17.誰にも見せたくありません
「またあとで」
「うん! 大変身してくるね~!」
「楽しみにしてる!」
ボクとミアは王宮へつくとすぐに別行動を始めた。
マイン兄の結婚式のときは、馬車が到着するとすぐに披露宴が始まったんだけど……ボクとミアの場合、準備に時間がかかるので、一時間ほどずらして始めることになっている。
ボクはこのお笑い芸人か演歌歌手かっていうエメラルドグリーンのタキシードを脱いで、ホワイトに淡いブルーのタキシードに着替えた。
男の準備は早いからいいよねぇ。
女性の準備は着替えるだけじゃなく、髪型を変えたりメイクを直したりと時間がかかって大変だ。
しばらく待っているとミアの準備ができたという知らせを受けた。
すぐにミアのいる部屋へと向かった。
「ミア、入ってもいい?」
「いいよ~」
扉の前で緊張しながら声をかけると、ミアからの返事があった。
ゆっくりと扉を開けると、そこには純白のウェディングドレスに身を包み、ほんのりと頰を染めたミアが立っていた。
さっきまで着ていたAラインのドレスとは違って、ドームラインとかプリンセスラインと言われる形のドレスを着ていた。たくさんのレースにたくさんのバラ……ミアの趣味を分かったうえで作られたものだとわかる。
あまりのかわいらしさ……いや、美しさに言葉を噤んだ。
片手で顔を隠して赤い顔を隠す。
「どうかな?」
ミアが少し不安そうな声でそう聞いてきた。
「……すごくきれいだよ」
ありきたりな言葉しか出ないけど……普段のかわいらしい姿に美しさが足されていて……きれいとしか言いようがなかった。
「ジルもすごくかっこいいよ!」
ミアの言葉にボクはさらに顔を赤くした。
実は当日まで、お互いの服装がどんなものかは秘密にしていた。
当日までのお楽しみにしておいたら、驚きがあって楽しいと思うというミアの発案だった。
心臓の音がドクドク響いて聞こえる。
「ああ、こんなにきれいなミア、他の人に見せたくない……」
ぼそりと呟いたんだけど、ミアの耳にはばっちり聞こえたらしい。
ミアまで顔を真っ赤にしだした。
お互いに顔を真っ赤にして照れていると、扉をノックする音が聞こえた。
「そろそろ時間ですよー! って、主様、顔真っ赤ー!」
テトラが部屋に入ってきて、ボクを指さして笑った。
「テトラよ、こういうときは見て見ぬふりをして、後ろでニヤニヤしておきなさい」
「えーだってさー! ここまで主様が真っ赤なのって初めて見たしー?」
二人の会話を聞いているうちに冷静になってきた。
「では行こうか、奥さん」
気を取り直してそういうと、ミアがにっこり笑って言った。
「行きましょうか、旦那様」
顔は赤くならなかったけど、にやけ顔はひっこまないよ……。
***
ミアと腕を組んで、披露宴会場へと入るとたくさんの拍手で出迎えてもらえた。
ただ、真っ白な装いのボクとミアを見て、不思議そうな顔をしている人たちが大勢いる。
会場の中央の上段でボクは来賓に向けて言った。
「みなさま、ボクとミアの披露宴に出席していただき、ありがとうございます。セリーヌ王国の結婚式では、神の目に留めていただくために、髪や瞳の色のドレスやタキシードを着ます。ですが、披露宴はセリーヌ王国の貴族、周辺諸国の来賓の方々にお披露目する場でございます」
ここで一区切りして、大きく息を吸った。
「遠い国の古い伝承で、結婚の場で白を身にまとうのは『これから相手の色に染まっていく』という意味があるそうです。ボクとミアはその伝承どおり、真っ白な装いをすることで……これからお互いの色に染まっていくことをここに誓いたいと思います」
ボクがそう言い切ると、横に立っているミアが大きく頷いた。
それを見た人々は、入場のときと同じように盛大な拍手をしてくれた。
ここからは規模は大きいけど、普段の夜会と変わらない。
