02.1人部屋になりました
初めてのお忍び視察先は、王都から馬車で一日くらいの距離にあるロングフィールド領になった。事前に調べた話だと、果物の生産が盛んな自然豊かな土地だそうだ。
「お嬢様、お疲れではございませんか?」
馬車の中、ミアの隣に座る人物……リザベラが声を掛けた。スウィーニー侯爵が用意したメイドで、幼い頃からミアの世話係をしているらしい。
「大丈夫よ。私よりもリズのほうが疲れているんじゃない?」
「いいえ、体力には自信がありますので」
「そんなこと言って、無理しないでね」
「お嬢様に心配していただけるなんて……ありがとうございます」
二人の会話を聞いて和んでいると、ミアがボクのほうを振り向いた。
「ジルお兄様もお疲れではございませんか?」
「まだ出発したばかりだろう?大丈夫だよ……というか、馬車の中でも兄妹?」
「旅の間はずっとです。だって、面白そうなんだもの!」
ミアは面白そうに笑っていたけれど、ボクは苦笑いになった。
お忍び視察をするにあたって、ボクとミアはお金持ちの商人の兄と妹のフリをすることになった。
本当は夫婦のフリでもしようかと思っていたのだけれど、ボクもミアも若すぎて無理があるらしい。
平民の結婚適齢期が20歳前後なのに対して、ボクは16歳。ミアに至ってはまだ14歳……未成年だ。
その年齢で夫婦だと言ったら、貴族だと言っているようなものだそうで、兄妹という関係で落ち着いた。
日が暮れ始めた頃、領都の門をくぐった。時間的に行き交う人たちが足早に帰路へ向かっている。
ボクたちも予定していた大きな宿へと向かった。
その宿は、馬車を預けることが可能な大きな宿で、商人御用達なんだそうだ。
宿屋の前で止まるとリザベラが先に降り、宿屋の中へ入っていった。
ボクとミアも馬車を降りるとどこからか甘い香りがした。
「なんだか甘い香りがする」
ミアがそうつぶやいた。香りの元をたどろうとキョロキョロしているとすぐにわかった。
「ブドウの香りみたいだよ。ほら、あそこ」
宿屋の前にブドウがいっぱい入った籠がいくつも置かれていた。あまりにも多かったのでミアは口を開けて驚いていた。
「ちょうどブドウの収穫時期だったみたいだね」
そんな話をしていたら、リザベラが戻ってきて言った。
「部屋を取ってまいりました。2階の一番奥の部屋がジルクス様の部屋でございます。その隣が私とミアお嬢様のお部屋、さらに隣が御者と護衛たちの部屋となっております」
リザベラは説明しながら、ボクと御者に鍵を渡した。
ミアとリザベラの部屋の鍵はリザベラが管理するってことだろう。
「すぐに荷物をお運びいたします」
リザベラは無表情のままそう言うと、御者と護衛たちを引き連れて馬車から荷物を下ろし、部屋へ運んでいった。それをボクとミアは眺めていた。
【ジルと一緒の部屋じゃなかったね】
イヤーカフが熱を持ち、ミアからの念話が届く。
【未婚の男女が同じ部屋はマズイっていう判断だろう?】
【そうなんだけど……。でも、兄妹設定だから同じ部屋の可能性もあるかなって】
【兄妹でも、成人間近なんだから同じ部屋ってことはないんじゃないか?】
ミアはボクの顔を見ながら小首を傾げていた。
ボクもミアもはっきり言って、平民の暮らしに疎い。兄妹で同じ部屋かどうかまではわからない。
【設定は置いといてさ、ボクとミアは未婚の男女、ミアは未成年、婚約はしてるけど結婚前の二人なんだから、同じ部屋はさすがにね……】
言葉を濁して言えば、ミアは拗ねたような表情になった。
【ジルは私と一緒の部屋がいいって思わなかったの?】
【思ってるけど】
【けど?】
【……ミーア?ボクだって男だからね、狼になるかもしれないんだよ?】
そう告げれば、みるみる頬を赤くした。
【お、同じ部屋だったら、念話じゃなくて普通にお話しながら眠れるって思っただけで、そんな……狼……】
つまり、ミアはボクのことを男だと思っていないということか!
その場でしゃがみこんでうなだれても仕方ないと思う。