16.兄の成人の祝いに参加しました
休み月に入った最初の週、マイン兄がついに15歳になる。
15歳といえば、この世界では成人を意味する。
第一王子の成人の祝いなので、国を挙げて盛大に祝うそうだ。
その日は、ボクもシルルも城で行われる第一王子成人の祝いという名の夜会に参加する。
もちろん、貴族たちも参加だ。ほぼ義務と言っていい。
参加しなかったならば、後で何を言われるか……。
王宮の一番大きなフロアでマイン兄の成人の祝いは行われた。
ほとんどの貴族がフロアに集まると、檀上の裾から国王が現れた。
国王は壇上の中央にある椅子の前に立った。
その隣には正妃が座るであろう椅子が配置してあったのだが、その前には誰も立たなかった。
母はいまだに懲罰塔から出られない。肌があらわになるのだから、仕方ないか。
誰もいない椅子の隣に、ボクが立っている。
国王を挟んで反対側に、側室であるシェライラ様とマイン兄とシルルが立っていた。
「今宵は第一王子カーマインの成人の祝いである。皆の者、存分に楽しむといい。それと一月後にカーマインには王太子になるための儀式を受けてもらう」
「「「おおおおお」」」
国王がついに、マイン兄を王太子にと考えていることを発表した。
これで、ボクの肩の荷が少しは降りたかな。
こっそりと体の中から息を吐きだした。
発表を聞いた貴族たちは、今後どういった動きを見せるか考えつつも周囲の他の貴族の様子を伺っているようだった。
第一王子派だった貴族たちは鼻高々だが、第二王子派だった貴族たちは苦虫を嚙み潰したような感じだろう。
そんな心情であっても、彼らは平静を装っている。
タヌキって言葉が頭に浮かんだ。
しばらくすると、ダンスのための曲が鳴り響いた。
今回の夜会は、国王が主催しているので真っ先に踊るはずなのだが壇上の椅子から動こうとしなかった。
傍には、側室であるシェライラ様が立っているのに、どういうことだろうか。
「今夜も陛下は踊られないのですわ」
「正妃様がお倒れになってから、一度も踊られていませんわ」
「正妃様一筋ということかしら」
「あんなにダンス好きでいらしたのに踊られないなんて……」
フロアから聞こえる紳士淑女の声を総合すると、国王は母が懲罰塔に入ってから一度も踊っていないようだ。
しかも、母は病気ということになっているのだな……。
母はこのことを知っているのだろうか。どう思っているのだろうか。
国王は何を考えているのだろうか。
考え込んでいたら、ダンスフロアからわっと声が上がった。
国王が踊らないのであれば、最初に踊るのは本日の主役であるマイン兄になる。
そして、マイン兄が踊る相手と言ったら、ミリア義姉なわけだ。
婚約しているので当たり前なのだろうけど、なんとか邪魔をしたいって思ってる人もいるんだろうなぁ。
マイン兄たちが踊り終わると、他の貴族たちも踊りだした。
ボクとシルルは壇上からフロアに降りて挨拶周りをしていたのだが……。
シルルはあっという間に、王立学院での取り巻き連中に囲まれてどこかへ行ってしまった。
その取り巻きの少し後ろにサイラスまでいる。
まだ、諦めてなかったんだな。
ボクはあちこちの公爵家だか侯爵家だか伯爵家だかの紳士淑女な方々と挨拶を交わしまくった。
もちろん、その挨拶を交わしまくった貴族たちには令嬢がいるわけで、オブラートに包んで踊ってくれって言ってたけど、全部スルーした。
だってさ、その令嬢たち……ボクより背が高いんだよ……。
釣り合い取れないのに、踊ってくれとか……ダンスフロアで低身長を晒せと!?