二人で腕を組んだまま、近隣諸国の王族貴族たちに挨拶をしていく。
タンジェリン竜王国の第三王子は国王となり伴侶とともに出席していた。
彼のおかげで、飛行のスキルを覚えることができたんだよねぇ。
マイン兄の披露宴のときに出席していた各国の姫たちは一人もいなかった。
挨拶が済み、立食形式の料理をつまんでいるとダンスの曲が流れ始めた。
流れてきた曲は何度もきいたことがある曲、ミアと初めて踊った曲だ。
今日の主役であるボクとミアが踊らないと、他の人たちは踊れない。
食べ途中の皿を給仕に渡して、ミアとともにダンスフロアへと進む。
腰に手を回してなるべく優雅に見せるように踊る。
踊り慣れた曲だし、ダンスフロアにはボクとミアしかいないからぶつかる心配なんてない。
ずっとミアの顔を見つめながらゆっくりとダンスを楽しんでいたら、急にミアがクスクスと笑いだした。
「初めてジルとダンスをしたときのことを思い出していたの」
ミアはクスクス笑ったあとに少しだけムスッとした顔になった。
「テラスに移動したら、ジルにからかわれた」
「あ~……そんなこともあったね」
「遊び慣れてる人だなって思ったんだよ」
「慣れてないよ。前世はともかく、今世ではミアしか恋人はいなかったから」
「え? そうだったの?」
くるくると変わる表情を見ているうちにいたずら心が沸いてきた。
「ねえ、ミア」
「なあに?」
「このあと、テラスへ行こう?」
「うん、いいよ?」
ボクとミアのダンスが終われば、ここはダンス好きな紳士淑女で溢れる。
少しくらい披露宴会場から離れても、バレやしないだろう。
踊り終わってテラスへ向かったんだけど、珍しく誰もいなかった。
軽く振り返っても、誰かがついてきている様子もない。
「今日は夕焼けがきれいだね」
ミアが空を見上げてそう言った。
闇色の空に橙とも赤ともいえない夕焼けが見える。
「ミアのほうがきれいだけどね」
そう返すとミアは頬を赤く染め、はにかむように笑った。
そうやって笑うときれいというよりかわいいんだけどねぇ。
「さて……少しくらいここから離れてもバレないと思うからさ……」
ボクはそう言ったあと、ひょいっとミアの膝裏をすくって抱き上げた。
「え? え!?」
「お姫様を連れ去っちゃおうかな」
ミアは急にお姫様抱っこをされたため、落とされないようにとボクの首にしがみついた。
しっかりとしがみついたのを確認してから、ボクは飛行スキルを使ってふわりと浮き、テラスの縁に立った。
「では、夕暮れの散歩に出発~」
テラスの縁を蹴って飛び出せば、あっという間に王宮から離れ王都の上空を飛んでいた。
高高度から王都を見下ろすと、柔らかな光でできた夜景が見える。
「ミア、あそこに新しい家が見えるよ」
そう声を掛けると、ミアはボクの首から頭を離して王都を見渡した。
「どこ? あそこかな? 明かりがついてる」
「他にもいろんなものが見えるよ」
ミアはだんだんと余裕が出てきたようで、片手で王都の街並みを指さした。
「あそこが王宮で、あそこが学術特区……中央の広場がひと際明るいのって、お祭りでもやってるのかな?」
「ボクとミアの結婚祝い……と称してお祭りをやってると思うよ」
「屋台がいっぱいあるのかな! 面白そう」
「行きたいけど、この格好だとちょっとね……」
ボクとミアは今、真っ白なタキシードとウェディングドレス姿だ。
これで、王都の屋台を回るなんて……想像したら、面白くなって笑ってしまった。
「お祭りはまたあるだろうからさ、いつか一緒に行こう」
「うん! これからはずっと一緒だもんね」
そう……これからは今までよりもずっと一緒にいられる。
同じ家で暮らすのだから……!
「そろそろ戻ろうか」
「そうだね、抜け出したのバレちゃったかな?」
「どうだろう?」
ボクとミアはクスクスと笑いながら、王宮のテラスへと戻った。