16 残り香
「おい!ミライ!」
真っ暗な世界で誰かが自分を叫ぶのが聞こえる。
それはとても暖かくて、輝かしい者。いわば憧れと言っても過言ではないような者の声だった。
「セト、さん?」
「ミライ。いいか、お前はここで心を折っちゃいけない。何故ならお前を待っている奴がいるからだ」
ああ、もしもセトさんが居たならばこんなことを言ったんだろうな。とミライは感じた、しかしミライはその半分でもう気づいていた。
セトは帰ってこないんだと。
「あともう一つ、折れちゃいけねえ理由がある。それは……」
「それは?」
「"色んな世界が見られる"ってこった」
そして目が覚めた。
「夢か、そりゃそうだ」
目を覚ますと眩しい光がミライを包み、思わず目をつむってしまう。どうやら病室のベッドで眠っていたようだ。
「ん?あ、おい!ミライが目を覚ましたぞ!!」
ベッドの隣で座っていたジャンが声を上げる、それに呼ばれたかの如く病室のドアが勢いよく開きビートが入ってきた。
「あ、ビートさ……」
ビートは何も言わずにミライの頬を打った。
「ビート!」
ジャンの制止を聞かず、もう一度打った後ミライを力いっぱい抱きしめた。
ベッドの上には水滴の染み込む跡ができ、ビートの目から大粒の涙が流れているのにミライは気がついた。
「よかったッス……」
首にかかるその手をそっと、ミライは撫でるように握った。
ビートはホッとしたような表情を見せたが、それもすぐに暗い表情へと変化する。それもそのはず、昔からの仲間だったセトが突然の死を迎えたのだから。
「ちょっと見てくるっス」
「俺も行こう、ジョーカー。ミライを任せた」
ジョーカーは静かに頷くとミライの方を見る。そして懐から一つの木箱を取り出し、ミライの力なく垂れていた手へと置いた。
ミライは腕に力を入れ、その木箱を自分の胸元へと引き寄せるとじっと見つめた。
蓋に手を置き、ミライは躊躇する。まるでその中に何が入っているのかを感じ取ったかのように、蓋を外そうとしなかった。
「開けないのか」
「……開けられないんです」
ミライの目に涙が浮かび、次第にそれは大きくなり木箱へと落ちた。
「確かにその中身はお前の思っているもの、それで間違いない」
ジョーカーの言葉を聞くと、ミライは木箱に乗せていた手をそこから離した。
「これを開けて、中身を見ると……認めてしまうようで嫌なんです」
その言葉を聞いた途端、ジョーカーが笑い出す。ミライは何が可笑しい、という目でジョーカーを睨みつけるがジョーカーは笑うのを止めなかった。
「笑うなっ!!」
病室いっぱいに響く声でミライは叫んだ。
「そう叫ぶな、傷口が開くぞ」
「貴方は……貴方はセトさんが死んだっていうのに、悲しくはないんですかっ!?」
その言葉を放った瞬間、ミライの胸倉をジョーカーが掴む。息が微かに吸えるほどまで握られ、ミライは必死にジョーカーの手を振り払おうとする。
「ならば逆に聞こう、死を認めなければ奴は帰ってくるのか?」
ミライの脳裏に電撃が走った。
ジョーカーのその一言は鋭利な刃となり、ミライの心の底まで貫いた。
「悲しむことを悪いとは言わない、それはソイツが生きていたという存在意義でもあるんだからな」
その辺りをよく考えろと言い残し、ジョーカーは病室の椅子へと座り直す。
ミライは手元の箱へと精一杯の力を振り絞って手を伸ばし、震えるその手で箱の蓋をゆっくりと開いた。
「……やっぱり僕にこれは早い気がします」
箱の中には、丁寧に保存された刀型DWが入っていた。
「お前が使わないのなら、また別の適応者を探すまでだ」
「使います!」
ミライの一言が大きく部屋に響き渡る。
「でも、もう少し……あと少しだけ時間をください」
ジョーカーはフッと微笑し部屋を出た。
手元の箱の中に入っているDWをそっと撫でると、また目から涙が溢れ出してくるのを感じた。
◆
霊安室には安らかな表情をして眠るセトの遺体が横たわっており、その横にはセトの頬をそっと撫でるビートが居た。
「本当は、これはリノアっちの役目なんスよ……?」
ビートは白い布をセトの顔の上に乗せると、霊安室から出た。
霊安室の前ではジャンが腕を組んで壁に寄りかかり、ビートを待ち構えていたかのようにピクリと眉を動かす。
「行くぞ、セトの仇を取りに」
「準備なら出来てるッス…!」