挨拶周りをしている途中で、目的の人物に出会えた。
「……ミア」
小さな声で呟いたのに、ミア嬢は気付いて振り返ってくれた。
今日はゴシックでもピンクでもロリータでもない、普通の一般貴族が着るようなドレスを着ていた。
ワインレッドのドレスはミア嬢にとても似合っている。
「ジルクス様?」
ミア嬢はボクの顔を見ると怪訝な顔をした。
そんなにボクの顔がおかしいのだろうか。
ミア嬢の背はボクよりも低い。それを見て安心したのがバレたのだろうか。
「ボクと踊ってくれませんか?」
手を差し出してダンスに誘ってみれば、ミア嬢は躊躇なく手を乗せてくれた。
「はい、喜んで」
2人でダンスフロアへ向かうと、残念そうな声が響いた。
ミア嬢の腰に手を回し、ゆっくりなテンポの曲に合わせて踊る。
『ジル様何かあったんですか?』
卒業前の夜会の時のように、ミア嬢は日本語で話しかけてきた。
『……何もないよ』
『何もないっていう雰囲気じゃないですよ。哀愁漂っているというかー』
『……背が』
『え?』
『背が早く伸びるといいなぁ……』
ボクのつぶやきにミア嬢はくすくすと笑った。
見ようによっては、満面の笑みにも見える。
ボクは恥ずかしくて俯きかけて、でも悔しいからしっかりとミア嬢の顔を見た。
『すぐ大きくなりますよ』
年下に慰められるなんて恥ずかしいと思えば思うほど、頬が赤くなっていった。
1曲踊り終わってダンスフロア離れたら、肉食女子な元同級生な令嬢たちに囲まれた。
ミア嬢だけ連れていかれそうな雰囲気だったから、手をつないだままでいたらそのままテラスへ向う羽目になった。
うわー面倒な予感しかしない。
テラスへつくと、ダンスフロアから見られないように入口を立ち塞がれた。
ボクはミア嬢をかばう様に立つしかなかった。
「ジルクス様、そちらの方とはどういった関係ですの?」
王族に対してこの言い方……こいつおバカさんなんだろうなぁ。
ボクは少し考える素振りを見せた後、斜め後ろに立っているミア嬢のほうを振り向いて小声で言った。
『友達だよね?』
『もしくは先生と生徒です』
ミア嬢も小声で答えてくれた。
ボクとミア嬢の間には、今のところ友情しか存在していない。
一緒にいると楽しいし、他愛のない話をしていても飽きないし、いい関係だなぁって思ってる。
おバカさんな令嬢の方へ向きなおして言った。
「どういった関係でも、あなたたちに教える必要はないと思いますが?」
「わたくしたちはジルクス様の婚約者候補ですの。教えていただく必要がありますわ」
おーい、いつのまに婚約者候補が出来たんだ。聞いてないぞ。
「ボクは婚約者候補の話など、聞いていないのだけれど誰が言っているのかい?」
「そんなもの、わたくしたちですわ!」
あ、自称ってやつでしたか。
ミア嬢が小刻みに震えているのがつないだ手から伝わってくる。
絶対笑ってるだろ……。
「それでははっきりと言いましょう。ボクはあなたたちを婚約者候補だと認めていません」
ボクのこの一言で自称婚約者候補の令嬢たちは、黙った。
ミア嬢がつないだ手をぎゅっと握ってきたので、振り返った。
『私にも言わせてもらっていいですか?』
『どうぞ』
ミア嬢は半歩前に進んで言った。
「私はジル様に認めてもらうために勉強しています。あなたたちは何かしているんですか?」
自称婚約者候補の令嬢たちは、ハンカチがあったらムキーってか噛みしめてしまいそうな表情を浮かべると無言で去っていった。
「ミアってボクに認めてもらいたいの?」
「認めてもらいたいと思ってますよ。そのために治癒術の練習がんばってます」
ミア嬢はつないだ手を離して、両手に拳を作ってやる気満々を示していた。
「ふうん、そっか。もう認めてるよ」
手が離れて寂しい気がした。
なんとなく手を開いたり閉じたりしてから、ミア嬢の頭を撫でた。
「……いいえ、まだまだです」
撫でられたミア嬢の頬がほんのり赤くなった。
赤くなってるところも可愛いなぁなんて思った。
ジルとミアのダンス中
「今の見ました?」
「ええ、ばっちり見ましたわ」
「あの女が微笑んだら、ジルクス殿下が頬を染めましたわ!」
「わたくしがいるのに頬を染めるだなんて………」
「いいえ、わたくしがいるのに…ですわ」
「いいえいいえ………」
「とにかく、問いたださなくては!」




