19.友達の落ち込み方がハンパないっす
(2/2)
結局、サイラスが近づく前にシルルは逃げるように離れていった。サイラスはその姿を見て、意気消沈しているようだった。
寮の部屋へ戻り、サイラスから事情を聴いてみた。
「最初に声を掛けた翌日から、近づいても逃げられるんだ…」
何度も何度も話しかけようとして近づいたのだが、取り巻きたちが時間稼ぎをしているうちに本人が逃げるのだそうだ。ここ最近は諦めて遠くから見ているだけにしていたらしい。
聞いた話だけだと、サイラスが何かしたようには思えない。ただただシルルが逃げているようだ。
これは、シルルにも事情を聴く必要がある。
すぐに代行便を送って、2人で話をする機会を作った。
いつものように個別談話室に、隔離と閉鎖と施錠の魔法をかける。
シルルは安心したように、ため息をついた。
「どうしてサイラスから逃げてるんだ?」
「さ、サイラス様は、危険なんですの!」
サイラスの名前を聞いただけで、顔色が悪くなった。
「ボクと同室で友達なんだよ」
「そ、そうなんですの!?それなら言ってくださいまし、二度と近づかないでと」
「それはどうしてだい?」
「それは……」
シルルは言い淀んでいたけれど、ボクがじっと見ていたら、状態:恐慌になりながらも話し始めた。
「あの方は、いろんな女性と夜を共にしているって、しかも一人ではなく複数人同時で!」
「……へ?」
「関わった女性に対して、ひどい扱いをするとも聞いていますの!」
「……」
一体誰の話をしているんだ。
「関わるだけで子を身ごもってしまうかもしれないなんて言われましたの! あたくし、怖くて……」
「シルル、それって誰から聞いたの?」
シルル自身が考え出したとは到底思えないことを言ってる。
間違いなく、誰かから嘘の情報を与えられ、怯えている。
「いつもあたくしを守ってくださる男子たちと、お茶会でお話ししてくださるお姉さまたちですの」
「あー……なるほどねぇ」
妙に納得してしまった。
シルルを守っている男子というか取り巻きは、サイラスにシルルを取られたくない。
お茶会で話しかけてくる先輩たちは、シルルにサイラスを取られたくない。
お互いの利害が一致したところで、チャラ男だったころの様子を湾曲して伝えたってことだろう。
湾曲っていうか、もうぜんっぜんまったく別人みたいになってるけども。
「シルルはサイラスが女性と夜を過ごしている現場を見たのかい?」
「い、いいえ」
「サイラスが女性に暴力を振るっているところを見たのかい?」
「……いいえ」
「自分の目で確認していないのに、どうして他人の言葉を鵜呑みにしたんだい?」
「……ええっと、それは……」
他人の言葉を鵜呑みにして、確認を怠るなんて…シルルの将来が心配になってくる。
何でも疑えとは言わないが、自分で確認できるものは自分でするべきだ。
「入学してからずっと、ボクとサイラスは同室だけど、就寝時間にはちゃんと部屋で寝てるよ」
ボクの言葉を聞いて、シルルは俯いてしまった。
「サイラスときちんと会って確認してみたらどうかな?」
「ジルお兄様も一緒ですか?」
「もちろん、シルルと一緒にだ。手出しされないようにしっかり見張っておくよ」
シルルはほっとしたようだ。大きく頷いた。
すぐにサイラスを呼びに行き、部屋へ連れてきた。
「し、シルル様!?」
サイラスは部屋に入って、シルルがいることに気付いて大慌てだった。
制服の襟を正したり、汚れがないか確認したりと忙しそうだ。
しばらく待ってみたが、2人はお互いに何も話そうとしない。
「2人とも話さないなら、ボクが話してしまうよ」
だんまりな2人は同時に頷いた。
まずはサイラスの初恋の話を……。
ローズガーデンに迷い込んでシルルに出会った話をしたら、
「本当は覚えてました」
だってさ。王族ってことを隠すために知らなフリをしていたようだね。
次にシルルが逃げている理由を……。
チャラ男時代の噂話を湾曲して伝えられていると話したら、
「すべては、黒歴史のせいか……」
って、サイラスは落ち込み始めた。
こっちの世界でも黒歴史っていうのか。
落胆している姿を見て、シルルもナニカを感じたようだ。
「あの、サイラス様……サイラス様自身のお話聞かせてもらえませんか?」
そうしてサイラスは罪をすべて吐き出すかのごとく、今までのことを語った。
入学から半年近くまでの間、チャラ男と噂された時期があったこと、ボクからシルルの話を聞いて、今は女性を近づけないようにしていること……。
「今も、あの薔薇の庭園で見かけたらシルル姫様のことが忘れられないのです」
と、サイラスは頬を赤くしつつ言ったのだが……。
まだ、シルルの中でチャラ男のイメージが払拭できていないのだろう。
とても微妙な顔をしている。
「サイラス、さすがに焦りすぎだ……シルルがドン引きするぞ」
サイラスは己に酔っていたのかもしれない。ハッとした表情になり、口を噤んだ。
「時々こうやって、個別談話室で会話して、せめてシルルに普通の人だと認識されるようになってから、普段は話しかけるようにしろよ」
「……そ、その時は、ジルお兄様もいてくださいまし!」
「俺もジルクスにいてほしい……」
2人からお願いされたのもあって、今後もボクが一緒のようだ……。
侍女じゃだめなのか、侍女じゃ……。
うまくいくかはわからないけれど、他人の恋路を見せつけられる日々が再開とか……ツライ。
ぼくにも春がこないかなぁ。