02 イベント
数百人以上もの人々が一斉にトライポッド・バーミルドへと攻撃を繰り出す。
「まずは様子見だな」
「攻撃しないんですか?」
「あのトライポッド・バーミルドってのは俺のやっていたゲームに登場したエネミー、行動パターンや攻撃方法も同じかどうか見極めてからだ」
セトの言葉に唾をのむミライ。今まではただただ我武者羅に攻撃を繰り返し、運よく勝てば経験値ゲットなどということを繰り返してきたがセトは違った。
この男はどこで会得したのかゲームや戦闘の仕方を知っている、まるで今まで戦場のど真ん中にいたかのように。
(でもこの人のランクすごい低いしなぁ、気のせいかな。偶然あのモンスターが同じっていうだけでそれ以外は分からないかも)
馴れているがゆえに疑念を持ち始めるミライ、その視線に気が付きセトは苦笑いした。
「そういやこれはなんだ?」
セトがクエストメニューを開くと何桁かの数字が表示されていた。
◆ PL ― 92/251 ―
「そのPLってやつは現在のクエスト参加人数を指します。合計251人が参加していて、生き残っているのは92人というわけです」
「げっ、もうそんなにリタイアしてんのかよ。ヤバイな~」
ミライ達が様子を伺っているのを見て同じように行動するチームがもう一つ。
「ミライの野郎、なんか強そうなパートナーを持ちやがったな」
「大丈夫ですよ真似をしていればリスクが減りますって」
「そうだな。俺たちが最後は横取りだ!」
ミライを虐めていたパーティだ。
ミライ達が行かないのを見て、真似をし、自分たちも安全に生き延びようという魂胆だ。
「あっ!セトさん、見てくださいトライポッド・バーミルドのHPが!」
ミライはボスのHPゲージを見て叫ぶ、ボスのHPは既に 1/3へと到達しようとしていた。
「PLも 26/251に減っています、これはチャンスですよ!行きましょう!」
武器を装備し走り出そうとするミライ、それを見ていた他のパーティも動き始めた。
「お、おい!俺たちも行くぞ、他のパーティに奪われるな!」
「俺たちもだ、ミライなんかに取らせるな!」
「私たちもよ!男に渡すんじゃないわよ!」
8人パーティが3組、一斉にボスへと攻撃を仕掛ける。
「ぼ、僕も行きますよ!うおおっ…へ?」
前へと続くように走り出すミライ、しかし何かにつまづき前のめりに転んだ。
「いてて…」
顔を上げ後ろを見る、転んだ場所にあったのはセトの足だった。セトが足をかけミライを転ばせたのだ。
「何するんですか!」
「よく見ろ」
不服そうな顔でボスの方を見るミライ、そこには予想と反した光景があった。
「おいっ!何やってるんだ、ヒーラーはどうした!うああっ!」
「俺たちのレベルじゃ無理だ!回復役をこれ以上使ったらまた母ちゃんに怒られちまう!」
「私たちがこんなところで…きゃああっ!」
次々とHPが0になりリンクを解除されるプレイヤー達、怪我などはしないもののその表情は脱力感に見舞われていた。
「あ~あ、負けちまった」
「私も~」
戦闘エリアの外へと出て、外野として戦闘を見守る敗者達。そのおおよその人数を把握したセトは転んでいるミライを持ち上げ、戦闘隊形をとらせた。
「バーミルド系はHPが少なくなると攻撃の荒さに拍車がかかる、これを知らない初見は大抵死ぬんだよな~」
「そこまで知ってて、僕を止めたんですか…」
「まあな、そんなことよりPLを見ろ」
セトに言われてPLへと目をやる、すると人数が 3/251 へと変わっていた。
「これってチャンス…?」
ぼうっと表示されたパネルを見つめていると、ボスのほうから悲鳴が聞こえてきた。
「うわああっ!」
「しょうた!」
しょうたと呼ばれるその少年、ミライをしつこく虐めていたグループのリーダー格だった。
「だ、誰か…」
「しょうた!そこから離れろ!」
ミライの声は届かない、逃げようと本人も頑張っているようだが足が震えて動かない。
そうしているうちにトライポッド・バーミルドが大きく口を開け、攻撃の構えに入った。
「う、ああ…うああああっ!!」
一度首を引いたトライポッド・バーミルド、引いた頭を勢いよくしょうたへと向けて叩きつけた。
「う、ん?」
しょうたのHPゲージは赤、しかし微量ながら残っている。まだ生きているのだ。
なぜか、という考えを持つ前に答えは目の前にあった。
「泣くな少年、これはゲームだ本当に死ぬわけじゃあない。一度死ねば分かるさ」
そこには光の刃を持つ刀でボスの攻撃を抑えるセトがいた。
「し、死んだら分からないだろ!」
「まあ普通はな、でも俺はちょっと特殊でな!」
しょうたのツッコミに笑って返すセト、足でバーミルドの頭部を蹴り上げ距離をとった。
