10 古き友
「ねぇ君、もしかしてミライ君?」
「そうですけど何か?」
女性はミライをゆっくりその場に下ろすと怪しい笑みを浮かべ、
ミライへと覆いかぶさった。
「かぁわいいッスね~!」
「ちょ、お姉さん!胸がっ…!」
女性の胸へと顔を埋め、呼吸困難に陥るミライ。
そんな女性に隣の男性がストップをかける。
「そのくらいにしておけ」
「いやぁ~こう見えても私、小さい男の子に目が無くってッスね~」
「ショタコンかお前は」
呆気にとられるミライ、
目の前に立つ二人組は低ランクとはいえアインを一瞬にして葬った程の実力者。
何か変なことでも口走れば命が危うい可能性がある。
「あ、そういえば自己紹介がまだだったな」
唐突に長身の男が話し始める。
「そうっすね!じゃあ私の名前は…」
「ちょっと待て、本名じゃマズいだろ。ここは昔使ってたIDネームとかでいいんじゃないか?」
「ということは、つまり。私の場合はビートってことッスか?」
「そして俺の名前はジャスティン、ジャンでいいぞ」
何が何だか状況を理解できぬまま話がどんどん進められていく。
ミライは一生懸命、現状把握しようと試みたが無駄だった。
「要約すると、俺たちはお前を助けに来た。ってことだ」
「信用していいッスよ。セトの頼みで来たッスから」
その言葉にホッとする。
今の状況下でミライが最も信用している人物、それがセトだったからだ。
「それじゃあセトと合流するとしようか」
◆ ― ??? ― ◆
「困るんだが、このように邪魔をされては」
「へっ、お前の悪事を止めるのが俺たちの目的だからな。邪魔も何もそれが今回のミッションだ阿呆」
剣型のDWを鞘走らせ、目の前に立つ科学者に斬りかかるゼノ。
その背後ではシロが杖型のDWを握り、スキル発動の準備をしている。
「阿呆は君の方じゃないのか?そのDWは私の開発した武器、それが有効的だと思っていたのかね?」
あっさりと相手のDWに剣は受け止められてしまった。
「ふんっ!」
科学者の使う大鎌のようなDWはゼノの剣を押し返し、
終いには刃先が伸びてゼノの左肩を貫いた。
「ゼノ!」
「大丈夫だ、デリトならきっとこう言う。"肉を切らせて骨を断て"ってな!」
科学者はゼノから鎌先を引き抜き、もう一度振りかぶった。
ゼノは身体を反らして攻撃をかわすと、
鎌を持つ科学者の左手めがけて剣を突いた!
「残念」
「なっ!」
科学者は突かれる前に自ら左手を串刺しにするように剣先へと突き出すと、
鎌を右手に持ち替えてゼノの身体を薙いだ。
「さっきより早…い?」
「生憎、私の利き手は"右手"だったものでね」
「じゃあなぜ最初に左手で…」
「君には関係ないだろう」
ゼノは身体から大量の血を流し、その場へとうつ伏せに倒れた。
「…っ!」
シロはゼノに近寄ろうとするが鎌を掲げた敵が目の前に立ち、近寄ろうにも近寄れない。
どうしようかと試行錯誤していると、
男は鎌を戻しシロに背を向けた。
「すぐに病院に連れて行きなさい、私は何も見なかった」
「…お礼は言いません」
「好きにするがいいさ」
シロは警戒しながらゼノへと近づき、肩に腕を回して引きずるようにその場を後にした。
「ゼノ、しっかりして!」
「大丈夫だ…意識は、ある…」
「喋っちゃダメ。意識だけしっかりして」
「はは、難しいことを…言うなぁ…」
シロはすぐに病院へと駆けこんだ。
「まったく、何をしたらこんな怪我をするんだ」
「ちょっと色々とやりまして…」
「暴力団とかは勘弁してくれよ、うちには患者もいるんだから」
医師に疑惑の念を抱かせながらも、何とかゼノの怪我をを誤魔化すシロ。
「深くは聞かないんですね」
「最近は珍しいことじゃないからね。特に気になることといえば、皆そのゴーグルのような物を装着しながら運ばれてくるということくらいか」
「……装着したままですか」
シロはゼノの隣にあるベッド、
仕切りを挟んで隣に並んでいるベッドに寝かせられている患者たちを見た。
「この人達は…!」
「その方たちが今日、それも先ほど運ばれてきたんだよ。全員ゴーグルつけてね…って、君!」
シロは病室を飛び出し、病院からも駆け出た。
◆ ― 倉庫群/倉庫前 ― ◆
「貴方のランクは…ぷっ!209750位、これは傑作だ!はっはっは」
「そんなに面白いか」
「そりゃあもう、だって僕のランクを見たまえ!現在10位と上位ランク、君のような雑魚じゃあ相手にならないんだよ」
「じゃあ試してみるか」
「どうなっても知りませんよ?」
セトは腰の刀型DWを抜き、
眼鏡の男は レイピア型のDWを抜いた。
「貴方は見た感じジョブはヒーローといったところですか」
「ヒーロー?へえ、今はそんなクラスがあるんだな!」
セトは会話をしながらでも気を抜かず、相手を警戒し続ける。
「そこを退かないと、貴方…斬り殺しますよ?」
斬り殺す。
殺し方まで具体的に表しているその言葉は、下手な脅しよりも恫喝に聞こえた。
「いいぜ、やってみろ!」
セトと眼鏡の男はコンテナによって生み出されたフィールドで対峙した。
フィールドの広さは凡そ直径二十メートル程、
大人数で戦うとしたら狭いかもしれないが二人なら丁度良い広さだった。
「フラッシュ・スタンス!」
「!?」
突然、セトは大声をあげ突進した!
