05.果樹園のおじさんはいい人でした
朝一番に馬車で果樹園に向かった。だいたい3時間くらいかかったかな。
この世界で初めての果樹園は甘ったるい果物の香りをそこかしこでただよわせていた。
前世ではいちご狩りや梨狩りをしたことがあったけど、ここまで香らなかったハズだ。
どこもかしこも甘い果物の香りで満たされていて、なんだかお腹が空いてくる。これってこの世界特有なのかなぁ。
果樹園の人にはすぐに会えた。
「ボクたちは商人としての修業の旅をしていまして、領都でこちらの果樹園の話を聞いて来たのですが、すごくいい香りですね」
「うちのは香りが自慢でねぇ」
「香りだけじゃなく、味もとってもおいしかったです!採れたてはもっとおいしいんでしょ?」
ミアが我慢できない感じで、話に参加してきた。
「そうだね、やっぱり採れたての新鮮なものは美味しいよ。食べてみるかい?」
「はい、ぜひ!」
道案内をしてもらって、ブドウ畑まで連れて行ってもらう。といっても、すぐ近くの場所だったんだけど。
「採ってみるかい?」
ミアがすごい勢いで首を上下に振っているのを見て、果樹園のおじさんは嬉しそうに笑った。
おじさんがミアにハサミを渡して、取り方を教えてくれる。
「ブドウは房の下の方を片手で押さえて粒がこぼれないようにして、それから軸にハサミを入れるんだ」
ミアは腕をいっぱいに伸ばして、言われたとおりにブドウを取った。
キレイに取れたブドウの房から1粒取り、口に含むとミアがとろけるような表情になった。
「すっごく甘いです!うわぁ……いくらでも入りそう……」
果樹園のおじさんはさっきよりも嬉しそうな表情を浮かべていた。
「ああ、そうだ。ブドウ狩りってやってないんですか?」
「ブドウ狩り……ってなんですかね?」
あれ、ブドウ狩りってやっぱり知らないのか。
「料金を取ってですね、ブドウをお客様自身に取らせてその場で食べさせるんですよ」
「へ~そんなのがあるんですか」
「ブドウだけじゃなく、梨でもイチゴでも蜜柑でもできますよ」
果樹園のおじさんはボクの話を熱心に聞いてくれた。ブドウ狩りをしていい範囲を決めてその中で好きなだけ取って食べる……食べ放題の形式や、残した場合は買い取ってもらうといったこと。ついでに帰りにお土産として買っていってもらうなど。
前世の記憶だとイチゴと梨しかないけど、ブドウでもたぶん同じだよね。
果樹園のおじさんと話していると、ブドウ畑の向こうの方でガサガサといった音が聞こえた。
「あ!また出たか!」
「何がですか?」
「イノシシだよ。この香りに釣られて畑を荒らしに来るんだよ」
よく目を凝らしてみれば、イノシシがいる。でもあれって、前世のイノシシの倍くらいはあると思うんだけど……。
「あいつはこの辺のイノシシの中で一番でかくて、すばしっこくて捕まえられなくてな。気が済めば人は襲わずに出て行くんだがな」
おじさんは困っているようで盛大にため息をついた。
「試しに捕まえてもいいですか?」
「おう、やれるんならやってくれ。あの大きさのイノシシだ、捕まえればすごいご馳走になる」
「私もやります!牡丹鍋~」
ボクは前世で牡丹鍋って食べたことないんだけど、ミアはあるんだな。すぐに反応したってことはうまいってことか。
ボクとミアはイノシシの近くまで進んで行ったのだが、一瞬目が合ったにも関わらず、一歩も動かずうまそうにブドウを齧っている。
「……束縛!」
捕まえると言ったら、これかなと思ったのだけれど、イノシシは予想外の動きをしてきた。
猪突猛進っていうんだから、真っ直ぐ突っ走るんだと思ってたんだけど、まさかの横っ飛びで束縛を交わされた。口にブドウを咥えたままの横っ飛び。え、そんな動きありなの!?
横っ飛びした後もむしゃむしゃと口に咥えていたブドウを齧っている。イノシシに余裕を見せつけられるってありえないし!
「……土凹!」
今度は、イノシシの真下に穴を空けたのだがまたも横っ飛びで避けられた。
イノシシは口の中のブドウをごくりと飲み干した後、ボクに向かって突進してきた。
「……束縛!」
ぴょーんっとまたも横っ飛びで避けられる。
「……土凹!……土凹!」
連続詠唱で穴を空けたのにそれすらも横っ飛びで避けられて、さすがにヤバイと思って避けた。
「……睡眠雲!」
ミアの声が響く。さすがに広範囲の睡眠魔法をかわすことが出来なかったらしく、イノシシはゆるゆると眠りに落ちてそのままブドウの木に激突した。
「あああ!」
激突の衝撃でブドウがバラバラと落ちていく。それを見たら、つい大声を出てしまった。
果樹園のおじさんが慌ててやってきて、木を確認してくれた。
「木には異常がないから、大丈夫だ」
「この木のブドウ全部買い取ります……」
「いや、イノシシ捕まえてもらったからいいよ」
「じゃあ、せめて落ちたブドウだけでも買い取ります!」
おじさんとの交渉の結果、落ちたブドウを拾い集めて買い取ることにした。
洗えば食べられるし、ダメならジャムにすればいいんだ。
イノシシは果樹園のおじさんが引き取ってすぐに血抜きして解体してお昼ご飯に化けた。
ミアのご要望である牡丹鍋……ではなく、香草たっぷりのスペアリブみたいなものとかスモークしたものとか炒め物とかいろいろ出てきて、すぐにお腹いっぱいになった。
「お世話になりました!知り合いに自慢させてくださいね」
「いや~こちらこそ助かったよ。また何かあればきてくれ」
「次はブドウ狩りさせてくださいね!」
そうして、果樹園を後にした。
土凹は放っておけば自然に戻るってことで!w