30.やらかした気がしないでもない
長いです
子供たちと一緒に養護院まで行くと、子供たちと同数くらいの大人がいた。
小さな女の子はボクの胸からするすると降りて、先生のもとまで走った。
「せんせいだいじょうぶぅ?」
小さな女の子に声を掛けられたのは、顔の上半分と左腕に包帯を巻いている人だった。
ステータスを見ると、女性のようだ。状態異常:怪我(火傷痕)となっている。
火傷の痕を隠すように包帯を巻いているってことだろう。
「シィちゃん?大丈夫だよ。痛くはないからね」
たぶん、微笑んだのだろう。顔の表面の皮膚がひきつったように動いた。
「こんにちは。治癒術の練習をさせてもらっているミアと申します」
「初めまして、サラと申します」
サラは、見当違いの方向へ頭を下げていた。
包帯の下の目は、閉じられたままなのかもしれない。
一瞬、包帯が取れた痛々しい姿を思い描いてしまった。心の中が真っ黒になる。
「あのね、せんせいね、いたくないっていうの。でも、よるいたいってさけぶの」
小さな女の子…シィちゃんがそう言うと、サラのステータスが状態異常:驚愕に変わった。
「知っていたのね」
「うん!みんなしってる。だからね、せんせいのいたいなくして?」
シィちゃんの言葉で胸の奥がぎゅっと痛んだ。きっと、ミアも同じ気持ちになったのかもしれない。
「あの、症状を教えてもらえますか?」
ミアがそう聞くとサラは嫌そうに答えた。
「もう傷は治ってるんだけど、夜中寝ている時に傷が引きつって痛いのよ。そこの聖女様候補の2人に治癒はかけてもらったんだけど、痛みは取れないのよ」
もしかしたら、昼間も引きつって痛いけど気が紛れてわからないだけかも。
それよりも、治癒が効かないってどういうことなんだろう。
「火傷の痕は残っているけど、傷自体は完治してるからこれ以上どうしようもないの」
クリスティーナがそう答えた。
完治したと思い込んでいるから、それ以上変化させることができないのかもしれない。
想像することをやめれば、治癒は発動しない。
「完全回復治癒を使っても、残ったの。あなたも試してみたらいかが?」
アデラインがミアを挑発してきた。
アデラインもクリスティーナもこの1年で治癒術が上達し、最上級治癒術を使えるようになっていた。
その2人ともが匙を投げたということだ。
ミアはボクの顔を見て、それからサラの左腕に手を当て治癒術を使った。
「……完全回復治癒」
目を開けていられないほどの光がサラの腕を包むとゆっくりと消えていった。
サラはおそるおそる包帯をめくり、自身の肌を触った。なでなでと触った後、すごい勢いで包帯を取った。
そこには火傷の痕はなく、少しざらっとした肌が見えた。
「え、うそ……」
「そんなはずが……」
「信じられない」
「……」
アデライン、クリスティーナ、カナリア、リゼットとそれぞれの反応があった。
ミアは肩で息をしていたけれど、倒れるほど魔力を消費してはいないようだ。
今度倒れたら、お姫様抱っこしようと思ったんだけどなぁ。
「わ、たしの肌が治って…ます?」
サラは驚きすぎて、カタコトになっていた。
火傷痕そのものは治っているが、肌はざらっとしているように見える。
ここは、新魔法を使うべきかなぁ。
なんて思っていたら、ミアがもう一度治癒術を使った。
「……完全回復治癒」
ちょっとミアさん!?
2連続で使ったら、さすがに魔力が持たないでしょう?
先ほどと同じように目を開けていられないほどの光がサラの顔を包むとゆっくりと消えていった。
サラは今度は躊躇なく、包帯を外した。
外し終わって、ゆっくりと目を開く。両手で自身の顔をぺたぺたと触り、そして顔を覆い隠して泣き出した。
驚いたのは子供たちだった。
「せんせい、いたいの!?」
「せんせいだいじょうぶ?」
「せんせい?せんせい?」
「だ、いじょうぶ、よ」
サラは泣きながらもそう答えた。
聖女様候補ご一行は、サラの様子に口を開いて驚いていた。
状態異常:驚愕・畏怖になっているし、ちょっとマズイことしちゃったかもしれない。
ミアは少しだけふらついたけれど、それだけだった。
お姫様抱っこのチャンスがぁ!
