05.家庭教師を引き受けました
ミア嬢から、代行便が届いた。
って、代行便って他校にまで送れるなんて知らなかったよ。
今度サイラスに送ってみよう。
手紙の内容は、
「2年生になってから、勉強が難しくなってきたので、教えていただけませんか?」
といったものだった。
日本の義務教育を受けてきた身であれば、勉強が難しいってことはないハズなんだけどなぁ。
久しぶりにミア嬢にも会いたかったし、すぐに代行便で返事をした。
待ち合わせは、学術特区内にあるティールームで、授業が終わった後に時間を指定した。
最初は、個別談話室みたいな人気のない場所で待ち合わせでもいいかなって思った。
けど、さすがに2人きりになるとミア嬢が緊張するかなって思ってやめた。
ティールームの窓際の席で本を読んで待っていると、周りから視線を感じた…が、気のせいってことにした。
しばらくするとミア嬢がお店の中に入ってきた。
入り口でキョロキョロしていたので、その場で軽く手を挙げる。
ミア嬢はそれに気づいて、いそいそとボクの向かいに座った。
「お待たせしました」
「そんなに待ってないよ」
ボクは読みかけの本を閉じ、ミア嬢に向けてにっこりと微笑んだ。
ミア嬢は口をへの字に曲げて、何かをぐっと堪えているようだ。
「とりあえず、飲み物を追加で頼もうか。あと、スイーツも食べる?」
スイーツの一言で、ミア嬢の目が一瞬キラキラ輝いた。
「じゃ、お店で一番人気の物を頼もっか」
ミア嬢の返事を待たず、店員を呼び紅茶とスイーツを2つずつ頼んだ。
ミア嬢が小さく「…ぁぅ…」と言ってたけど、ここは聞かなかったフリで。
紅茶とスイーツが同時に届いた。
お店で一番人気のスイーツは、苺がたくさんのったクレープだった。
薄いクレープが折りたたまれており、その上に生クリームと苺がのっていた。
アクセントとして小さなミントの葉ものっている。
前世で食べたスイーツと見た目が一緒なのが、気になった。
『いただきます』
食前に行う祈りではなく、前世の食前の挨拶を行うとミア嬢はぷっとっ小さく吹いて、同じように言った。
『いただきます』
2人で向かい合って、手を合わせている姿は、他の者から見れば異様かもしれない。
でも、ボクとミア嬢はちょっとだけ嬉しい気分になった。
他の人にはわからない共通点…共通のなにかがあると、親近感が湧くものだ。
その親近感が少しだけ気分を高揚させた。
「美味しい……初めて食べたはずなのに、すごく懐かしい気がします」
「ボクもなぜか懐かしいと思っていたところだよ」
くすくすと笑い合いながら、スイーツを食した。
「勉強を教えてほしいということだったけれど、授業がつらかったりするの?」
ミア嬢は、眉を寄せて言った。
「すごくつらいんです!今更小学生レベルの授業だなんて、眠くて眠くて…」
「ああ…すごくつらいよね……」
ボクも、授業が簡単すぎてつらかった。
「教えてほしいのは学校の勉強ではなくて、魔法なんです」
「へー……どういった魔法?」
なんとなく学校の勉強ではないのは予想していたけれど、魔法を勉強したいというとは思ってなかった。
というより、すでに魔法が使えるのだとばかり思っていた。
隔離や閉鎖といった、生活魔法に分類されている魔法を使っているのは見たことがある。
ボクが絡むとうまく発動しないようだったけれど。
「まずは、回復魔法!ちょっとした怪我が治せたら、いちいち治癒師を呼ばなくてもいいでしょう?」
「たしかにそうだね。この世界では、回復魔法とは言わないんだ。治癒術って言うんだよ」
「治癒術だから、治癒師ですか。治癒術以外だと、木の上に引っかかった帽子が取れるような魔法とか、お花を植える時に小さく土に穴を空けるような魔法とか」
「攻撃するような魔法ではなくて?」
「できれば、他人を傷つけるような魔法は使いたくないです」
ミア嬢はそう言うと紅茶を一気に飲み干した。
ボクは他人を傷つけるようなゲームをやっていたのもあってか、深く考えずに攻撃魔法を使っていた。
マイン兄の婚約者であるミリア義姉を誘拐した公爵令嬢や従者たちにも躊躇なく攻撃した。
たぶんこの先も、自分や周りが傷つくくらいなら躊躇なく攻撃できると思う。
そんなボクと比べて、ミア嬢は……なんていうんだろう慈愛の心があるように見える。
前世がボクと同じ国で育った人だけれど、ボクとは違う育ち方をした人なんだぁと思った。
「そっかぁ。それじゃあ、毎週休息の日の1日目に治癒術を中心とした魔法を教えてあげるよ」
「やったー!ありがとう!」
ミア嬢はその場で拳を握って喜んでいた。
普通のご令嬢がそんなことをしたらはしたないって言われるのだろうけど、ミア嬢がやるとすごく可愛らしく見えた。
ちなみに、この世界では一週間は6日で最初の4日間が授業や労働の日、残りの2日間が休息の日となっている。
一か月は5週間で30日、一年間は12か月と新年を迎える5日間を足して365日。
前世とほとんど変わらないので、違和感なく覚えられた。
「あ、でも、無償で教えるわけにはいかないから」
「それもそうですね」
未成年であっても王族貴族である。貸し借りは作ってはいけないのだ。
「それじゃあ、毎回お菓子持ってきます!私、お菓子作るの得意なんです!」
「楽しみにしてるよ」
こうして、毎週ミア嬢に魔法を教えることになった。




