08 鋭利
「オラオラぁ!」
「うがぁっ!」
男の丸太のように太く大きな足でミライはごみ袋の山へと蹴り飛ばされた。
「ミライ!」
「大丈夫です、俺のことは気にしないで!」
「よそ見していいのかよ!」
背後から近づく男の大剣を振り向かずに止めるセト、刀へと力を込めて薙ぎ払った。
「くっそ、なんだそのDW!見た目以上の、馬鹿みてぇな力だ!」
「生憎、大剣使いがギルドにいたものでな。攻略法はそこそこ分かっているんだよ」
力と力のぶつかり合い、押し合いの攻防戦が続く。
ミライは自らも参戦しようとするが足に力が入らない。蹴り飛ばされたときに身体が麻痺したようだ。
(これじゃあただの足手まといじゃないか…!)
自分の言うことを聞かない身体を睨み、怒りを感じながら唇を噛みしめた。
「畜生、畜生…!」
ミライは微かに動いた左手を地面へと叩きつけた。
◆ ― バー ― ◆
そこには男と女が酒を飲み何か会話をしていた。
「そういえばアイツから手紙来てたんだよなぁ」
ガタイの良い男がテーブルへと手紙を置く、女はその手紙を開き驚いた顔をしてそのまま伏せた。
「セトさん、また面倒なことに頭を突っ込んでるんスね~懲りないなぁ」
「まぁ、あいつのことだ。また大イベントを発生させてくれるよ」
うな垂れる女とは対照的に酒を飲みながらヘラヘラする男。
「てかお前、師匠って呼び方やめたんだな」
「あれは気分っすよ、気分」
女は男を睨みつけて手を振りながら話す、男は相変わらずヘラヘラしていた。
「ここから北海道まで何時間だ?」
「一時間二十分くらいで着くッスよ」
「んじゃ、ちょっくら大型レイドといきますか!」
カウンターの奥でグラスを磨いていた店員はカウンター下の引き出しを開け、二つのDWらしき物を取り出した。
「これを持っていけ」
「ありがとよ…ジョーカー」
「…その名で呼ぶな」
不機嫌そうなマスター、もといジョーカーは二人に武器を渡しまたグラスを磨き始める。
「忠告しておくぞ」
「…?」
「もっと愛想よくしないと、客入らねえぞ」
「余計なお世話だ」
「ニシシシシ!」
◆ ― 路地裏 ― ◆
「安心しろよ、殺さないからよ!」
「信用なるか!」
一応攻撃は止められるがカウンターは決められない、それはゲームと現実の境界だ。
「貰ったァ!」
「やべっ!」
腹部へと大剣が喰らいついた。
…ハズだった。
「なっ…!?」
男の腕からDWは落ち、男はその場に膝から崩れ落ちた。
「これは…」
男の身体から赤い物が流れ出す、エフェクトなんかじゃない。
本物の血液だ。
「…っ!?」
倒れた男の背後には長い刀、それも一メートルを優に超える刀身をもった刀だ。
「…ヨゾラ?」
ミライは目を見開いて青ざめた。
その顔立ち、白い髪は確実に見覚えのあるものだった。髪型はショートカットのヨゾラとは違って長髪だが、美しい顔に見間違えはしなかった。
「お、おい」
女は刀を引きずるように歩き出す。
セトの声をスルーし、真っすぐにミライの元へと向かった。
「ヨゾラ…なのか?」
「聞け」
女はミライの頬に両手でそっと触れると、女は顔を近づけた。
お互いの息がかかりそうなほどの近さにミライの心臓は身体が揺れるほどに高鳴っていた。
「これ以上、首を突っ込むな」
「それってどういう…」
「死ぬぞ」
瞬間、ミライは目の前が一瞬だけ真っ白になった。
死という言葉への恐怖、
それも自分に対しての言葉ということへの更なる後付けが隠し味となり、ミライの身体を氷漬けた。
「…」
女は無言でミライから離れると路地から出ていった。
「ヨゾラ…」
「―さてと、この死体どうするよ」
「下手に触らないほうがいいです…よね?」
「お?意外と吐いたりしないのな」
「なんかそこまで気持ち悪くはないというか、綺麗な殺し方というか…」
「お前、割と残酷なことを言ってるぞ」
「すみません、でもそう見えるんです…」
セトは意味が分からないという表情をして首を傾げた。
「RNWパトロールだ!現場はここだな!」
路地裏へと警察、RNW専用のパトロールが到着する。
「あっぶねぇ…!」
セトとミライはギリギリのところで物陰へと隠れた。
「セトさん、あれは…?」
「情報でしか聞いていないから分からないんだけど、あれがRNW2専用の特殊部隊。多分、ゲームで死者や負傷者が出た場合、かなりの問題になるからそれを恐れて立ち上げたんだろう」
「立ち上げたって、一体誰が?」
「『J・Mカンパニー』だ…!」
J・Mカンパニー。
RNW2を制作したと思われる企業でその権力は警察を動かすほど、更に国との契約も果たしているとか。故にこのようなRNW2内での殺人が起こっても内密に処理できる。
「なるほど、政府が絡んでいたんですか…」
「いやそんなことはどうでもいい、よくは無いが今は良い。それよりもその話が正しければ…」
「…あっ!」
ミライはセトの言いたいことに気がついた。
「"最初から死傷者を出す前提"でゲームを作ったってことじゃねえか…っ!」
ミライはゾッとした。
RNW2のことにではない、セトの怒った"表情"にだ。
これまで怒ることが殆ど無かったセトだが、その圧力は有り得ないほどにミライへと恐怖を与えた。
「さてと、この死体をKのところに持っていけ」
「了解」
何人かの作業員が集まり、男の死体をゴミ収集車のような見た目の車へと積み込んだ。
「急いで報告だ」
車は去り、血痕なども綺麗に処理されていた。
「なんて奴らだ…」
セトたちはその行動力の高さへの呆気に取られていた。
◆ ― 星空が丘 ― ◆
「―今日はどうしたの?」
「……」
丘への階段で足を止め、頂上へと登らないミライ。
「…あのさ、今日のもしかしてヨゾラ?」
決心したような表情をし、ヨゾラへと口を開いたミライ。
ヨゾラは一瞬驚いたような顔をすると、何かに気づいたような表情を見せた。
「うん、そうだよ」
「嘘だって言ってくれよ…」
「……」
「嘘だって言ってくれ!ヨゾラは人を殺したりなんかしない、あんなのヨゾラじゃない!」
丘へと響くミライの言葉に、ヨゾラはとても悲しい表情をした。
「…ごめんなさい」
「え?」
「ごめんなさい、私駄目で。失敗作だから…っ!だから…」
ヨゾラの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる、
丘の裏階段をヨゾラは駆け下り始めた。
「ヨゾラ!」
「もう!…もう、私に関わらないで!」
ミライの心に何かが突き刺さる。
刃物よりも鋭い何かが、それと共に昼の言葉をフラッシュバックさせた。
『これ以上、首を突っ込むな』
ミライはただただそこに立ち尽くし、ヨゾラの背中を見続けることしか出来なかった。
「ヨゾラ……」
その後、
ヨゾラは来なくなった。