14 因縁
「か、カルマさんってゲームで死んだんじゃなかったんですか?」
「おやストレートに聞いてくるね」
「す、すみません!」
「別にいいよ。本当の事だからね」
ミライはカルマに担がれたままビルからビルへと夜空を舞っていた。
目的地はどうやらカルマ自身にも理解出来ているようで、ミライが何も言わずとも真っすぐに何処かへと向かっているようだった。
「私の場合、正確には死んでいなかったんだよ。どちらかと言うとゲームに閉じ込められていたって言うべきかしら」
カルマは楽しそうにビルの間を飛び回る、その速さは人知を優に超えており人間離れした身体能力だった。
「到着しますよ!」
カルマはミライに聞こえる声でそう言うと、途端に急降下を始めた。
恐らくわざと聞こえる声で言って、ミライにある程度の覚悟と受け身を取らせるためだろう。
「ちょっと限界のようですので、あとは任せます」
間もなく地面というところでカルマの身体が光を放ち始める。
粒子のような物が漏れ始め、カルマの姿は綺麗さっぱり消え去ってしまった。代わりにミライの身体には鎌の鎖が巻き付ており、クッションも何も持たぬままミライは地面へと落下した。
(……生きてる!)
そこはどこかの豪邸の庭のようだった。
ミライの着地した場所には芝生が敷かれており、落下距離的にもそこまでのダメージは無かった。強いて言うならば身体に巻き付いていた鎖が、着地の時に食い込んで痛かったことくらいだろう。
ミライは立ち上がろうとするが、身体がいうことを聞かない。
それどころか今更になって蓄積された痛みも襲ってきて、まさに瀕死状態だった。
「……ライ、ミライ!」
何とか薄れかけた意識を奮い立たせ、声のした方を向く。
そこにはよく見馴れた姿のセトがミライの身体を抱え上げていた。
「大丈夫か、しっかりしろ!」
「セトさん…僕、カルマさんに会いましたよ……」
「何!?カルマに会っただと…っ!!」
セトはかつてない程に驚いた表情を見せた。
「じゃ、じゃあリノアも……」
セトはブツブツと何か考え初め、ミライの姿をもう一度見てハッとした。
ミライを急いで担ぐと近くの木にそっと掛けさせた。
「博士を探してくる、ある程度歩けるようになったらすぐにここから逃げろ」
何処か焦っているようにも見えるセト表情。
ミライは何か分からない恐怖を感じ、その場から動くことが出来なくなっていた。
(いつものセトさんじゃない…っ)
セトは奥にある豪邸の入り口へと差し掛かった瞬間、その歩みを止めて数歩その場から後ろへと離れた。
すると中からは博士と思わしき人が姿を現し、その手に持っていたDWをすかさず起動させた。
「カルマはどこだ」
「カルマの目撃情報なら持っているが、本人は知らねぇよ」
挑発的なセトの態度に対し、博士はDWを振り上げた。
セトはすぐに腰のDWを起動させてその攻撃を防ぐ、しかし博士の攻撃はそこで終わった。
「君の言い分は分かった、いきなり攻撃してすまなかった」
博士は元の位置にDWを戻した。
「成功していたんだな」
「読んだのか」
セトは自分のDWも納め、博士に戦う意志が無いことを示した。
「では話そうか、私の娘……瑠美恵についてな」
◆
― 数年前
「勉強ばかりで楽しいか?」
ソファに深々と座りながら私は目の前の少女に尋ねた。
「楽しいか楽しくないかじゃなくて、やらなきゃいけないからやっているのよ」
「あまり無理するなよ」
私は科学者の娘だからといって、瑠美恵にプレッシャーや重荷を背負わせるつもりは全く持って無かった。むしろ、瑠美恵には好きなことをして人生を歩んでほしいと思っていた。
しかしそれが裏目に出ていたのかもしれない。
「今日、父さん休みなんだが…どこか行かないか?」
「ごめんなさい。今日中に終わらせようと思っているレポートがあるから」