「恐怖で頭がおかしくなったか!」
「気合いだよ、気分の問題だ!」
刀身の細いDWだが、
軽くセトの攻撃を受け流して見せた。
「私はこれでも剣道、フェンシング、その他いくつかの武術を得とくしていてね。その、どれも有段者として名が通っているよ!」
セトの足を蹴り払い、
宙に浮いたセトの腹部めがけて全力で踵落としを放った!」
「うがっ!」
「はははっ!チェックメイトだ」
(くっそ、現実の身体じゃゲームみたいにいかねぇ…!今までスキルに頼っていたのがよくわかる…)
男はレイピアの切っ先をセトへと向け、嘲笑した。
「そうだな、最後に君の名前を聞いておこうか」
「名乗る名など無い…と言いたいところだが、セトだ。後世まで祟ってやるから覚えておけ」
「私の名はミウラ、ミウラ・カズトだ。その前に払ってやるから覚えておくと良い」
ミウラはセトへとDWを振り下ろした。
「―ん?」
セトが目を開けるとDWはセトの胸、
それも心臓の位置ぎりぎりで止まっていた。
否、正確には止められていた。
「まったく、これじゃあ"RNWの英雄"には見えないな」
「ジャン…!」
「悪いな、遅くなった」
そこにはミウラの右腕を掴み止めるジャンがいた。
「なんだ貴様!」
ミウラはもう一方の手でナイフを取り出し、
ジャンに向けて振りかぶった!
…がしかし、どこからともなく飛んできた矢によってミウラの左手は射抜かれた。
「ぐああっ!」
「こんな奴に殺されたんじゃ、setoの名に傷がつくッスよ?」
「ビート…!」
コンテナの上から飛び降りてきた女性、
ゲームの世界とは見た目が全然違うが話し方で分かった。
「それに、リノアっちにも怒られちゃうッスよ?」
「…そうだな」
セトは地面に落ちていた刀を持ち上げると、
ミウラに向かって構えた。
「くっ…!これじゃあ分が悪いな」
ミウラは裏口へと走りその場から逃走した。
「逃がさないッス!」
「まて、追うな」
「どうしてっスか!」
「アイツはまだ泳がせておく」
「なぁんか、セトが悪役っぽくなってるッス…」
◆ ― 倉庫群 ― ◆
「あの人達、運動神経良すぎ…ん?」
ミライはコンテナをよじ登る途中、
何かが脇を走って行くのに気がついた。
「あれは、イベント会場で会った…」
登りかけていたコンテナを途中で降り、
走っていた男に声を掛ける。
「ミウラさん!」
「え!?あ、ああ!君は確か…」
こちらに気が付き驚くミウラ。
「ミライです」
「そ、そうそう!ミライ君、どうしたんだい?こんなところで」
「ミウラさんこそ、どうしたんですか?」
「ちょっと会議があってね」
ミライは何か引っかかった。
(会議って…倉庫の、いやまさかな?)
「どうかしたかい?」
「い、いえ何でも!」
「そうか。じゃあ僕は急いでいるから、これで!」
どこか焦っているようにも見えるミウラ、
しかし今のミライに引き留める勇気は無かった。
「ミウラさん、どうしたんだろう…」
ミライはもう一度コンテナへと手を掛けた。
「皆さん遅くなりました!」
「遅いぞミライ」
「すみません…」
コンテナから飛び降りる。
「そういえばさっきミウラさんが走って行ってましたが…」
「ああ、その事なんだが」
「いや!なんでもないんだ」
話そうとしたジャンの腹部を肘で打つセト、
ジャンの言葉は途中で切られた。
「?」
「そんなことよりアナライの店に行こう、心配だ」
「…ですね」
腑に落ちぬまま会話は終了した。