03.洗脳と呪いは紙一重のようです
夕食が終わり、自室へ戻るといつものように母が部屋へ入ってきた。
三人掛けのソファに二人で座り、母はいつものようにボクを抱きしめながら話し始めた。
「ジルクス……あなたには高貴な血が流れているわ。必ず次期国王にならなければならないの。万が一にもカーマインが国王になってはならないのよ。カーマインは下賎の血を引くのだから、高貴な血の中に毒を入れるようなことはあってはならないのよ。あなたは賢いもの、わかるわね?」
聞いているだけで、背中がぞくっとする。きっと生まれてから5年間ずっと毎日こんなことを言っていたから、呪術師になってしまったのではないだろうか。
返事の代わりに、小さく頷くと母はにこりと笑って、部屋を出ていった。
自然と大きなため息が出る。
このままわがまま王子として生きていてはいけないと、27年分の記憶が訴える。生まれてからの5年では理解できなかった良し悪しがわかってしまった今では、前のようなわがままな振る舞いはできない。
生まれる前の記憶が、自分の行動を律してしまうのだ。
律してしまえば、母のいう通り王位継承争いに組み込まれてしまうだろう。王位継承争いなんて国が疲弊するだけで、やる価値があるとは思えない。
というか、第一王子が王太子になるべきなのは、スキルを見るからに明らかだ。
日本の一般家庭で育った記憶だと、高貴な血とか下賎な血とかの違いがわからない。血よりも優秀な者を王にすべきだと思う。
王と言えば……さっき初めてまともに全員の顔を見たけれど、国王ってばめっちゃイケメンだったなぁ。黒髪にアイスブルーの瞳なんて生前で言えば、ハーフって感じだろうか。目鼻立ちもはっきしていて某指輪物語のエルフよりもイケメンじゃなかろうか。32歳だなんてまだまだ現役バリバリの年齢でしょ。そこを無視して次期国王とか言っちゃう母ってば、ヤバイわぁ。
カーマイン王子もすごかったなぁ。シェライラ様譲りの赤茶色の髪に真っ赤な瞳、目鼻口の形が国王にそっくりで将来イケメン確定だわぁ。まだ7歳なのにあんなにカッコいいとは!
ああそうだ、隣に座ってた妹ちゃんのシルルちゃんがお人形さんみたいで可愛かったなぁ。国王譲りの黒髪にアイスブルー、顔はシェライラ様に似て可愛らしいなんて羨ましい。ほっぺたぷにってしたい。
こうなってくると自分の容姿がどういったものなのか気になる。
寝込んでいる間にも、何度か部屋の中で鏡を探したのだが見つからなかった。窓ガラスに映るのはぼんやりしたものではっきりしないし……。
「すみません、鏡ってありませんか?」
結局、誰かに聞くしかないと思って勇気を出して、扉近くに立っている侍女に聞くと、目を泳がせながらポケットから小さな手鏡を取り出した。
「私物ではございますが、こちらをどうぞ」
大人にとっての掌サイズの手鏡を覗き込むと想像以上のものが写っていた。透き通るようなエメラルドグリーンの瞳ふわっふわのウェーブかかった髪……丸々太ったほっぺた。そこに写っていたのは太った金髪の碧い目をした子豚だったのだ。国王と母の血を引いているならば、そこそこのイケメンが映し出されると思ったのに、がっかりなんてものじゃない。金髪子豚野郎とかひどすぎる!
「……ありがとうございます」
侍女にお礼を言って手鏡を返し、しょんぼりした気持ちでベッドに突っ伏した。
自分の身体をぺたぺたと触ると横幅が広い感じがする。てっきり幼児体型なんだろうと思っていたのだが、間違いだった。これは単なる肥満だ。どうしたら小さなうちから肥満になれるのだろうか。
と、思っていたら、ノックの音がなりガラガラとワゴンを押した侍女が入ってきた。
「ジルクス様、治癒術師の許可がおりましたので、眠る前のおやつをお持ちいたしました」
ワゴンの上に乗っていたのは、大量の砂糖菓子とジュースだった。
眠る前にお菓子を食べていたのか、そりゃぶくぶく太るだろう……。
「ごめんなさい。今日から眠る前のお菓子はなしにしてください」
侍女には申し訳なかったのだが、食べるわけにはいかない!
これ以上太ってなるものか。むしろ痩せたい!
ワゴンを押していた侍女も近くに立っていた侍女も扉近くに立っていた護衛騎士も状態:驚愕がついていた。