「ほれ今のうちに逃げな」
「う、うん!」
急いで距離をとる、その背中を庇うようにセトがボスの前へと立ちはだかった。
「おいミライ、いつまでそう突っ立ってるつもりだ」
「へ?は、はい!」
セトに呼ばれ急いで駆けつける。
「いいか作戦はさっき言った通り…」
「え?作戦?」
「作戦Xだっ!」
ミライを置き去りにし走り出すセト、その後姿を見て数秒間唖然としていたミライ。
「ちょっ、作戦Xってなんですか!?」
すぐにセトへと追いつき剣を抜く、粒子のような物質で作られたその刃はライトのように輝いていた。
「いいからとにかく回りこむんだよ!」
「りょ、了解!」
二手に分かれ回りこむセトとミライ、ボスは三つある頭を振り上げて二人を追った。
「左右によけろ、そいつは真っすぐにしか攻撃しない!」
セトの言葉を聞き、瞬時に行動に移す。言われた通り攻撃を全てかわせたその姿に、会場の人々は全員見とれていた。
「うおおっ!リバイブスラッシュゥウ!」
トライポッド・バーミルドの頭部へと駆け上がり斬りつけるセト、しかしスキルも何も発動せずすぐに振り払われた。
「いつもの癖が…!ミスったぁああっ!」
何とか表面へとしがみ付き落下を免れる、しかしそれに気づいたバーミルドも更なる追い打ちをかける。
「セトさん!」
「あとはお前のやりたいようにやれ!」
三つの頭から急いで逃げ回るセト、ミライは既にボスの眼中には無かった。
「これってチャンス…?い、急がなきゃ!」
バーミルドの足へとしがみ付き這い上がるミライ、セトに気を取られバーミルドは気がつかない。
「今だあっ!」
全力でセトへと延びるバーミルドの首、そのうちの一本の根元目がけて剣を振り払った。
『ボトン…』
血の代わりに噴き出す美しい光の粒子、それは会場に雨のように降り注いだ。
「もう一本もだ!」
もう一本斬り落とすミライ、会場は歓声で包まれた。
「ラスト!」
最後の一本も斬り落とそうと背中から駆け寄る、しかし気がついたバーミルドに首で薙がれその身体は宙へと舞った。
「おっ、ナイス!チャーンス!」
自分から目が離れたことに気が付き、刀を振り上げる。
「ミライ!回復薬!」
「えっ!?僕、持ってないよう」
「何ィ!?」
バーミルドの首が迫る、もう後には引けない。
「これを使って!」
下から投げ込まれる回復薬。外野からの干渉は不可能、つまり。
「しょうた!?」
「さっき助けてもらった例だ、その男に渡せ!」
しょうたはミライに回復薬を投げ渡し、親指を立てた。ミライは無言で頷き、セトに向かって回復薬を投げる。
「セトさん!これを!」
ミライの投げた回復薬は見事セトの左手へとクリーンヒット、セトはそのままバーミルドの口内へと飲みこまれて行った。
「あぁ…」
辺りが静まり返る。
会場が不安に包まれる中、ミライだけは目を輝かせていた。
(セトさんは、来る!)
そう思い、拳を握りしめ叫んだ。
「いっけぇぇええっ!」
それにつられ会場の人々も叫び出す。
『いけぇええっ!』
まるでその声援に呼応するかの如く、バーミルドの喉元からは大きな光の刃が頭を突きだした。
「うおおおおっ!」
大剣のような光の刃によって真っ二つに斬り裂かれるバーミルド、その中からはセトが満面の笑みで飛び出た。
「セトさん!」
再び会場が歓声によって包まれた。
『テーテテテッテテー♪』
勝利BGMと共に大量にくる報酬通知。ミライの心は謎の幸福感、満足感、達成感でいっぱいだった。
「ミライ…悪かったなあんなことばかり言って」
「いいや、今回の勝利はしょうたのお蔭だよ。あの回復薬がなかったらセトさんは今頃ゲームオーバーだったよ…多分。そんなことより良いの?またお母さんに怒られるんじゃ…」
「いや母ちゃんに一回怒られるくらいどうってことねえよ、俺もいいもの貰ったしな!」
レアアイテムを装備して見せて笑うしょうた、ミライはその姿を見て更に嬉しくなった。
「セトさん!ありがとう!」
「おう、嬉しそうで何よりだ」
セトは夜空を見上げ考えた。
(あいつらもどこかで参加してんのかな…)
◆ ― 星空が丘 ― ◆
「フンフフーン♪」
ご機嫌そうに鼻歌を歌いながら寝そべるミライ、その頭上には星空が輝いていた。
「格好良かったよ」
「君は」
寝転がるミライの顔を覗き込む白髪の少女。
「確か、ヨゾラ…ちゃん?」
「うん」
「アイドルだったんだね」
ヨゾラは静かに目を閉じ、首を縦に振った。
「でも私は歌の感想よりも戦っていた時の話が聞きたいな」
「え?ああ、うん!えっとね、セトっていう人がいて…」
こんな時間がずっと続きますように、そう星空を見上げミライは願った。