09.しばらく休ませてもらいました
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司祭の許可をもらったので、孤児院の応接室で休ませてもらうことになった。
応接室まで行くのに、ミア嬢を支えて歩いていたんだけど、ふらふらとした足取りだった。
本当はここぞとばかりにお姫様抱っこできればよかったんだけど、体力も身長も足りないという……。
いつかきっと……ぐすん。
応接室のソファーに2人で座るとミア嬢はボクの肩にもたれかかってきた。
魔力を使いきると、体が自動的に休息を求める……つまり、眠ってしまうんだって。
ミア嬢はもう限界なんだろうなぁ。
肩にかかる重さがだんだん重くなってきた。
すぅすぅという寝息をたてて眠りだしたようだ。
コツコツと足音がして、音の方を見やると司祭が近づいてきた。
「初めまして、ここの教会で司祭をやっているトラストと申します。ヴェインに……義足をしている者に詳しく聞いたのですが、本当にそちらのお嬢様が?」
「そうです。彼女が魔力を使い切ってまで、みんなを治癒しました」
ボクの言葉を聞いて、司祭は目を見張った。
目の前で見ていないものを信じるのって難しいよね。
「そうですか。私は教会へ戻らねばならなりません。何もないところですが、ゆっくりしていってください。子供たちには静かにするように伝えておきます」
司祭は軽く頭を下げると部屋を出て行った。
部屋の外に小さな影がいる気がしたが、気付かないフリをした。
肩にかかる重さがだんだんとずれていく感じがして、慌てて抑えた。
元の位置に戻すのも難しいから、ミア嬢の頭をボクの膝の上にうつした。
部屋では、ミア嬢のすぅすぅという寝息が聞こえる。
膝枕するときに、乱れた髪を整えてあげた。
ミア嬢の髪は、漆黒とも言える黒髪でサラサラだった。
今は頭の高い位置で1つに結んでいるけれど、ほどいたら腰くらいまでありそうだ。
寝顔からだとわからないけれど、瞼の奥には深い紅色の瞳がある。
魔法を教えたその日のうちに倒れるほど、魔力を使わせたのは良くなかったな。
治癒術の基礎とイメージ方法、事前詠唱と発動言語の文言を教えただけで、初級の治癒どころから中級の範囲治癒まで使うとは、さすがに驚いた。
ミアだったら、最上級治癒術を使うこともできたり……したら、面白いな。
1時間くらい経ったころ、廊下をドカドカと走る音が聞こえた。
音の主は、ノックもせず部屋に入ると叫んだ。
「範囲治癒を使った少女はおるか!」
「寝てるんだから、静かにしろよ」
あまりにも大きい声だったから、キレ気味に文句を言ってしまった。
叫び声の主は、さきほど見た司祭と同じような服を着ているのだけれど、同じなのか?と疑ってしまうほど横幅が広かった。
手や首にはギラギラとした宝石や貴金属をつけ、ものすごく太っていたのだ。
教会の私腹を肥やしたエライ人ってやつか!
太った司祭もどきはムッとした表情をして、さっきよりは少し小さな声で言った。
「貴様こそ、そこで何をしている。はしたない真似はやめて、その少女から離れろ!」
はしたない?膝枕のことか。
これは、ミア嬢が肩から膝へ落ちてきただけで、不可抗力なんだけどなぁ。
「うるさい」
ボクは太った司祭を睨んだ。
「…ん……」
ミア嬢が喉を鳴らして、身じろぎした。
そのまま、ボクの膝に頭を乗せたままふわぁぁぁと伸びをして、きょとんとした顔をしていた。
ちょうど仰向けになったところで、膝の上のミア嬢と目が合った。
「あれぇ?」
ミア嬢は少し舌っ足らずな感じで言った。
まだ少し寝ぼけているのかな?
ぽけーっとしたその表情は、すごく可愛かった。
その可愛い顔は絶対に太った司祭もどきに見せちゃダメだよ!
「おはよ。少しは回復できたかな?」
「おはよー……って、え!?」
ミア嬢はようやく、状況を把握したようでがばっと起き上がった。
危うく頭突きくらわされるところだったよ……。
「あなたが範囲治癒を使った少女だな?」
「はぁ……はい」
ミア嬢は声の主のほうを見て、ものすごく嫌そうな顔をした。
「魔力が回復するまで休ませてもらってたんだけど、立てそうなら帰ろう?」
ボクがそうやって声をかけると嬉しそうに頷いた。
「お待ちください!」
「待つ必要はないよ」
「貴様には聞いていない!」
太った司祭もどきはドカドカと音を立てながら歩いてきて、ボクとミア嬢の前に立ち塞がった。
そして、ボクとミア嬢を引きはがすように両手を伸ばしてきた。
「……放電」
「うわぁぁぁっ!!!」
太った司祭もどきの指先から体に向かって電気が流れていった。
手にはたくさんの宝石がついた指輪がついている。
威力は弱めてあるから、死ぬようなことはないけれどかなり痺れるはずだ。
床で転げまわっているのを見て、蹴り飛ばしたい気分になった。
叫び声が聞こえたからか、さきほどの司祭トラストさんやヴェインさん、他に知らない司祭だか助祭だかが部屋へ入ってきた。
「何事ですか!?」
太った司祭もどきは、同僚が部屋に入ってきたのがわかった途端、転げまわるのをやめて立ち上がった。そして同僚たちに訴えだしたのだ。
「この者が聖女様候補に不埒な真似をしていたので、引きはがそうとしたら魔術を使われてっ!」
真実とは異なった言い訳だ。不埒な真似などしていない!
ついでに、『聖女様候補』っていう不穏な単語があったけど、どういうことだ。
太った司祭もどきの言い訳を聞いて、トラストたちは眉をひそめた。
ボクが悪いみたいな視線を向けてくるとは……。
『ああもう面倒くさいなぁ…不敬罪にしようかな』
『ダメだよ!もっと面倒なことになっちゃうよ』
あえて日本語で言ってみれば、ミア嬢がボクの腕を掴んで答えた。
「貴様ブツブツと何を言ってるんだ!まさか、もっと魔術を使うのか!?」
太った司祭もどきが一瞬怯んだが、すぐに煽るようなニヤニヤとした笑みを浮かべた。
「ノックもせずに部屋に入ってきて、名前も名乗らず、女性に触れようとするなんて!そんなやつ許すわけないだろ!」
ふんっと鼻息荒く文句を言ったら、ミア嬢が横で、うんうんと縦に頷いてくれた。
トラストたちの視線が今度は太った司祭もどきのほうへ向いた。
結局、太った司祭もどき改め太った司教が悪いってことで収まった。
ミア嬢と話がしたくて呼びに来たってことだったんだけれど、ミア嬢の体調を考慮して後日にしてもらった。
門限があるってのも理由のうちの一つだけど。
その後日、教会呼び出しの際は、ボクも同行することになってる。
一人で行かせるのは、マズイ予感がするからだ。