無理して勉強をしている様な表情や雰囲気、それは顔には出ていなくとも普段の生活から汲み取ることが出来た。
母を早くから亡くし、私と二人暮らしだった瑠美恵はあまり辛い表情を俺に見せることは無かった。それでも辛さは伝わってきた、親だからこそ分かった。
そんなある日。
「博士!デバッカー0、Testがやりました!」
「何っ!?では完成したんだな!」
私の研究は完全なるもう一つの世界、つまり"New World"の創造だった。
しかし現実世界でそれを成し遂げることは難しく、私が目をつけたのは現実に最も近い"MMORPG"という存在だった。
「すぐに研究員をかき集めろ、完成の時だ!」
実験も踏まえ、研究は成功だった。
もう一つの世界は完全体となり、私の思い描いた世界は完成した。
…ハズだった。
「瑠美恵、頼みがあるんだ」
「何?」
「父さん、新しいゲームを作ってな。自信作だから瑠美恵にもプレイしてみてほしいんだ」
「…わかった」
少々、嫌そうな表情を見せつつも瑠美恵は私の頼みを聞き届けてくれた。
その日のうちに瑠美恵には製品の完成版を渡し、ゲームのテストプレイヤーの一人としてデビューさせたのだ。
数日が経ち。
「父さん!凄いよこのゲーム、凄くリアルで面白い!」
「そうだろう、そのうちVRも取り入れようと思っているんだ。PC画面だけじゃ完璧とは言えないからな!」
「うん!いいと思う!」
いつしか、私の目的は皆が楽しめるゲームの制作へと変わっていた。
「博士、お子さんの反応はどうでした?」
「ああ良好だったよ」
「へー、珍しいですね。博士の娘さん、ゲームなんてやらなさそうなのに」
「それだけ我々のゲームが凄かったってことだ」
「ですかね!」
研究チームの指揮も上がり、ゲームも物凄い勢いで売れることとなった。
専門の会社を設立し、研究チームごと社員に組み入れた私はそのうちに『博士』ではなく『社長』と呼ばれる存在へと切り替わっていた。
そんなあるとき。
「そういえばナンバー0、Testはどうなった?」
「それがTestをゲームから取り除くことが出来ないんですよ」
「うーん、まぁ支障があるわけじゃないんだろ?だったら放っておいても良いんじゃないかな」
「そうですね!最近はギルドも設立したみたいですし」
「ははっ、まるでTest.AIじゃなくて列記としたプレイヤーだな」
しかし、このTestと名付けられたAI。
これを放っておいたのが唯一のミス、今後の私の人生を狂わせる原因となった。
―数年後
「博士!我々の知らないイベントが発生しています!」
「なんだこのイベントは…っ!こんなの聞いていないぞ!」
プレイヤー監視用モニターを覗き込む私の目に映ったのは、どこかで見覚えのあるアバターだった。
「『Karma』…?まさか!」
瑠美恵がゲームを始めてしばらく経ち、何度か私に自分のアバターを見せてくれることがあった。
「父さん見て!これ私のアバター」
「へぇ、可愛いじゃないか!」
「名前はカルマにしたのよ」
「カルマ…?あまり良いイメージの無い言葉だな」
「だからこそ良いのよ、因縁なんて特に深いじゃない。それにもう一つあるしね」
私は首を傾げた。
「柏崎 瑠美恵 の文字、『か』と『る』それに『え』の文字を取ったのよ」
「かる、は分かったがどうして『え』なんだ?」
「『え』を『A』と読むのよ」
「ちょっと無理やり過ぎないか?」
「いいのよ!」
などと他愛無い話をし、私達の日々は明るいものへと変わっていった。
「そうだ、瑠美恵…っ!」
私は急いで研究室を飛び出して家へと向かった。
ドアを壊れるほどの勢いで開け放ち、瑠美恵の名前を叫びながら瑠美恵の部屋へと走った。
「瑠美恵!」
しかし、
そこに瑠美恵の姿は無かった。