イヤーカフを通じてミアに念波を送った。
【ミア~】
【はい?】
【やりすぎたかもよー?】
【え?】
【火傷の痕治すのって、部位欠損治すのと同じようなものじゃない?】
【あ!】
【聖女様になるの?】
【ならないよ!】
【どうしよっか】
【どうしようぅぅ】
この場をなんとかする方法……なんとかする方法……。さっぱり思いつかない。
完全回復治癒よりも、インパクトのある魔法を使えば!
って、あるじゃないか。
「あの、サラさん。ボクも治癒術使ってもいいですか?」
「は、はい。ああでも、もう痛いところはないのですが……」
「怪我や病気以外でも、有用な治癒術があるんですよ」
「はぁ……?」
ボクの言葉をサラは理解できない。中途半端な説明よりも治癒術を使った方がわかりやすい。
「それでは、失礼しますね。……美肌!!」
範囲は、火傷痕のあった部分…顔と頭皮と左腕だな。いっぺんにかけたことはないけど、魔力は足りる。
淡い光がサラを包むと染み込むように消えていった。
サラはきょとんとした顔をしている。
「どこか変わりましたか?」
「あ!触ってみてください」
サラは左腕を見て、撫でたりふにっとつまんだりした。
「うそぉぉぉ!なにこれぇぇぇ!!」
あ、それがサラさんの素の声ですか。かなり高い声でそう叫んだ。
その姿を聖女様候補ご一行が見て、目を瞬かせた。あ、ミアも目を瞬かせてる。見せるの初めてだったな。
遠くから見ても、サラの肌がもちもちのすべすべだ。
「ちょ、ちょっと触らせて?」
アデラインがサラの肌を触れば、目を見開いて驚いた。そして、ぐるんと首を回してボクの顔を見て言った。
「今の魔法はなんですの!」
「新しい治癒術で美肌といいます」
にっこりと外向けの笑顔で答えるとアデラインの頬が少し赤くなった。
「それは最上級治癒術ですか?」
「いいえ、初級治癒術です」
今度はクリスティーナが言ってきたので、またもにっこりと外向けの笑顔で答えた。もちろん、クリスティーナは下を向いた。ほんのり耳が赤い。
「カナリアさんもリゼットさんも使うことができる治癒術ですよ」
さらに2人にも微笑んで言うと、目を逸らされた。
聖女様候補ご一行の4人は、美肌を教えてほしいと言ってきた。
これを交渉の材料にするしかない。
「先ほどの美肌でしたか?教えていただきたいのですが……」
「私にも教えてほしいですわぁ」
「私にもお願いします」
「……お願いします」
あえて、少しだけ黙って4人の顔をじっと見た。
4人とも真剣な表情でボクを見ていた。
あ、ミアの視線がちょっとだけ痛い。
「この魔法は、今のところ王宮だけにしか広まっていません。そんな魔法を教えるとなるとそれなりのものを……」
「お金はありませんので、体なら」
えええ、何言ってんのこの人。聖女様候補でしょうが。
「お金も体もいりません」
「では、何がよいのでしょうかぁ?」
クリスティーナの目が半分据わっているように見える。それほど知りたいのか……。
「さっきミアが最上級治癒術を使ったことを他の人に言わないのであれば、教えます」
「「「え?」」」
「素晴らしい力をお持ちなのに、隠すのですか?」
普段あまり話さないリゼットが聞いてきた。
「聖女になるつもりないので、なかったことにしてほしいです」
ミアがそう答えると、アデラインとクリスティーナは顔を見合わせた。そしてお互いにゆっくりと小さく頷いて答えた。
「私は何も見ていませんわ」
「私は……幻でも見たのですねぇ」
「それでは、4人とも了承したってことでいいですね?」
カナリアとリゼットも渋々といった感じだが頷いたことで、美肌を教えた。
「あの、私はどうすれば……?」
サラが困ったように聞いてきた。完治した状態を見れば、誰が治したのか聞いてくるに違いない。
「アデラインさんとクリスティーナさんの2人の力が合わさったことで良い方向へ向いたんじゃないですか?」
にーっこりと笑んで答えると、サラはくすりと笑った。
その後、子供たちにも一応口止めをしておいたが、人の口に戸は立てられぬともいうしすぐにばれてしまうかもしれない。
定期的にお菓子を運べば黙ってくれたりしないかなぁ。
なんて、甘いことを考えていたが教会からの呼び出しはすぐにきた。