。
杖の先から発せられたそれはミライの身体の自由を奪い、その場に仰向けに押し倒された。
「ごめんね~期待させちゃった?」
「アイン…何を」
「ヨゾラって子目当てだったんだけど、君も見つけられてないみたいだし。倉庫でのこともあるしね」
アインは仰向けのミライの上に馬乗りになり、抵抗されないようにミライの両腕を自らのひざ下へと持っていく。
「顔は私好み、性格も私好み。任務じゃなかったら付き合ってたかも」
「くっ、誰か!たすけ…ウッ!」
ミライの口が塞がれる、テープなどでは無い。
口に触れる触感は柔らかく、感じたことの無いもの。アインの唇だった。
「ぷはっ」
「駄目よ、大声出しちゃ。まぁ、出せないようにするけどね」
アインは腰のホルダーからナイフを取り出し、それをミライの手首へと突き刺した!
「うがああっ…ンン!!」
「駄目って言ってるでしょ?後噛んだら、殺すから」
アインの唇によってまた声が出せなくされる、それどころかアインは舌先を口の中へと侵入させてきた。
「んっ、くっふぅ」
「どう?おいしい?私も気持ちいわよ」
もう一本ナイフを別の手首突き刺す。
ミライは溢れんばかりの悲鳴を上げそうになったが、それは許されなかった。
「ぷはっ!良い姿になったじゃない」
アインが口を放すと、ミライの口からは糸がひきアインと繫がっていた。
「ふふ、どう?痛いでしょ」
「お前狂ってるな」
「今から貴方も狂わせてあげるわよ」
もう一本ナイフを取り出し、今度は足めがけて振り下ろした!
…ハズだった。
「あぶねぇなぁ、お嬢ちゃん」
「邪魔を…するな!」
アインは手元の杖で背後の男に魔法を飛ばすと、それは軽く防がれた。
「大剣?あなた一体…」
「回収回収ッス~!」
「しまった!」
アインが男に気を取られているうちにミライが女に連れ去られる。
「あんたたち、何なのよ!」
「俺たちは元守護者だ!」
大剣のDWを軽々と振り回す男、こんなにも大剣を使いこなせるプレイヤーはそうは居ないだろう。しかし男のランクを見れば、最下位に物凄く近かった。
「そこから動くんじゃないッスよ!」
足元が光る矢で囲まれる。
矢の光はアインを包むように伸びあがり、やがて光る檻となった。
「この弓遣いも常人レベルじゃない…けど、ランクは最下位付近…!?」
アインには何が何だか理解が出来なかった。
腕前は上級プレイヤー級、にも関わらずランクは最下位に近い。雑魚エネミー一匹すら狩っていないといった感じだ。
「そりゃまあRNW以来、オンラインゲームなんて殆どプレイしていなかったしな」
「ジャンはともかく、私はやってたッスよ。RNW2じゃないけど」
ほのぼのと余裕そうに話し始める二人、
アインはどうにかして檻を出ようと杖を振るった。
「ヴァーン・トリニ…」
「動くなって言ったッスよね?」
女の一言が旋律のように響く。
直後、アインの上部。檻の最上部からは雨のように矢が降り注ぎ、アインのHPを一瞬にして削り去った。
「うあああああっ!!」
アインはその場に倒れ、痙攣をおこしビクビクと動いていた。
「まぁ、死ななかっただけ良かったッスね」
「お前殺してたら殺人犯だぞ」
「貴方達は一体…」
ミライは自分を抱き上げている女性のほうを見上げた。
「さっきも言わなかったッスか?」
「まぁなんだ。ただのゲーマーさ」