13 カルマ
電気もついていない真っ暗な病院の中を急いで駆けまわる。
「夜の病院ってやっぱり怖いな、早くセトさんと合流しないと」
いくつかの部屋も開けて回ったが、そこにセトの姿は無かった。更に病人すらもおらず、そのうちに最上階へと辿り着いた。
最上階の最も奥にある部屋、その部屋にはネームプレートが貼られておらず代わりに『No.19』という番号が書かれていた。
「あとはここと屋上だけか」
勝手に部屋に入るのはどうかと思い、今更ながら手すりを握って躊躇する。
「入ってみろ」
「うわぁっ!?おばけ!?」
突然の背後からの声に思わずDWを引き抜き構える。
しかし、そこにいたのは霊でもお化けでもなく目的の人物であるセトだった。
「反応が良くなったな、進歩してる」
「セトさん、脅かさないでくださいよ」
「勝手に驚いただけだろう、それよりそこのドアを開けてみな」
ミライはセトの言葉に従い、ドアへと手を掛けた。
「……失礼します」
今にも本物の霊が出てきそうなほど真っ暗な病室へと足を踏み入れ、室内を見回す。
部屋は個室になっており、ベッドが一つ置かれていた。そこに寝ていたのは……
「女性……?」
とても綺麗な、モデルのような女性がそこに横たわっていた。
「この人は一体」
「『柏崎 瑠美恵』享年19、女子高生といったところか。母親は不明、父に科学者を持っている。そして犠牲者である」
「享年って……じゃあ、この人はもう」
セトの顔を見てミライが固まる。
セトはその視線を受け止めるように目を閉じると、ゆっくりと口を開いた。
「その女性について話そうか」
「お願いします」
◆
「ミライは今のRNW2の前にあったゲームを知っているかい?」
「『Read New World』ってやつですよね、一度事件として取り上げたのに実はただのイベントだったとか」
「いやその前だ」
ミライが不思議そうな顔を見せる。
「RNWの前にも作品が?」
「……Lost New World だ」
聞いたことも無い名前だ、そうミライは考えていた。
「色々と揉み消されてしまったが、全ての原因といっても良いだろう。そこにいる女性はそのLNWの犠牲者なんだよ」
「どういうことですか?」
「LNWではゲームから出られなくなるという異常事態が起きた、実際そのことを知っているのは数えるほどだが。そこの女性もその一人だ」
セトの話を要約するとこうだった。
ベッドの女性は『Lost New World』のプレイヤーでゲーム内では『カルマ』というPNでプレイしていたらしい。
セトがLNWで体験したのはゲーム内で死ねば実際に死ぬという状態らしく、この女性はゲーム内で運悪く死んでしまった女性らしい。
「でも他にも犠牲になった人達は居たんですよね?どうしてこの人だけ」
「それについては俺にも分からない。だけど一つ言えるのは、俺はその女性に"ゲーム内で会っている"ってことだ」
セトは女性の横になっているベッドに近づくと、その下にあった引き出しを開いた。
引き出しの中にはいくつかのファイルがありセトはぺらぺらとページをめくり、次第に難しい顔から驚いたような表情へと変化させていった。
「そういうことだったのか!」
急いで病室から飛び出すセト、
ミライも後を追うべく病室を飛び出そうとしたが何かが足に絡みついた。
「なんだこれ?」
絡みついたのは鎖鎌型のDWの尻部分についているチェーンだった、それも引っ掛かったのではなく完全に足へと巻き付いていたのだ。
まるで意志でもあるかのように。
「このっ!だめだ、きつく縛られたように外れないぞ」
いくら解こうとしても鎖はピクリとも動かない、それどころか段々と力を増している気がした。
「わーったよ!こうなったらお前ごと持って行ってやる!」
ミライはDWを持ち上げると、チェーンを首にかけて病室を出た。
しかし、セトはとっくにその場からは居なくなっており、目の前には真っ暗な夜の病院の廊下が広がっているだけだった。
「どうしよう」
とりあえず外に出ようか、そう考えた時だった。
背後にある扉、すなわち屋上へと続く階段のある扉の方から何かのぶつかるような音がしたのだ。
「セトさん?」
ゆっくりとミライは扉を開け、屋上へと続く階段を上る。
「セトさん、屋上に何があるっていうんですか」
屋上へと出てみるとそこにはセトの姿は無く、ただただ夜空に星が輝いていた。
「綺麗だな、ってそんな場合じゃない!早くセトさんを探さないと」
「セトを探しているのかい?」
背後からの声に素早く身構える。
屋上の入り口である扉、その上に設置された貯水タンクの上には人影が一つ。
「ほう、手慣れているねぇ?」
「誰だ」
そこには女性が座っていた。
服装は普通の会社員の制服、手には物騒な見た目をしたゴツいDWを装着してこちらを見下している。
「名前なんてどうでも良いじゃないか、そんなことより見たんだろ?病室の中」
「質問に答えろ」
「ふーん、じゃあ一言……駄目じゃないか、小学生がこんな時間に出歩いちゃあ!!」
女性はタンクから垂直に飛び降りると、手についていたナックル型のDWを起動させ地面を殴った。
コンクリートタイルの床には一瞬にしてヒビが走り、女性からミライの足元までの足場は一気に崩された!
