20.ボクにもやっと春が訪れるハズです
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「最近、すごく視線を感じる」
なんて、サイラスに言ったら、いつものことだって笑われた。
たしかに、毎日誰かからの視線を受けることはあるんだけど、あからさまにねちっこいかんじの視線っていうのはなかった。
視線を感じた先を見ても、だれかわからないっていうのも珍しい。
視線の先にいた人物すべてのステータスをチェックしてもおかしいものを感じない。
少しだけ不審に思ったけれど、すぐにそれも忘れていつもの日々を過ごしていた。
その時、もっとしっかり確認しておけばよかったんだよ。
それは卒業直前の夜会のことだった。
3年最後の夜会なので、参加者は多く、恋人を自慢気にエスコートしている者も多かった。
ボクはといえば、ラフィリア嬢以外でエスコートした女性はいない。
汚点になりつつもあるけれど、マイン兄を想えばそれくらい大したことない。
いつものように壁際で女性に囲まれて立っていた。
周りを見渡して、美男美女宝石ドレス刺繍だなんだと見ていたら、一人だけ他と全く違うドレスを身にまとっている少女がいた。
ドレスの長さは膝下くらいで裾は白いレースがふんだんに使われている。
夜会の場で、足を隠さない長さっていうのはとても珍しい。
足首程度なら、ありえるが基本的にはずるずるひきずるくらい長い。
そんな中で膝下だ。目立つに決まっている。
だが、ドレスの長さだけではないのだ。ドレスの色が真っ黒なのだ…。
ところどころに使われているレースや飾りは白、元となっている生地は黒。
あまりこういった場では着られないタイプの色合いだ。
いやいやいや、ちょっと待て。
アレは、珍しいドレスとかそういうものじゃない。
アレは、そうだ……ゴシックロリータってやつだ!
生まれる前の日本女子である間に一度は着てみたいけど、着る勇気はなかった服の一つだ。
それを、この世界で見られるとは思わなかった。
さすがにスカート丈を膝上にはできなかったのだろう。
着ている人物は、黒髪に紅色の瞳、透き通るような白い肌をもつ美少女だった。
ステータスは……名前:ミア。職業:スウィーニー侯爵家長女、 。年齢は二つ下のようだ。
ん?
侯爵家長女の後ろにスペースがあるように見える。
ボクにも見えないように隠蔽しているということだろうか。
どういうことだ。
ミア嬢をじっと見ていると、同じようにミア嬢に見つめ返された。
お互いに視線を全く外すことはない。
ラフィリア嬢の時は意図して追いかけたが、ミア嬢に対しては自然と体が動いた。
進む先で待ち構えているようなミア嬢は、ボクの顔を不思議そうに見ていた。
きっとボクも同じように不思議そうな顔をしているのだろう。
「初めまして…な気はしないのだけれども…。ボクの名はジルクス。一緒に踊っていただけませんか」
「もちろん、喜んでお受けいたします」
周囲の人々が道を譲り、ボクとミア嬢はダンスフロアへ向かった。
ちょうどゆったりとした曲が流れ、リズムに合わせて腰に手を添える。
そういえば、夜会で名乗ったの初めてかもしれないなぁ。
「ジルクス殿下。私の名前はミアと申します。どうしてお誘いいただけたのでしょうか」
「だってその服、ゴスロリ……」
ミア嬢がよろめいたところをすかさずフォローした。
ダンス中に転ばれたら、汚名になってしまう。
「す、すみま……じゃない、申し訳ありません」
ミア嬢の表情は困惑といった感じだろう。状態の表示もないので、彼女の心理状態がわからない。
ああもうこれ、はっきり言っちゃっていいよね。
「キミも転生者なの?」
「殿下もですか?」
ダンス中なのに、2人そろって立ち止まってしまった。
驚きすぎて、踊っていられなかった。
ダンスの途中だったけれど、ダンスフロアから離れてテラスへと向かった。
テラスには数名、涼んでいる者がいたがこちらに気を向けてくる者はいなかった。
2人でテラスへ向かったものだから、追いかけてくるような無粋な真似をする者もいなかった。
無詠唱で、隔離と閉鎖を使ったのだが、ミア嬢にはかからなかった。
ミア嬢自身も使ったようだが、かからなかった。
お互いに目を合わせて苦笑するしかなかった。
『殿下はいつ自分が転生者だって気付いたんですか?』
ミアは懐かしい日本語で話し出した。
魔法がかからないなら、ボクたちだけがわかる言葉で話すしかないよね。
『ボクは5歳のときだったよ。ミア嬢は?』
『私も5歳の時でしたよ。熱を出して大変でした』
『ああ、ボクも一週間ほど熱を出したんだ』
もっといろいろと聞きたいけれど、何から聞いたらいいのか……なかなか言葉が出てこない。
『……あのさ、いきなりなんだけど』
『はい?』
『ミア嬢さえよければ、友達になってくれないかな?』
『で、殿下と友達ですか!?』
『あ、恋人の方がよかった?』
『こ、恋人!?』
もともとミア嬢は初心なのかもしれない。
ちょっとからかっただけで、頬を赤らめた。
ボクの中の何かがムズムズっとして、もっとナニカをしなければという思いになった。
ここからは周りに聞かれてもいいように日本語をやめた。
ミア嬢の髪を一すくいして唇を当てた。
「キミの黒髪は美しいね」
たったそれだけで、ミア嬢は耳まで真っ赤になってしまった。
生まれる前の常識からすれば、こんなくさいセリフ聞いてるだけで砂を吐きそうになる。
美しいとか言っちゃう男性なんてゲームの中だけでしょ。
『乙女ゲーみたい……』
ミア嬢はボクの行動にうっとりしていた。
面白いなぁ。もっとやっちゃうか。
「ミアって呼んでもいいかな?」
「……はい」
抱きついたりせずに、耳元で小さく名前を呼んだ。
「ミア」
きっとドキっとしたのだろう、体がぷるぷると震えている。
「ボクのことは、ジルって呼んでくれないか?」
「……ジル様……」
「違うよ、ジル……だよ」
「……ジル」
それだけで、ミアは自分からボクに抱きついてきた。
髪をかき上げて、額にキスをすると、さらにぎゅっと抱きしめてきた。
「ミア……友達からでいいの?」
からかうように尋ねると……少し迷ったような雰囲気の後、答えた。
「と、友達からでいいですぅぅ」
そして、パッと離れた。
ドキドキが限界みたいな顔をして、肩ではーっはーっと息をしている。
これはものすごーっく、面白い。
ステータスが見えないのもあってか、ワクワクする。
乙女ゲーとか、ボクもやったよ。って言ったらどんな反応するかな。
「これから、ミアとは色々と話をしてみたいから、よろしくね」
握手を求めてみたら、ミア嬢は素直に握り返してくれた。
ボクはもとは日本人女性だったけど、今は王子で男だ。
乙女ゲーのヒロインではなく、攻略対象のイケメン視点で、ミア嬢に接していくのも面白いかもしれない。
ミア嬢には悪いけど、今後とも楽しませてもらうことにしよう。