「マズい!病人が……」
「いるわけないだろ、今日は貸し切りなんだからねぇ!」
ミライの頬へと女性の一撃が風を切って近づく!
頭部だけは何とか守ろうと身体を反らす、するとナックルは狙いを外してミライの右胸へと直撃した。
「うがっ!」
コンクリートを砕くほどの一撃を胸に受け、瓦礫と共に下の廊下へと背中から着地するミライ。その上からは間髪入れずに女性が拳を振り上げてこちらへと落下してきていた。
ミライはもう一度身体を反らそうとするが痛みで身体がいうことを聞かず、女性のナックルがこちらへと牙を向き輝かせていた。
「死に晒せやぁ!」
瞬間、
ミライは手元にあった鎖鎌型のDWを起動させた。
アーチのようにしなったその刃は落下中の女性の脇腹へとクリティカルヒットし、女性の身体は赤い液体を飛ばしながら地面へと不時着した。
「大丈夫かい?」
ミライは何かに持ち上げられるのを感じ、ふと瞑っていた目を開けた。
するとそこにはとても美しいゲームのキャラのような女性が立っており、ミライの身体を抱きかかえていた。
女性の手には先ほどまでミライが持っていた鎖鎌が、倍以上に巨大化したものが握られている。
「じゃあちょっと、ここから離れましょうか」
ミライは「あなたは一体誰か」と尋ねようとしたが痛みで声を出せず、そのうちに目の前の女性は近くにあった病室へとミライを抱えたまま走りこんだ。
病室に入るとすぐに窓を開け、足を窓枠にかけるとそこから何の躊躇いもなくふっと飛びおりた。
「待ちやがれぇ!」
先ほどまで居た病室が遠のき、遠くでナックルを振り回した女性が叫んでいるのが一瞬だけ見えた。
その後ミライは真下を見てゾッとする。
「大丈夫よ、死にはしないから」
(いや!死ぬ死ぬ、絶対に死ぬ!)
涙も吹っ切れる程の勢いで地上へとダイブする身体、空気を切り裂きながら地面へと目の前がズームインしていく。
「よっと」
女性は足元に向かって手に握る鎌を一振りすると、地面には亀裂が入りとてつもない風圧が巻き起こった。
その風圧に乗るかのように女性は地面へと着地した。
「ほうら、大丈夫だったじゃない」
ミライは女性の大人びながらもどこか、子供のような笑顔を感じさせたその顔に終始見とれていた。
◆
「……なんだ、酔った勢いで連絡はするなとあれほど」
白衣を着た男が電話を片手に機械を操作する。
「何?小学生に逃げられた?そんなことはどうでも……」
瞬間、男の手が止まった。
「……瑠美恵の遺体が消えただと!?」
男の手から携帯が落ちる。
「馬鹿な……自ら覚醒したというのか!」
白衣の男は実験室を後にした。